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Chain -鏡の道化師-【前編】  作者: 関 凛星
Ⅳ. 箱庭の中で眠る
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第24話 箱庭と華

 目を、開けた。


 ここは……一体、どこだ?


 立ち上がって辺りを見回す。どうやらどこかの屋敷の中にいるようだ。ここはその玄関か。クレメンス家やエイリー家ほど大きくはなさそうだが、見る限りはしっかりとした作りである。


 こんなところに倒れているなんて…僕は、一体どうしたのだろう。また記憶が飛んでしまったのか。


 いや……違う。僕はハル(Hal)エイリー(Ailey)だ。エマの夫で、メグの父親、そして、ロブの弟でもある。この名前が本当の名前ではなく、ロブの父親から名付けられたものだということなども全部、思い出せた。完璧だ。


 この屋敷には僕以外に人がいる気配がしない。また、初めての場所にも関わらず、ここが僕の家だと見て取れた。


 しかし、なぜ僕一人だけがここにいるのだろうか。しばらく考えて、やっとその事実を受け入れることができた。




 僕は、死んだのだ。




 だから、ここは天国だ。感覚的に、僕は生前と変わらない姿をしていると思われる。服装は死んだときの寝間着(ねまき)ではなく、元気なときに普段身に着けていたような格好のようだ。


 そういえば…僕の姿は、死んでも鏡に映らないのだろうか。一度試してみたくなった。こんな立派な屋敷があるのだから、おそらくこの世界にも鏡はあるだろう。なくても屋外で反射するものを探したらどうにかなる。


 ということで、鏡を探しつつ屋敷の中を探索することにした。




 屋敷は二階建てで、天井が高い。一階にはキッチン、バスルームなど生活に必要な設備が集まり、二階には八つの寝室や書斎(しょさい)などがあった。窓を覗くと、屋敷の外には花畑が広がっており、さらにその周りは深い森に囲まれていた。水浴びができそうな湖も見える。玄関の方向に一本だけ道があったが、他に建物は見えず、人もいないようだ。屋敷の内も外も、とても広々としている。


 ところで、鏡は屋敷内にいくつもあったけれども、自分の姿が映ったものは一つもなかった。元気な間に、お抱えの画家に自分の顔を描いてもらえばよかった…と、今更ながら後悔している。生前にあった首の傷痕(きずあと)もこの目で確かめられなかったが、その辺りを触るとまだありそうな感じだった。


 僕は知り合いが少ないけれども、今のところ自分より早く死んだ人はいない。よって、当分 僕は一人で暮らすことになるのだろう。なんだか寂しい。


 “早く会いたい”と思ったけれども、ここが天国ならば、それは生きている人々を死へと(いざな)う言葉になってしまう。


 ――そもそも、会えるのだろうか、とも思った。天国といっても、ここがロブの言っていた“魔力を持つ人々だけが行ける天国”だとすれば、“持っていない”人には会えないということになる。


 僕は、22歳でこの世を去った。エマとメグ、そしてエマのお腹にいた子供には、これからも平穏に暮らしてほしい。ロブとソフィアさん、そしてその間に生まれた――もうすぐ生まれる子も合わせると――三人の子供たちにも、同じくだ。“こっちの天国”に来るかどうかは、気にしない方がいいのかもしれない。期待して外れたときに、落ち込んで引きずるようなことはしたくないと思った。


 彼らのこれからを祈りながら、僕は何をして過ごそうか。特に空腹ではないけれども、料理はいつも家にいた料理人がこしらえていたから、自分では作れない。掃除は なんとなく分かるけど、今のところする必要はなさそうだった。


 そんなことを考えているうちに日が傾き、この日は暗くなるとともに寝てしまった。




 それからというものの、魂だけになったせいか、食事を取らなくてもお腹が減らないし、寝なくてもそれほど眠くならなかった。料理は材料を買ってきて ときどき練習しているけれども、一人きりで食べる食事は美味しいのかそうでもないのか分からない。


 唯一楽しんでやっていたことといえば――書斎にある本を読むことだった。この家の書斎は四方の壁に本棚があり、天井近くから床あたりまで本がぎっしり収められていた。北側だけ、窓があるために一部が四角く くりぬかれている。


 本の内容は歴史、哲学、文学などさまざまで、その中には魔術の本もあった。どれも難しいけれど面白いものばかりで、まるで僕の好みを知っていて、僕のために用意されたもののようであった。


 ただ……読むのは楽しかったけれども、自らの手で魔力を発することはあれっきり――ロブたちの駆け落ちを手伝ったときっきり、なかった。


 正しくは、できなかった。本に書いてある通りに試してみても、何も起こらない。それどころか、駆け落ちのときにできた、魔力を使ってモノに働きかけることも若干怪しい。どうしてだろうか…?


 そもそも……“魔力を使う”という感覚が、僕の本能から抜け落ちているのかもしれない。それくらい、思い出せないものだった。あのときは、なんとなくできていたけれども……たまたまだったから、同じようにしようとしても、その“同じ”感覚が全くといって分からない。少し残念だった。


 魔術以外で特に面白かった…というより役立ったのは、この天国のことについて記された本だった。


 選ばれし者たちの子孫の中でも、その能力を血によって受け継いだ者だけが来ることができる場所――“楽園(Elysium)”。そこに住む人々は“天使(Celestia)”と呼ばれ、その頭には (さわ)れない“輪”が授けられている…らしい(僕は確認できない…)。


 それはさておき、そんな“天使”である僕たちは、一定の条件が揃えば“下界(げかい)”――かつて僕たちが生きていた世界に降りることができるという。


その条件とは、①…結婚している場合、配偶者(過去にそうだった者も含む)と、自らと血の繋がっている子供の全員が下界での生を終えている、もしくは、②…結婚していない、かつ子供がいない場合、自らの死後50年が経ってから。生きている親族や知り合いに干渉できないような仕組みになっているようだ。


 また、魂が楽園に来るときに割り振られる場所は、一人一人ランダムだそうだ。どうしてかは分からない。ただ、仮に家族全員が“持っている”家があったとしても、すぐに皆が再会できるとは限らないということだ。


 そして僕は、このような場所にいる。広い花畑の周りに深そうな森。よほどの方向オンチでない限り、ここに迷い込むことはないだろう。確かに綺麗なところだけども、僕は隔離(かくり)されているのだろうか、そんな風にも思えてきた。


 でも、ここに住めと言われたようなものだから、それ以上は考えないことにした。騒がしい場所よりはずっといい。本もこれだけあれば、暇にはならないはずだ。果てしなく先になるだろうけれども、のんびりと家族が来るのを待とうじゃないか。





***





 ある日、家の周りにある花畑に足を踏み入れてみた。


 僕が来る前に誰かが手入れしてくれたのか、それとも楽園だからか、とても美しい場所だった。花は見たことがあるものもないものも混ざって咲いており、放っておくと厄介(やっかい)なことになりそうな雑草は特に見当たらなかった。


 花はいい。柔らかな香りと花弁(はなびら)の質感は、僕たちの心を優しく()やしてくれる。いくつか摘み取って、家の花瓶に生けたいと思った。膝をつき、そっと茎に指を添える。


 思えば、生きていた頃は、こんなことなどできなかった。地に咲く花に()れるのは使用人のすることで、僕にはメグに花冠の一つを作ってあげることも許されなかった。どこであっても、貴族というものは縛りが強い。


 などと考えているうちに――気がつくと、僕は摘んだ花で冠を作っていた。無意識だった割には、丁寧に編んでいた。なるほど、僕は魔力の使い方を忘れても、これの作り方は覚えているのか。記憶にある限り、作ったのは今が初めてだけども。でも、魔法よりも、こっちができる方が幸せになれそうな気がした。


 かぶせてあげる相手がいないので、とりあえず自分の頭に乗せた。


 そうか……僕は独りぼっちなのだ。それがどんなに寂しいことか、身にしみて感じた。


 立ち上がると、膝のあたりに少し土が付いていた。こんなことをしていても、とやかく言う人々はもういない。でも…これはわがままだけど、誰か、この花の可憐(かれん)さを分かち合えるような人がいたら――と、そう思った。


その人というのはもちろん家族が一番だけども、その家族が来るまで、ずっと一人きりというのも退屈だと気付いた。だからといって、森の外に出て、自分から新しく友達を作ろうという気にもならない。誰かから積極的に“友達になってほしい”と言われたら、是非とも、と思うけれども。




 花を持ち帰り、屋敷の至るところに飾る。この屋敷には、使っていない部屋がまだたくさんあった。


 楽園に来たときに与えられる家は、死んだときの身分に加え、生前の素行(そこう)の良し悪しに応じたものだという。とすれば、僕のは……花畑の分までは広さに含まれていないだろう。素行がどうだったかはともかく、屋敷単体でも大きすぎるくらいだ。


 季節が違うせいか、そもそもあの花畑にないのだろうか、この日は百合の花を見かけなかった。なぜかは分からないけれども、あの花には()かれるものがある。結核が酷くなってから ロブがたびたびあの花を持ってきてくれたことも、とても嬉しかった。


 孤独をもて余しながら、時が緩やかに過ぎていく。屋敷には時計があったけれども、それ以外に今日が何年の何月かなどという手掛かりはどこにもない。教えてくれる人もいない。次第に、そんなことも気にしなくなっていった。





***





 楽園にも、雨は降る。


 シトシトという音が、屋敷の中まで響いてくる。今日、僕が書斎で読んでいるのは、クレメンス家の闇――“道化鏡(どうけかがみ)”の歴史だ。


 ひと昔前まで、クレメンス家以外の権力を持つ家も一部取り組んでいたらしい。しかし文脈からして、僕たちが生まれる50年ほど前からは、クレメンス家だけが行っているようだ。


 強い負の感情を抱いて生を終えた子供の魂を、造られた器に閉じ込めた存在。もとは100年ほど前に、錬金術のブームが到来した中で開発された傑作だそうだ。そこからご主人の言っていた通り、雑用をさせたりするための道具として、一定以上の階級の家に安値で取引されているという。さすがに製法は書かれていないが、一人あたり、ワイングラス一本分の硝子(ガラス)で比較的簡単に造れるらしい。


 また、“契約”――魔力によって主従関係を結ぶ際、互いに魂で繋がれるため、(あるじ)が死んで楽園に行くとき、その所有物になっていた道化鏡も共について行かなければいけないという。道化鏡にとって、主の死は単なるプロセスに過ぎないのだ。言い方を変えると、彼らはこの世とあの世を行き来できるのである。それが意に反することかどうかは、別として。


 そういえばこの前、森を出て買い物をしていたときだった。僕がよく寄る店に来るのは裕福そうな人が多く、使用人らしき子供を連れている人もいた。それから、行き帰りにそういう階級の人々ばかりが住む地区を通り過ぎるのだが、主人らしき男の罵声とともに、窓越しに……殴られたり、無理やり奥の部屋に連れ込まれたりする子供の影を見てしまったことが何度かある。


この楽園で、使用人である子供といえば ほぼ全員が道化鏡だと言われているようだ。彼らは同じ人の命なのに、造られた身体だということで人ではない扱いを受けている。そしてそれが、この世界ではごく当たり前のことである。


 だからだろうか。多少(むご)たらしいことを下界でやっていても、楽園に来るとき、一定の地位や権力を持っていることで赦免(しゃめん)されることが多いらしい。ここは本当に楽園なのだろうか。そうとも疑い始めた。


 まあ、クレメンス家と縁を切った僕たちには、関係の薄いことだ。僕は人に 自分ができることをわざわざ押し付けるのは好きじゃない。だから楽園では、使用人を雇わないようにしたいと思っている。ただ、エマたちがここに来て、それに反対されたら別に構わない程度のことだけども。


 ところで、雨の音は心地よい。自分の中の汚れたものを洗い流してくれるようで、そのまま目を閉じるといい夢が見られそうな感じがした。記憶にある中で最初に聴いた音だからかもしれないが、とても好きだった。晴れの日も もちろん好きだけども、たまに雨降りの日があるのもいい。


 本を閉じ、廊下に出て、大きな窓から外を眺めた。花や木にとっては、雨は天からの恵みである。


 吹き降りではなさそうだったので、窓を少し開けた。涼しい風が入ってくる。直接 耳に降りそそぐ音が、何よりも気持ちよかった。


 ああ…いつまでもこうしていたい。そう感じたときだった。




 ……ばさっ。




 かすかに、違う音が混じった。何だろうか。屋敷の外から聞こえた。


 外に出てみようと思い、階段を駆け下りる。(さいわ)い、この屋敷にはいくつも階段が設けられていた。それにしても、広い。なかなか玄関まで辿り着くことができなかった。


 脚がもつれそうになりながら、やっとのことで玄関まで来ることができた。そっと扉を開けようとした。




 …ん?




 開かない。何か、つっかえているのだろうか。


 もう一度試してみる。力ずくで押したら開きそうだったが、扉やつっかえているものを壊してしまいそうで怖くなった。確か裏口があったはずだ。


 ――そう、ここだ。こちらはあっさり開いた。少し雨に濡れるけれども、緊急のことだから仕方ない。駆け足で、玄関の前に向かった。


 そこにあったのは……


「――――!」




 倒れ伏す、二人の子供だった。




 間違いない。彼らにはまだ息があったが、かなり衰弱していた。どこかから逃げて来たのだろうか、それとも――


 いずれにせよ、助けなければいけない。僕は一人ずつ抱きかかえて、屋敷の中に入れた。

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