こんな夢を観た「近所にトンネルができる」
近所にトンネルができていた。もともと空き地だった所で、マンションでも建つのかな、と予想していた。まさか、トンネルとは意外である。
入り口に、「高さ1m以上の車両は通行禁止」と標識があった。
「それじゃあ、自転車だって入れやしない」わたしは呆れる。歩行者も、子供ならともかく、大人では屈まなくてはならない。
中を覗いてみると、繁華街のようにネオンは輝き、がやがやと喧噪が聞こえる。
「トンネルなんかで、いったい何をやってるんだろう」
不思議に思って、中へ入ってみた。
ついこの間作られたばかりのはずだが、昭和からずっとある景色のよう。崩れかけたコンクリート塀や、工事に次ぐ工事でつぎはぎだらけの道路。今やLEDが全盛だというのに、店先には裸電球や切れかけて点滅する蛍光灯。
どれもこれも、レトロを演出するために、わざわざ手がけているのである。それが証拠に、「乾物屋」と書かれた錆びだらけのホーロー看板。よく見れば、端っこに小さく「made in china」とある。きっと、本当はプラスチック製に違いない。
飲食店が建ち並ぶ一画に、これまた古そうなのれんが掛かっている。「100円うふぎ」と書かれていた。「ふ」というのはたぶん、「な」のことなのだろう。
「たった100円でウナギが食べられるのかぁ。ちょっと、入ってみよう」
わたしは好奇心半分、食い気半分でのれんをくぐる。
中はやたらと狭く、細長い、カウンターだけの店だった。なるほど、ウナギの寝床、ということか。
繁盛しているらしく、結構な人の数である。空いている席を探し、腰を下ろす。
「へい、らっしゃいっ!」ハチマキにはっぴ姿の店員が、威勢のいい声をかけてくる。
「100円うなぎを1つ」わたしは頼んだ。
「まいどーっ」奥に向かい、「う『ふ』ぎ、一丁ーっ!」と叫ぶ。
店は大衆酒場のような賑わいだった。あっちでもこっちでも、わいわいと大声で話している。実際、アルコールも出していて、焼き鳥や枝豆をつまみに、ビール、酒を楽しんでいた。
誰かが「おい、タバコないかな?」と言う。すると、別の席の者が、「あるぜ。こいつをあの男にやってくれ」と返ってくる。カウンターに並ぶ客が、バトン競争のように、手から手へとタバコを送り始めた。
「これを隣へ頼むよ」と、右隣からタバコがわたしに手渡される。
「あ、はい」と受け取ったそれは、タバコと言うにはあまりにも巨大だった。どこから見ても大根である。
内心、びっくりしたものの、何も言わず、左の客に回した。
タバコを欲した者の手に大根、いや「タバコ」が行き渡る。
「これはいいタバコだ」男はひと言つぶやくと、大根の尻尾にライターで火をつけた。「ぷはぁーっ……」
「どうだ、うまかろう?」タバコを贈った方が言う。
「うん、味わい深い。銘柄は何て言うんだ? 気に入ったんで、帰りに買っていこう」
「そいつは『ネリマ・バット』って言うんだぜ」
「そうかい、カートン買いしておこう。ありがとよ」
ほどなくして、わたしの「う『ふ』ぎ」がやって来た。
「お待ちっ!」どんっ、とカウンターの上に置かれる重箱。蓋の隙間から香ばしい湯気が漏れている。
蓋を開けてみると、正真正銘、まごうことなき、うな重だった。
「おいしそうっ。これで100円なんて!」
箸を取って、身をつまんでみる。固くもなく、かと言って、たやすくほぐれるほど柔らかすぎもしない。少し切り取って、口に運ぶ。脂とタレがよく混ざり合っていて、とってもおいしい。
わたしが「う『ふ』ぎ」を満足そうに味わっていると、いつの間にか他の客達が注目していた。1列になったカウンターから、前の客の頭ごしに覗き込んでいるのだ。
「あの、なんですか……?」口に運びかけた「う『ふ』ぎ」を宙に止めたまま、わたしは尋ねた。
「ほら、そろそろかと思ってさ」1人が言う。
「もう、出る頃さ。きっと、すぐだ」別の1人も期待を込めた熱い視線を送ってくる。
「さあ、早く。やれ、早く」
何のことだか、さっぱりわからない。
すると、隣の客がそっと助け船を出してくれた。
「あなた、『うふぎ』食べてるでしょ? 『ふ』ですよ、『ふ』」
ああ、そういうことか、とわたしは気付く。
ちょっぴり照れくさかったけれど、ひと言「コホン」と咳払いをした後、わたしは言った。
「ふっ……」
ワアーッ、と拍手喝采が湧き上がった。