序章:いつかみた窮地
斬! と渾身の一撃を振り下ろした。
目の前に立ちはだかっていた生命体を真っ二つに両断した。
がちゃがちゃと音を立ててそれは崩れていく。
辺り一面が、炎とさきほど壊した生命体の血液で赤く染まっていく。
鬱蒼と、それでいて荘厳さを持ち合わせた森にその面影はなく。
帰る家はすでに蹂躙され、仲間は次々ととらわれた。
必死の抵抗もむなしく返り討ちだった。
腕には自信があったのに。最強の力を得ていたのに、まるで攻撃が通らなかった。
残ったのは自分と、もう一人だけ。彼女を守ることができたのは不幸中の幸いだった。
刀を鞘に納める。体がだるい。負傷した腹部からじわじわとした熱が広がっていく。さっきから汗が止まらない。息苦しくて呼吸をするのも精一杯だった。
振り向くと、自分よりも華奢な少女が涙をこらえてこちらを見つめていたのがわかった。
使い込んだパチンコを握りしめるのは、泣くまいとする意地だろうか。
「もう大丈夫だ」
努めて笑ったが、上手に言葉をかけられただろうか。痛みはすぐ消えるはずなのに、体中についた裂傷はいまだ衰えない。
少女が駆け寄る。名前を呼んでくれた。ぼろぼろの自分にすがりついて、簡単には離れてくれそうにない。
「こら、服汚れるぞ」
こちらは血と汗と泥にまみれているのだ。うろうろと比較的綺麗な左腕で優しくはらいのけようとするが、彼女はよけいに強く抱きつくだけだった。
「かまうもんか……」
「……けがはないか」
「それはこっちのセリフだバカ野郎」
「はは……それだけ悪態つけりゃもう大丈夫だな」
彼女はすがりついて嗚咽をこらえていた。
改めてこの惨状を確かめた。
彼女と自分以外に味方はいない。
今のところ、視界に映った敵は端から端まで片づけたが、それでもいつ増援が来るかわからない。
炎の熱風が近づいてきて、頬が熱い。
ゆらめく陽炎に、視界が惑わされていった。
そこかしこには、獣たちの死骸が投げ捨てられている。焦げた臭いが鼻にまとわりつく。血の臭いでごまかせていたからこそ、こみ上げてくる吐き気は抑えることができた。
自分一人だけだったらまだどうにかなっただろう。だが今はこの小さな少女を守りながら戦わなければならないのだ。
この国最強とうたわれていたはずの自分が、今はこのていたらくとは。ふん、と自嘲する。
腹部の血は流れ続けてとまることをしらない。じわじわと熱が広がって、頭がぼーっとしてくる。ふらつく足を叱咤して、焦土に沈まないよう意識を保った。立っていることもままならない。
だけど、こんな無様な自分でも、傍らの小さな少女を守りきることはできる。
「なあ」
「どうした……?」
「抜け道は生きてるか?」
「抜け道? うん、まだ見つかってない」
「わかった。そっから逃げるぞ」
「……仲間を捨てて?」
「そうなるな。だけど、ここにとどまって死ぬよりは、よっぽどいいぞ」
それに、と続ける。
「生かしたままとらえたってことは、まだ殺さないってことだ。それにあいつらは簡単には死なないよ」
「……」
「お前が生き残れば勝ちだ。あとでいくらでも巻き返せる」
「でも」
「仲間を信じてやれ」
「……わかった」
少女の手を引いて、森のさらに奥へ進む。
道をそれて獣道に入り込んでいく。焼けただれた獣の死骸も木々も山積みにされて、ろくに葬られることもなく捨てられている。
少し行った先の茂みに、洞穴が隠れていた。
あえて木々を茂らせてこの抜け道を覆っておいたのが、こんな時に役に立つとは思わなかった。
この穴をまっすぐ行くと、森をでて街に避難できる。
少女は敵が多いため、こうした退路を森の中にいくつも作っていた。この洞穴もその一つ。
「まだ誰にも見つかってないな」
「うん」
少女はまだこちらの服の裾をつかんでいる。涙はとっくに引っ込んだようだった。
「ほら、先にいきな」
少女の背中をぽんと押す。入り口に立って、少女はこちらを振り返る。心配そうに顔をゆがめていた。
「なあ、おまえは?」
ばれてしまった。何も考えさせずに、この抜け道を歩かせようとしたのに。
「俺はここに残る。あいつらにもう少しつきあってやらなけりゃ」
「や、やだ! なんで! 一緒に逃げよう!」
少女がすがりつく。
「ここで敵を減らしとけばあとあと楽だろ」
「でも死んじゃうよ!」
「死なないよ」
「やだ!! 一人はイヤだ!」
金切り声が響く。敵に見つかるのも時間の問題かもしれない。
この少女が、ここまで強い感情に駆られるのは珍しい。
「一人にしないで……」
少女はこちらの胸に顔を埋めて離れようとしない。
(俺だって離れんの嫌だけどさ……)
頭をなでてやると少しばかり落ち着いてくれたようだった。
「平気だよ。死なないよ。たとえ死んでも、また生まれてくる」
「本当か……?」
「本当。俺にはそういう力があるんだからさ」
な? と困ったように微笑んで見せた。
納得いってはいないようだが、一人で逃げることは了承してくれた。
手を離して再び、洞穴へと足を向ける。
こちらを振り返ると、彼女のポニーテールが揺れた。
「約束だぞ。死んでも、生まれてこいよ?」
「約束するよ。だから、先に逃げな」
少女はうなずいて、洞穴の奥へ消えた。
がきんがきんと、機械の擦れる音が近づいてきた。
痛みが鈍ってきた。体が重い。
でもやらなければならない。
刃こぼれ激しい刀を握りしめ、再び戦場へと駆けていった。
異世界転生・最強主人公・バトルものの三要素を八島が書いてみたらこうなる的小説がスタートしました。今回は序章となります。次話から本格的に物語が始まりますので、しばしお付き合いください。
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