第13話 決別 - 6.20.1598
自室の窓から、夜空を眺めた。
運よく、今夜は快晴だった。月の光がこの前よりますます眩しかった。
これまで探検したのと同じ要領で、ロブと一緒に地下へ下りる。無論、ご主人も召し使いたちも眠りについた真夜中である。服装もお忍びのときと同じようなものを選んだ。
誰にも気付かれないように、必要最小限に抑えた荷物を運ぶ。片手が空いているとはいえ、ロウソクは落として拾う時間が惜しまれたので、元から持ってこなかった。
というわけで、例の迷路は、ロブが手の中に たいまつくらいの大きさの炎を宿して、それを当てに進むことにした。ロウソクよりもずっと明るい代わりに、体力の消耗は激しくなるという。早く済ませたいところだ。
まずは地下牢獄にて、子供たちの解放である。独房は錠ではなく魔力で封印されていたので、全て簡単に壊すことができた。おそらく、本当に大事なところにだけ、物理的に錠が設けられているのだろう。彼らが逃げ出したところで、ご主人なら代わりをいくらでも連れてくるに違いない。それでも、彼らのことは助けたかった。
全員に、僕たちについてくる意志があるのを確認してから服を着替えさせ、迷路に足を踏み入れた。中には衰弱して長く歩けない子もいたので、ロブに荷物を預けて、その子たちに肩を貸してあげた。
突き当たりの仕掛けを破り、出口の蓋――結界らしきものを飛ばして、外に出た。やはり新鮮な空気は気持ちいい。
ここからが賭けだ。僕は門番を突破する方法をある程度考えていた。
ロブと子供たちよりも先に、裏門に走って向かった。門番がこちらを向いた。すると――
「おおお…、お前、あのときの――」
まさかこんなところで再び会うとは。神様が降りてきたのだろうか。
「こんばんは…」
余裕をもって、僕は門番に話しかけた。これなら話が早い。嘘をつく必要もないかもしれない。
「お前、大きくなったなぁ。……覚えてるか?」
「ええ、もちろん。あのときの恩は忘れたりしませんよ」
あの雨の日、僕をこの家に招き入れてくれた門番だ。“覚えている”と伝えると、嬉しそうだった。
「どうした、こんな時間に」
「お願いがあります」
こんなところで手を汚したとしても、ご主人には及ばまい。僕は上着のポケットから、何枚もの金貨を取り出した。外へ行くたびにご主人から貰っていた金貨のヘソクリの一部だ(本来は余りを全てご主人に返さなければいけないけれども、ソフィアさんの縁談のことを聞いてから、二人でちょっとずつ くすねていた)。大半は僕たちが今後生きていくために、またヘレンおばさんに寄付する分である。
「――見過ごしてくれ、ということか?」
「はい」
「お前一人じゃなさそうだな」
「…はい」
「じゃあ……そいつらも、連れて来い」
ここまで来れば確実だとも思ったが、まだ油断できない。ロブたちのところまで戻って、再び裏門まで来た。
「このガキたちはどうした? なかなか――」
「それは…いろいろと事情があって」
この家の実態は広げるべきだと思う。でも、この場で言うことではないと判断した。
「それとお前は……、ご主人の息子か」
「はい」
「こんなにたくさんのガキを連れて…何をするつもりだ?」
「逃げるつもりです、遠くへ」
ロブははっきりと答えた。迷いはなかった。
「なるほど…。それで、通してほしいわけだな?」
「…はい。お願いします」
ロブは大きな瞳で、門番の目をじっと見つめた。
沈黙がしばらく続いて、門番は口を開いた。
「――分かった。通してやる」
ホッとした。音が鳴らないように、慎重に裏門を開く。人が一人通れる幅まで開けたところで、子供たちから順番に家の敷地を出ていく。
「ロブ、地下から出てくるところ、閉めておいた?」
「おう、もちろん」
ロブに確かめてから、門番に先程見せた金貨を手渡そうとした。
「じゃあ、これ……」
「ああ、礼は要らんよ」
「でも――」
「黙っとくから。行け」
当初の計画が少々狂うけれども、説得したところで門番はここを離れないだろうし、また、約束は守ってくれそうだった。
「…………ありがとうございます」
この門番に二度もお世話になった。それも人生がかかっていることで。歩きながらときどき振り返り、門番を見た。この後どうなるだろう。ご主人に疑いをかけられたら、まずクビだけでは済まない。やはり無理なことをすると、どうしても犠牲が伴うのだろうか。
「ごめんなさい……ありがとう…………」
失敗は許されない。これ以上犠牲も出してはいけない。子供たちを安全な場所に行かせて、僕たち三人も、追っ手の来ない遠くの町に辿り着き、身分を捨ててでも穏やかに暮らせる場所を確保する。それまでは緩んではいけない。
門番が見えなくなったところで、あのヘレンおばさんが迎えに来ていた。僕が頼んだ。
「あらぁ、この子たちね」
「はい、どうかよろしくお願いします」
「ええ。さあみんな、こっちよ」
手短に済ませた。ロブに預けていた自分の荷物を受け取り、月明かりに照らされた街を駆け抜ける。
「追っ手は?」
「大丈夫、来てないよ」
「よし」
ご主人に放任されている分、僕たちだけで逃げることは比較的簡単だろう。
問題は、ソフィアさんだ。キャロル家には跡取りが生まれていないと聞いた。血縁関係がないのは大きいが、取り込んでしまえばこちらのもの、という感じだろうか。僕たちよりも監視の目が厳しいことには違いない。逃亡には母親が協力してくれるようだ。とにかく、約束した場所にいることを願う。
「あっ……ロブ、あれ……」
「――――よし」
ソフィアさんは、そこにいた。同じ髪色の、母親らしき人物もいた。馬車も既に到着していた。ロブが真っ先に駆け寄る。
「ソフィア…良かった」
「なんとか…。気付かれる前に、行きましょう」
「おう、そうだな」
ソフィアさん、ロブ、僕の順で、急いで乗り込む。まもなく馬車の扉が閉まり、走り出した。行き先は事前に伝えてある。数日かけないと行けない場所なので、まずは到着するまでが勝負だ。宿屋もその都度、慎重に選ばなければならない。
「あっ! あの……ソフィアさん、お母さんは?」
ソフィアさんの母親が馬車に乗ろうとする様子ではなかったので、訊いてみた。
「お母さんも逃げるわ、ただ――別々の場所に行くことにしたの。でも、きっと大丈夫よ。頭が良いもの」
「…………」
今後再会できるかどうかは分からない。ソフィアさんたち自身で決めたことだから何も言いようがないけれども、少し罪悪感に苛まれた。
「ハル、どこまで行く感じだ?」
「ここより北の、だいたい五日くらいかかるところ――あの家とは縁のない田舎町だよ」
「へぇ…そんなところ、どうやって?」
「この馬車の乗り手が教えてくれたんだ。小さなところだけど、町の人が皆仲良しなんだって」
「なるほど……良いな、そんなところ」
「楽しみだわ」
この街から遠ざかるほどに、期待に胸が膨らんだ。不安も付きまとうけれども。
「――ところで」
ロブが僕の耳元で囁いた。
「乗り手に俺たちの身分は言ってないよな?」
「もちろん言ってないよ。言ったら大変なことになる…」
「だよな、良かった…。とりあえず、住むところ確保するまでは、家の話とかはやめような――誰に聞かれてるか分からないし」
「ああ、宿屋でも怪しまれないようにしよう」
そこでロブと僕の会話はひとまず終わった。というか、僕が終わらせる素振りを見せた。ロブは未だに恥ずかしいのか、僕がいると僕に話しかけがちになる。ここはソフィアさんと二人で仲良く会話してほしいけれども、すぐ横に僕がいると厳しいか。
でも、しばらくしたらソフィアさんの方から働きかけてくれた。ロブはもう少し積極的になってもいいと思うのだけども。
外に耳を集中させる。不吉な音は聞こえない。今のところ順調だ。
***
「――――何だと?」
「屋敷中探したのですが、どこにも……見当たりません」
「くそっ…あいつは手元に置いておかなければ――我が家の技術の――」
「でも、それはアイザックお坊っちゃまが受け継ぐのでは……」
「いや、エイミー……あいつも我が一家の宝なのだ…」
「――ご主人様?」
「ふふ……あいつを連れ戻せ。無論生かして、なんとしても、だ。ハルはもったいないが、見つけ次第処分しろ。あいつは――ロバートは私の管理下にあって、はじめて意味があるのだ」
「――――」
「他の奴等から、心当たりは聞いているか?」
「いえ、何も…」
「――そうか。そういえばもしや…餓鬼どもが何か知っている可能性もあるな。先にあいつらから絞り上げてやろうか……」
***
「オリビア……ソフィア……贅沢な暮らしをさせてやっていたというのに――」
「ご主人様、追っ手の手配を…」
「ああ、それはよい。所詮は卑しい女共だ。それに…ちょうど新しい女が欲しかったところなんだ。都合がよかったよ」
「――では、失礼します」
***
宿屋ではもちろん、二つの部屋に分かれた。僕には、ソフィアさん一人だと不安だから二人を一緒に――という考えもあったものの、万一のことがあったときに万一のことが重なってはまずいのと、宿屋のセキュリティーを信じて、男女で分かれた。どこの宿屋でも、運よく隣同士の部屋になった。
就寝時間まで、部屋の前にて三人で仲良く語り合った。家の話をしない、というルールが かえって僕らを自由にしていた。皆が生き生きと、ありのままで話すことができた。
追っ手は来なかった。そして無事に目的の町に着き、馬車の乗り手に代金を渡し、感謝と別れを告げた。最後の宿屋では、一つの部屋に皆で泊まった。今後のことについて、ゆっくり考えるためだ。
ヘレンおばさんに引き取られた子供たちが、いつかあの地下の実験を止める力になることを祈る。
そういえば一度しか説明がなかったから あまりよく分かっていないけれども――“道化鏡”になった子供たちもまた、救われなければいけないのではないか。あの街に戻ることがないとしても、どこかで会えるだろうか。
それだけでない気がする。僕たちは門番やソフィアさんの母親に加えてもう一人、犠牲にしているかもしれない。




