第15話 想望 - 9.25.1599
あれからというものの……。
追っ手は来ていない。身分がバレたわけでもない。経済的に困っていることもない。ただ――
「もう! 何よあなた…」
「そういうお前こそ何だよ…」
という感じに、この頃、互いに猫を被っていた部分が剥がれてきて、ケンカが増えた。大抵は自己主張のぶつけ合いから起こるもので、どれだけ荒れてもその日のうちに仲直りするような、しょうもないものばかりだ。その代わり、週に一回は絶対に、些細なことがきっかけで、また始まるのだ。
ソフィアは肝が据わっていた。同居しているハルいわく、俺の怒鳴り声はめちゃくちゃ怖いらしい。でも、どれだけ声を荒らげても、何を言ってもソフィアは動じなかった。どうしようもないほど腹が立ったときもあったけれども、親父みたいになりたくないから、絶対に手を上げたりはしなかった。ただ、心は間違いなくボロボロにした。仲直りするたびに、ソフィアは何もかもを許してくれた。その優しさに甘えて、俺はまたケンカのきっかけを作ってしまうのだ。
でも結局のところ、仲はとても良い。何にも囚われず二人で過ごす時間は、この上なく幸せだ。頭で考えているだけで なかなかそうもならないけども、お互いぶつかりつつ、理解し合えば、少しずつケンカも減っていくだろう…きっと。
一方でハルは――ついに、出逢いがあったようだ。しかもお相手は、この町の権力を握るエイリー家の一人娘。俺たちには特別に隠すこともなく、あっさり教えてくれた。“自分も名家の出身で、兄の駆け落ちを手伝って一緒に逃げて来た”…という風に、、家の名前やどこから逃げて来たか以外は、正直に相手に打ち明けているという。
“兄”――ハルにそう言われたのが、何だかすんなり受け入れられた。血が繋がっていなくても、もはや兄弟であることに違いない。ハルは俺の、良き“弟”だ。
ここに来てから、気がつけば もう一年以上経っていた。町の人々とも自然と打ち解け、こののどかな場所に、俺たちも溶け込んでいった。仮住まいのつもりだった家もいつしか、完全に自分たちのものになっていた。
あと、ハルがエイリー家の主人に すこぶる気に入られていて、なんと…婿養子に入ってほしいと言われたらしい。やはりハルには、人を惹き付ける魅力があるのだろう。自分の姿を知らないというのもまた、魅力を引き立てているのかもしれない。かなり早い展開だが、ハルから話を聞く限り 彼女とはとても仲睦まじい様子だし、この二人が結ばれたら、俺たちも純粋に嬉しい。
そんなとき、ハルが初めて彼女を家に連れて来た。
***
「お邪魔します…」
よそよそしく、ハルの彼女が向かいのソファーに座る。後ろにはお付きの人もいる。ここは居間だ。
「はじめまして…エマ・エイリーと申します」
「こちらこそはじめまして、俺が兄のロブ、それから――」
「ソフィアです。よろしくね」
エマはいかにも、ハルにふさわしい女性だった。明るい茶色の髪に、同じ色の瞳。美人で清楚そうで、気品に溢れている。ハルはその隣に座って、腕をエマの肩に回している。この一年で、もう俺の背を越えていた。子供みたいなケンカばかりをしている俺よりも、ずっと大人に見えた。
「こんな良いところのお嬢さんと出逢うなんて、さすがだな…」
「ははっ、それは偶然だよ」
ハルがエマと向き合って微笑む。こうやって笑うと、二人ともまだ幼さが残っていた。画になる。まるで花畑の真ん中に連れて来られたみたいな、そんな錯覚に陥った。
「お二人は付き合って、どれぐらい経つの?」
俺の隣にいるソフィアが訊く。今日はケンカしていない。
「えっと――八か月かな、もう」
エマも頷いた。本当に幸せそうだ。
「そこで話があるんだけど――」
そっとエマから腕を離し、ハルは両手を組んで前かがみになった。
「近々、式を挙げることになったんだ」
「えっ……おお!」
「おめでとう!」
その類いの話だとは なんとなく予測がついたけれども、直接聞くとやはり嬉しい。
「ありがとう……それでね、二人に提案があるんだ」
「おう、何だ?」
ハルが少し いたずらそうに笑った。
「ロブたちも一緒に、式挙げない?」
「え、おう…」
俺たちも、一緒に式を挙げるのか。俺たちも式を挙げ――
式?
式……
――結婚、式。
「…………―――」
そういえば、この町に来てから、ソフィアは俺の姓を名乗っていた。つまり周りからは、俺たちは……
無性に顔が熱くなってきた。隣でソフィアが、俺を見てニコニコ笑っている。意気地なしの俺はまだ、ソフィアと同じ部屋で寝ても、それ以上の進展がなかった。指輪もまだだった。このままでは年下のハルに先を越される。としても、結婚式……恥ずかしい。
「ロブたちの分もエマの家の人が用意してくれるから、豪華な式になるよ? どう?」
ハルも笑いかけてくる。首を縦に振る以外、選択肢はなさそうだ。
「……よし、お願いします」
だから、そうした。それに、これは自分たちのけじめにもなる。俺たちは…夫婦、になるのだ。そろそろ自覚しなければならない。
「――ありがとう。じゃあ、家の人たちにも伝えておくね」
「おう、こちらこそありがとう」
「うふふ、楽しみだわ…」
決まってしまった。ソフィアはさっそくウキウキしている。
「…あっ、ハル」
「ん?」
「俺たちも、その…家の人に言いに行くときに、一緒に来ても良い?」
「あら、その方が良いわね」
隣でソフィアも同意した。こういうときには やはり直接会っておいた方が良いだろうと考えた。
「もちろん。それなら、明日くらいにでも行く?」
「そうだな、明日も仕事休みだし」
なんだか緊張してきた。この町を治めている一家を訪ねるのだ。かつて自分もそういう家にいたけれども、ここに来てからは、そんなこともすっかり忘れていた。あそこは場違いだった、きっと俺には、貴族なんて向いていなかったのだ――そう思うことさえある。
ちなみに、俺は配達人の仕事をしている。給料はそこそこ良い。この町は比較的狭い上に農家が多く、町の外に出たとしても送り主や届け先はだいたい限られていたため、苦ではなかった。仲間ともうまくいっている。週に何日か休みが入るし、日が傾く前に仕事が終わるから、ソフィアとの時間も十分に過ごせる。というわけで、今日と明日は休みだ。
俺一人の収入でやりくりできるのと、持って来た金貨が減りそうにないことから、ハルとソフィアは仕事をしていない。俺自身も、お金のためというよりは、身体を動かしておきたかったから働いている。
エイリー家はやはりワンランク上なのだろうか、あの家みたいに専属の使者がいるらしく、仕事中にその姓を配達物に見かけたことはなかった。
それはともかく、この後も、夕方になってエマが帰るときまで、四人で たわいない話などをして盛り上がった。エマも最初こそ固かったけれども、途中からは気さくに話すようになった。
その夜に聞いたことだが、ハルいわく、エマは三つ年上――実は、俺とソフィアの一歳上だったようだ。落ち着いているとはいえ ハルと釣り合っていて、そうは見えなかった。年下の感覚で接していたので、少しだけ失礼なことをしてしまった。本人は気にしていないようだったから、大丈夫だろうけれども。
次の日、皆でエイリー家を訪れた。あの屋敷よりも窓が多く、太陽の光が柔らかく部屋に差し込んでいた。
エマの両親はとても優しそうな人で、俺たちを手厚くもてなしてくれた。ハルはすっかり、家族の一員として溶け込んでいた。
式の日程もあっさり決まり、後はそれまで待つのみだ。
***
「――これは?」
「墓を作ろうとして掘ったら、こんなものが出てきて……別に、他人の墓があったとかじゃなくて…」
「ではなせ、棺桶なんぞ――うん?」
「これ、もしかして…と、思ったんですが」
「――ああ、間違いない」
「腐敗も、まあまあ進んでいるな」
「一体、誰が埋めたんだ……」
「ついに見つかったか…最悪の結果だけども」
「きっと殺されたんだよ……友人に医者がいるから、呼んでみようか? 何か分かるかも」
「どうしてこんなところに――」
「これは大スクープだ…」
「――お嬢ちゃん、辛かったね…」




