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2016年/短編まとめ

嫌い嫌い、大嫌い

作者: 文崎 美生

気付いた時には、ボクはボクが嫌いだった。


家庭環境は悪くない。

母子家庭なんて今じゃ珍しくないし、鍵っ子になることがなかったのは、祖母の家の近所に住んでいたから。

歳の近いイトコもいたし、歳は離れているけれど妹もいる。

家族仲だって至って良好。


交友関係は、幼馴染みがメイン。

三人の幼馴染みがいて、今も昔もほぼ一緒に過ごしているし、仲も良好。

ボクのことを理解してくれるし、理解出来ないことも理解しようとしてくれる。

勿論、逆も然りだからこそ円満な関係。


他の交友関係は広く浅くがモットーなので割愛。

そもそも、友達、の定義が分からないために、誰が友達で、誰がそうじゃないのか分かっていないのだが。

そこそこ仲良く出来ているなら、それでいいとも思う。


家族仲及びに交友関係にも話題なしとなると、振り返るべきは歩いて来た道であり、過去。

ザリザリ、コンクリートで靴の底を削るように歩いていた足が止まる。

お腹の辺りが、妙にグルグルして気持ち悪い。


「……なんか、あったっけ」


過去は振り返らない、なんて言ってしまえば聞こえはいいのかも知れないけれど、実際はそんなことなくて、思い出したくないだけだろう。

思い出したくなくて、振り返りたくないものばかりが増えている。


ボクはボクが嫌い。

それがいつからなのか、思い出せない。

ボクはボクが嫌い。

それがいつからなのか、記憶にない。

思い出せない、思い出したくない。

記憶にない、記憶したくない。


「……うぇ、ぎもち、わるっ……っ」


グルグルグルグル、胃の底が回り出して、グツグツと煮立つような感覚は、胃痙攣に近い。

ヤバイなぁ、吐きそうだなぁ、むしろ吐くなぁ、なんて酷く他人事のように考えながら、その場にしゃがみ込む。

身を縮めれば縮めるほどに、胃を圧迫されるのは、気のせいじゃない。


「散歩帰り?」


掛けられた声。

そっと背中に当てられた手。

ゆっくりと上下しながら優しく背中を撫でる、撫でる。

掛けられた声も、背中を撫でる手も優しい。


嘔吐くだけ嘔吐いて、何も出てこないから、もっと気持ち悪くなる。

答えることも出来ずに胃の辺りを押さえて、げほごほ、うえ、うえぇ。


「引きこもってるよりは健全よね。まぁ、でも、帰りが遅くなるのは良くないんじゃない?子供は帰る時間、ってね」


「げほっ……うえぇ、おえっ」


「でも、体調悪いなら出る必要はないわね」


ぽんぽん、背中を叩かれて促される。

口内に溜まった唾液が溢れるのを服の袖で拭いながら、促されるままに顔を上げた。

目の前には細い背中。

ぼんやり眺めていると、早く、促されるから急かされるへと変わる。


縮めた体は動かしにくくて、のろのろとその背中に手を伸ばす。

肩に手をかけて、のっそり、その背中に体重を掛ければ、よいしょ、なんて予想よりも軽い掛け声で持ち上げられた。


ゆるゆる、ゆらゆら、微かな揺れが眠気を誘う。

吐きそうなのに眠い。

細い肩に顔を埋めながら、ぐずぐず鼻を啜り、うえぇと嘔吐く。

ゲロ吐かれてもいいの、なんて愚問だろう。


「大丈夫よ。アンタがどんなに自分を嫌いでも、そんなアンタでも私達は、好きでいてあげるから」


「うぇ、それ……フォロー?」


ザリザリ、一つ分の足音と、二人分の重なり合った影が帰り道に伸びる。

ボクはボクが嫌いなのに、そんなボクを好きになったって意味はないのに。


「だからいいのよ。思い出したくないなら、思い出さなくていい。忘れていい。それでいいから、自分を嫌いなままでもいいから」


だから、なんて言葉よりも先に、嗚咽が漏れる。

ぐるぐるぐちゃぐちゃ、お腹の底に溜まった何かが掻き混ぜられた。

口の中から手を突っ込まれて、混ぜられてるみたい。

嘔吐いては嗚咽を漏らして、嗚咽を漏らしては嘔吐く。


囁かれた言葉に伝う雫。

二つの体温が混ざり合うのを感じながら、嘔吐きながら、嗚咽を漏らしながら、やっぱりボクはボクが嫌いなんだと確認した。


――忘れたっていい、思い出さなくたっていい。

だって、どっちにしたって、ボクはボクを嫌うんだろう――。

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