17話:危険な採取依頼の帰り道
当初の目的であった薬草の採取は終了した。依頼にあった薬草と分量をクリアし、ようやく帰ることができる。
「うん、これで採取は完了。あとはヒュージに薬草を預けて依頼の完了を報告すれば終わりだ」
「よかった。じゃあ、帰るか」
三途はぱっぱっ、と服に張り付いた雑草を振り払う。ぐっと伸びをして、薬草の保管された包みを持ち上げた。中身は草といっても大量に採取しただけあって、それなりに重量があった。
「シロガネ様」
セーレの視線の先にはシロガネがいる。シロガネは先ほどの大トカゲの骸を真剣なまなざしで眺めていた。
「シロガネ?」
「叩いても声をかけてもぼくらに気づきません」
セーレが淡々と答える。
「あの状態のシロガネ様は、たとえぼくでも動かすことはできません」
「相当集中してんな……」
「気が済むまで見守っていましょう。帰りの列車にはまだ時間がありますし、逃してしまったらこちらで一泊するのも手です」
「そうするか。……」
ふと思い立って、三途はシロガネの隣に立つ。動かない大トカゲの皮膚を、おそるおそるなでる。ぶよぶよした感触だった。
向こう側へ回って大トカゲの全身をじっくり観察した。月華の屋敷にあった魔物図鑑でちらっと似た見た目の魔物を読んだことがある。
うろ覚えでしかないが、少なくともこのたぐいの魔物はオアシスや街の砂漠のような地域に出没はしないと書かれていた。とするとおそらく外来種か、誰かのペットとして飼われていたのが捨てられたか。
(こんなでかくて物騒なヤツ、飼おうと思う人間がいるとも思えんが)
この魔物が住み着いている、という情報はなかった。突如現れたと考えるのが妥当だろう。
トカゲの骸に大して変わった点は見あたらない。
何かしらの原因によってオアシスに現れた。その原因がトカゲの周囲に存在すると思っていたが、三途には見つけられなかった。
「……うん?」
あきらめてシロガネを引っ張り上げる仕事に戻ろうかとしたとき。
三途の視界に、トカゲの流した血が映った。
ばっくりと裂かれた背中から流れる血は、もう固まりかけている。
血の流れを指でなぞると、血とは別の液体も指にからみついた。
「三途様?」
セーレが首を傾げながらこちらを見上げている。
「あ、ああ。何だかな、血に何か混じってる」
「何かとは?」
「わかんねえ。油っぽい紫の液? かな、これ」
「ふむ」
セーレは鞄から小さな小瓶を取り出した。きゅっと瓶のふたを開いてトカゲの血液をすくいとる。
「準備がいいな」
「恐縮です。シロガネ様のもとで働くようになってから、自然と身につきましたゆえ」
「経験の違いか……。俺は戦うしか能がないからなあ」
「役割の違いがあるだけです。お気になさらず」
「さんきゅう。
……それ、液体? だよな。何かわかるか?」
「現時点ではまだわかりません。シロガネ様のお屋敷で分析すればはっきりするとは思いますが、おそらく狂騒作用をもたらす薬液だとぼくは考えています」
「狂騒……?」
「はい。暴れ狂う意味での狂騒です」
そんなものがどうして、と三途がセーレに尋ねようとしたところで、「さて」というシロガネの声が遮ってきた。
「よし。終わり。すまないね、待たせてしまって」
「いや、いいよ。トカゲの死体見て、何かわかったことでもあるか?」
「うーん、何とも言えないね。不自然な点はいくつか見受けられるけど、詳しく調べる必要がありそうだ。判明したら君にも教えてあげよう、三途君」
「そりゃどうも」
そうして、三途はシロガネとセーレと共に、オアシスと砂漠を後にした。
帰りの列車の中で、三途はシロガネにあれこれ質問していた。とはいっても、シロガネに聞きたいことは一つだけだった。
「なあ、トカゲが現れた時、あんたは皮袋から粉をぶちまけて応戦したよな。あれは何なんだ?」
「ああ、あれは単なる粉末だよ。私の仕事道具でもある」
がたごと揺れる列車の中は閑散としていた。乗客は三途たちを除いて3、4人いるくらいだった。
セーレは疲労がたまっていたのか、シロガネの肩に頭を預けてすやすや眠っていた。
「トカゲにふっかけた粉末ーー粒子ともいえるかな。コレは特定の魔物に対して、一時的に筋肉を弛緩させる作用があるんだ。防御態勢と素早い動きを取らせないように、これで動きを制限させたというわけだ」
「なるほど……。じゃあ、俺とセーレの武器にかけた粉は?」
「あれは自然現象を武器に付与する薬草だ。これも一時的な付与だから、時間がたつと効果が消えるんだけど」
シロガネがローブの中からあれこれと、用途を説明しつつ粒子を三途に見せてくれる。
浜辺の砂のようなもの、ただの茶葉にしか見えないもの、今にも火花を散らしそうに音をたてるもの、よくよく見ると肉眼でもそれら粉末には特徴に違いが見受けられた。
「……あ、じゃあ、初めて会ったときに、敵に幻覚を見せていたのも」
「そう。強い幻覚を見せる粉を大量に振りまいたんだ。あのときは私もその仕事を引き受けていてね。黄金の蔦の武器、だっけ。あれを持った者を傷つけることができないから、同士討ちを狙ったんだ」
「そういうことだったのか。……すまん、おいしいとこ持ってっちまってた」
「いいよいいよ。むしろ大助かりだったからね」
「うーん……複雑だが、助かってたのならいいや」
列車が停車する。数少ない乗客が降りていった。
数分して再び列車は走り出す。
「そういえば、月華はずいぶんとあんたを嫌っていた」
「ああ、そうだったね。まあ、君がここにくるより前から、私は月華嬢とも仕事をすることがあったんだけど」
「月華に何かしたのか?」
「何もしていないよ。だからそんな怖い顔しないでって。仮に何かしていたら、おっかない鷹の爺さんと犬のお嬢さんに殺されてしまう。
単純に、私と彼女では仕事や戦いの価値観が異なるというだけだ。あの子は根本的に慈悲があり優しい。私はそんなもの持っていないから、月華嬢にはそれが理解できないんだろう」
「……そうか」
「仕事を仕事と割り切るかそうでないかの違いだよ。この界隈、人の命を奪う仕事だってぽんぽん舞い降りてくるからね。
月華嬢はたとえそんな人殺しの仕事でさえ慈悲を忘れない。けなげな子だよね。狩猟して生計を立てているのもあるんだろうけど、あの子は命の重さを知っている子だ」
「……」
「君を拾ったのが月華嬢だったのも、何かの縁だ。大切にしてあげなさい」
「そりゃもちろん、そうする……」
「うん。それがいい」
「だけど」
「何か?」
「俺はあんたをまだ嫌いにはなれない」
突然話題を変えたせいか、不意打ちだったのか、シロガネは三途の言葉に間抜けた表情を返した。そして喉を鳴らして笑いをこらえている。
「ふ、ふふ……っ、君は興味深い青年だねえ」
「そんなに変か?」
「変ではないよ。私のよく見る人間とはまた異なる本質をお持ちのようだ。そこが私の興味を惹いてくる。そんな君が踊る姿は私のそういった興味を惜しみなくかき立ててくる。ああ、ますます君の舞踊をみたくなった」
「ああ……、忘れてくれ……女役で舞踊なんて……いややるけど、知り合いに見られるのはマジできつい……」
三途は思い出して頭を抱えた。神流と計画している舞踊の披露当日まではあと半月を切っている。
稽古は充分に行い振り付けはすべて頭のなかにたたき込んである。
舞台と衣装は滞りなく準備できた。裁縫も得意だった月華の手伝いあってこそ、予定より早く仕上がった。
舞台のチケットは完売した。月華は特等席をしっかりと握りしめてくれている。
シロガネとセーレのチケットは、ヒュージが買ってくれていた。つまり三途と向かい合って席に座っている白髪痩身のこの男と、その男に寄りかかってすやすや寝息を断てている金髪の従者は確実に三途の舞踊姿を目にすることになるのである。
オアシスで大トカゲと戦っている時は戦闘に集中しっぱなしで忘れていた。が、自分のきらびやかに着飾った女装をさらすという羞恥を今更思い出した。
旅芸人として舞踊を続けてきた経験上、女役をこなすのは数え切れないほどある。
問題なのは、知人に見られるかどうかなのだ。
「……やべえ、舞台降りてえ」
「無理だよ。君って責任感強いから、恥よりも舞台の成功を優先するでしょ」
「悔しいほど当たってる……」
「楽しみにしてるよ」
「期待に応えるようがんばるわ……」
三途はうなだれて返した。
「ま、それはそれとしてだ」
「ああ?」
「君が私を嫌えないという話に戻るけど」
「脱線したんあんただろ」
「ごめんごめん。
で、だ。君が私に嫌悪の目を向けないのは、私の本当の姿を見ていないからだろうね」
「本当の姿?」
「そう。変身するわけではないんだけどね。私はね、ひとりで仕事をするときは無慈悲になる。そこに善人が救いを求めて手を伸ばしていたとしよう。私はその手を踏みつぶすようなタイプなのだ」
「……。俺たち味方には援護して死なないよう立ち回ってくれてたじゃないか」
「それはその方が好都合だからだ。あんな大トカゲに邪魔されて薬草をとれずに手ぶらで帰ったら、仕事を引き受けた人間としての信用がなくなるだろう? 君たちを生かしてトカゲを倒してもらえれば、私の利益につながるからね」
「……」
「何より、私にとってはセーレが枷になっているのもある」
「枷?」
「そうさ。私はどうも、セーレの前では良い人を演じてしまうようなのだ。この子に私の残酷な一面を見せて、どん引きされて、拒絶されたらと思うと怖くてたまらない。だからセーレのいる前では、少なくとも私はわりかしマトモでいられるのだ」
「セーレが……。そんなに大切な子なのか」
「うん。この子は私の人生をある意味変えた子だもの。代わりなんていないよ。君の月華嬢と同じようにね」
ここで月華の名前を出すな、という文句はおしこめた。
「君がいつか、私の本来の戦い方を目の当たりにして、それでもまだ同じことを言えるかどうか。ある意味楽しみだ」
「は……そん時はそん時だ」
「いいねえ。その退かない目つき、好みだよ」
「お褒めにあずかりどうも。残念ながら、俺のタイプは月華だからな。好意には応えられなくて申し訳ないが」
「それは残念」
そして会話がふっつりと終了した。
三途は窓から変わりゆく夜の風景を眺めていた。




