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Chain -鏡の道化師-【前編】  作者: 関 凛星
Ⅱ. 邂逅と決別
12/28

第12話 前夜 - 6.11.1598

 ソフィアの婚約相手の家がいろいろと都合があるらしく、まだしばらく会うことができた。あれ以来ハルの単独行動が許されるようになったけれども、家では今まで通り、二人で行動を共にした。今、一番怪しまれてはいけない時期だからである。


 ソフィアにまだ打ち明けていないことは、自分たちがクレメンス家の人間であることと、ハルはともかく俺に魔力があることくらいだ。魔力を持っていることは、“持たない人々”には――ハルや使用人は例外だが――トップシークレットだと、親父から教えられている。身分や家柄は言うまでもない。だが、やがてはこれらも明かさなければならない。その上での“話”だ。


 ソフィアは婚約相手のことは良く思っていないようで、自分にもときどき愚痴(ぐち)をこぼしていた。また、頻繁に抱きつくようになった。それもまたいじらしかったけれども、たまらなく恥ずかしい気持ちになった。ソフィアに添えている手が訳もなく震えるときもあった。唇が唇を欲しがった。いずれも、とにかく必死に(こら)えた。まだ我慢しなければいけない。


 その一方、例の“台本”はまもなく完成し、その準備も、こちらでできる分は着々と進んでいた。ハルによると、些細(ささい)なことも見過ごさないようにしながら、いつでも実行できるように取り計らってくれているらしい。残るはソフィアの件だけだった。明後日会えるので、その時にしっかり伝えなければならない。肝心なことが、まだ何もかも言えていない。


 あと この前、ハルの15歳の誕生日だった。あれからもう三年も経ったのだと考えると、自分からすれば…あっという間だったが、とても充実していた。そして、ハルやソフィアといった素晴らしい出逢いは、確かな自分の誇りであり、自信となっていた。


一時(いっとき)、自分はここにいなくても良いのではないか、などと考えたこともあったけれども、今ではかなり薄れた。身分にも財産にも、それほど興味はない。自分の居場所を確立するのに、それらを手放さざるを得ないことは仕方ないだろう。あの“台本”自体、自分たちのわがままの(かたまり)だということは承知している。


 その“下見”をするのに、ハルと一緒に再び地下牢獄へ行く。研究室は立ち入り禁止だけれども、こちらは合鍵を渡されていた。単なる下見だけでなく、俺たちにはもう一つ、目的があった。それもあって、いつもより気持ちだけ早めに合流した。





***





「――バレないかな?」


「今日はあくまで教えるだけだから、いけるだろう」


「におい消しの薬は?」


「あと何回分か貰っているから大丈夫」


 薬は合鍵と共に、俺とハルでそれぞれ3~4回分貰った。逆に言えば、それ以上地下に行こうとするときは親父に言わなければならない。一人ずつ交互に、日を変えたら効率が良いけれども、地下は一人で行くところではない気がした。


「…そうだ。ハル、“調査”はうまくいってるか?」


「ああ、意外と順調だよ。実態がだんだん分かってきて確実になってきたかな」


 この“調査”も、とても大事なことである。


「どんな感じ?」


「うーんと……、よくないことが起こってるかな?」


 “調査”について記されたメモをパラパラしながら、ハルが苦笑いする。目は笑っていない。


「やっぱりか……」


「まあ、そういうことだから――できるだけのことをしよう」


「おう」


 などと話している間に、地下牢獄へと至る。安定の(くさ)さである。でも、ここを避けては何も始まらない。


 二人きりで行動できるのは、変わらず晩飯(ばんめし)と風呂の後だけだった。起きている子供は目を大きく開けてこちらを睨み、寝ている子供は死んでいるかのようだった。壁のロウソクがいつまでも消えないのはなぜか、もう気にしなくなっていた。


 と、ある子供の前でハルが立ち止まった。メモを手渡される。手本みたいな字の寄せ集めだった。俺はしゃがみ、子供の顔とメモの内容を見比べて、確認できたら子供の目をじっと見た。出来る限り優しい視線を送ったつもりだ。すると、その子供――男の子はまもなく、睨むのをやめた。


 ハルのメモに書かれているのは、特定の事情でここに来た子供についてである。


「こんにちは」


「…………」


 何も言わず、ただこちらを見ている。


「えっと……名前は、キール(Keel)バセット(Bassett)…だっけ?」


 明るめの茶髪で、右の(ほお)に大きなほくろが二つある…特徴は合っている。男の子が表情を変えないので、一瞬、間違ったかと思ったけれども――わずかに(うなず)いた。




 ハルがしてくれたこの“調査”、それはずばり、この街の子供の誘拐(ゆうかい)事件についてのことである。




 二度目に親父に連れて来られたとき、ここにいる子供の入れ替わりについても聞かされた。基本的に死んだら(殺す場合もあるらしい…) 入れ替えを行っているそうだが、親父の“さまざまな環境下で育った子供で実験している”とのことから、もしや…という疑いが生じたらしい。


 また、俺がソフィアと仲良くなることと並行して、ハルも街の人々と広く交流するようになった。最初の日に出会った武器屋の店主をはじめとして、パン屋の弟子、宿屋(やどや)女将(おかみ)、食堂の料理人……顔が広くなったせいで、眼帯(がんたい)を外すに外せなくなってしまったと言っていた。


 それはさておき、交流の過程で誘拐(ゆうかい)の話を聞いたようだ。疑いを持っていたハルは人々に聞き込み調査をして、過去10年に誘拐された子供の名前と特徴、当時の年齢などを記録した。それがこのメモだそうだ。四枚ある。バラバラにならないよう、紙の隅に穴を開けて、(ひも)を通してある。


 そのうちの一人が、今 目の前にいるキールという少年である。今の歳は11~2くらいで、メモには二年前に行方不明になったと記されている。


 キールの前を離れ、残りの三人も確認したが、不幸なことにこのうち一人は既にいないようだった。


 それ以外の理由で連れて来られた子供に関しても、施設のおばさんに話を聞いたそうだ。その人は代々そこで切り盛りしているようだが、少なくとも30年ほど前から、預かる子供の数が劇的に減ったらしい。不思議に思っていると、おばさんはこんなことを耳にしたらしい。


 “最近 新しい施設ができたようで、そこに子供を預けたら、両手から(こぼ)れそうなほどの金貨を貰った”、と。


 なるほど。おばさんはそれ以上知らないみたいだったので、そこで切り上げたという。


 今ここにいる子供は13人。四か月前にハルと来たときと、幸い入れ替わりはみられなかった。見かけが以前より酷いことになっている子もいたものの、一応全員、動ける様子だった。檻には(じょう)がなかったが、しっかり閉まっているようだった。どうなっているのだろうか。


 まずは自分たちで確かめておかなければいけない。迷路のエリアは、だいぶ前に親父から説明を受けていた…はずだったけれども、自信をもって覚えているとは言えない。


「ハル、この先のルート、分かるか?」


「…なんとなく」


 なんとなくというのが一番怖い。


「本当の出口にある仕掛け以外は分かると思うけど…」


「いや、それで十分だよ」


 親父はそこまでしか教えてくれていない。


「…行くか?」


「ああ」


 そこまで慎重に見えないかもしれないが、道を間違えたら明日がないのである。気持ちだけでも明るくなるだろう、という考えで、ロウソクを灯すとき、少し力を込めてみた。そのとき、俺のマネのつもりか、ハルも手をかざした。


 すると――


 ロウソクがまるごと火に包まれて、一瞬で消滅してしまった。


「あっつ!!!」


 燭台(しょくだい)もとんでもない熱さになって、地面に落とした。冷たい石の床で白い煙を出しながら、鍛冶(かじ)屋で鉄を冷ますときのような音がする。


「…………―――」


 ハルが目を丸くして固まっている。口が開いていた。


「うそぉ…」


 今のは俺の力じゃない。俺にはここまでの力がないはずだ。自分で出した炎に触れても、本来は熱さを感じない。幸い、火傷(やけど)はしていなかった。


「ハル……」


 ハルは何も悪くない。知らなかっただろうから。責めるつもりはないけれども、これは一体何だ。


「…………ごめん」


「いや、良いんだけど…予備あるし」


 予備の問題でもないけれども、服から取り出してハルに渡した。燭台はまだ冷ます必要がある。


「もう一回…同じことやってみて」


「…うん」


 地面にロウソクを横たわらせて、ハルは力を込めた。


「………?」


 しかし、何も起こらなかった。たまたま俺の力が暴発したのか、それともハル自身が本当に魔力を持っていて、他人と一緒に使うことで、俺の力を強める形で発動したのか。後者だとしたら……かなり強い。制御する(すべ)が必要なほどかもしれない。俺と一緒にやってまた燃え尽きたら先に行けなくなるので、それはやめた。


 燭台が冷めるのを待ってから、迷路を辿った。ハルがすいすい進んでくれたので、非常に頼もしかった。分岐点がたくさんあったにも関わらず、迷いなく例の場所まで来ることができた。


「問題の、だな」


「どうなっているんだろう…?」


 ハルは、どう見ても行き止まりの壁である“仕掛け”に近づき、まじまじと見た。


「ロブ、僕にやらせてくれる?」


「…おう、死ぬなよ?」


 ハルは慎重な手つきで、壁を押したり叩いたりした。この様子から壁には(わな)がなさそうだった。途中から俺も横で協力したけれども、びくとも動かない。


「うーん…どうしたらいいんだろう?」


「困ったな…」


 穴や溝のようなものもないし、どうしろというのか。


 ――そうか。


「ハル」


「うん?」


「さっきみたいに、俺に力貸してみて」


「…分かった」


 モノを壊すこと自体は比較的簡単にできる。ここは別かもしれないが。


「よし、じゃあ…お前強いから、ヒビ入れる程度で思ってくれ」


「ああ」


 じゃないと、壁が勢いよく吹っ飛びすぎて、自分かハルのどちらかが大怪我をしそうな気がした。明後日にはソフィアに例の、大事な話をすることになっている。自分も怪我したくないし、ハルの顔に本物の傷がつくのも何か嫌だった。


「せーの」


 合図とともに、壁にかざした手に力を込めた。


 ……案の定、これが正解だった。壁が崩れる…というよりは、そこだけ消えてなくなり、先に道が現れた。周りの壁には少しだけヒビが入っていた。ちょうどだ。


「凄い……」


「行ってみようか?」


「ああ」


 そこからはほぼ一本道で、もし行き止まりに来てしまっても、罠も何もなく平和だった。長らく歩いて、最後に階段を上ると、手前に梯子(はしご)と、その上に正方形の出口があった。もちろん、こちら側からは開けられないようにしてある。


「どこに出るんだろう、この上は…」


「庭のどこかじゃ――――あ」


 ヤバい予感がした。考えるよりも前に、口元に人差し指を当てていた。


 上から…ドアの音がした。足音が聞こえる。


《親父だ》


 口パクとジェスチャーでハルに伝える。ハルは動揺した。


《え、じゃあ、ここって…》


《いや、親父の部屋は三階だからありえない》


《じゃあ、どうして分かったの?》


《歩き方が親父だったんだよ》


《そんなこと分かるんだ…》


「――まったく、あいつは…」


 上から声がする。間違いなく親父だ。


《ロブ、凄いね。僕は分からないや》


《まあな》


《だとしたら、少なくとも屋内だね》


《そうみたいだな》


 魔力でつけた炎のため、ロウソクも結構長持ちする。だから、時間を気にせずに地下にいられる。


《何の話をしてるのか、ちょっとだけ聞いてみたいんだけど》


《分かった》


 と、またドアの開く音がした。今度は……これは、エイミーだ。


「エイミー、あいつの加減はどうだ?」


「いえ……一向に回復しなくて」


 “あいつ”とは後妻の子か。にしては、親父がだいぶ苛立っている。


 親父が何歩か歩く音、それから窓の鍵を開ける音がした。


 ――騒がしい。


 どしゃ降りの雨が耳に降りそそいだ。おかしい、今夜は雨ではなかったはずだ。


「このまま終わってしまうかもしれません…」


「そんな馬鹿な」


 違う、これは……


「ああ、せっかく成功したと思ったらこの始末か…」


 そうか、これは、これは――


 人に非難されると、意識よりも先に、身体が過敏(かびん)に応える。


「あいつも所詮(しょせん)は、あの役立たずと同じか……」


 悟ってもなお、受け入れたくなかった。耳を塞いだ。目をつぶった。


 すると…顔はよく見えないが、俺に笑いかける影。まぶたの裏に、あの日の光景が浮かんだ。


 確か俺は、この子に――何か言ったはずなのに、度忘れしてしまった。何を言ったのだろう。


 そもそも、あの日のこと自体がはっきり思い出せない。覚えていたはずなのに、なぜ…


 雷のような大きな音がして、それから親父の声が聞こえなくなった。




 頭の中がぐるぐる回って、上下左右もあやふやになってきた。目眩(めまい)に足がもつれ、気がつくと床に倒れて……おらず、ハルに抱きつくように寄りかかっていた。ロウソクもいつの間にかハルの手にあった。


「ロブ…」


「うわっ、ごめん」


 端から見たら気持ち悪い(やつ)になっていたので、すぐに離れた。


「ビックリしたよ、ロウソク落としそうになるし、こっちに来るものだから…」


 とはいえ、それほど気にしていないようだったから良かった。ハルからロウソクを受け取って、体勢を整えた。


「ご主人の声、聞こえてたの?」


「おう、そうだけど…」


「その……僕には何も聞こえなかったから」


「…………」


 やはり幻聴だったか。胸を撫で下ろした。


「どうにかしようと思って……大丈夫?」


「おう、まあ――ところで、風が涼しいな」


「出口、開いたからね」


「そうか、それで……って、え?」


 見上げると、夜空に星がちらほら見えた。新しい風が吹き込んでくる。


梯子(はしご)もここに避難させておいたよ。壊しそうだったから」


 ハルがよいしょと梯子を持ってきた。周りの壁にヒビはなく、出口を塞いでいた蓋だけを見事に吹っ飛ばしたようだった。


「さっきよりも強めに力入れてみたら、あっさりいけたよ。上ってみる?」


「お、おう…」


 俺は記憶が飛んでも魔力の使い方は身体で覚えていたが、ハルはそれも今まで忘れていたようだ。良いきっかけになったかもしれない。俺のことも正気に戻してくれたし、一石二鳥だ。


 梯子はハルが先に、俺が後に上った。そこは一面が草原の、広々とした場所だった。夜風が気持ちいい。


「こんな場所があったんだ……」


「俺も知らなかったよ、どこだろうな」


 月の光が明るく、辺りがよく見えた。振り向くと、屋敷の裏側から少し距離があった。出口の(ふた)はどこに行ったのか、見当たらない。


「門番は…いるね」


 ハルが彼方を指差す。武装した大人の影が見える。


夜襲(やしゅう)されたらたまらないもんな、姉が死んだときも真夜中だったみたいだから。でも……」


「でも?」


「外には強くても、内には弱いかもな。それに、俺たちが家の者だと分かってるだろうから、テキトーな理由でもつけたら簡単に抜け出せそうだし」


「それなら話が早いね」


「おう」


 ソフィアはともかく、こちら側のルートが確認できた。


「僕の方の手配も完璧だよ。あとは日付が決まったら、それを告げるだけだからね」


 残るは俺の勇気だけ、ということだ。


「ハル」


「うん?」


「……本当に、ありがとうな」


「いやいや、抜け出したいのは僕も同じだから」


 ハルが微笑する。必ず成功させなければならないと、改めて気を引き締めた。


「…そろそろ、戻る?」


「おっと…そうだな」


「あと、ちゃんと教えてあげないと」


「おう」


 梯子を下りるときも、ハルが先だった。出口をどうしようかと思ったが、単純な話だった。二人同時に出口に向かって軽く魔力を込めたら、再び蓋が現れて塞いだ。壁の抜け穴も同じようにしたら隠れた。本当はそこから牢獄までの道に目印でも置こうと思っていたけれども、バレるとまずいことになるのでやめておいた。


 帰りは同じ道だったため早かった。キールや他の子供たちはまだ起きていた。


「キール」


 俺が話しかけた。三角座りをしたキールはこちらをじっと見る。


「……俺たち、必ず皆のこと助けるから」


 帰る場所がない子もいる。だとしても、人以下の扱いを受ける彼らを救わなければならない。形式的な(ほどこ)しではなく。


「…………ほんとに?」


 キールが口を開いた。声は(かす)れていた。



「おう」


「いつ」


「次ここに来るとき――できる限り早く」


「できる?」


「やってみせる」


「約束できる?」


「――約束するよ」


 俺は目を離さずに、キールに答え続けた。それから目でハルを示した。


「こいつが凄く調べてくれたんだ。ここにいる皆のことを」


 キールだけでなくここの子供全体に、ハルが親父側ではなく彼らの見方であることも明示しておく必要があった。彼らからすれば、ハルはテストの結果一つで一人だけ特別扱いされている存在だ。良く思っていない子も少なくないだろう、とハル自身も考えていた。


「……ねぇ」



「どうした、キール?」


「帰れない子たちは、どうするつもり? …見殺し?」


「ちゃんと考えてあるよ。ヘレンおばさんと連絡取ったら、引き取ってくれるって」


 さっとハルが答えた。


「ヘレン……おばさん…………!?」


 隣の子が突如(とつじょ)、身を乗り出した。(あわ)せて他の子も一部ざわついた。


「ちょっとこれからルートについて、まだ最後の確認が残ってるんだけどね。でも大丈夫、この家……内側からの抜け穴はたくさんあるから」


 最後の確認――先程門番がいた辺りの場所さえ調べれば、ということか。施設のヘレンおばさんは、街の人々に、もちろん子供にも評判のある人だという。


「あと、もう一人協力してくれる子と打ち合わせが残ってるから……もう、もう少しだけ! 待っててほしいんだ」


 ヘレンおばさんの効果は絶大だったようだ。皆 目を輝かせて、こちらに注目している。アイスブレーキングにはちょうど良かった。


「じゃあ――俺たちが吹き込んだことは、誰にも知られないように」


 多くの子供が頷いたのを見て、俺とハルは立ち去ろうとした。


「――――」


 一番入り口側の向かって右に入れられていた女の子が、すれ違いざまに何かを言いかけた。立ち止まって、屈んで目線を合わせる。


「どうしたの?」


 ハルが問いかけた。女の子は目を伏せて言った。


「――ご主人様…最初は、とっても優しかったのに」


「…優しかったのに?」


「ある日突然……全然違う人みたいに、怖くなった」


 同時に目を見開いて、ハルをしっかり捉えて離さなくなった。


「――そうなんだ、突然…」


 相槌(あいづち)を打って話を一言聞いてあげただけだったけれども、それだけでも安心したようで、女の子はゆっくり後ろを向いた。


「ありがとう、お話聞かせてくれて」


 女の子の背中に向かって、ハルが優しく声をかけた。


「……じゃあ、行こうか、ロブ。明後日が勝負だね」


「おう…」


 良かった。俺は気付かないで、通り過ぎるところだった。ちゃんと、気付いてあげなければいけない。


 この時期を選んだのも、自分たちでさまざまなことを考慮した結果である。いろいろな人を巻き添えにするので最善策とは言えないけれども…地下の実態からして、自分たちだけが良い思いをしている場合ではないと考えた。


 自室に帰ると、やはりちょうど良い時間になっていた。ソフィアにはどのように伝えようか、それで頭がいっぱいで、この日も次の日もまともに眠れなかった。





***





 二日後、ソフィアに大事なこと何もかもを伝えた。俺がクレメンス家の御曹司(おんぞうし)であること、家の狂った技術のこと、それぞれの個人的な事情(二人ともあるとき以前の記憶がないとか、“養子”のハルがやって来た経緯とか…そういえばハル、眼帯外してたな)、二人でよく考えた“台本”、それから――――


 “愛してる”とも、目を見てはっきりと言った。何も渡すものは用意できていなかったけれども、俺の気持ちをソフィアは泣いて聞いてくれた。ありったけの言葉を伝えてから、いつもよりもきつく、抱き合った。


 そして…リスクも覚悟した上で、この“作戦”に乗ると言ってくれた。


 実行する日は、近い。

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