12話:その男、シロガネ
三途は、固まった眼前の敵を、いぶかしげににらんでいた。「どうなってるの?」という神流の問いにも答えることができない。
斧を振り上げたまま一時停止したその者の表情がじょじょに揺らいでいった。
にやりと嗤っていた顔から表情そのものが消えたとおもったら、今度は頬がひきつり目も大きく見開かれている。
「あ、ぁ……」
「……?」
敵が斧を落とした。ごんっ、と地面に刃が突き刺さる。
敵と三途の目が合った。その目は恐怖に彩られている。
さっきまで歯牙にもかけなかった三途を、おびえた瞳で伺っている。
目の前の者だけではない。三途と神流を取り囲んでいた者たちはすべて、例外なく行動を止めている。石像にでもなったのか? とさえ三途はうたぐった。
「いやだ」
「は……?」
「やめてくれ、いやだ、俺じゃない!!」
敵は三途から離れようと後ろへ下がる。が、その踵が落とした斧にぶつかり、盛大に後ろへこける。
「ぐえ」
わずかに刃と足がふれ合ったのか。転げた敵の足から血がにじんでいる。
(……あ)
三途がふと、ヒントから正解を導き出した。
黄金の蔦に絡みつかれた武器と防具。いくら三途の自慢の刀で斬っても一滴の血さえ流すことができなかった。
なのに、今すっころんだ敵は明らかに負傷した。
(単純なことだった。なんですぐに気づかなかったんだ)
三途は神流の腕を引っぱり上げて立たせる。
半狂乱になった敵は全員言葉にならない悲鳴を上げながら、あちらこちらへ武器を振り回す。
その切っ先はあらぬところをはしっていく。三途の読みとはまるで違う方向へ向かっていくこともある。
だがそれが幸運に転がる。
「くるなあああっ!!」
「やめてくれえっ!!」
「助け、助けてくれえ!!」
絶叫に狂って同士討ちを始めている。
黄金の蔦に巻かれた武器を四方八方へ振り回し、仲間であるはずの者たちを次々に殺し合っていく。
「三途……?」
三途の後ろにこっそり隠れて神流がたずねる。
「……俺にもよくわからん」
「何なの、あれ……。何か幻覚でも見てるみたい」
「幻覚……。幻術のたぐいか」
「そうかもしれないね。でも、どっちにしてもチャンスかも」
「そうだな。あいつらを倒す手だても見つかった」
「マジで?」
「簡単だ。あいつ等の持ってる武器で攻撃すればいいんだよ。
あいつらは俺たちの持ってる武器じゃ傷一つつかないが、あいつらの持ってる武器はダメージが通る」
「ほぉー。で、その武器はどう調達する?」
「……。これ」
三途は地面に突き刺さったままの黄金の蔦に包まれた武器を拾い上げた。さっきの敵が落としたままのようだった。
錯乱して味方を殺し合っていたターゲットたちは、すでに最後のひとりになっていた。
その生き残りの足下には死体が転がっている。いずれも血にまみれており、死に顔には苦悶が浮かんでいる。
力なく体を揺らす生き残りが、ゆらりと三途の方へ振り向いた。
「おまえも……」
「っ!」
「おまえも道連れだぁあっ!!」
武器を振りかぶって突っ込んでくる。考えなしの突進であれば三途にとって回避するのはたやすい。
振り下ろしてきた敵の斧を軽やかにかわし、すれ違いざまに黄金の蔦に絡まれた武器で切りつける。
今度は武器が弾かれることはなく、すんなり敵の胴体まで攻撃が届いた。
半信半疑であった推測が確信に変わった。
あの皮鎧は黄金色の蔦の装飾がほどこされている。そして持っていた武器も同じく蔦がからみついている構造だった。
蔦には蔦で対抗すればよかったのだ。あの蔦の装飾は少なくともこのあたりで見たことがない。国外か、もしくは異世界の輸入品なんだろう。
王国の、街の武器と常識がきかないのなら、鎧を作った国の常識で挑めばいいのだ。
三途の斬撃は浅かった。
敵はうなりを上げていまだ半狂乱となって武器を振り回している。
攻撃すべてが大振りで隙が大きい。もともと軽やかな動きと回避を得意とする三途にとっては、非常にやりやすい相手となっていた。
でたらめな武器の振り回しをすべてかいくぐり、とどめとして蔦の絡む武器で敵を切り上げる。
敵の鎧と喉を切り裂く。ぱっと血が吹き出て、三途にふりかかる。
敵はあっさりとこときれ、狂乱の表情のまま倒れ伏した。
おそるおそる近づいて、敵の息の根が止まっていることを確認し、ようやく三途はふうっと息を吐いた。
「倒した……の?」
神流が三途の背中にくっついた。
「ああ、全員死んだ。っつーか勝手に自滅しただけだ」
「そう……。はあー、ちょっと怖かった」
「俺も。……そうだ、月華は」
林の奥に引っ込ませておいた月華はどのあたりにいるだろう。三途はうろうろと周囲を見回していたが、すぐに見つかった。
「三途ー!!」
月華が猛スピードで三途に向かって突進してきた。
すんでのところで飛び跳ねそのまま三途にダイブする。
勢いを殺しきれず、月華ともども三途は後ろへ吹っ飛んだ。
「ぐっはあ!! なにしやがるチビ!」
「よかったーっ! 生きててよかったー!」
「ああ、ありがとよ……。でも今背中が猛烈に痛いです月華様。俺から少し離れてくんね?」
「やだ」
「このまま死体の山の近くで寝てろってか!?」
「三途ほどの力があるなら、私がいても起きあがれるだろう」
「こんなところで妙な信頼寄せんじゃねえ!」
ぶつくさいいつつも、三途は月華を抱えながら上体を起こした。はでに転がったねえ、と神流が苦笑する。神流の肩には、鷹のマデュラが止まっていた。
「けど……さっきのは何だったんだ。
急にあいつら錯乱して、同士討ちを始めてたけど」
「ああ、私も見てた。おそらくそれは幻術にかかってたんだろうな」
冷静に推理している月華はいまだに三途から離れない。
「幻術。旅先でちらっと見たことはあるけど、いったい誰が……?」
三途が月華を抱き抱えつつ立ち上がる。月華はいまだに三途から離れない。三途はもうあきらめた。
三途の疑問に月華は心当たりがあったらしい。苦い顔をしてにくげにつぶやく。
「……やっぱヤツのしわざだろうな」
「ヤツ?」
「幻術しかけた犯人の目星はついてる。たぶん、この近くにいる!」
「そうなのか?」
すると、月華から神流の肩に移動したマデュラが、鋭いまなざしでターゲットたちの砦をにらむ。
「マデュラさん?」
神流が首を傾げ、その視線の先を追う。
ぎいぃっ、と、砦の扉が開いた。
「!」
「生き残りがいたか!」
三途は思わず刀に手をかける。が、月華が制止した。
「大丈夫だよ、三途。あいつは敵じゃない。…………味方でもないけど」
「どういうことだ?」
「見りゃわかるさ……。あーあ……三途には絶対会わせたくなかったのに」
月華が盛大にため息をつく。
扉から出てきたのは、白髪碧眼の痩身男であった。
糊のきいた白いシャツに汚れはひとつとして見あたらず、しわ一つない紺のズボンに艶やかな黒い靴。
使い古されたコートを羽織り、右腕につるされた鞄からは三途の見たことのない花草がこぼれていた。
「こんばんは、月華嬢」
「……げぇ」
月華が三途の前に躍り出て男をにらみつける。
「月華様、相手が誰であろうと、挨拶をいただいたらお返しするものです」
マデュラが釘をさす。
「わかってるよ。
……こんばんは、シロガネ」
三途はシロガネという名前に聞き覚えがあった。少しだけ逡巡して、すぐに重い至る。
(そういえば、ヒュージが酒場で言ってたな)
この仕事を引き受ける前に、ヒュージから聞いた話にその名前が出ていた。
月華がいうには、絶対に会わせたくない相手とのお墨付きである。
シロガネ、と呼ばれた男は柔和な微笑で、月華の渋い顔を見返した。
「相変わらず、怒ったような顔をするね、きみは。かわいらしい顔が台無しだ」
「そーだなー。目の前の白髪男が消えてくれたらにっこりできるんだけどねー」
「そうか、その希望は叶いそうにないからずっと苦い顔のままか。残念だ」
「ほんとにな。ほんっとーにな!」
憎まれ口をたたく月華をよそに、シロガネは月華の背後にかばわれた三途に目をやった。
優雅に近づき、ふしゃーっ! と威嚇する月華など気にもとめない。
「……?」
「きみが三途君かな?」
「あ? ああ……」
「初めまして。私はシロガネ。これでも幻術師としてヒュージの酒場に登録しているよ」
「そうだったのか。
あ、ってことはさっきの幻覚は、」
「私が引き起こした幻覚で錯乱させたんだ。仲間割れして自滅を狙った」
「なるほど。……助かったよ」
「いやいや、なんと言うことはない」
シロガネがすっと右手を差し出してきた。反射で三途は握手で返す。
氷のように冷たい手だった。芯まで冷え切っている。
「三途君も神流君も、噂には聞いているよ。月華が気に入った旅人だとね」
「噂?」
「ヒュージの酒場でね。新しい子が入ったと喜んでいた」
「そうか……。まあ、役に立ててるならうれしいが」
「私としてもありがたい限りだ。これから良い関係を築こう」
「あ? 俺らでよければ……」
「やー!!」
握手を突き破るように、月華が割って入る。
「おい月華……。邪魔はだめだろ」
「だーめーなーの!! 三途は私のなーの!」
「なにがだめなんだよ……」
「私はこの子に嫌われていてねえ。仕事に対する価値観の違いともいうか」
「価値観ねえ」
「いいだろ三途! 任務は終わったんだから! 長居は無用!」
ほらほらっ! と月華は三途と神流の手を引いてずかずかこの場を去る。マデュラもシロガネに一礼した後、さっそうと空へ飛んでいった。
華奢ながらも月華の力は強く、三途でもふりほどくことができなかった。おたおたと月華に引っ張られるがままだ。
今夜は好きなもの作ってやるから、とか舞踊の稽古見せてやるから、とかなだめすかしても、月華の機嫌は直らない。
「一緒に仕事をするときは、またよろしく」
シロガネの低く涼しい声だった。視線だけそちらに向ける。
「いずれね、三途くん」
怪しい微笑をしたシロガネが、かすかにこちらに手を振っていた。




