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Chain -鏡の道化師-【前編】  作者: 関 凛星
Ⅳ. 箱庭の中で眠る
28/28

第28話 悪夢の追憶【終】

※前編の最終回です。重大なネタバレ含む。

 初めて本作を読む方はご注意ください。

 ロブたちと再会できる日が来るとは。しかも、こちらに引っ越してくるとは。


 おそらく、僕が死んでからもう4、50年くらい経っているのだろう。実に早いものだ。リーゼルとセーベルも、二人が来るのを心待ちにしている。どんな人なのかは、まだ詳しくは伝えていない。


 人探しの方法を教えてくれたので、さっそく役所に行って妻と子供二人の名前を書いた。こちらにも期待を寄せつつ、ロブたちを迎える準備を簡単にしておいた。僕の自室の隣にある二部屋を少しばかり整えて、使ってもらおうと考えた。


 ロブの手紙に書いてあったことを思い起こす。メグもアーサーも幸せでよかった。エマも元気にやっていたようだ。ロブのところの三兄妹についても、それぞれ感心することばかりだ。


ただ…ロブ自身のことにはビックリした。ロブは結局 自分が何なのか分からずじまいだそうだ。いろいろ考えさせられる。確実に言えることは、あの家でとても恐ろしいことが行われたということだ。


「ハルのお兄さんって、どんなのだろうね?」


「うーん…でも血が繋がってないから、見かけは全くの別人かな」


「へぇ……」


「ぼくたちのこと…大事にしてくれるかな?」


「それは大丈夫だよ。とってもいい人たちだから」


 ロブとソフィアさんが来るこの日、僕は玄関を出て、外で二人を待っていた。知らない人が来るということで、リーゼルとセーベルには心の準備をさせたかったから、中で待っているように言った。


 ――来た。馬車の音が、徐々に近づいてくる。二人の駆け落ちを手伝ったときのことを思い出させた。


 やがて僕の前で止まり、両手に荷物を()げた二人が出てきた。すかさず僕は持っていたお金を騎手に渡した。


「おい、おごってくれるのかよ」


「僕からの感謝代だよ。僕は何もしてなかったから」


「そうか……ありがとう」


 ロブが荷物を地面に置き、僕たちは抱擁(ほうよう)を交わした。


「ロブ、久しぶり」


「ハルこそ。元気だったか?」


「うん、とても」


 手を解き、僕は二人の荷物を一つずつ持った。


「ああ、ごめん……」


「いいんだよ。さあ」


 荷物はそれほど重くなかった。玄関を開け、先に僕が入った。


「リーゼル、セーベル、来たよ!」


 彼らは様子を(うかが)うように、ゆっくりと僕のもとへ歩み寄った。が――


「――――!」


 ロブとソフィアさんを見た瞬間、リーゼルが腰を抜かした。


「あっ……」


 隣にいたセーベルが、手を取って立ち上がらせる。これを見ていたロブとソフィアさんは、彼らから五歩くらい間を開けて止まった。


「はじめまして。俺がハルの兄貴のロブ。そして、こっちが……」


「妻のソフィアです。よろしくね」


「…よろしくお願いします。ぼくがセーベル、彼がリーゼルです」


「…………」


 夫婦の挨拶(あいさつ)に、セーベルは行儀よく返す。リーゼルは目を()らして、どこかぎこちない。


「ごめんなさい、彼、ものすごく人見知りなので…」


「ああ、構わないよ」


 リーゼルが人見知りだとは意外だった。僕の前ではむしろ、初めから親しい雰囲気だったのに。


「…下がる?」


「…………」


 リーゼルは小さく(うなず)き、セーベルと一緒に奥の部屋に引っ込んでしまった。


「いつもと違うことが起こって、ちょっとビックリしているのかもしれないね…」


「そうだな。まあ、またそのうち慣れてくるだろう」


「ゆっくり、待ってあげましょう」


 こんな始まりだったけれども、ロブもソフィアさんも彼らを微笑ましそうに見ていた。きっと大丈夫だ。




「――それにしても、本当に綺麗な場所ね。いかにも楽園って感じ」


「あはは…、晴れた日にはいつでも満天の星空が見られますよ」


「まあ、素敵!」


 その夜は僕がご飯を振る舞った。出来上がる直前までリーゼルとセーベルが二階から下りてこなかったので呼びに行ったら、すぐにやって来た。


「さすがハルだな、めちゃくちゃ美味(うま)いよ」


「本当に美味(おい)しいわ」


「あはは…それほどでもないよ」


 幸い、二人には大好評だった。リーゼルとセーベルも“美味しい”と言ってくれたけれども、よく知った二人にも認められてよかった。


 一方、リーゼルとセーベルはどうかというと……セーベルはときどき僕たちの会話に参加してくるものの、リーゼルはこちらを見向きもせず、黙々とご飯にがっついていた。そして(たい)らげると何も言わずに、またすぐに二階に上がってしまった。セーベルも急いで後を追って、いなくなってしまった。


「あらあら…」


「行っちゃったな」


「きっと恥ずかしいんだね…。僕、様子を見てくるよ」


 大人が僕だけなら、多少は彼らの本音が聞けそうだと思った。テーブルの上を片付けた後、そっと階段を上がり、まずリーゼルの部屋のドアに耳を当ててみた。


 ――耳を、疑った。




「……はぁ、……ふぅ、……うぅ、――――」


「大丈夫、大丈夫……」




 リーゼルが過呼吸を起こし、セーベルがそれを介抱(かいほう)していた。一体どうしたのだろうか。とにかく、僕が割り込むべき状況ではないと分かったので、ひとまずその場を後にした。


「ハル、あの二人どうだった?」


 ロブは居間に移って、ソフィアさんとなごやかに談笑していた。


「うーんと、リーゼルが少ししんどいみたいで、横になってたよ」


「そうか…。悪いな」


「大丈夫かしら…」


 ロブが溜め息をつき、ソフィアさんは心配そうな顔をする。


「……しばらく、様子を見てみよう。もし俺たちに何かしらの原因があるなら、じっくり考えたら良いと思うし」


「そんなに考えすぎることじゃないよ」


「…まあな」


 ロブは自分が嫌われることに、すこぶる敏感になる。でも、物事はいいように考えなければ、進まないことが多い。


「時間が解決してくれるよ、きっと」


「そうかな…」


 それからは話題を変えて、僕たち大人三人のことを語り合った。互いに手紙で書いたことでも、直接耳にすると新たな発見があって面白かった。リーゼルやセーベルとの時間も大切にしたいけれども、ロブたちと時間を取り戻すことも必要だと感じた。


 この日のことについて、僕はセーベルのときのように、いずれは解決するだろうと考えた。だから、ああいう風に言った。何かのきっかけで、急に打ち解けることだってあるのだ。リーゼルがどんな問題を抱えているのかは まだ分からないけれども、きっと環境の変化に弱いのだろう。


ロブがかつて、自分の容姿が殺人鬼に似ていることを気にしていたことがあったけれども、それもあくまで見た目だけの問題である。いずれにせよ、二人とも優しい心の持ち主だから、リーゼルが心を開くのも時間の問題だろう、そう思っていた。




 だが、実際は違った。


 リーゼルはロブに対して、牙を()くようになった。





***





 暴言を吐く、殴るなど、あからさまに危害を加えたりすることはなかった。でも、意図的に避けたり、近づくと血色を変えて(にら)みつけたり……時には両手で強く突き飛ばしたこともあるらしいけれども、誰から見ても拒否しているのが明らかだった。睨んだときの目は、初対面のときに僕に見せたものよりも強く、しかしどこか余裕が感じられなかった。


僕やソフィアさんに対しては当たり障りのない感じで静かにしていたものの、僕とは会話が減った。笑顔が消え、最初の頃のように、一人でいるとき以外は常にセーベルと一緒に行動するようになった。


 どうしたものかと悩まされたけれども、僕が何か言ったところでエスカレートする可能性もあったし、僕たち大人には何もできなかった。きっと理由(わけ)があるだろうと話を聞いてあげようとしても、場の空気で察してすぐに逃げてしまう。セーベルなら事情をよく知っているだろうけれども、彼女もこれに限って訊きづらい雰囲気を漂わせていた。


 当事者のロブはそんな彼に対して、決して怒ったりしなかった。むしろ、悲しい顔をしていた。そして、僕たち大人だけで集まっているときに、いつも“どうしてだろう”と(つぶや)いていた。原因が分からない以上、ロブには彼を叱れなかった。


 セーベルは、僕の身内だということで安心しているのだろう、ロブたちとも仲良くやっている。でも、リーゼルの方は……何も解決しないまま、時間だけが過ぎていった。


 4、5か月近く、この状況が続いた。ついに心が折れたロブのことを、夕食後、居間で僕たちが(なぐさ)めていた。




「…………なんでだろうな」


「ロブ…」


「なんでだろう……やっぱり、この見た目かな。もし二人の言う通り、俺のしたことに非がないなら」


「…………―――」


「――分かってるんだぜ? 相手は子供だって。でも……」


 ロブはポケットからハンカチを取り出し、目元を覆った。隣に座るソフィアさんが、すすり泣くロブの背中を優しくさする。


「……俺、ここにいない方が良いのかな?」


「きっと、リーゼル自身の問題だよ」


「――――っ」


 鼻をすすり上げ、まばたきすると同時に、ロブの両目から涙が(こぼ)れ落ちた。


「彼、プライドは高いけど とても気さくで、いろんな話を僕にしてくれてたんだけどね…。どうにかして彼らと話ができないかな――」


 と、ドアの向こうから気配がした。


「……リーゼル?」


 僕が立ち上がり、ドアに歩み寄ると、足音で気付いたのか、気配はドア付近から向こうの方へと駆けていった。


「リーゼル……」


 彼らに二人のことを言ったとき、リーゼルも喜んでくれた。少しサプライズっぽくしたかったので、僕は“兄夫婦”という以外の詳しいことを言わなかった。それが(あだ)になってしまったようだ。


 ロブには悪いけれども、もしかしたら彼は殺人鬼を知っているのかもしれない。それで、ロブを同一視していじめている…ということもあり得る。もしそうならば、きちんと教えてあげなければいけない。としても、本当の理由は分からないままである。


 でも、僕たちのこの会話を聞いていたとしたら、ロブの落ち込んでいる様子も多少は察したであろうから、ちょっとくらいは考えてくれるようになるだろう。リーゼルは悪い子じゃない。僕たちは皆、そう思っている。


 だから、少しずつ分かり合っていけばいい。彼を待ち続けよう。そんな矢先のことだった。




 翌朝、一番早く起きたのは僕だった。着替えてからさっそく廊下の窓を開けると、気持ちいい風が吹き込んできた。今日も快晴だ。一階に下りると誰もいなかったので、きっとまだ寝ているのだろう。


 そういえば、廊下に飾っていた花瓶の花がしおれかけていたので、そろそろ取り換えなければならない。まだ全員が起きてくるまで時間があるので、花を摘みに外に出た。


 いつもと変わらず、柔らかな香りが僕を包み込んだ。こんな花畑に囲まれてずっと暮らしていると鼻が麻痺(まひ)しそうだと思うだろうけれども、屋敷に入ってしまうと一切遮断されてしまうのだ。窓を開けていても屋内に香りが移ったりしないので、こうやって外に出る価値が十分にある。まずは朝日を全身で浴びて風を感じ、眠気が覚めたあたりで色とりどりの花を必要な分だけ手折(たお)った。


 そうだ。ロブたちが来る前みたいに、彼らを花畑に呼び出して、三人だけで話をしながらゆっくりすれば、少しはリーゼルの心も静まるだろう。落ち着かせることから始めなければいけない。いつにしようか。いっそ今日でも――


「……!」


 すると、屋敷の方からセーベルが駆け寄ってきた。かなり焦っている。どうしたのだろう。


「おはよう、セーベル。どうしたの?」


「…………今すぐ、戻ってきて」


「えっ――あ、セーベル……」


 セーベルが(なか)ば強制的に僕の手を引っ張り、屋敷へと連れ戻した。玄関を過ぎ、僕は居間に連れて来られた。


「いいから、ついてきて」


「う、うん…」


 そこでは……ロブが死んだような顔でうなだれて、ソフィアさんも途方に暮れた様子でいた。


「ロブ…? ソフィアさん…?」


「ハル……大変だ」


「えっ…?」


「こっち」


 またセーベルに腕を引かれて、今度は二階に上がる。一体何があったのだろうか。


 セーベルはリーゼルの部屋の前で立ち止まった。そして、ためらいなく、ドアを開けた。


「…………」


 無言のまま、セーベルが中に案内する。


「あの、ここは――」


「確かめて」


 彼らの個人的なことは守ってあげたかったので、そこに入ることは少しはばかられた。でも、今日ばかりは やむを得なかった。


 セーベルに(うなが)され、部屋の中を見る。何も散らかっていないし、ベッドの上の枕や掛け布団もきっちり整えてあった。クローゼットの中もすっきりしている。とてもキレイに使っている様子だった。


「きっちりしているんだね、リーゼルは」


「――あのね」


 と、セーベルが少し声を張った。皆、今日は様子がおかしい。


「…ん?」


「よく聞いて」


「うん……」


「…………―――」


「…………―――」


 わずかな静寂が通り過ぎて、セーベルは口を開いた。




「リーゼルが、どこにもいないの」




「え…っ!?」


「ぼくがしっかり見ておけば……ごめんなさい」


 どういうことだ。確かに今日、まだリーゼルを見かけていないけれども。


「え、いや……、セーベルのせいじゃないと思うけど…」


「…………」


「いつからだと…思う?」


「たぶん……夕べの間に」


「そんな…」


 彼女が言ってくれたにも関わらず完全には信じ切れなかった僕は、彼の部屋と廊下の、それぞれの窓から外を眺めた。花畑は背が低いので、彼くらいの背丈の人物がいたら、ここから簡単に見つけることができる。しかし、どちらの方角から見ても、花畑には誰もいなかった。だとすれば間違いなく、リーゼルは森を抜けて、どこかに行ってしまったということになる。


「……探そう。リーゼルはお金を持っていないだろうから、たぶん、それほど遠くには行っていないはずだよ。指輪も、僕が持ってるから」


「…………」


「ちょっと、ロブとソフィアさんにも手伝ってもらおう。見つかってからのことも、考えないといけないから…」


「…うん」


 持っていた花をとりあえず花瓶に生け、再び階段を下りて、居間に戻った。


「今からリーゼルを探そう。僕とセーベルは森の外を見てくるから、お二人は森の中を一通り回ってきてほしいけど……」


「…おう、分かった」


「行きましょう、あなた」


 ここの森は、なかなか深い。一本道があるのでそこを通れば簡単に抜け出せるけれども、そこを外れると本当に迷子になる。一時的に距離を置きたくて――ゆくゆくは戻ろうという気で家出したなら、森を出ていない可能性もある。


 しかし、そうでなければ……そうでなくとも、僕が彼の指輪を故意に壊さない限り、どんなことがあっても、彼の主は僕であり、彼は存在し続ける。言い換えると、リーゼルはいつまでもどこまでも、逃げ続けられるということである。きっとロブのことで出て行ったのだろう。


でも…外の世界は彼らにとって冷ややかで辛いところだ。一刻も早く探さなければ、僕たちの手の届かない場所まで行ってしまう。また酷い目に遭わされるかもしれない。




「――セーベルなら、どこに行ったと思う?」


「…………」


 セーベルは口をつぐんだまま、僕の前を行く。双子であれば、片割れに関する勘がはたらくだろう。彼女に任せることにした。


「――ハル」


「うん?」


 ちょうど森を出たところで、セーベルは立ち止まった。


「セーベル?」


「ハルって、何年にこっちに来た?」


「何年に――西暦?」


「うん」


「えーっと……、1605年かな」


「…………―――」


「どうしたの?」


「無駄かもしれない」


「えっ?」


「…………」


 セーベルは無力を嘆くように目を閉じた。空は眩しいほどに晴れ渡っていた。









***









 目指す場所は、決まっていた。




 外は雨が降っていた。まるであのときのように激しく、音を聴いているだけでも身体が凍えてくる。よりによってなぜ、こんな日に――ああ、やめてくれ。聞こえなくなる場所まで、耳を塞いで駆け込んだ。


 階段の先は底なしの闇。どこまでも続く通路。人の気配は、全くもってしない。何度も出くわす分かれ道も、迷うことなく進んでいく。暗くて見えなくても、正しい道順は覚えている。扉の配置も、どこに何があるのかも、全て、この頭に焼き付いている。


 少しにおいがきつくなってきたころに、明かりによって視界が開けた。ひとまずホッとした。自分で火をつけるのも手だったかもしれないが、そんな余裕もなかった。


 やはり時が過ぎたからだろうか、以前よりもにおいが薄くなっていた。さらに予想外だったのは、きちんと掃除されていることだった。こんなところを掃除する者がいるとは……。この身体になってしまった以上、“見えない存在”に訊ねることもできない。


 扉の鍵は予想通り全て開いていたので、止まることなく駆け抜けていく。下り階段に差し掛かったところで、どこかから声がした。




『キミは幸せじゃないか』




 これは――ボクの声だ。他の誰でもないボク自身の声が、頭の中で響いているのだ。




『美味しいご飯を食べて、綺麗な服を着て、勉強も教えてもらって、親もいて――』




「…………―――」


 これらは皆、ボクがかつて自分自身に言い聞かせていた言葉である。




『だから、(よく)ばりはいけないんだ。“いらないもの”は、捨てなきゃ』




 ああ、その通りだ。その通りだった。どの言葉も、“正しい”のだ。




 でも、確かにそうだったけれども――そういうことでは、ないのだ。




 今度は階段を上り、これまた扉を開ける。ここもやはり鍵が開いて――正しくは壊れているのだが、すんなりと入ることができた。先程のところと比べて、かなり荒らされている様子だ。やはりあっちは核だから、守りが固いのだろう。この部屋の“本来の入り口”から、廊下らしき場所に出た。“あの部屋”は確か……そうだ、あそこだ。


 力を込めてノブを回し、中に入る。思った通り、貴金属や宝石は見事にやられていた。でも――




 ああ……“それ”は、変わらずそこにあった。よかった。




 急いで“それ”に近寄った。裏側を向いて壁にもたれかかっている。日付は、“February, 1585”。間違いない。手に取って慎重に、表に向けた。


 “それ”に描かれているのは――この家の家族だ。厳しい父親と、優しい母親。澄まし顔をする姉と、柔らかな表情の弟。傷つけないようにそっと、絵画に指を()わせた。







「お母様……」




 子供たちを心から愛していた母親。父親の暴力に心を病み、何もかもを捨てて出て行った。




「お父様……」




 この家の当主。厳格がゆえに、生ぬるい母親のことを酷く嫌っていた。認めてほしかった。




「お姉様……」




 普段はこの家の令嬢にふさわしい毅然(きぜん)とした態度を取っていたが、本当はとても優しい姉。この絵が描かれた七か月後、襲撃事件で死んだ。







「…………―――」


 これが、この世界でたった一つの、ただ一つの――――証明、なのだ。




 ボクがこの家の長男として存在していた、唯一の証明なのだ。









***









「――父さんな、天使を見たんだ」


「えっ…?」


「こう見えて昔は身体が弱くて、いつも病気してばっかりだったんだ」


「へぇ~、全然そう見えないや」


「だろ? そんなとき、父さん死にそうになってさ――というか、一回、死んでしまったことがあるんだ」


「えっ!!? 父さんが!?」


「ジョー、ビリー、ベル、自分の手首に指を当ててごらん。なんだか、ドクンドクンしてるだろ?」


「ほんとだ~!」


「それが、父さんたちみんなが“生きてる”っていうことなんだ。つまり…それが止まっちゃったんだ」


「そんな…」


「でも、ここからが凄いんだ。天使が父さんの前に現れて、なんと、生き返らせてくれたんだ。しかも、病気も治してくれたんだよ」


「えー? すごーい!」


「その天使は女の子だったんだけどな、とっても綺麗な子だったんだよ。もちろん母さんには及ばないけどな……」


「ほぉ、オレも見てみたいな~」


「だから、“ありがとう”って、その子に言ったんだ。そしたら恥ずかしかったのか、何も言わないですぐに逃げちゃったよ。――それにしても、あのときはとても心地良かったなぁ……」









◆◆◆









後編に続く。

ありがとうございました!

★これからについて (2017年1月~)


後編「Focus -鏡の道化師-」(n4002dr)

1/1(日)より、リンク解禁 & 同ページにて“今までのあらすじ”公開

1/4(水)より、連載開始!


以降、毎週月曜日に1話ずつ連載の予定。


“名家の御曹司(おんぞうし)から奴隷(どれい)へと成り下がった少年は――――

愛に(うと)まれ、奪われた救いの数々。そして――――

冷酷な運命から永遠に目を()らそうとしたそのとき――――

しかし、彼らもまた――――”


2017年7月頃に完結予定。

最後までよろしくお願いします。

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