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魔機ごろしの三途 ~王国最強の力は少女のために  作者: 八島えく
一章:三途、地球に転生す
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1話:三途という男のおいたち

 は、として、三途の意識が覚醒した。

 見覚えのある天井。背中には柔らかい布団の感触。

 寝間着の隙間から心地よく冷えた空気が触れてくる。

 寄宿舎の寮。本来であれば二人一部屋のはずなのだが、三途は物心ついたときからずっと一人でこの部屋を占領することができた。ルームメイトなんていない。


 夢を見ていた。瞼を開くその直前まで。

 だがその内容が思い出せない。時間が経つにつれて、記憶が霧の中へと消えてしまう。


 枕元の携帯で時刻を確認する。もうすぐ7時を過ぎるところだった。

 今日は授業がない。昼まで惰眠をむさぼっていても問題ない。が、今日は外へ出かける用事がある。


 二度寝する必要もないほど、三途の頭はすっきりと晴れていた。

 ゆっくりと身を起こし、ベッドから這い出る。


 さっさと着替えて事前に用意しておいた鞄を肩に提げる。楽しみにしていた舞台を見に行くのだ。

 幼稚園から小中高大学と一貫したエスカレーター式の寄宿舎では、受験に悩むことなくのんびりと過ごすことができる。

 18歳になった今年は、来年に大学へ上がる進路になっているが、受験がないからこうして外出して好きなことをできるわけである。


 寮から出るには、必ず食堂を通らなければならない。

 この時間は、朝練帰りの生徒たちが多くたむろしている。ご苦労なことだ、と三途は他人事のように眺めた。


 足早に食堂を通り抜けようとしたとき。


「三途だ」


「うわ、三途がきた」


「席あっちにしよ」


 ひそひそ声が、三途の地獄耳にいやでも入った。

 すれ違う生徒たちは三途を見るや、数メートルは距離をとる。三途を中心に、ぽっかりと空洞ができた。


 舌打ちをのみこみ、三途はさっさとその場から立ち去る。

 学生寮を出て校門を出て、駅へ向かって電車に乗るまでの10分。

 そのわずかな時間、三途は無数の白い目で見続けられ、歓迎されていない言葉を耳にしていた。



 三途、というのは彼の本名ではない。あだ名のようなものである。

 彼は物心ついた時から両親を知らない。それどころか身よりは誰もいなかった。

 気がついたら、今の寄宿舎に引き取られていた。

 幼稚園から大学まで、一度入ってしまえばずっとそこで平穏に暮らしていけるような男子の一貫校。生徒だけでなく教師も寮の管理人もすべてが男性だった。

 

 地元や都ではそこそこ有名であり、入学もしくは入園するためのハードルは高い……らしい。らしい、というのは、三途にはまるで実感がわかないからだ。

 有名な企業やら財閥やら銀行に政治家そのたもろもろの子息や、由緒正しい伝統ある一家の跡取りなどが、こぞって必死に勉強してこの寄宿舎を受験する。その中で晴れて仲間入りを果たすのは、ほんの一握りに過ぎない。


 そんな寄宿舎に、どうして三途は入ることができたのかというと、これは三途の後見人によるところが大きい。

 多額の支援金をぽんっと寄宿舎の長に投げ、物品の寄付や補佐などを積極的に行ったのが実ったらしい。三途の血筋は不明であったが、三途自身もかなり能力に秀でていた。

 三途本人は覚えていないが、寄宿舎に入れられる前に行われた試験では、幼稚園児だというのに漢字交じりの詩をすらすら読み上げ、長文にもなる古文をそらんじ、試しにとふっかけた数学の計算問題をすべて解いた。

 実力と後見人の支援により、寄宿舎も三途を試験から弾くわけにもゆかず。半ば渋々ではあったものの、寄宿舎での生活を許可した。


 さて、それでは三途が寄宿舎では人気者かというと、そういうこともなく。

 それどころか、三途は周囲から疎まれ忌避されていた。


 三途の周囲では、常になにかしらの危険なことが起こる。

 小学校に進級する数日前。三途は寮の管理人や同級生といっしょに散歩に出かけていた。近場の公園へ向かう途中、アクセルとブレーキを踏み違えた暴走自動車の衝突事故に巻き込まれた。三途本人は無傷だったが、周囲の同級生10名が重傷を負った。


 小学1年の社会科見学の時だった。

 見学先は博物館。歴史的な着物の展示に心躍る三途を襲ったのは、突如発生した火災だった。

 不始末による出火か、放火だったのかは定かでない。火は瞬く間に広がりを見せ、逃げ遅れて大火傷に苦しむ同級生や来館者が、少なくとも30名はいた。火の近くにいたはずの三途は、火傷どころかかすり傷も負わずに逃げることができた。


 また、寄宿舎付属の図書館に閉じこめられたことがあった。

 電気も消え職員は誰もいない。閉館時間までまだ余裕があったのに、出入り口は封鎖されてしまった。そのときは、三途のほかにも上級生が5名くらいいた。

 運悪く大きな地震が発生し、書棚や資料が瞬く間に床へぶちまけられた。

 書棚でちょうど資料を物色していた三途もその餌食になるかと思われていたが、資料を抱き抱え丸まっていた小さな三途はその被害を逃れていた。身代わりになるように、ほかの来館者がことごとく書棚や分厚い書籍の下敷きとなって大騒ぎになった。


 中学に進級した夏休みのこと。たまには外に出かけるかと交通バスに乗った。

 とたんに天気が崩れ土砂降りの嵐となり、スリップ事故に巻き込まれた。

 乗客20名が重軽傷を負い、救急車のサイレンがけたたましく鳴る中、三途だけは軽傷すら負うことはなかった。


 そんなことが、18歳になる今の今までで無数に起こった。

 不吉で危険、という人間として見られるようになったのは、小学校に進級してすぐだった。

 エスカレーター式に幼稚園から小学校へ進級する同級には三途の顔見知りも数名いた。

 彼らが三途の周りで起こった事件を大げさにクラスメートへ吹聴したことで、三途の立場は危うくなっていった。


 5人ほどの同級生に囲まれて、身体的暴力を振るわれることも多々あった。地毛だといっても信じてもらえない赤毛をひっぱられたり、工作用のハサミでじゃきじゃきと切られたり、バケツにくんだ水へと顔をつっこまれたり、バスケットボールをぶつけられたり。靴を隠されるのはまだかわいい方で、教科書に油性マジックで暴言の数々、机の上のらくがき(これは三途が1日費やしてようやく消した)、クラスメートや上級生による根も葉もないデマを流され、いつのまにか周囲での味方は誰一人いなくなった。もとからいなかったのかもしれない。


 ところが、三途に暴力を振るったり嫌がらせを行った生徒たちは、ことごとくすべての者が代償を支払った。


 髪を引っ張った者は理科の実験中、アルコールランプの火に誤って髪と触れてしまい、最終的に大火傷は負わなかったものの髪すべてが燃えて坊主頭となった。三途の髪を切ったものも同じようなことに巻き込まれた。


 水に顔をつっこませた生徒は水泳の時間におぼれて死にかけた。

 足をつらせて沈んだのだろう、と教師や保護者は推測していたが、おぼれた本人が言うには「水の中の誰かに足を引っ張られた」と一貫して主張していた。


 落書きしていた生徒は顔や体に赤い腫れ跡が発生した。その年に感染力の強い流行病がまき起こり、後遺症として顔に大きな痣がのこったらしい。

 暴力をふるった生徒は電車のホームで急に飛び降りたり(本人が言うには、ホーム側の誰かに手を引っ張られたとしきりに主張していたが誰も信じなかった)、自転車走行中、店のウィンドウにつっこんだり(ブレーキが切かなくてスピードも落ちなかったと言っていたがこれも誰も信じない)、とにかくあらゆる形で三途にしてきたことがそのまま自分たちに帰ってきていた。


 三途にちょっかいを出すと、自分たちに跳ね返ってくる。

 そんな認識が広がり、三途の川へ渡そうとしている、という由来から、彼はいつの間にか三途、とあだ名されるようになったのだ。

 言われた本人はたまったものではないが、やめてくれと言う気も失せた。とにかく危害を加えないのであれば、贅沢を言うまい、と三途は半ばあきらめてもいたのだ。


 寄宿舎やその周辺地域では誰からも避けられていた三途だが、ただ一人味方は存在した。それが後見人である。

 セーレ、という、日本人ではなさそうな名前のその者を、実は三途も詳しくは知らない。わかっているのはこのセーレという人物が三途を寄宿舎へ入れるために骨を折ってくれていたということと、三途のためにたくさんの支援をしてくれているということだ。


 セーレというのが本名なのか偽名なのかもわからない。男か女かもわからない。

 三途がセーレとコミュニケーションをとるのは、ほとんどメールのみで時折手紙が一方的に届くだけだ。

 つらい時、三途はセーレにメールを出した。こんなことがあった、自分は何もしていないのに。そんな愚痴めいたつたない文章を、セーレは律儀にすべて返事した。

 つらいときは逃げてもいいんです、そのときは私に教えてください。苦しいことでしょう、あなたはとても感受性豊かだから、と。私はあなたの味方ですから、と。

 そうして三途の心にも安らぎは訪れ、非行に走ることはなかった。


 三途の寄宿舎での生活は、おおよそそんなものだったのだ。

 

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