第21話 台頭 - 12.10.1624~1.9.1628
俺は長かった髪をバッサリ切って、各地を転々としながら、実質的に個人で配達人の仕事を続けた。報酬はほんの少しずつ。単純に送り主から届け先のもとに行って、そのまま自分も町を移る…ということの繰り返しだった。
何度も同じ町に来てしまうのは仕方なかったが、成り行きでクレメンス家のあるあの街に来てしまった場合は、なるべく早く立ち去るようにした。万が一 見つかったらどんな目に遭わされるだろうか。ただでは済まされない。
そもそも、なぜ年を取らなくなったのかがよく分からない。クレメンス家で食っていたものに何か入っていたのだろうか。だとすれば、ハルが早くに死んでしまったこととも関係があるのだろうか。もう25年ほど前(もうそんなに前になるのか、時の流れというものは早い…)だから、確かめようがないけれども。とりあえず、髪も爪も伸びるし、血も涙も汗も流れるから、まだ俺は大丈夫だ。
年が止まったことで嫌なことも多かったが、一方でそれが便利だと感じたこともある。例えば身体が若いままだから、息子や娘が小さかったときと比べて体力の落ちを全く感じなかった。よって、一日に歩くことができる距離も結構な長さで、足も軽かった。
息子二人と娘からも、ちょくちょく手紙が来た。町を移動しては俺から手紙を出し、返事が全員から来たら仕事をしてまた移動する。ジョーのところは男二人、ベルも長男と双子の娘が生まれた。孫……実感が湧いてこないが、一目見てみたいという気持ちは強くあった。二人とも、温かい家庭を築いて幸せに暮らしているようだった。
一方でビリーは、まだ大学で勉学に励んでいる。俺はその学費と研究費のために、毎回少しずつ金貨を同封して送っていた。尚、彼らの手紙に関しては、俺が直接届けることはあえてしなかった。
そんなときに……一度だけ、三人の手紙に同じことが書かれていたことがあった。全員、1624年の、12月10日のことだった。
まるで悪夢のようだった。
酷い頭痛で、しばらく動けなかった、と。
一体これは何だ? 間違いなく俺のせいだ。
せめて子供たちには、俺と同じ辛さを味わってほしくなかった。そう思っていたのに…。
しかし…起こってしまったからには どうしようもない。俺は三人に、謝罪と、今まで言わなかった大事なことを手紙に書いた。
それこそが、俺がクレメンス侯爵家の長男だったということと、俺が知る限りの、その家で行われていた人体(人霊?)実験のことである。今まで三人には、“俺は良い家の出身で、ソフィアとの結婚を許されなくて、血の繋がっていない弟に協力してもらって駆け落ちした”…くらいに、ぼやけた説明しかしていなかった。
ただし、巻き込まれることが一番怖いので、クレメンス家のことについては一切 調べたり近づいたりしないように…とも手紙に記した。今回はあくまで、必要だと思って、黙っていたことを告白しただけである。
しかしまだ、悪夢は続く。それとも、この三人の頭痛が前触れだったのかもしれない。
1625年8月4日。
親父が、アイザックに殺された。
このとき俺はたまたま、その街に滞在していた。
***
夜空を割くように燃え上がる炎。門の前では街中の人々が寄ってたかって、時には悲鳴を上げながら、焼け落ちる屋敷を見ていた。
俺もその人々の中にいた。このときの景色は、現実ではなかった。ただただ茫然と立ち尽くすだけで、言葉を発す力さえも入らなかった。
親父の兄貴一家の仕業に違いないと、すぐに分かった。そうでなければ、ここまでのことはできない。あの技術を盗みに来たのだろう。あとは、長年の恨みか。
どこかから子供の叫び声が聞こえた。無理はない。こんなものを目にしたら、しばらく眠れない日が続くだろう。そんな俺自身も、その後何日か眠れなかった。
事件の詳細は、隣の町に移って何日かしてから、コーヒー屋に置いてある新聞にて明らかになった。
首謀者は親父の兄貴の長男――俺の従弟にあたる、ルイス。俺は13歳の誕生日のときに一度しか見かけたことがなかったが、なかなか性格の悪そうな奴だった。その父親は数年前に他界していて、ルイスが家督を継いでいるらしい。ちなみにハルと同い年だ。
アイザックをそそのかして親父を殺させ、アイザック自身も自殺したという。その妻子も火に巻かれ、親父の血筋は途絶えた(ことになっているが、実は俺が繋いでいる)。動機はやはり、父親の恨みを晴らすためと、自分たち一家が本家として、財産(という名の技術)を所有するためらしい。
親父が死んだ。涙は出なかったけれども、純粋に悲しかった。家から出て行ったことは後悔していない。もう一度顔を見たかったとも特に思っていない。でも、せめて、こんな死に方はしてほしくなかった。
これからはルイス一家があの街を統治する。もはや俺には関係ないことだ…と、新聞を閉じようとした。と――記事の端に、何か書いてあった。
“WANTED”。思わず二度見した。
“ロバート・クレメンス、44歳。赤い巻き毛に、ギョロっとした灰色の目。16歳当時は細身で中背。重要人物のため、見かけた者はすぐに連絡を”
……面倒なことになった。あの家から逃げきれた地点で、俺は縁を切ったも同然だと思っていた。今更 俺のことを取っ捕まえてどうする気か。まあ、生きたまま帰してはくれないだろう。ところで俺は老いないのに、死ぬことはできるのだろうか。
とりあえずあの家の力が及ばない場所まで行き、逃げ続けることだ。ジョーとビリー、ベルには、追われていることと、今後手紙を出さないようにということを送り、以後 文通を絶った。とにかく、彼らが巻き添えにならないようにしなければいけないと思った。
特にベルは心配だった。ベルが嫁いだロイド家の本邸は、まさにあの街にあった。金髪以外は俺によく似ているから、まさかのことがあったら…と思うと、眠れなくなる。
そして毎日のように、コーヒー屋にて新聞に目を通すようにした。よほど酷い燃え方をしたのだろう、屋敷の焼け跡から親父たちの遺体が見つからなかったらしい。“奇跡的に助かった”――すなわち“人ではない”使用人たちについては、ほぼ全員がとりあえずルイスの家に引き取られたそうだ。
肝心の地下部分だが、瓦礫で入り口が両方埋もれてしまって、しばらくの間は撤去作業が行われるという。……もし牢獄の中に再び子供が捕らえられていたとしたら、その子たちはまず助からないだろう。
俺の指名手配の記事は、依然として載っていた。徹底的に俺の親父一族の血を絶やしたくて仕方がないのか。それとも…俺の老化が止まった理由を、あいつらが全て知っているのだろうか。
新聞の別のページで、“神童”ビリーが首都郊外の有名な研究機関に入ったことを報道していた。大学在学中に、隣国の没落した権力者一家が使っていた毒薬の製法を解明したことで、学界から注目を浴びていたらしい(ビリーからの手紙で、普段から同じような研究成果を当たり前のように知らせてくれていたので、そこまで凄いことだとは思っていなかった)。
そんなビリーのコメントは、“ただ自分の好きなことを続けてきただけ。このような最高峰の場所で自分の研究が続けられることを光栄に思う”と、いかにも彼らしいものだった。この日の新聞は、以後もお守りのようにずっと持ち続けた。
ソフィアの墓の管理は、きっとジョーがやってくれているだろう。いつの日だったか、ジョーは俺の墓を建ててくれると言った。早く奴らが俺を追いかけるのを諦めて、できるなら、死ぬときには三人に看取られたい。そしてハルとソフィアの墓の間に、是非とも――というところだ。
しかしながら、俺の勝手な理由で突然家を出て行ったり、これまた連絡を絶ったりしたことは、本当に申し訳ないと思っている。三人は内心どう思っているだろうか。皆 自立した後とはいえ、恨んでいるかもしれない。少なくとも、権力者に追われる者の息子・娘になったことについて良くは思っていないだろう。
まず、北へ北へ向かうことにした。でも国を越えたら怪しまれるので、そこから国境や海に沿って歩いていこうと考えていた。ただ、手元にある金貨も残りわずかになってきた。定期的にどこかで留まって、バレないように働かなければいけない。逃げきることが、今 息子と娘にできるせめてもの償いだと考えた。
***
それから二年経ったというものの、俺を指名手配する記事は消えなかった。
クレメンス家のことに関しては、地下に入れるようにはなったけれども、探索するために派遣した使いが誰一人として帰ってこないらしい。ただ、襲撃の際に当主の部屋から持ち出した“ある薬品”の研究をこれから始めるという。“これが全ての鍵を握っているに違いない”…と、ルイスが自信ありげなコメントをしていた。
“ある薬品”……その名称や詳しいことはまだ記されていなかったが、俺はこの記事を見て、真っ先に危ない予感がした。それとも、俺にそう思わせるための罠だろうか。記事の他の部分から、親父が統治していたときよりも 庶民にもっと厳しい取り立てをしていることが分かる。なかなか好き放題しているようだ。
そしてその予感は当たった。1628年1月9日の新聞にて。
クレメンス家と、ビリーが、その薬品について共同研究をすることになった。
記事によると、ルイスが直接、例の研究機関からビリーを指名したらしい。ルイスはこのことについて、
『同じ姓なのも何かの縁だろう。このような若き天才に出逢えて光栄だ。その才能を遺憾なく発揮してもらいたい』
と言っている。責めはしない。ビリーは言われるがままにするしかなかったのだ。“クレメンス”という姓も、旅の過程で庶民にも存在することが分かった。
だから、これは偶然である。運が悪かったのだ。
何の薬品かは分からないけれど、毒であれ――毒だったらちょっと困るが――薬であれ、ビリーには結果を出してほしい。
結果を出さなければ、あの家は怖い。例えそれがまだ幼い実子であっても、将来を見通してある程度の結果が期待できないと見なせば、容赦なく処分する。外部から雇った者なら尚更だ。
外部の者なら 場合によっては、結果を出していても、上が気に食わなければどうなるか分からない。
そう、ビリーだって、一生懸命やっていたとしても、ルイスのサジ加減一つで簡単に首を刎ねられる。
ビリーは俺の姓を名乗り、俺と同じ髪色をしている。俺の息子だと分かったなら、目も当てられないほどの酷いことをされるだろう。
いや、もう既に――
ああ、そうだ。
この思い込みには、確信がある。
ルイスがビリーを名指しした、本当の目的。
間違いない。
ルイスも確信を持っている。
あいつは、ビリーを――
「――――っ!」
考えるよりも先に、足がそちらへと動いていた。
“共同研究”なんて口実だ。ビリーの命は、時間の問題だろう。
俺には未来がない。ビリーには未来がある。結婚もしているかもしれない。子供もいるかもしれない。
一人だけじゃない。一人殺ったら、あいつらは残り二人のことも狙いにいくだろう。
ビリーたちのことを、守らなければならない。この命に代えても。




