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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
三章:【過去】舞踊と仕事の二足わらじ
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19話:大成功と舞台裏

 武人と娘は互いに惹かれ合っていた。

 お互いのことしか今はもう見えていない。


 気づいていたのは武人だけ。娘は自分の胸中の疼きをわからずにいる。


 舞踊に惚けた娘に近づき、武人はかがむ。

 そっと娘の肩にふれるも、娘は力が抜けたように微動だにしない。

 武人はそれにいらだつこともなく、ごつごつした手を滑り込ませて娘の顔をやんわり上げさせる。

 

 娘は泣きはらしたように、すべての感情を出しきっていた。もう何の心のかけらも残っていない。赤い前髪からのぞける黄金の瞳がしんでいる。

 

 武人はだまって娘の髪を整える。踊りに疲弊しきった娘の姿がまた美しさを取り戻す。

 安心させるように、娘の手を取る。手を引いて立ち上がらせる。

  引き上げられたかのようにすっと再び立ち上がった娘には、戸惑いが現れていた。

 人間がどうして花にここまで肩入れするのか。花、というより、すでに藤の樹からはもう見捨てられたも同然。

 藤でも人間でもない、ただの中途半端な小娘なのに。


 だが武人は娘を一途に求めた。

 安心させるような微笑に、決して強引ではない手。

 絶望した自分の手を引き、再び奮い立たせてくれる目。


 人間はどうしてここまで一途なんだろう。娘は武人のひたむきさに胸を打たれる。何も持っていない、舞踊すら見向きもされなくなった自分にここまで肩入れしてくれるのはどうしてなんだろう。


 何もわからないまま、娘は武人の優しさに少しだけ近づいてみたくなる。もしかしたら、こんな半端者の自分でも受け入れてくれるのではないだろうかという淡い期待を覚えながら。


 頬にふれる武人の手。娘は武人の手に自分の手を重ねる。ごつごつした暖かい手だった。武人が少しびっくりしていた。

 はにかみながら微笑を作ってみた。うまく笑えただろうか。

 武人がやんわりと、娘を抱きしめた。今度は娘が驚く番だった。


 おそるおそる抱き返すと、武人がうれしそうに体を揺らす。

 自分を受け入れてくれた。そう実感した娘にようやくわだかまりがなくなった。


 舞台の藤の樹木が、ぱっと輝き出す。

 ふたりはいったん離れて、樹木の変化を見上げていた。

 さっきまで静かにたたずんでいた藤の樹木から、満開の花が咲く。

 惜しみなく咲き輝く花は祝福をしているようでもあり。


 武人と藤の娘は、互いに手を取り合い、そっと寄り添った。そして咲き誇る藤を眺めていた。


 そこで、舞台の幕がおろされた。



 一瞬の沈黙が空気を張りつめ。

 直後、盛大なる拍手であふれかえった。


「ーー!!」

 緞帳に遮られているにもかかわらず、その嵐は三途にも神流にも充分つたわった。

「すげ……」

「大成功、かな」

「やったな」

「うん」

「さて、幕を開けてもう一度」

 そうだね、と神流と一歩前にでる。


 緞帳が上がり、三途は神流と共に盛大な拍手を浴びることになる。

 

 舞踊が終わった時の高揚感。すべてを舞いきったという自信にも似た余裕。

 舞台で役を演じて、舞って、たくさん稽古したすべてを発揮しきった実感。舞踊に関わった三途にとって、この瞬間が何よりも醍醐味だ。


 耳がはちきれんばかりの歓声。

 それに応えるために、三途は再び藤の娘の仮面をかぶる。

 あどけなくも妖しい姿で、膝をおる。


 髪が崩れないよう注意しながら、穏やかなお辞儀を心がける。

 隣の神流はというと、武人らしく堅物な、完璧な礼ですべてに応えた。


 緞帳が再び下がる。

 今日の舞台は大成功だった。ふうっ、と三途は息を吐く。吐息も熱ければ体も熱い。

 舞踊で動いた体は火照り、鼓動が早鐘を打つ。

 しばらく呼吸がおとなしくなるまで、楽屋の壁に寄りかかり目を伏せていた。

「お疲れー」

 という神流から冷えた緑茶を受け取る。すぐに飲みきった。

 体は楽しげに披露している。舞台に上がっている間は気づかなかったが、体力を相当消耗していたらしい。

 正直、ヒュージの仕事をこなしている時よりも緊張と披露が激しい。

 本当ならこのまま楽屋で夕方まで眠っていたかった。が、今の格好は藤の娘の姿である。舞踊の衣装と聞こえは良いが実際は女装だ。


 うぬぼれではないが、月華が楽屋裏に来て差し入れをしてこないとも限らない。

 三途は疲れた体にむち打って、さっさと着物を脱ぎ捨てた。


「こらこら、もっと丁寧に扱いなさい」

「ぐ」

 神流に釘を刺され、三途は着物と髪飾りを拾い上げる。

 ひととおり脱いできちんと着物を畳む。黒のタンクトップに控え室での簡素な着物を羽織った。神流はいつの間にかすべて片づけていた。行動が早い。

 

 三途が化粧を落としている最中。


「三途ー!! あけてー!」

 楽屋の出入り口から、聞き慣れた月華の声がした。


 三途は急いで化粧を落としきる。舞台の上でもないのに、女の格好を見られるのはためらわれる。

「ちょっと舞ってろ」

「はいはーい月華ちゃんいらっしゃーい」

「神流うううぅ!!」

 まだ化粧落としてる最中だっつーの!! という突っ込みよりも、素の三途に戻るのが最優先だった。


「おじゃましまーす」

「はえーよ! どうぞ何もおもてなしできねえけど!」

「三途も三途で悪態つきたいのか歓迎してんのかどっちだよ」

「客人は誠心誠意こめておもてなししろって師匠に厳しくしつけられてな」

「いい師匠だなあ。あ、差し入れ持ってきたぞー。お茶と漬け物」

 月華がほいっ、と風呂敷包みを差し出した。

 丁寧にほどくと、いろとりどりの漬け物が並べられている。

「おー。ありがとー、いただきまーす!」

 神流が遠慮なく橋をもらってぽりぽりかじる。

「激しい運動した後は塩分が良いからな。ほら、三途も」

「ああ、いただきます」

 適当につまんだ漬け物をかじってみると、程良いしょっぱさが口に広がっていた。じっくり噛むほどに塩が舌に広がる。

「うま」

「ほんとか? やったー、数日つけ込んだ甲斐があるってもんだ!」

 月華のポニーテールがぴょんぴょんはねた。

「ありがとな、月華。うまかったよ」

「それはよかった! 夕飯も期待してろよな」

「楽しみだ。俺たちは観客を帰したら舞台を片づけてから帰る」

「はいよ。手伝わなくていいの?」

「大丈夫だよ、ふたりですぐ片づくから。月華は飯の用意頼むわ」

「まっかせろー! じゃあね三途、屋敷でいいもん作って待ってるからね!」

 そういって月華は差し入れをしまい、楽屋を後にした。


 観客は客席でしばらく余韻に浸っていたが、満足した者からぱらぱらと帰って行った。

 

 もともと舞台の組立から解体作業は慣れているし、力仕事もこなしていた。が、それでも今回の舞台演出は少し凝ったこともあってか、撤収しようとしたころにはすでに日が暮れていた。


「三途ー、小道具の収納は終わったよ、舞台は?」

「ああ、こっちも完了だ。帰ろうか」

「はいよー。舞台をがらがら引いておうちかえろ~」

 神流が愉快に即興の歌を口ずさんだ。舞台は荷車の要領で、ふたりして引っ張っていく移動式である。

 

 引くか、と引き手を手に取って、三途はふと動きを止めた。


「三途?」

 神流の不思議そうな声も意識からはずれた。

 なんだか一瞬だけ、足の地を踏みしめる感覚が消えた。本当に刹那だったから、錯覚か? とさえ思っていた。


 踊りすぎて目眩でも起きたのか? エネルギーも不足してたのか?

「三途、三途」

「……あ」

「どったの、ぼっとして」

「ごめん、ちょっと呆けていた」

「舞踊終わった後のハイってヤツかな。何にしても、今日はご飯食べてゆっくり休むことだね。明日は仕事ないんでしょ?」

「うん。神流もフリーだっけ」

「そそ。だから月華ちゃんのお屋敷仕事手伝うことにした。帰ろ」

「そうだな」


 疲れているだけだ、と三途は帰路につくことにした。



 その夜の月華の食事はやけに豪華だった。舞台の成功祝いだ! と張り切ったらしい。

 しかも三途の好物をそろえてあった。野菜スープに肉と大根の煮物、焼き魚は森の近くに流れる川で釣ったものらしい。

 煮物や蒸し料理で埋め尽くされていて胃に優しいのがまた月華のほほえましいところだった。揚げ物や油を多く使う料理は街での料理で少し食傷気味でもあった。


「デザートに紅茶とフルーツケーキもあるぞー」

「お、月華の大盤振る舞いだな」

「どうよどうよ! 味もばっちりだぞ。この月華様をほめたたえるがよい!」

 ささやかな胸をそらしてむふー! と自慢する。さすがださすが、と三途は慣れたように月華の頭をなでる。月華も待っていたかのように受け入れる。


 食卓を覆い尽くす勢いでたくさんの料理が並べられていたが、極限までに空腹だった三途と神流ーーと、食欲旺盛なガムトゥがほとんど平らげた。作った甲斐があるわー、と月華はうなずいていた。

 

 デザートもすべて食べ、食後の紅茶で口を流す。

 食卓を片づけて一段落し、三途の膝には犬モードのガムトゥが頭を乗っけてのんびりと寝息をたてていた。


「あっ、いいなガムトゥ! 三途、私も膝枕!」

「あー? 固いから寝心地悪いぞ」

「固い枕が好みでね! そりゃっ」

 有無をいわさず月華が三途の膝を枕にする。焦げ茶のポニーテールがふさふさ揺れた。

「ガムトゥと同じように私も頭なでて」

「……はいはい」

 三途はあきれ笑いながら、嫌がるでもなく月華のわがままにしたがった。

 左手はガムトゥの頭をかりかりと撫で、空いた右手は月華の額をさする。

「うんー……三途の膝は安眠枕~」

「そりゃどうも……」

 

 両手両足がふさがった三途は、しょうがねえなと思いながらも心地よい夜風に身を任せていた。

 鷹状態のマデュラが部屋に入り、「風呂と就寝の準備が整いましてございます」と伝えてくれた。

 すでに睡眠状態の月華を揺するがまるで起きる気配もない。ぺすぺすとポニーテールを叩いても寝息が聞こえるだけだ。

「マデュラ……こういう時あんたならどうすん?」

「抱え上げて浴槽へ放り込みます」

 マデュラはさっと人間モードになり、三途の膝で気持ちよさそうに寝る月華を容赦なく肩に抱えた。

「お手数をおかけしました。あとは私にお任せを」

「……たのむわ」

 ガムトゥはまだ寝てるけど。

 そのうち三途も夜風に心地よくなって、ガムトゥを暖と枕代わりに絨毯の上で横になった。

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