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多作作家

作者: 竹仲法順

     *

 普段夕方の散歩と買い出し以外、外に出ない。俺も多作の作家なのだ。暇がない。普段ずっと原稿を綴っている。いつも午後十一時前には眠り、翌朝は午前六時に起きていた。

 朝は必ずカフェオレを二杯と野菜ジュースをコップ一杯飲み、食パンを一枚焼いて齧る。その後、部屋を掃除し、綺麗にしてからパソコンを立ち上げ、メールをチェックした。そしてキーを叩き始めるのだ。

 独身だから自由が利く。四十代後半で直木賞を獲ってから、もう十年ほど経つのだが、ずっと書き下ろしの単行本を出したり、雑誌連載の原稿などを書いたりしていた。二十歳の時に最初の作品を書いたので、著述を始めて、もう三十年以上になる。書き続けていた。地味に、である。

     *

 都内の外れに住んでいて、都心の出版社や雑誌社に用事があって行った時、担当編集者から飲みに誘われる。だが、断酒していたので、そのまままっすぐに帰るのだ。一滴も飲まない。いや、飲めないのである。掛かり付けの精神科医が「お酒はダメですよ」と言ってきている。ちゃんと約束を守っていた。別に酒など、サラリーマンの憂さ晴らし程度だろう。まるで気に掛けてなかった。

 直木賞を獲る前は、ほぼ無名の書き手だったのである。高卒で社会人になった後、いろんな職業を経ながら、合間に小説の原稿を書いていた。書き出した当時、ワープロがやっと出端ぐらいで、後は手書きだったのである。ワープロを一台買ったのは、二十代後半の時で、その頃も下積みしながら、ずっと執筆し続けていた。

     *

 大型の文学賞の効果は、計り知れないほど大きい。直木賞受賞後、かなり仕事が来た。そして今、月に七本ぐらいの連載を抱え、ずっとパソコンに向かっていたのである。作家など、褒められる人の方が少ないのだ。メル友で、出す本が毎回百万部とか部数が出る西山(にしやま)恵司(けいじ)という推理作家がいて、メールの文面ではいつも<儲かっちゃってね>と照れるように言っていた。西山も直木賞作家で、それまでは無名の書き手だったのである。

 原稿料が潤沢に入ってくるお蔭で、収入は安定していた。常に金は溜め込んでいる。銀行の預金口座には常に三千万ぐらいの金をプールしていた。思う。西山みたいな人気作家じゃないのだが、多作である分、儲かっていると。

     *

 常日頃からずっと部屋で原稿に向かう。このマンションは書斎と蔵書室、それにキッチンや風呂場、トイレなどがあって、現金一括払いで購入していた。確か、今の街に住み始めてからだから、もうかなり昔だ。億に近い大枚を叩いたのだが、別に気にしてなかった。堅実なのである。無駄な金は一円たりとも使わない。

 これから先もここに住み、同時に多作であり続けるだろう。その方が緊張感があっていいのだ。ずっと作品を綴り続ける。絶えることなく。実際、使う金は少ない。日常生活で使う金額は極わずかだ。そして原稿を書き上げ、それが校正されて雑誌などに載るごとにたくさんの原稿料や所定の印税などが入ってくる。不足はなかった。単なる一書き物屋に過ぎなかったとしても。

 都内はすっかり冬の様相だ。思う。冷え込みが激しいと。こんな日は散歩も短い方のコースにして、すぐに帰ってこようと思っていた。帰宅してシャワーを浴びたら、また一仕事だ。安定していた。昔、どん底の時代にあった迷いの類など、もう一切ないのだし……。

                                (了)


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