第22話 十字架 - 1.28.1628
「あうっ!!」
「いい加減吐けよ、この野郎めが!」
「ぐはっ…!」
「……どうだ、あの化け物はどこにいる?」
「だからとっくの前に死んだって――」
「だからそれはもう聞き飽きたんだよ!!」
「うぐっ!!」
「せっかく素晴らしい頭を持っていると聞いたから、呼んでやったというのに……」
「…………」
「都合の悪いことには、鈍感なんだな、てめぇは」
「…………」
「てめぇ、においを嗅いだり舐めたりするだけで薬品の組成が分かるらしいな」
「…………」
「あの伝説の秘薬も、ひとつまみ舐めただけで当てたんだろ?」
「…………」
「うらやましいよ。あんな猛毒を口にしても、びくともしないんだからな!」
「んがっ!!」
「だったら、このクスリの中身もさっさと教えろよ」
「――――っ」
「このクスリの組成と てめぇの父親の居場所さえ教えてくれたら、命は助けてやると言っているだろう」
「…………」
「それともあれか、てめぇの家族まるごと、どうなってもいいっていうのか」
「それは――!」
「なんだよ、都合が悪いことには口を出しやがって」
「――――」
「…それにしても、てめぇはよく似ているよ。やっぱりあいつの血を引いているものだ」
「…………」
「あはは、気持ち悪い……」
***
よりによって、国の最北端からの出発だった。あの街は南部の端にあるから、結構な長旅になってしまう。それでも、もしかしたら間に合うかもしれない。そう願って、ただただ足を進めた。
途中でジョーのいる町を通りそうになったが、あえて避けた。遠回りになってでも、一人だけで成し遂げたかった。犠牲になるのは、俺一人で十分だ。
帽子を深くかぶり、赤い癖毛や大きな目が目立たないように装った。そして、できる限り人と会わないように、会っても目を合わせないようにしながら、特に怪しまれることもなく、南へ下りていくことができた。
ルイスの本邸の場所は、まだ家にいた頃に親父から教えられていた。あの地下が使えない以上、そっちにいるに違いない。 というか、地下が使えなかったら元も子もない気がするが。まあ、確か親父の部屋に置いていた大事なモノとかは盗んだみたいだから、それを便りに…というところだろうか。
いずれにせよ、奴らの目当ては俺だ。俺が捕まっても奴らのことだから、すぐに解決したとは呑まないだろうけれど、それでもビリーたちの命を奪うマネは止められるかもしれない。
どうか、待っていてくれ……。
***
例の街まで、思ったよりも早く着くことができた。
もはや隠す必要はない。帽子を脱ぎ、少しだけ伸びた髪を晒して、いつ捕まっても良いようにした。怖くなどなかった。ビリーが酷い目に遭っていることを想像する方が、ずっとずっと恐怖だ。子離れできていないとか、そういう問題ではない。これは一大事である。
最後だから、急ぎながらもじっくり街を見て歩くことにした。焼けてなくなった屋敷な跡。自分が生まれ育った場所。ハルとお忍びで出掛けた街の通り。俺が住んでいたときよりも、なんとなく人が減っている気がする。そして、人々の顔に活気がない。一応、治安は保たれているようだった。
屋敷跡から街を突っ切った先の外れ――ちょうどこの街における、俺の屋敷と反対側に、目指すところがある。門がチラッと見えたところで、俺は立ち止まった。脳裏に浮かんだのは、さまざまなビリーの姿だった。生まれたとき、ジョーとケンカして泣きじゃくっていたとき、ベルにおやつを分けてあげたとき、俺に好きなことを教えてくれたとき、試験に合格して喜んでいたとき。入寮する日、別れ際に見せてくれた笑顔。それから……ルイスに虐げられて、苦痛に顔を歪める姿。
心の準備は万端だった。迷いもなかった。正面から堂々と、俺は門番の前に現れた。
「どうも」
若い門番は俺を見て、首を傾げた。とぼけているのだろうか。俺は両手で門番の頬をわしづかみにした。
「……!!?」
「俺だよ、息子はここにいるんだろ。さっさと案内しろ」
***
親父のところよりも、少しだけ新しい屋敷だった。作りも大体同じだったが、王様気取りというか、何というか、至るところにジャラジャラと装飾品を散りばめるのはどうかと思う。
連れてこられたのは、やはり奥の方の部屋だった。まだルイスには会っていない。通常、当主たる者本人が捕虜などに直接関わることなどないが、そこの違いがクレメンス家の特殊なところだ。
半ば押し込まれるように、部屋に入った。部屋の窓は全てカーテンで覆われ、昼にも関わらず真っ暗だった。血の腐るにおいがしているけれども、まだ手遅れではないと確信した。
人の気配がした。足音を極力立てないようにしようとするけれども、広いせいか、吐息のように わずかな音でも響いてしまう。
吐息。
この部屋には、俺以外に二人いる。一人はビリー、もう一人はおそらくルイスだろう。でも足音は、俺の分だけである。
火をつければ済む話だった。でも、屋敷が燃え、親父が死んだときのことを思い出して、怖くて使えなかった。
「ビリー!」
声を張り、その名前を呼んだ。
「――――!」
返事はなかったが、向こうの方で大きく息を吸う音がした。俺はともかく、ビリーに何か危害が加えられることは絶対にあってはならない。これが俺だけに対しての罠なら、進んで引っ掛かってやろう。もう投げやりだ。俺には未来がないのだから。
周囲にあるものに気を付けながら、慎重に、気配のする方へと歩み寄る。手を伸ばし、暗闇の中でビリーの姿を探した。
すると……右手に、髪の毛のようなものが当たった。
「……!」
……感触に、見に覚えがあった。そのすぐ近くでもう一人、息をする存在があった。そちらに腕を伸ばした。
ああ――思っていたよりも悪いことが起こっている。
「父さん…?」
最初に触った頭は、ビリーではなかった。“二人”は背中合わせになって、椅子に縛られているようだった。
ガタン。
「久しぶりだな、ロバート。気分はいかがなものだ?」
「……っ!!」
40そこそこになったルイスが、ロウソクを片手に不敵な笑みを浮かべて入ってきた。意地の悪そうな目付きは一切変わっていない。
たった一本のロウソクによって、部屋全体が照らされる。
部屋には――所々に大きな血溜まりの痕があり、中心で息子二人が、顔や身体に傷やアザを作ってうなだれている。
「なぜ…」
「あっはははは、こちらこそ驚いたよ。なんて滑稽な画なんだ。親子が同じ年格好をして、いやぁ、そもそも――」
「もうこいつらに用はないだろう」
「……ああ、まぁ。だから放すよ」
ルイスは二人を縛る縄を手荒くほどき、引きずるように立たせた。
「これで文句ないか?」
突き放すように背中を押され、よろめく。その虚ろな瞳を見ていると、こちらが惨めな気持ちになってきた。
「…おう」
「じゃあ、お前でいろいろ“実験”させていただこうか」
「――――」
覚悟はできていた。二人は目を見開き、ルイスに一歩近づこうとした。
「ジョー、ビリー、俺は大丈夫」
「……」
「でも…オレたち…」
「早く」
これ以上二人を傷つけられたくなかった。そして、逃げきって、完全に元通りでなくとも平穏に暮らしてほしかった。
二人は互いに顔を見合わせて、しばらく立ち尽くしていたものの、やがて玄関の方へ足を進めていった。それで良い。ルイスも何も言わなかった。
「ふっ、あの才能を逃がすのは惜しいが……また捕まえて、搾り取れば済むことだ」
「お前っ――!」
俺はルイスの胸ぐらに掴みかかった。ルイスは余裕の表情を変えない。
「ふむ……年を取らない、か。面白いものだな。まさかこんなに早く実現できたのか?」
「…どういうことだ」
「さぁ? こっちも訊きたいよ。まぁ、解剖したり身体の組成を確かめたりしたら、少しくらい分かるだろうな?」
「…………」
おそらくルイスは俺自身が知らない俺のことを、半分くらいは知っているのだろう。でも、肝心なこと――例えば、なぜ年を取らなくなったのかは向こうも疑問なのか。一応はっきりしたことは、そんな俺を使って実験をするのが一番の目的だということだ。
「じゃあ先に、お前にアレでも見せておこうかな」
「……?」
ルイスに腕を掴まれ、後に続く。部屋の隅にある小さめの扉から強烈な腐臭が漏れている。かつての地下牢獄を彷彿とさせた。
「お前には直接関係ないけど――」
扉が開かれた。窓のないこれまた真っ暗な部屋を、ルイスのロウソクが照らす。
俺がルイスより前に立たされる。足元に目を落とした瞬間、一気に血の気が引いた。
「――――!!?」
いくつもの死体が転がっていた。血は黒ずんで固まっている。大人の女性二人と、子供が四人。腐敗が進み、どんな顔をしていたのかも分からなくなっている。女性のうち片方は、なんとなくお腹が出ていた。
――これは、まさか。
「そういうことだよ。財産もきっちりいただいた。もういいか?」
思わずルイスの方に振り返った。
「未来がないのは、奴らも同じなのに。一体どこに逃げようというのだろうなぁ…」
なぜここまで、彼らを痛めつけるのだろう。
「……もうあいつらに手を出さないでくれ」
「さぁ? 約束できるかな、そんなこと」
「…………なぜ」
「なら教えてやるよ。お前の最期に」
腕を強く引っ張られて、扉が閉められる。俺や息子たちに向けられるルイスの目が、もはや人を見るものではなかった。
***
こちらの家も、実験室はやはり地下にあるようだ。俺のいた家よりはまだ小規模だったが、本家のノウハウ通りにしたのか さまざまな見覚えのある機具が完備されていた。
俺はルイスに言われて服を全て脱ぎ、寝台に寝そべった。変に抵抗するとまた息子たちに危害を加えるだろうから、おとなしく従っておくことにした。とはいうものの、いざとなると、まだ生きながらえたいという気持ちが湧き出てくる。
と、いつの間にか白い衣服に着替えたルイスが、薬品らしきものが入った瓶を一つ、持って来た。瓶の中は……恐ろしいほどに鮮やかな、碧。ハルの瞳と、全く同じ色だ。見てすぐに、それが猛毒だとも察した。
「このクスリは、お前の家から盗んできた秘薬……。どうだ? 味見してみるか?」
「…………」
俺は首を縦にも横にも振らないで、ルイスの顔をじっと見てやった。
「まぁ、お前には無害のはずだよ」
「……?」
「あいつら二人にも飲ませたけど、びくともしなかったし。でもさ、あいつらだけが特殊体質だったら困るから、念のためだよ。とにかく、お前が“アレ”だという証拠がそれで確かなものになる」
「……“アレ”って、何だ」
「飲んだら、教えてあげる」
「…………―――」
どっちにしろ“飲め”ということだろう。親父の研究室にはいろいろ薬品があったけれども、跡継ぎでない俺は、それらについて何も教えられていない。もちろん、目の前にあるこの薬のこともだ。
「よこせ」
騙されたと思って、ルイスから瓶を奪い取り、起き上がって一気に飲み干した。
どぎつい色をしていた割には…美味い。適度に甘く、適度に酸っぱくて、めちゃくちゃ美味い。でも…そう思った瞬間、喉の奥から飲み込んだものが消え去る感覚がした。なんとも不思議な薬品だった。
そして、飲んでしばらくじっとしていたが…何も起こらなかった。
「……?」
無害だったら、どうなるんだ。
「ふふっ…ふっはははは……」
何が面白いのか、ルイスが腹を抱えて笑っている。
「やっぱり…、本当だったのか……ははは」
髪をかき上げ、ルイスが向き直った。
「確かめさせてくれて、ありがとう。じゃあ、約束通り――」
「――――」
咳払いをし、その口が開かれる。
「お前は、お前の父親の“最高傑作”なんだよ」
「…俺が?」
「ちょっと言葉が悪かったねぇ。もっとストレートに言ってやろうか?」
「……おう」
「お前は、人ではない」
「――は?」
「そして…お前のその身体は、お前のものじゃない」
「…何を言ってるんだ」
「面倒な奴だなぁ……分かった分かった」
俺の手から空になった瓶を取り去ると、ルイスは椅子を持って来て、俺の前に腰掛けた。
「かつてお前の父親には、レイモンドという名の息子がいたんだ。でも殺人鬼に殺されて、オレ一家に乗っ取られることを恐れたんだろうな。そこで――」
「そこで?」
ルイスが手のしぐさで、俺に横になるように指示した。
「代々家に伝わる技術を応用して、レイモンドを“蘇生”することにしたようだ。でも、そこである意味 予想外の出来事が起こった。レイモンドが殺された二日後に、どういうわけか殺人鬼が殺されたんだよ」
「…………」
「それを知ったお前の父親は…さらに良からぬことを思い付いた……ふふ」
ルイスは不気味に笑い、背中に隠し持っていたものを俺に見せた。今度は透明の薬品が入った瓶だ。
「今度はこれを飲んでくれ」
「…分かった」
いっそ毒でも構わなかった。だから、ためらうことなく口に入れた。
「…………」
飲み干したところで、徐々にウトウトしてきた。ルイスが耳元で囁く。
「哀れな化け物め…お前はレイモンドの代用品なんだよ」
「――――?」
「殺人鬼でさえ材料にするとは…叔父も相当イカれてるらしいな」
「…………」
意識が薄れていく。目を開けているのも、辛くなってきた。ルイスが何か光るものを持っている。そうか、それで俺を――
「その仕組みを、オレにも教えてくれないかな……!」
意識が飛ぶ寸前、俺の腹に地獄のような痛みが走った。叫ばずにはいられなかった。
声を出した瞬間、身体が一気に落ちていく感覚に陥った。底なしの奈落へ、真っ逆さまになって――。
すると今度は急に、ふわっと浮き上がる感じがした。何か見えないものに ひょいと持ち上げられたように。
これらが、たまらなく快感だった。痛みもこの気持ちよさに溶け込み、次第に薄れていった。
ふと下を見ると、俺の身体はルイスの手によって、無惨に切り裂かれている。大きな目は見開いたままで、割れた腹から見てはいけないものが飛び出ている。
対してこの意識は、上へ上へと昇っていく。目指す場所はどこだろうか。
できれば――いや、必ず、まずソフィアに会いたい。もう20年近く経っているから、もしかしたら そちらで新しい相手と暮らしているかもしれない。それとも、ずっと俺のことを待ってくれているかもしれない。前者のときは…一緒に暮らすことは諦めても、せめて文通程度で繋がっていたい。後者のときは…もしもソフィアが“一緒にいたい”と言ってくれたら、俺は喜んで傍にいよう。そして、大きくなった三人のことを、たくさん話そう。
それから、ハルにもまた会いたい。ハルには明らかに魔力があるから、その有無が分からないソフィアよりは確実に会えそうな気がする。まあ、ソフィアと二人きりで過ごす時間はたくさん欲しいけれども、そこにハルも入れて、駆け落ちをした頃みたいに皆で楽しく語り合いたいという願望もある。
でも、ルイスの言う通り 俺が人ならざる存在であるならば、天国へは行けないかもしれない。それでも…この意識が下へ落ちることはない。行き先はやはり、天国なのか。
この意識さえ消えかかりそうなとき、最後に浮かんだのは、幼き日のジョー、ビリー、ベルの姿だった。ああ……このときはソフィアもまだ生きていて、本当に幸せだった。それが今は…三人とも、俺のせいで追われる身となっている。
どうか、逃げ切ってくれ。俺みたいに、こんな惨たらしい目に遭ってほしくない。時が来たら、また一緒に話をしようじゃないか。とにかく、自然と神様からの迎えが来るまでは、生きていてほしい。
――神様。
“道化鏡”という技術。“俺”という技術。
こんな ろくでもない技術が生み出される世界に、神様なんて存在するのだろうか。




