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Chain -鏡の道化師-【前編】  作者: 関 凛星
Ⅲ. 星々に照らされた十字架
16/28

第16話 星々の灯(とぼし) - 9.22.~10.17.1601

 婚礼は町を挙げて行われ、ここに二組の“夫婦”が生まれた。そして形式的にだが、俺とソフィアは今までの身分を捨てた。


 この日を境に、ハルは俺たちの家を出た。ハルがいなければ、俺は前向きになれなかったし、こうやってソフィアとも結ばれることがなかった。出て行くとき、俺たちは熱い抱擁(ほうよう)を交わした。ありがとう、と言い合った。いつでも会えるとはいえ、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がした。


 金貨は折半(せっぱん)しようと持ちかけたものの、ハルは全て置いていった。贅沢(ぜいたく)を避ければ一生暮らせるだけあったけれども、もはや貴族ではあるまいし、子供のためにも働く姿を見せておきたかったから、仕事は続けた。


 そう、子供。挙式から二年、思っていたより待ったけれども。




 ソフィアのお腹に、ついに俺たちの愛の結晶が宿ったのだ。




 日に日に大きくなっていく お腹の子供に向けて、二人で毎日のように話しかけた。式を挙げてから、自然とケンカしなくなっていった。その代わり、笑顔が絶えなくなった。


「この子、とても元気なのよ。よく蹴ってくるの」


「どっちだろうな?」


「うふふ、生まれてからのお楽しみね」


「そうだな…。ところで、お医者さんは、いつって言ってた?」


「10月頃ですって。もうまもなくよ」


 優しくお腹を撫でながら、ソフィアが微笑んだ。もう9月が終わりそうだから、少なくとも一か月後には……それを考えるだけで、愛しさが込み上げてくる。


 ハルとエマの方はというと、この前 妊娠が分かったばかりで、生まれるのは来年らしい。あれから式で世話になった縁で、エイリーの主人が頻繁に 俺たち二人を食事に呼んでくれるようになった。互いに子供ができたら、お披露目会でもしようかという話も上がっていた。自分たちの子供が一番楽しみだけども、ハルの血を引く子供も、どんな美男美女になるのか気になるところだ。


 ただ…少しだけ、心配なことがあった。医者に言われていたことだが、出産の際、わずかな確率ではあるけれども、ソフィアに命を落とすリスクがあるらしい。最悪のことは めったに起こらないようだけど、気がかりでならない。お互い、まだ20歳だ。やっと落ち着いてきた良いときに、別れが来るなんて、それは嫌だ。


 子供も、近所で幼くして病気で亡くなった子がいたため、とにかく無事に生まれて、元気に育ってほしいと願うばかりである。それを考えると、男か女かなんて()(つぎ)だった。毎日皆で笑って暮らせるように、今まで特別信じていなかった神様にも祈った。ソフィアは男女に関わらず三人欲しいと言っていたので、それが叶うように…とも、念入りに祈っておいた。


 そんなある日、また食事に呼ばれた。ソフィアのことが気がかりだったが、俺が断るかどうか訊くよりも前に“行きたい”と言ったので、参加することにした。早産のことは心配しなくて良いと医者は言っていたが、それでも俺は…。ここまでソフィアのことを気に留めることは今までなかった。夫婦になるとは、そして親になるとは、こういうことなのだろうか。だとしたら、俺の親父は例外だった。語る余地もない。


 エイリー家の料理はとても美味(うま)かった。食事の後、俺とハルは二人きりになって、ベランダで語り合った。





***





「――そうなんだ、もうすぐなんだね…」


 ハルが(ささや)きかけるように言った。結婚してからも、何も変わっていない。それが、安心した。


「心配ばっかりだ……無事に生まれてきてほしいし、それに――」


「それに?」


「俺…良い父親になれるかなって」


 これも何よりの悩みだった。


「親父があんなのだったから……」


「……なるほど」


 俺に横顔を向けたまま、ハルは少しばかり口をつぐんだ。目を閉じてしばらくしてから、ゆっくりと開けた。


「――――ロブは」


「おう」


「どんな風に、してほしかった?」


「どんな風に…?」


「そう。――自分の、父親に」


「…………―――」


 ほんの小さいときの記憶が飛んでいるから、少なくとも覚えている範囲では…


「そうだな……例えば」


「うん」


「もう少し、振り向いてほしかったかな」


 親父は俺のことなんか ほったらかしで、後妻の子ばかりを可愛がっていた。


「……実はさ、今だから言えることだけど」


「ん?」


「俺、酷い熱で、生きるか死ぬかで生き延びて、記憶がなくなったって言ってたけどさ」


「うん」


「…そのときに そのまま死んでたら良かったのにって、何度か思ったことがある」


「――――」


「それからも しょっちゅう身体壊したときに、このまま――なんて考えた」


「…今は?」


「もう大丈夫。……死んだら駄目だな、って思わされたから」


 (のち)にその考えをやめてからも、どこか捨てきれないまま、心底(しんそこ)に後味悪く残っていたのだ。だから…口に出しておきたかった。


「とにかく……寂しかったかな、なんだか」


「それは嫌だったね…」


「そうだな」


「なら、それを子供にしないようにすれば いいんじゃないかな」


 ひらめいたように、ハルが さっとこちらを向いた。


「それだよ。ロブが嫌なことは、子供もきっと同じだよ」


「…………」


 ハルからすれば自然に(こぼ)れ出た言葉だと思う。でも、俺にとっては、なるほど、と気付かされた。ハルの言葉は時として、大きな励みになる。


「ロブが欲しかったものを、子供にしっかり伝えるんだ。でも、ロブなら大丈夫だよ」


「…ありがとう」


「いえいえ。生まれたら、抱っこさせてね」


「おう、もちろん」


 重荷が一つ、外されたような気分になった。


「でもなぁ……僕の方は少しだけ、辛いんだ」


「えっ?」


 ハルの溜め息が、会話の続きを生んだ。


「僕の場合は統治者一族だから、それにふさわしい人間に育てないといけない…というか、何でもさせてあげる…ということはできないんだ。のびのび育てたいけどね」


「…それは辛いな」


 あの家よりは多少緩いだろうけども、権力を持つ以上、そこに生まれてくる子も運命づけられているのか。


「だから…でもないけど、ロブは子供に好きなこと させてあげたら、いいんじゃないかな」


「…おう」


「……じゃあ、そろそろお開きにしようかな。ソフィアさんも身重(みおも)だし、遅くなりすぎたら心配でしょ?」


「うーん…そうだな」


「ごめんね、よほど誘うの やめておこうか迷ったんだけど…」


「いやいや、ソフィアが来たがってたし、俺もこうやってハルと喋れたから、良い機会になったよ」


「そう、それなら…良かった」


 屋内の方を向くと、ソフィアとエマが向かい合って楽しそうに何かを話している。


「楽しみだね、これから…」


 ハルが目を細めて、二人を見やった。


「ロブの子供が、元気に生まれてきますように」


「……ありがとう。ハルの子供も、無事生まれてくるように祈るよ」


「うん…ありがとう、ロブ」


 再び外に向いて、空を見上げた。あの街よりもずっと澄んでいて、星々(ほしぼし)が一層輝きを放っていた。





***





 10月17日の早朝、ソフィアの陣痛が始まった。急いで医者を呼び、俺は隣の部屋で一人、組んだ両手に汗が(にじ)んだ。


 でも、その心配はすぐに吹き飛んだ。思ったより、早かった。


 元気な産声が、壁越しに聞こえてきた。全身からふと力が抜けて、椅子から転げ落ちそうになった。良かった。本当に良かった。


 少ししてから、医者に呼ばれて部屋に入った。ソフィアの腕の中で、赤ん坊はすやすやと眠っていた。


「あなた、男の子よ」


 ソフィアもとても元気そうだった。言うことなしだ。


「おお……」


 慎重に、その手のひらに人差し指を添えた。すると…ほんのわずかに、でも懸命に、握られた。


「…………―――」


 その感触が、俺の中の何かを振るわせた。


 気がつくと、頬に熱いものが流れていた。


「あなた……」


 ソフィアの笑顔が何よりも優しくて、それがますます涙を誘った。


「あなたも、抱いてあげて」


 そっと、俺の腕に赤ん坊が横たわった。ずっしりとして、とても重かった。


「――――」


 言葉が出なかった。眉の辺りが、俺にそっくりだった。鼻の辺りが、ソフィアによく似ていた。間違いない。


 落ち着きのなさが腕から伝わったのか、息子は泣き出した。何の問題もない。とても元気な子だ。


「うふふ、名前はどうしようかしら」


 ソフィアに息子を渡した。もう一度手に指を触れさせたら、また握ってくれた。


「……また、ゆっくり考えようか」


「ええ、そうしましょう」


 ソフィアもとても元気だった。ここで初めて、安心できた。




 長らく二人で考えた末、息子にジョセフ(Joseph)という名をつけた。


 三日くらい経ってからハルたちも呼んだ。二人も、自分のことのように喜んでくれた。

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