FULL MOON・Ⅰ
とある国の、とある田舎町。
その夜はどしゃ降りの雨だった。娘は傘も差さずに暗闇の中を駆け抜けていく。
辺りは真っ暗で、何も見えなかった。それでも娘は、“あの場所”に引き寄せられるかのように、足を止めなかった。
大切な人と約束した、あの場所。待ち合わせの時間よりもかなり早く家を出てしまった。雨に打たれながら、長らく待たなければいけないかもしれない。
でも娘にとって、そんなことはどうでも良かった。夜が明ける前に会えたら問題ない。
道の舗装が途中でなくなり、足を出すたびにズブズブと沈む感覚がした。所々水溜まりもあって何度か転びそうになったが、なんとか辿り着くことができた。
そこは草原が一面に広がっている場所だ。というのも、前に一度だけ、今日の待ち人と一緒に来たことがあった。風でざわざわと草のなびく音がするので、間違いない。
晴れの日は朝も夜も見晴らしが素晴らしく、今頃なら満天の星空が広がっているはずだった。しかし、今日に限っては雨の方が都合がいい。
彼は、この場所には秘密の入り口があるという。その中の一番奥で待っていてほしいと言われた。
町の噂では、昔の幽霊がたくさん住み着いていると言われており、その入り口はおろかこの草原自体に誰も寄り付かない。そんな噂も今は考えている暇はない。
娘は言われた辺りの地面を踏んで、硬いと感じた場所の土をはらい、あらかじめ渡されていた鍵を使って、石畳を模した扉を押して開けた。
***
まっすぐに延びた長い階段を駆け降りると、これまた長い通路に出た。レンガ造りの壁にはロウソクが幾つも掛けられていて、周りがよく見える。
通路の幅は大人二人が余裕で通れるくらいで、見たところは一本道のようだったので、娘はとりあえず進んでみることにした。
コツ、コツ、と娘の足音が響き渡る。他に人の気配はしなかった――しばらくは。
やがて分岐点に至った。突き当たりから道が左右に分かれていた。立ち止まり、どちらにいけば良いのかと迷っているとき、背後から別の足音が聞こえてきた。二人だ。ゆっくりとした足取りで、こちらに迫ってくる。
誰だろう。あの人はまだ来ないはずなのに。それもこんな夜に、雨の日に。怖くて振り向けなかった。
足音は娘のすぐ後ろで止まった。息の音が聞こえるくらい、近かった。見下ろすと、小柄な影が二つ。同じくらいの身長だった。
そしてそのうちの片方が、娘の肩を、ポン、ポン、と叩いた。
堪えていたものが一気に吹き飛んだ。
「―――――!!!」
娘は腰を抜かしたと同時に振り向いた。
「やあ」
そこにいたのは、銀髪の少年少女だった。二人とも外側に跳ねた髪の毛を肩辺りで切り揃えており、少年の方はレモン色の瞳で左目に泣きぼくろ、少女の方はエメラルド色の瞳で右目に泣きぼくろがあり、端正な顔も瓜二つで、二人で前髪の分け目を対称にしていた。
服装もシンプルなもので揃えており、少年は赤、少女は青のリボンを着けていた。
ふと視線を落とすと、少年は傘を手にしていた。二人で相合い傘をしていたらしく、少年は右腕、少女は左腕が少しだけ濡れていた。
「はじめまして、お嬢さん。こんなところでどうしたんだい?」
「…………―――」
可愛らしい声で、少年が娘に問いかける。少女は無言のまま、娘のことをじっと見ている。
「あ、あの…」
「ふふっ、ボクらは怪しい者じゃないよ」
少女が“自分も”という風にコクリと頷いた。
「キミの名前は?」
「……わたしは、フィオナといいます」
娘――フィオナは、少し俯いて、きまりが悪そうに答えた。
「へぇ、珍しい名前だね。まぁボクらもそうだけど」
少年はコホンと咳払いをして、ニッと笑った。
「ボクの名前はリーゼル。そして、こちらの女の子がセーベル。どうぞ、お見知りおきを」
「お姉さん、よろしく」
セーベルという少女も顔をちょっとだけ綻ばせて、挨拶した。
「あなたたちは…どうしてここに?」
「さぁね」
リーゼルと名乗る少年は、フィオナの問いかけに間髪入れず答えた。そして、“キミこそどうして?”と言わんばかりにフィオナの目を見た。
「わ、わたしは……」
ためらったが、もし答えなくても、彼らに見透かされているような気がした。
「人と待ち合わせしていて、ここで待っててって…」
「へぇ、こんな時間に……」
「……大変ね」
「いつ来るの?その人」
「…もっと後、かな。わたし、かなり早くに来ちゃったから」
「つまり、時間はまだまだあるってことだ。そうだね?」
「う、うん」
「じゃあ――」
リーゼルはフィオナに一歩近づいて、改めてフィオナを見つめた。目を逸らす余地を、彼は与えない。
「一緒にさ、ここを探検しようよ」
口から出た言葉は無邪気な子供のようだった。しかしその目には、言葉の裏に隠されている全てのことが映っているようであった。セーベルも同じ目をしている。断ることなど、できなかった。
「…うん」
「じゃあ、決まりだね」
「……行こう、フィオナ」
彼らは左に向かった。フィオナも二人の真ん中に入ってついていった。
***
三人の足音が重なって、長い通路にいっそう響いた。リーゼルとセーベルの足は軽く、あの後も何度か分かれ道があったものの、一切迷いを見せなかった。
「あの…ここには来たことがあるの?」
「さぁね」
「お家はどこにあるの?」
「…………―――」
フィオナが二人に彼ら自身のことを訊いても、この一点張りだった。
(答えたくないのかな……でも、わたしのことはよく訊いてくるし、どういうことだろう)
そんなことをぼーっと思っているうちに、入り口から結構遠いところまで来てしまった。フィオナは方向に弱かった。ここまで来ては一人では戻れないだろう。
と――まだ通路が続いているところで、突然二人が立ち止まった。
「そうだ」
「……?」
何歩か行き過ぎてしまったフィオナは回れ右をした。
「キミに昔話でもしながら行こう。これから先もきっと同じ景色で退屈になるだろうから」
「昔話?」
「そう、例えば――200年前の話とか」
「…ちょうどこの場所で起こった話」
セーベルも隣からリーゼルに次いで話す。
「…この場所に昔何があったか、フィオナは知ってる?」
「……うん」
「この場所が地下だけじゃなかったことを、キミは知ってるんだね?」
そう。この場所には昔――それは、この町の有名な話だった。フィオナは頷いた。
「昔ここの大きな家が焼けて、今ここにはたくさんの幽霊がいるって……」
「その通り。でも、知ってるのはそれだけだろう?」
「うん…」
リーゼルが得意気な顔をした。
「これからボクらがする話は、ここの屋敷がなくなる前後の話。そう、ちょうど200年前、それも今日この日に起こった出来事が全ての始まり――聞きたいかい?」
200年前の今日が全ての始まり――興味をそそられる話だ。
「是非…聞きたいです」
二人は顔を見合わせて、妖しげに微笑んだ。
「じゃあ…お話、始めようか」
「ふふっ、それでは始めよう。200年前、今と同じくどしゃ降りの雨だった。そんな中、ここにあった屋敷に一人の少年が迷いこんだのさ――――」




