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Chain -鏡の道化師-【前編】  作者: 関 凛星
Ⅲ. 星々に照らされた十字架
20/28

第20話 気付かぬ針 - 11.14.1610~11.17.1621

 ある秋の日、ジョーと二人で墓を訪れたときのことだった。


「ジョー、どうしたんだ?」


 墓標に刻まれた字を、ジョーが興味深そうに指でなぞっていた。


「お墓の字って、どれもキレイな字だね」


「そうだな、確かに…」


「石を削るんでしょ?」


「おう、そうだよ。よく知ってるんだな」


「そりゃ知ってるよ。オレ、バカじゃないもん」


 ジョーが誇らしげに笑う。


「どうやったら、こんなにキレイに削れるんだろう?」


「それは職人の(わざ)だよ。こういうのをめちゃくちゃ練習して、仕事にしている人がいるんだよ」


 俺はジョーの肩に腕を回した。まだ俺の背には程遠い。


「…じゃあオレ、これの人になる!」


「えっ?」


「お墓削る人になる! それで、父さんのお墓を、ここに建てるんだ!」


 ジョーが指差したのは、ハルの墓とソフィアの墓の間だった。なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。俺は屈んで、その肩に置いていた手を頭にポンと置いた。


「父さん、嬉しいよ……」


「えへへ」


 実際、ジョーは工作が得意だった。学校で作ったものをいつも見せてくれるけれども、確かにとても上手だった。もし本当に叶うなら、ジョーに墓を建ててほしい。……そのときには、俺自身はもういないけれども。


「――じゃあ、時が来たら、父さんのお墓、作ってくれるか?」


「うん!」


 満面の笑みで、ジョーが答えた。これからが楽しみだ。




 そんなジョーが 学校を卒業する前の年、芸術家に弟子入りしたいと言ってきた。


 それは隣町の有名な彫刻家だった。そのもとで学びたいと、真剣な表情で俺に言ってきた。ちゃんと調べたら、その彫刻家は12~3歳の弟子を若干名、何年かに一度募集しているらしい。弟子入りの前には試験があり、競争率はかなり激しい。その代わり、そこで学んだ者たちのほとんどが確かな腕を身に付けて、各地で活躍しているという。


「弟子入りしたいのか?」


「うん」


「難しいぞ?」


「頑張る」


「本気だな?」


「本気だよ、父さん」


 俺としては喜んで行かせたいけれども、そう簡単なものではない。少し、ジョーが全力で頑張る姿を見たいと思った。


「じゃあ、これから何年か、本気の本気で頑張るんだ。それで駄目(ダメ)って言われたら、(いさぎよ)く諦めろ。良いな?」


「うん!」


 ジョーに迷いはなかった。輝く瞳の奥に、揺るがない強い意志が見て取れた。


「よし」


 俺はジョーの肩を抱いた。いつもよりも、指に力が入った。


 それからエイリー家にて良い家庭教師を紹介してもらい、ジョーは学校も通いながら毎日のように試験勉強に徹した。


 最初、俺はこの教師ならジョーは挫折(ざせつ)するだろうと思っていた。でも期待を大いに超えて、日ごとに腕に磨きがかかり、厳しい言葉を浴びせられても、決して屈しなかった。あそこまで、ジョーを強い男に育てた覚えはなかった。




 そして――学校を卒業して一年、およそ九倍の難関を乗り越えて、ジョーは試験を突破した。それを知ったときは、家族全員で飛び上がって喜んだ。


 それからまもなく 住み込みを始める日が近づき、俺はまたジョーと二人きりで墓を訪ねた。




「ねぇ、父さん」


「おう」


「…今まで、ありがとう」


「…………!」


 ソフィアの墓を見つめながら、ジョーが続ける。


「オレのわがままとか いろいろ聞いてくれて、オレたちのこと、ずっと見てくれてて」


「……ああ」


 不意のことに照れ臭くなって、まともな返事がすぐに見つからなかった。


「――それから」


「ん?」


「…………―――」


 ジョーが黙った。隣にいた俺は、しゃがんでジョーの顔を覗き込んだ。


「ジョー……?」


 泣いていた。唇を震わせて、次の言葉を紡ごうとしていた。


「…母さんにも、オレの姿、見せたかった。見送って、ほしかった……」


「…………」


「父さんは母さんのこと、とても大事にしてた。母さん…とっても幸せそうだった」


 俺も涙が出てきた。ソフィアが死んだときのことが脳裏(のうり)をよぎって、両手で顔を覆った。


「……父さん?」


 いつの間にか、ジョーが俺の背中をさすってくれていた。


「みんな、母さんがいなくて寂しいんだね…」


「――――」


「オレ、ちゃんと戻ってくるから。一人前になって、ここに……」


 その手の温もりが、かけがえのないものだった。住み込んだら、年に一度しか会えなくなる。いつも皆のことを笑わせてくれたジョーが家からいなくなるのは、とても寂しい。でも、ジョー自身が決めたことだから、心から応援したいと思った。




 それから日が経ち、ジョーは隣町へ旅立っていった。ジョーを見送ってから、俺も家庭教師にお礼を言った。すると、こんなことを話してくれた。


「あいつは洞察力がずば抜けている。それどころか、ぼくたちの見えないものまで、あいつには見えるみたいだ」


「そうなんですか?」


「ああ」


 すると少し怪訝(けげん)な顔になって、重たそうに口を開いた。


「実はここだけの話なんだが……刺激のために、泊まりがけで一緒に遠出したとき」


 学校を卒業してすぐに、ジョーはこの家庭教師と離れた町に行った。さまざまな人に出会えて、とても楽しかったと言っていた。


「芸術家という名の半端者(はんぱもの)がゴロゴロいる、そういう意味で貧しい町だったから…というのもあっただろうけど、とても不思議なことがあった」


「不思議なこと…?」


 そのことについては、ジョーからは聞いていなかった。


「何もないところに向かって、あいつが次々と会話をするんだ。独り言じゃない。何をしているのか訊いたら、きょとんとして“見えないの?”って逆に訊き返されたよ。そればっかりで気になるものだから、あいつに町の絵を描かせたんだ。そしたら――」


 この教師は彫刻をメインに、他の分野のことも少しずつ、ジョーに教えていた。ということで画材も一通り持ち歩いていたという。教師は俺に断ってジョーの部屋に入り、一枚の絵を持って来た。


 それは――


「えっ……?」





***





 ソフィアがいなくなってから、ビリーは余計に部屋にこもるようになった。学校は休まずに行っている。ただ、家の中での会話が減り、とても気がかりだった。


「ビリー、いつも部屋で何してるんだ?」


「…………」


「勉強? それか、何か好きなこと?」


「…………」


 こんな風に時折ビリーに(たず)ねてみるけれども、うんともすんとも言わない。ジョーも“一緒に遊んでくれない”とつまらなさそうだ。顔を合わせるのは学校から帰ってきたときと、(めし)のときくらいだった。


 ビリーは少し暗かったけれども、思いやりのある、とても優しい子だった。それを大事にしてあげようと、俺もできる限り(つと)めたつもりだ。


 しかしやはり、ソフィアがいないということが大きいだろう。そう考えて、しきりに墓場に連れて行ってはソフィアの話をした。するとそのときだけは、ほんのり顔を綻ばせていた。でも家に帰れば、現実に引き戻されてまた辛くなるのだろう。


 どうしても部屋で何をしているのか気になった俺は、悪いことだと承知の上で、思いきってビリーのいる部屋に入った。確かビリーが8歳になって間もない頃だった。




「ビリー」


 ドアをノックすると、部屋から返事の声が聞こえた。


「はい」


「入っても、良いか?」


「…………」


 黙ってしまった。いつもならここでやめていたが、その日は沈黙を肯定と見なした。


「開けるぞ」


 ビックリさせないように、ゆっくりドアを開けた。するとビリーが突然立ち上がって、こちらを向いて背後に何かを隠し持った。それが本だということはすぐに分かった。


「……父、さん」


 少し怖がっている。落ち着かせようと思って、目線を合わせるために屈んだ。


「…ごめんな、何してたの?」


「…………」


 ビリーはこっちをじっと見る。問い詰める気はさらさらなかったから、しばらく何も言わかなかったら別に良いと思っていた。


 すると、ビリーはゆっくりと、隠していた本を俺に差し出した。なかなか分厚かった。


「ん? これは…」


「…………学校で、借りてきた」


 懐かしい。ビリーも、好きだったのか。


「…魔術、好きなのか?」


「……うん」


 わずかに、(うなず)いた。


「でも……上手くいかない」


 右手をぎゅっと握って、力を込める仕草をする。でも何も起こらなくて、ビリーはしょんぼりした顔をする。


「…………」


「……ビリー、手を貸して」


 俺はビリーの手に自分の手を添えた。


「もう一度、やってみて」


 ビリーはまた、手に力を込めた。魔術は魔力なしには操ることができない。“ない”ならば、諦めるしかないのだ。


「――なるほどな」


 ビリーには、“あった”。しかし…手に触れて初めて かすかに感じ取れるくらい、弱い。もしハルくらい強ければ、俺は一瞬で部屋から吹っ飛んでしまっただろう。


「ビリーには、とっても弱いけど、力があるよ」


 ここは正直に言うのが一番傷つかないだろうと考えた。ビリーは顔を上げた。


「ほんと?」


「うん、凄いぜ」


 そう言うと、ビリーはほんのり笑った。良かった。


「父さんも、あるの?」


「えーと…うん、あるよ」


「じゃあ、見せてよ」


「…よし、じゃあ、夜中になったら見せてあげよう」


 その夜、ロウソクに火をつけるパフォーマンスを見せた。ビリーにはもちろん、ジョーとベルにも大好評で、それ以来毎日この方法で火を使うようになった。子供ができてからは魔力を使わないようにしてきたけれども、やはり手間が省けて良い。


 ちなみに後日、ジョーとベルの魔力も調べてみた。この二人は俺と同じくらいの、そこそこの強さだった。


 そのことはビリーには言わなかったけれども、諦めたのだろうか、ビリーは自然と魔術から遠ざかっていった。まあ、これがきっかけでビリーとも会話が増えたから、良いことにしよう。それでも部屋にこもることは変えなかったので、ときどき入って喋るようにした。勉強も分かるものは教えてあげた。その甲斐(かい)があったのかは知らないが、ビリーの成績はじわじわと上がっていった。




 そして次の学年に上がる頃には、驚くべきことにダントツの首席になっていた。このときビリーがハマっていたのは、医学だった。


「お医者さんになりたいのか?」


「うーん……でも」


「でも?」


「おれには、身体を切ったりすることなんかできないかな」


「なるほどな」


「切らなくても、できるお医者さんとかないのかな?」


「んー、父さんには分からないけど…」


 他にも、ジョーがいろいろな友達とよく遊んでいたのに対し、ビリーに友達の気配がしなかったので、それについて訊いたことがある。ビリーは遊ぶほどの友達はいないけれども、皆とまんべんなく仲良くしているという。仲間外れにされたりしていないか心配だったから、そう聞いてホッとした。この頃には以前より外に出るようになり、再び兄妹三人で遊ぶようにもなった。


 それから少しして、ジョーが泊まりがけで修業しに行ったとき、ビリーが大学に行きたいと言ってきた。


「あれ、やっぱりお医者さんか?」


「うーんと、まだ迷ってる。でも…行きたいな」


「そうか…」


 今、俺はビリーと二人で昼飯を食っていた。ベルはエイリー家に遊びに行っている。


「ねぇ、父さん」


「ん?」


「このご飯、どうやって作ったの?」


「えっと…」


 あれ以来、ソフィアが俺たちに何を作っていたかを思い出しながら、見よう見まねで飯を作っていた。子供たちは美味しいと言って食べてくれるけれども、俺としては正直、こんな飯ばっかり作って申し訳なかった。


「こっちにおいで」


 まだ食事中だったけれども、ビリーを台所に連れてきた。


「これをこれだけ切って、それをちょっとだけ入れて…」


 使った材料を出しては順々に説明して、においを()ぎたいと言ったので一つずつ嗅がせてあげた。


「…どう?」


「うん、ありがとう」


 満足したみたいだったので、また食事に戻った。と、全部食べたところで、


「父さん」


「ん、どうした?」


「この料理さ――」


 ビリーが食器を運んでから、台所から先程見せた調味料を持って来た。


「これをもうちょっと減らしたら、美味しくなるかも」


「……えっ?」


「今度また…作ってみて」


 いつもより自信ありげに、ビリーが言った。そういえば、ビリーはエイリー家に遊びに行くたび、玄関からまっすぐ続く廊下を曲がった突き当たりに飾ってある花を、玄関から当てていた。4、5種類を混ぜて生けてあっても、一度も間違えたことがなかった。家の人から花の種類や品種を教わると尚更、精度が上がった。


(ビリーは、よほど鼻が利くんだな……)


「よし、じゃあまた作ってみようか。今度はビリーも一緒に作る?」


「うん…!」


 それからビリーと一緒に作るようになったのだが、材料の分量を指摘してくれるようになったせいか、飯が劇的に美味(うま)くなった。


「すげー! 父さん、これはどんな魔法を使ったの?」


「さぁな?」


「え~、教えてよ~!」


「秘密だよ、しぃー」


 ビリーが自分のことは黙っていてほしいと言うので、ジョーとベルにはこれで(つらぬ)いた。二人が寝てから、こっそりビリーと笑い合った。


「コックさんも向いてるかもしれないな」


「そうかな? あんまり頭になかったけど」


「でも、ビリーは立派な魔法使いだぜ」


「…ありがとう、父さん」


 照れくさそうなビリーの頭を撫でた。その笑顔が見たかった。


「ところでさ」


「うん?」


「おれ、もっと勉強したいけど…どうすればいいかな?」


「あっ…大学行きたいって言ってたな。また調べとくよ」


「ほんとに? ありがとう…」


 それからまた仕事をする中でいろいろ調べていくと、ジョーが弟子入りを目指す彫刻家が住むところと同じ町に、私立学校があることが分かった。そこそこの名門で、そこを出たら一定の地位が保証されるほどのところだった。もちろん、大学への進学もほぼ確実にできる。ただ……


(全寮制だから、ビリーも家を出るとなると…)


 家に残るのは、俺とベルだけになる。いずれ帰ってくるとしても、ベルが寂しがるだろう。ジョーが弟子入りのことを言ってきたときは、それをあまり考えなかった。


 ジョーの試験が近づいてきた時期に今更ながら、俺はベルを呼んで、そのことについて話した。ベルは兄二人のことが大好きだったから、間違いなく嫌がると思った。しかし――


「あたし、父さんが一緒だったら寂しくないよ!」


「でも、大好きなお兄ちゃんたちが、しばらく帰ってこないんだよ?」


「でも、また帰ってくるんでしょ? だったら大丈夫!」


 そう言って、俺にぎゅっと抱き着いた。


「でも父さん、一個だけお願い」


「お願い?」


「あたし、新しい母さんは要らないからね」


「…!」


 そんなことは、心にもなかった。ソフィアがいなくなってから、俺の生活は仕事か子供かで、それらで全てだった。これは盲点だった。


 いや…盲点――見落としというよりは、あえて“見なかった”。見る必要がなかった。だからベルの心配には、安心して答えることができた。


「大丈夫だよ、ベル。父さんにとっても、母さんは世界にたった一人だけだ」


「ほんと? やった~!」


 ベルはいっそうきつく抱き着き、俺から離れなくなった。俺も離れたくなかった。ソフィア以外に彼らの母親の代わりなど、できやしない。


「父さん、どこにも行かないで」


「うん、どこにも行かないよ」


 まもなくジョーが試験に合格し、同じ年にビリーも進学が決まった。ビリーも試験を受けた上での進学だったが、首席で合格したと知ったときはこれまた家族全員で飛び上がった。ジョーが出て行った二週間後くらいに、ビリーも入寮した。二人のことを、ベルは満面の笑みで見送っていた。





***





 ベルはそれから、寂しいという顔を一切しなかった。毎月送られてくる兄たちの手紙を楽しみにしながら、日々を暮らしていた。ベルのたくましさには、本当に驚かされた。


 ちなみに、ベルは週に何回か――主に俺が仕事の日に、エイリー家でメグやアーサーと一緒に家庭教師から勉強を教えてもらっていた。二人が頭脳明晰(ずのうめいせき)なハルの子で、また途中参加だったのもあって、この中では常にビリだったようだ。でも本人はそれを全く気にしておらず、とても明るくて元気なのでそれで良いと思った。


また、ベルはメグとアーサーにとって第三のきょうだいみたいなもので、兄二人の代わりによく一緒に遊んでくれた。エマをはじめとした家の人も、それを微笑ましく見守っていた。ついでに言うと、エマもあれ以来再婚しなかった。アーサーが大人になるまでなら、自分の父親も元気だろうからきっと大丈夫だと言っていた。


 子供たちが成長するのは、遅いようで速かった。知らぬ間にメグは一人前の娘になり、縁談が進んでいた。メグは相手の人と非常に仲良く、ハルが懸念(けねん)していたであろうことは起こらず、そのまま15で嫁いでいった。


「あたしも素敵なお嫁さんになりたいわ……」


「ベルならなれるよ」


「本当? うふふ…」


 メグが町を出ると、ベルはたちまち大人っぽくなった。勉強は相変わらず嫌いだったけれども、落ち着いてきたというか、気品がついてきた。


「ねぇ、ジョーとビリーが帰ってくるのって、いつだったっけ?」


「ジョーは再来年の夏、ビリーは三年後の夏かな。でも……」


「でも?」


「ビリーの方はそのまま大学に行くだろうから…帰ってきてもすぐ また行ってしまうかもしれない」


「そうなの? ビリーは大変なのね」


「そうだな…」


 俺とベルが揃って溜め息をつく。ベルもこの9月にもう12になる。背が伸びて女性らしい身体つきに変わっていき、風呂も一人で入るようになった。


 ということは……そうか、俺ももうすぐ36になるのか。全然実感がなかった。職場の同僚にも“お前だけ全然老けなくてうらやましい”と言われる。まあ、少なくとも子供三人が巣立つまでは、オッサンにはなりたくない。


 子供たちの成長はこの上なく嬉しいけれども、時が過ぎていくのが、なんだか儚く感じた。ふと、親父やアイザックのことも頭に浮かんだ。親父も60くらいになっている。アイザックも28だ。とっくに家督を継いで家族もできているだろうけれども、どうせ俺たちの方が幸せだから、そろそろ許してやろうという気になった。言い過ぎか。


 ところでベルにも、ジョーやビリーのように人より秀でるものがあった。それこそが――魔力だった。


 値そのものはジョーとほとんど変わらない。ただ、これは才能の問題だろうが、ジョーやビリーは使い方がそれほど上手じゃなかった。ちなみに俺は普通くらいだ。それらに比べてベルは、子供とは思えないほど、魔力を使うことに手慣れていた。


 属性は、“植物”。何本かの花を魔力で作って花瓶に生け、エイリー家のマネをして玄関に飾って楽しんでいた。花は香りも感触も本物と区別がつかず、朝に作ったら夕飯のときまで持ち、寝る前には消滅している。一日中 魔力による生成物を保つには、本来は相当な体力が要る。しかし、ベルは何でもないような顔をしているので、どうなっているのかと不思議で仕方がなかった。


 不思議といえば、この“植物”の属性自体、誰譲りだったのかということもだった。これもやはり、俺の母親かソフィアの父親か、その辺だろうか。というか、ソフィアには魔力があったのかどうかも実は知らない。意外と知らないことが多い。


 こういう風にさまざまなことを考えながら、平和な日々が続いていく。ジョーとビリーは夏休みだけ帰って来たが、会うたびにどんどん大人に近づいていた。ジョーがビリーに背を抜かれて落ち込んだり、ビリーも顔にそばかすができて悩んでいたりしていたが、話を聞けば二人とも充実した生活を送っているようだった。


「――そうだ、ところで父さん、メグって今どうしてる?」


「とっくの前に嫁いだよ」


「えーー!? 教えてほしかったぁ…」


「ジョーが向こうでショックでも受けたら、修業に障ると思って」


「そんなぁ、メグぅぅ……」


「まあ兄さん、そのうちまた良い人見つかるって」


「うふふ、楽しみ。…あっ、そうだ、ビリーはこの頃どう? 最近何してる?」


「うーん、まずまずだよ。最近は薬学にハマっているかな」


「薬学? お薬?」


「うん。気になる薬があって、大学に行ったらそれについて研究したいと思ったんだ」


「へぇ、面白そうね」




 それにしても、これらの言葉を交わしたのも過去になった。ジョーはまもなく修業を終えて、この町に戻ってきて職に就いた。ビリーも薬科のある大学に行って、“神童”というあだ名がついたそうだ。


 そしてベルは――俺も驚いた。この町に別荘を構えている貴族の目に留まり、身分の違いを了解した上で、そこの御曹司から求婚された。ベルの方も彼に夢中だった。しばらく交際したのち、俺と向こうの家族の両方が賛成して、ベルは16で結婚した。婚礼にはジョーとビリーも参加し、幸せに包まれてベルはこの町を出た。


 このときジョーが彼女を連れて来ていたのだが、このカップルも結婚を控えていた。彼女はとても感じが良く、またビリーは大学を出ても当分この町に戻らないらしいので、俺はこの家をジョーに渡し、できるなら一緒に暮らそうと考えていた。


 だから数日後、そのことについてジョーに話した。快く受け入れてくれると思ったのだが……少し、違った。決して嫌がられたわけではない。ただ――





***





「……父さん」


 しばらくして、ジョーが重い表情で口を開いた。


「ジョー…?」


「いや、オレ、生まれた家でずっと住みたいし、父さんと暮らせるのもとっても嬉しいんだけど…」


「…おう」


 と、ジョーが立ち上がった。


「父さん、こっちに来て」


「……?」


 ジョーの後ろをついていく。連れてこられたのは、鏡の前だった。二人で並んで映っている。ジョーも気がつけば20歳だった。とすれば、俺はもう……?


 ――どういうことなのか、分かった。


「父さん…今まで、言いにくかったんだけど」


 確かに、言いにくかっただろう。


「…いつ頃から、疑問だったんだ?」


「弟子入りしてから、毎年帰ってくるたびに、少しずつ…」


「…………―――」


 ジョーが目を伏せる。


「オレは、いや――オレたちは、構わないんだ。父さんは父さんだから」


「…おう」


「でも…一つ、父さんに謝りたいことがあるんだ」


「…?」


「……ポリー(Polly)に、父さんのことで嘘をついてしまった」


 ポリーとは、ジョーの彼女である。


「…ああ、いいよ」


「これから、どうすれば――」


「なあ、ジョー」


「……父さん」


「父さんさ、旅に出るよ」


「――――!」


「たまに手紙もよこすし、モノもお金もそんなにたくさん持っていかないから…迷惑はかけないようにするから」


「そんな、それじゃあ……」


「大丈夫。父さんは、ジョーたちが幸せに暮らしてくれたら…それで良いから」


「――――」


 ジョーが顔を覆って、膝を折った。その姿があまりにも俺に似ていて、辛くなって俺も泣いた。




 さらに数日後、ビリーとベル宛に書いた手紙を託し、惜しまれながら職場を去った。エイリー家にも挨拶しに行った。いずれも事情は伏せてのことである。


 そして、ポリーが荷物を運んでくるよりも前に、俺はジョーとこの町に別れを告げた。とても良い町だった。この地に導いてくれたハル、俺を支えてくれたソフィア、いろいろとお世話になったエイリー家の人々、かけがえのない子供たち。他にも感謝しきれないことがたくさんある。もはや未練しかない。できれば孫の顔も見たかった。


 これからのことは考えていない。ただ、できるだけ人と関わることは避けて、こっそりひっそり暮らしていかなければいけないだろう。




 ベルの婚礼のとき、俺は相手の家の人々に怪訝な目で見られた。でもその場ではなんとか通っていたので、あまり気にしなかった。




 ただ――心当たりは、ある。


 あの日の、原因の分からない頭痛。




 きっとあのとき――あのときからだろう。




 俺の身体が、時を止めたのは。


 俺の身体は24歳の誕生日から、年を取ることを止めたのだ。

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