可愛い息子
静かな朝。
暖かい日差し。
その全てが私を包み込む。
とっても暖かくて、まるで誰かを抱き寄せているような安心感が得られた。
隣でスヤスヤと寝ている息子に目をやる。
産まれてまだ、数日しか立っていない息子はまるで天使のような可愛さを持っている。
父親…つまり私の旦那は、この子を身ごもった時に別れた。
彼の最後の言葉は、ずっと頭に残っている。
「なんで、子供を堕ろさない!!
その息子は産まれるまでに命を落とす危険性があるのだろ!?なら」
「そんな事知ったこっちゃないわよ!!
この子は、私の子供なの!
殺すわけにはいかないわ!」
そう言って、お互い別れたきり出会うことも無く今日まで過ごしてきた。
まだ髪の生えていない息子の頭を撫でる。
「……可愛い可愛い私の坊や。
私が大事に育ててあげるからね。心配しないで」
あぁ、本当にこの子は可愛い。
親バカかもしれないけれど、どの赤ちゃんよりも可愛いかもしれない。
息子を抱き上げて、近くにあるミルクの入った哺乳瓶を口元に近づける。
そろそろお腹の空くころだから。
しかし、息子は吸うこともなくイヤイヤと首をふる。
「しょうがない子ねぇ」
哺乳瓶を脇に置いて、息子を撫でる。
口を開いても、頭で考えても可愛いという言葉しか出てこない。
彼は、こんな可愛い子を見ないで本当に後悔しているんだろうな。
肌の色が変色しているのは、確か黄疸というのだと聞いた。
体に黒ずみがついているのは、アザでは無く産まれつきの物だ。
多少臭いけれど、それも赤ちゃんはこういう匂いなのだろう。
私は息子を寝かしつけるようにゆする。
「はい。雛見ヶ丘県警の者ですが」
俺は、鳴りはじめた受話器をとり問いかける。
「あ、あの…隣から異臭がするんですけど…」
「……異臭?
わかりました。すぐに行きます」
相手が受話器を置くのを確認すると、部長に質問をする。
「近隣の家から異臭がするようなので調査に行ってきます」
「あぁ、何人か連れてけ」
二人ほど、後輩を連れて電話があった場所に辿り着く。
少しだけ異臭は、するがあまり気にはならない。
ドアノブを捻ると、カギはかかっておらず簡単に入れるようになっていた。
医者は首を横にふる。
あまりの驚きに病院服のままその場に崩れ落ちた。
それもそうだ。
子供は、お腹の中で死んでいたのだ。
泣くことしかできず、ひたすら、涙が枯れ果てるまで私は泣いた。
落ち着いた頃。
医者と看護師の目を盗み、自分の子供のもとへ走った。
子供は、筒に入れられていてまるで眠っているようだ。
いや……医者の悪い冗談で、本当はただ眠っているだけなのかもしれない。
あの子は寝ているだけで、本当は丈夫な子なんだ。
だから、あんなに可愛い顔をしているんだ。
気がつくと、子供を抱きかかえて病院を飛び出していた。
ドアを開けると、物凄い異臭が鼻を刺激する。
「すいません。異臭がすると聞いてきたので
…っ!?」
「……?異臭…ですか?」
目の前に居る、母親は腐りかけている赤ちゃんの死体をだいていた。
きょとんとした母親の顔から、どうやら赤ちゃんが亡くなったということを認識していないようだ。
後ろを向いて、後輩に目配せすると俺は母親から半強制的に赤ちゃんを奪い取った。
その瞬間、先ほどまでの顔と違い悲しみに溢れたような、怒りに溢れたような恐ろしい形相になった。
「なんでっ!?なんでっ!?どうして、私の子供を取り上げるのっっ!?
返してっ!息子を…返してぇぇぇぇえぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
後輩達に抑えられながらも、母親は暴れた。
母親の暴れように、一瞬の隙をつき後輩は母親の首元を叩く。
先ほどまで暴れていたのが、嘘かのようにうつ伏せになり倒れた。
「とりあえず、この子を車に……いったん外に出るぞ」
「はい」
三人で外に出て、子供を布で巻き車の後ろの座席に置いてから俺ともう一人で部屋に戻った。
しかし、部屋に戻ると既にそこには母親の姿は無く窓だけが開いていた。
まさかと思い、恐る恐る窓を覗き込むとやはり…予想通りのようで地面には母親が落ちていた。
ここは、マンションの四階だ。
相当運が良ければ助かるが……頭を打っているところを見ると…助かりそうにも無いな。