第19話 碧空 - 9.6.1605~5.14.1610
それからは何事も起こらず、8月3日にエマが男の子を生んだ。数日後、エマが俺たちの家に赤ん坊を連れて来てくれたが、まさしくハルに生き写しの子だった。名前はハルの遺言通りアーサーと名付けたらしい。
「本当にそっくりね、ハルの生まれ変わりかしら」
「そうだな…帰ってきたのかと思ったよ」
「うふふ」
俺のしょうもない冗談に笑ってくれたソフィアも、翌月6日、三人目である女の子を生んだ。髪はソフィア譲りの薄い色に俺譲りの癖毛、瞳は俺と同じ灰色だった。顔は両方に似ているようだった。イザベルと名付けた。
「この子もジョーに似て、とてもよく泣く子だわ」
「ベルもわんぱくな子なのかもな」
ジョーは外で走り回り、ビリーは家で絵本を読む。ベルが生まれる少し前から、その傾向がよく見られるようになった。俺も仕事が休みの日はだいたい子供を外に連れ出して一緒に遊んでいたが、ジョーに合わせているとビリーがついていけなくなり、ビリーのペースに合わせるとジョーが面白くなさそうな顔をするため、なかなか悩まされた。結果、ビリーはソフィアの方によく懐くようになっていったが、それでも俺とはずっと遊んでくれた。
一方でジョーとベルは、俺たち両方に同じくらい懐いた。俺たちが座っていると自分から膝に乗ってきたり、姿を見つけ次第 抱き着いてきたりした。また、この二人でよく遊んでいた。
「ビリーは母さんにベッタリだな」
「うふふ、本当はこの子が一番、甘えん坊なのかもしれないわね」
ぴたっとくっついているビリーの頭を撫でながら、ソフィアは微笑んだ。ちなみに今、俺の両腕もジョーとベルに占拠されている。
三人とも病気の一つもせずに、すくすく成長していった。皆、可愛くて仕方がなかった。やがてジョーは地元の学校に通うようになったけれども、意外にも真面目で、勉強に関しては特に言うことはなかった。ただ、そこそこの雨が降った翌日には、必ず全身泥んこになって帰ってきた。直してほしいのはそれくらいだろう。
そうこうしているうちに、ビリーも同じ学校に通いだした。こちらも真面目だったけれども、今のところ成績は中の下らしい。でも家では努力をしているので、俺たちもそれが報われるように応援していた。
本当に幸せだった。子供たちがしてくれる話は限りなく純粋で、とても癒された。ソフィアも俺を、子供たちを、心から愛していた。俺もソフィアや子供たちに応えられるように、精一杯のことをした。この幸せがいつまでも続けば良いのにと、願うばかりだった。
そんなときだった。
まさに、青天の霹靂だった。
流行り病が、町を侵食していく中。
ソフィアも、その餌食となった。
***
「――じゃあ俺、ご飯持ってくるよ」
「ええ……あなた、ありがとう」
「おう」
それにしても…あっという間だった。ついこの前まで元気だったソフィアが、風邪をこじらせたのかと思いきや、そのまま衰弱し、薬を飲ませても全て戻してしまい、食事も喉を通らず、俺には何もできないまま……冷たくなってしまった。駆けつけた医者からは、感冒だろうと言われた。
確か1610年の…1月14日だった。ずっと傍で看病していたけれども、晩飯(病気になってから俺が作っていた)を取りに行った間のことで最期の言葉も聞けず、それを受け入れるよりも先に、ただただ無力な自分が悔しくて、泣きじゃくった。さらに悪いことに、その様子を子供に見せてしまった。さぞ不安がらせてしまったことだろう。
ちなみに、エマのところは全員無事だったようだ。葬式は翌日にエイリー家が執り行ってくれた。雨の中、そこで現実を目にし、引き戻された俺は構わずに泣いた。ソフィアの墓は、ハルの墓から一つ分空けて建てられた。この間に建てられるのは、きっと――。
子供たちは皆、茫然と立ち尽くしていた。笑顔が消え、その日は一日中、何も喋らなかった。
葬式が終わった後、家族でエイリー家に呼ばれた。俺もその頃には落ち着いて、抜け殻みたいになっていた。料理は美味かったけど、心の中はそれどころじゃなかった。
「…………―――」
これから、俺一人で子供たちを育てなければいけない。ここの家に手を貸してもらうことも考えているから、俺は独りぼっちではないと思う。でも、それでも――
彼らは俺以上に、寂しさを感じるだろう。自分自身が実質的に片親だったから、分からないわけでもない。前よりもいっそう、俺は彼らと向き合わなければならない。
そのためなら……仕事を辞めても良いのではと思った。ハルが遺してくれた財産で十分、子供を食べさせて、好きなことをさせてあげられる。
このことについて、主人に相談してみた。今日は泊ませてくれるので、夜遅くまで話をすることができるのだ。
するとその過程で…思わぬ話を持ちかけられた。ならば俺が、エイリー家専属の使者になるのはどうか、と。
主人はさらに続けた。そうすれば、子供たちの面倒は家の者が見てくれるし、住み込めば食事が作れなくても大丈夫だと。仕事は何人かで分担するから忙しすぎることはない。そして俺の財産には一切手を出さない。要するに、子供たちに寂しい思いをさせず、かつ俺たちの生活を保証するということだった。
あまりにも良いことばかりだったので、何か交換条件はないのかと訊いてみた。そしたら主人は少し考えて、エマに手を出さなければ…と、笑った。仮に俺たちが住み込むことになっても、今の家を売った分のお金も取らないし、思い入れのあるモノは何でも持ってきて良いという。
俺もここの主人のことはある程度信用していたので、子供たちのためにもこの話に乗ることにした。とはいえ、もう少し考える時間が欲しかったのと、まず三人全員の賛成が大前提だから、決断するまで待ってほしいと頼んだ。
新しい生活を考えることで、少し気が紛れた。しかし、どうしても頭から抜けない想いもあった。
ソフィアやハルが死んでしまったのは、自分のせいなのではないか、と。
決してそうではない、よほど運が悪かったのだ…というのが事実かもしれないけれども、この四年で身近な人が二人もいなくなってしまうのは、自分の素行が何かしら悪いからかもしれない。
それらを挽回するため…でもないが、俺は三人の子供を大切にしようと、改めて心に決めた。
「――ということなんだけど、どうかな?」
翌朝、子供たちに さっそく昨日の話をしてみた。俺は、きっと皆 首を縦に振ってくれるだろうと思っていた。
しばらく三人は顔を見合わせて、じっくり考えているようだった。
「…どうだろう?」
このとき、ジョーは8歳、ビリーは7歳、ベルは4歳だった。彼らにとっては、少し難しいことかもしれない。でも、訊いてみる価値があると思った。
「父さん」
ジョーが口を開いた。
「オレは良いと思う」
屈んでいた俺は、ジョーに向き直った。
「父さんと一緒にいれるし、メグとずっと遊べるから」
「なるほどな。ジョーは、メグのこと大好きだもんな」
「うん!」
メグのことを言うと、ジョーは喜ぶ。ただ…ジョーは恋い慕っているようだけども、メグは多分なんとも思っていないだろうと、俺は思う。でもそれは言わないで、とりあえず行く末を見守っている。
「そうかそうか……ビリーとベルは、どう思ってる?」
「とうさんといっしょならなんでもいい~」
髪の毛をいじりながら、ベルが無邪気に笑った。なんて可愛いんだ。何度でも聞きたかった。
「ああ、父さんもベルたちと一緒なら何でも良いんだけどな…」
結局のところ、それである。俺も子供たちと、ずっと一緒にいたい。
「ビリーはどうだろう?」
最後にビリーに訊いた。
「…………」
ビリーはうつむいて、黙りこくってしまった。こちらと目を合わせても、口をぎゅっと閉ざしたままである。
「ビリー、オレたちもう言ったぞ」
隣からジョーが促す。それでも言わないので、ジョーが口を尖らせた。
「ほら、父さんが困ってるから。何か言えよ」
ビリーはますます下を向いて、泣きそうな顔になっていた。
「……分かった。ビリーはもう少し考えたいみたいだから、また後にしよう」
ひとまず切り上げた方が良いと思った。ジョーがベルを連れて遊びに行ったのを見送り、俺はビリーに話を聞こうと試みた。
「――ビリー」
俺がビリーを抱き締めると、やがてすすり泣く声が聞こえてきた。
「ビリー……これから父さん、母さんの分も頑張るから……」
頭を撫で回した。ビリーはより強く、俺にしがみついた。
「寂しいな、ビリー……」
俺がそう言うと、ビリーは腕の中でわずかに頷いた。落ち着くまで、少し待った。
「……そうだビリー、さっきの話だけど――」
まだ二人が帰って来ていなかった。今のうちだ。
「…おれは」
ビリーが顔を上げた。
「今のおうちにいたい」
「そうか……どうして?」
「父さんがメグの家のお手伝いさんになっちゃうから」
「――――!」
俺が、エイリー家の人間になる……それは考えていなかった。
「そうなっちゃったら、おれ…いやだ」
「…………」
そういえば主人は、俺たちの地位については一言も触れていなかった。単に言い忘れかもしれないけれども……大事なことに、ビリーは気付かせてくれた。
「……それ、お兄ちゃんとベルに言ってみても良い?」
「…うん」
自信なさげだったが、頷いてくれた。と、ここで二人が帰って来た。
『ただいま~』
「おかえり、楽しかった?」
「うん!」
「楽しかった~!」
「よし、良かった」
二人の頭を撫でて、ビリーに注目させた。
「ビリーがな、こんなこと言ったんだ」
俺はさっきの仕事の話をもう一度して、ビリーの言い分を二人に言った。
「――二人はビリーの考え、どう思う?」
ひいきしているようにも見えてしまうけれども、俺はあくまで全員の意見を共有したかった。
「…ビリー、お前――」
ジョーが目を見開いて、ビリーを見た。ビリーは怯えたような顔をする。
「賢いな! オレも父さんがお手伝いさんになるの、いやだもん!」
「ベルもやだ!」
固持するかと思いきや、意外とあっさり受け入れられた。
「…ほんとに?」
ビリーが目をぱっちり開けて、きょとんとしている。すると、何の前触れもなく、ジョーが俺に抱き着いてきた。
「うおっ!?」
「ねぇ父さん、さっきのナシ! やっぱりおうちに帰ろう!」
気が変わった、という軽いものではなかった。こちらを見るジョーの目が、この上なく懸命なものだった。
「父さんお料理できるし、いつもちゃんと帰ってきてくれるから、大丈夫だよ!」
「…………―――」
このまま主人の提案に乗るところだったから、訊ねて良かった。自分は子供たちよりも、ずっと浅はかだった。ジョーを両腕で受け止めて、俺は優しく笑いかけた。
「…ありがとう。じゃあ、帰ろうか」
『やったー!!』
ジョーとベルが手を高く挙げて喜んだ。そしていつものように、俺にくっついて離れなくなった。
ビリーも一気に晴れやかな表情に変わった。ソフィアが病気になる前以来、こんなに明るいビリーの顔は見たことがなかった。“子供のため”とは、こういうことなのかもしれない。
「じゃあ父さん、メグのおじいちゃんに お話してくるよ」
ということで、主人に昨日の話のことを丁重に断った。主人はそれほど気にしておらず、良ければまた食事に誘うし、いつでも来てほしいと言ってくれた。
そのまま屋敷で昼飯を食って、家に帰った。
***
春になって、墓参りに来たときだった。
「――父さんな、天使を見たんだ」
「えっ…?」
ビリーが目を丸くする。その腕には赤い薔薇の花束が抱えられている。
「こう見えて昔は身体が弱くて、いつも病気してばっかりだったんだ」
「へぇ~、全然そう見えないや」
ジョーが興味深そうに、俺の顔を覗く。その腕には白い百合の花束が抱えられている。
「だろ? そんなとき、父さん死にそうになってさ――――」
「えー? すごーい!」
“その話”をすると、ベルが跳び跳ねた。
「じゃあ、お花置こうか」
ジョーはハルの墓、ビリーはソフィアの墓に花束を置いた。花はどちらも五本ずつだ。
「ねぇ父さん、どうして五本なの?」
ジョーが問う。俺は得意げに、その理由を教えてあげた。
「これはな…俺たち家族を表しているんだ。父さんと、母さん、そして…ジョーと、ビリーと、ベルだ。五人だろう? だから五本なんだ」
「おお~!」
「なるほど…!」
「とうさんすごーい!」
「あはは…凄いだろ?」
実はもう一本ずつ、ラッピングの下に赤いチューリップを忍び込ませている。それこそが俺の恩師でもある――なのだが、彼らが気付くまでは話さないことにしている。
花は多少高価だったけれども、これに関しては惜しまないことにした。白い百合はハル自身が好んでいたのと、ハルに対する俺の中のイメージである。赤い薔薇は、俺からソフィアへの“愛してる”のメッセージだ。チューリップにはもう一つ意味があり、それは花言葉である“博愛”だった。ハルにもソフィアにも、全ての者を受け入れ等しく愛する心があると、俺は思う。
「母さんも、メグたちの父さんも、天国から皆のことを見守っているからな」
空を指差し、子供たちに示した。彼らは天に向かって、笑顔で手を伸ばした。この日の空は雲一つなく、どこまでも澄み渡っていた。




