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Chain -鏡の道化師-【前編】  作者: 関 凛星
Ⅱ. 邂逅と決別
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第11話 軋轢 - 2.5.1598・Ⅱ

 改めて、研究室は四つの部屋で構成されており、それぞれで別の研究や実験を行っているという。嫌な気配は消えずとも臭いはしなくなったので、だいぶ楽になった。とはいえ、体力もいろいろと限界に近い。


「ここは本来、当主になった者にしか入ることを許されない場所だ。絶対に外に漏らすな」


 こんなに広いのに、使っているのはご主人たった一人だけ、ということか。


「ロバート、ハルの目隠しをして後ろを向け」


「はい」


 後ろを向くのは、もはや重要な扉を開けるときのお約束だ。今回はさらにロブに目を覆われる。


 カチャッと、鍵の開く音がした。


「来い」


 ご主人に言われて、研究室の中に入った。


 そもそも地下自体が別世界のようだったのでこれ以上驚くことはないだろうと思っていたが、ここにはまた別の空間が広がっていた。棚には様々な色の液体が入った瓶が並べられ、機械? 道具? と思われるが、どのように使うのか想像もつかないものばかりで埋め尽くされていた。


「これ……」


 ロブが何かを悟ったように、怖い目になった。


「――私はここで、“道化鏡(どうけかがみ)”たるものを造っている」


 初めて聞いた言葉だったが、ご主人の口調からして悪い予感しかしなかった。


牢獄(ろうごく)餓鬼(がき)どもを見ただろう? 奴等はいずれ、あの場所で独りずつ死ぬ運命にある。その死んだ魂を利用して、しもべとしてきっちりしつけて役立ててやる、そのための方法を、我らが偉大なる先代たちが確立してきたのだよ」


「――――っ!」


 ロブが身を乗り出そうとしたところを、僕が反射的に腕を掴んで止めた。ここで暴れるとまずい。ご主人はそれを無視して、背を向けたまま語り続ける。


「そうだな、分かりやすく言えば――人造人間、だ」


 ご主人がこちらに振り返った。今度は何だ。


「お前たちに、“契約(Chain)”の方法だけでも教えておこう」


 ご主人は瓶の入った棚の、上の方の引き出しを開けた。取り出して僕たちに見せびらかしたのは、輪にした紐に通された、たくさんの指輪だった。少なく見積もっても50はある。どれも派手な装飾や大きな宝石などはついておらず、古びていた。高価ではなさそうだ。


「エイミー以外の使用人は全て、私と“契約”した道化鏡だ。無駄な記憶が抜けた奴で使えそうな奴だけをここで働かせて、あとは指輪とセットで他の家に安く買わせている」


 手を離すとロブが今にもご主人に殴りかかりそうだった。僕は怒りの感情よりもショックの方が大きかった。


「ここにあるのは指輪ばかりだが…まあ、ピアスでも眼帯でも、何でも良い。道化鏡をしもべにするためのモノを、“(Chain)”という」


 ロブが諦めておとなしくなったので、腕を離した。


「“鎖”とするモノに魔力を込めて、しもべにする道化鏡に触れさせる、たったそれだけだ。“契約”が成立したら、あとはこっちの思い通り。言うことを聞かないようであれば手段を選ばず従わせるか、あるいは“鎖”を魔力で潰すか他人にやるかだ」


「つまり――奴隷(どれい)、ってことですか?」


 ロブだけでなく、僕もご主人に何か言ってやりたかった。その代わりに、(たず)ねた。


「そうだ。でも、奴等には食事も給料も要らない。(あるじ)から分けてもらう魔力、それが餌になる。それさえあれば、どれだけ殴り蹴りしようと、刃を突き立てようと死なない。どれだけ“事”に及ぼうと、“過ちが生じる”こともない。……奴等はもはや、人ではないのだから」


 召し使いたちを思い出す。彼らとのふれあい自体はそれほどなかったが、彼らの手に温もりはあった。いつかの、鏡を割ったときの召し使いの青年にも、感情も意思もはっきりとあった。


 そして、地下牢獄の子供たちがフラッシュバックする。僕は、もしかすると、いや、かなりの確率で“彼ら”だったかもしれない。逆に、彼らの中にも“僕”がいたかもしれない。彼らは字が理解できずとも、僕の知らない役立つことをたくさん知っているかもしれない。それが、ほんのご主人の気まぐれ一つで、こんなことになるのだ。


「分かったか、お前ら。いずれはお前らにこの“鎖”を託すことになる。これだけの数となると結構負荷がかかるものでな、アイザック(Isaac)のためにも、お前らに役立ってもらわなければ……」


 アイザック――ロブの腹違いの弟の名だ。普段のご主人の言葉の端々から、彼が正式に跡を取りそうなのは僕も理解していた。それが、今のではっきりした。僕たちがここを訪れるのは、今日が最初で最後なのだ。中身は知らないが、アイザックは一目見て分かるくらい、ご主人と顔が似ている。可愛がられているのがよく分かる。ロブは彼の名前を言いたくないのだろう、あえて“後妻の子”と言う。


 ご主人はその後も何か話を続けていたが、右から左に抜けていった。僕たちにとって、それほど大事な話ではなかったと思う。ご主人がアイザックの名を言うたびに、ロブはどこか悲しげな顔をしていた。





***





「――ソフィア、分かっているね?」


「……はい」


「お前とオリビア(Olivia)には、不自由のない生活をさせてやっている。安い娼婦だったオリビアを――お前のお母様を、救ってやったのは……」


「…ご主人様、です」


「それにしても、お前の縁談が進んで幸いだよ。向こうは没落寸前らしいが、我がキャロル家の援助をもってすれば、ある程度は盛り返すだろう。そして、また我が家の評判も上がる……」


「…………―――」


「とにかく、相手側の段取りがつき次第、すぐに式を挙げる。嫁いだ先でも、家の人の言うことをよく聞くんだよ」


「……はい、分かりました」


「よし、いい()だ」


「…………」


「殺人鬼を殺した“英雄”とその(むすめ)、な――――あの女で、正解だった。最初は周りの目が心配だったが…意外と良い手柄になったものだ」


 義父は、何でも自分の家の手柄にしようとする。母親に“殺人鬼”の暗殺を依頼したことも、それの恩賞と称してわたしたちに施しを与えることも、その一貫だ。


 何も考えていない。母親も実質的に“仕事”が続いているようなものである。義父はわたしの母親より20ほど年上だが、長年子ができないまま、前妻を亡くしている。ある意味、婚約相手だけでなくこちらにも家の存続の危機が迫っていた。


 わたしの婚約相手も、結局は愛がない。欲しいのは娼婦の娘の身体なのだ。それが見え隠れして嫌らしい。


 暗殺の依頼も半ば脅しのようなものだった。拒否した方が良かったという後悔の一方で、拒否していればどうなっていたのか、という思いが、わたしにも母親にもある。


 その傍ら、そんな“殺人鬼”にそっくりな彼との逢瀬はとても大切なものだった。彼はわたしに、心をたくさん見せてくれた。わたし自身の悩みはほとんど打ち明けなかったけれども、彼もまたわたしの心を見てくれている、そんな気がした。


一緒にいるととても安心できる。手を繋いだり、抱きついたりすると、ますます愛しく感じた。ずっと彼との時間が続けば――まもなく会えなくなってしまうと思うと、胸が痛い。


 別れを告げるまでに、まだ少し時間があるはず。何かできることはないのだろうか。





***





「――記憶がなくなってすぐの頃に、一回だけ来たことがあったんだ。その時と…そんなに変わってなかったな。あんなのだった」


 前に地下牢獄を訪れたときについて、ロブが少しばかり話してくれた。


「ただ、親父があそこまで――前のときは、“目に焼き付けておけ”だけだったから、まあ――冷血漢、じゃ済まされないけど、ちょっと、頭に来た。でも…止めてくれて、良かったよ」


「まあ……うん」


 ご主人の度を越えた非情さを、存分(ぞんぶん)に見せつけられた日だった。それだけでは終わらず、後日またあの場所に連れられて、もっと凄惨なものを見せられた。


あまり詳しく語らないことにするが、子供の悲鳴が耳に焼き付いて、あれから何度か夢に見て飛び上がった。いつもご主人が見て回っているわけではなく、普段は週に何回か、看守にあたる人物を高給で雇っているらしい。


 僕は基本的に、自分の立ち位置を他人に任せている。この家ではそうせざるを得ないということが大きいが、記憶喪失のために自分の本来の居場所が分からない以上、自分で居場所を作るというよりは、どこかに“入れてもらい、位置付けを決めてもらう”必要がある。その結果が、養子だった。それはいい。


 だとしても、もう、ご主人やこの家のしきたりに従う気力が失せつつあった。ロブが以前言っていたように、この家の技術は受け継がれてはいけないと本当に思った。そのために――


「あの息子のための道具になんか…」


「僕も嫌だな」


 僕は全くのよそ者とはいえ、ロブはご主人の実子でしかも長男だったはずだ。かなり酷い扱いだとは思わないだろうか。


「ロブが長男なのに、どうしてご主人はあっちの子に家督(かとく)を……」


「それは別にいいんだ、成果主義だから。男で勉強さえできたら、何番目に生まれてきても関係ない。俺は病弱でまともに勉強できてないみたいだし、何より酷い熱で記憶が飛んでしまったから……その地点で、見限られているのかもな」


「…………」


 ロブが病弱だというイメージは全然なかった。僕の知る限りでは、一度も体調を崩したことがない。


「それに実際、親父も次男(ぼう)だし」


「…………えっ」


 そういえば――


「…あれっ、もうちょい驚くと思ったんだけどな」


「あっ、ごめん…」


「まあいいや、大丈夫」


 ロブは気にしていない様子で続ける。


「親父とその兄貴は…すげぇ仲悪いらしいぜ、小さいときからずっと、競争、競争で。親父が跡継ぎだと決まってまもなく、その親だから……俺のじいちゃんばあちゃんか、突然 訳も分からず死んだみたいだからな。俺の姉が死んだのも、そんな親父たちの争いに巻き込まれてのこと…らしいな。なかなか、怖い」


「……そういうことだったのか」


 つまり、12年ほど前の襲撃事件たるものは、ご主人の兄が首謀者(しゅぼうしゃ)だったということか。それにしても、兄弟で殺し合いと聞くと、悲しくも感じた。


「ところで、問題はソフィアの家に、いつ隙ができるかだ」


 やっと“本題”に戻る。


「…難しいな」


「迷惑かかるけど――ソフィアの母さんにも協力してもらわないとな」


「あとは、僕がどう動くか、これもなかなか難しい…」


 この家への恩は忘れない。ただ、この家の、道から外れた技術の継承のために利用されるだけの歯車には、なりたくない。これは、大きな賭けである。命にも関わる。何も解決しない可能性の方が大きい。でも、そうだとしても、少しくらい救いがあるかもしれない。そのための“台本”を今、ロブと話し合って考えているところである。

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