表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

こんな夢を観た

こんな夢を観た「近所にトンネルができる」

作者: 夢野彼方

 近所にトンネルができていた。もともと空き地だった所で、マンションでも建つのかな、と予想していた。まさか、トンネルとは意外である。

 入り口に、「高さ1m以上の車両は通行禁止」と標識があった。

「それじゃあ、自転車だって入れやしない」わたしは呆れる。歩行者も、子供ならともかく、大人では屈まなくてはならない。

 中を覗いてみると、繁華街のようにネオンは輝き、がやがやと喧噪が聞こえる。

「トンネルなんかで、いったい何をやってるんだろう」

 不思議に思って、中へ入ってみた。


 ついこの間作られたばかりのはずだが、昭和からずっとある景色のよう。崩れかけたコンクリート塀や、工事に次ぐ工事でつぎはぎだらけの道路。今やLEDが全盛だというのに、店先には裸電球や切れかけて点滅する蛍光灯。

 どれもこれも、レトロを演出するために、わざわざ手がけているのである。それが証拠に、「乾物屋」と書かれた錆びだらけのホーロー看板。よく見れば、端っこに小さく「made in china」とある。きっと、本当はプラスチック製に違いない。


 飲食店が建ち並ぶ一画に、これまた古そうなのれんが掛かっている。「100円うふぎ」と書かれていた。「ふ」というのはたぶん、「な」のことなのだろう。

「たった100円でウナギが食べられるのかぁ。ちょっと、入ってみよう」

 わたしは好奇心半分、食い気半分でのれんをくぐる。

 中はやたらと狭く、細長い、カウンターだけの店だった。なるほど、ウナギの寝床、ということか。

 繁盛しているらしく、結構な人の数である。空いている席を探し、腰を下ろす。


「へい、らっしゃいっ!」ハチマキにはっぴ姿の店員が、威勢のいい声をかけてくる。

「100円うなぎを1つ」わたしは頼んだ。

「まいどーっ」奥に向かい、「う『ふ』ぎ、一丁ーっ!」と叫ぶ。

 店は大衆酒場のような賑わいだった。あっちでもこっちでも、わいわいと大声で話している。実際、アルコールも出していて、焼き鳥や枝豆をつまみに、ビール、酒を楽しんでいた。

 誰かが「おい、タバコないかな?」と言う。すると、別の席の者が、「あるぜ。こいつをあの男にやってくれ」と返ってくる。カウンターに並ぶ客が、バトン競争のように、手から手へとタバコを送り始めた。

「これを隣へ頼むよ」と、右隣からタバコがわたしに手渡される。

「あ、はい」と受け取ったそれは、タバコと言うにはあまりにも巨大だった。どこから見ても大根である。

 内心、びっくりしたものの、何も言わず、左の客に回した。


 タバコを欲した者の手に大根、いや「タバコ」が行き渡る。

「これはいいタバコだ」男はひと言つぶやくと、大根の尻尾にライターで火をつけた。「ぷはぁーっ……」

「どうだ、うまかろう?」タバコを贈った方が言う。

「うん、味わい深い。銘柄は何て言うんだ? 気に入ったんで、帰りに買っていこう」

「そいつは『ネリマ・バット』って言うんだぜ」

「そうかい、カートン買いしておこう。ありがとよ」


 ほどなくして、わたしの「う『ふ』ぎ」がやって来た。

「お待ちっ!」どんっ、とカウンターの上に置かれる重箱。蓋の隙間から香ばしい湯気が漏れている。

 蓋を開けてみると、正真正銘、まごうことなき、うな重だった。

「おいしそうっ。これで100円なんて!」

 箸を取って、身をつまんでみる。固くもなく、かと言って、たやすくほぐれるほど柔らかすぎもしない。少し切り取って、口に運ぶ。脂とタレがよく混ざり合っていて、とってもおいしい。

 わたしが「う『ふ』ぎ」を満足そうに味わっていると、いつの間にか他の客達が注目していた。1列になったカウンターから、前の客の頭ごしに覗き込んでいるのだ。


「あの、なんですか……?」口に運びかけた「う『ふ』ぎ」を宙に止めたまま、わたしは尋ねた。

「ほら、そろそろかと思ってさ」1人が言う。

「もう、出る頃さ。きっと、すぐだ」別の1人も期待を込めた熱い視線を送ってくる。

「さあ、早く。やれ、早く」

 何のことだか、さっぱりわからない。

 すると、隣の客がそっと助け船を出してくれた。

「あなた、『うふぎ』食べてるでしょ? 『ふ』ですよ、『ふ』」

 ああ、そういうことか、とわたしは気付く。


 ちょっぴり照れくさかったけれど、ひと言「コホン」と咳払いをした後、わたしは言った。

「ふっ……」

 ワアーッ、と拍手喝采が湧き上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すごく不思議な世界、とても興味深くて面白い。 こんなのが書けたらどんなに良い事だろうと思わせられる作品です。
2014/10/22 21:37 退会済み
管理
[一言] 「ふっ」とは?熱くて美味しくて思わず吐いた息のことでしょうか?トンネルの中は昭和の桃源郷。もっと色んなところを見てみたいです。
[一言] こういう場所、本当にあったらいいなあ…と思いつつ、トンネルが崩れてこないか心配です^^; う『ふ』ぎのくだりでは、おばけのハンバーグという話を思い出しました。あっちは確か、う『め』ぎだった…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ