第2話 湖の光
カノンはスライムが落としたアイテムを拾い、満面の笑みを浮かべる。
初めての魔物との戦闘とその勝利、カノンの興奮は冷めやらない。
(チョッパやゴンスも驚くぞ! へへっ、やっぱり来て正解だったじゃあないか)
戦闘に苦戦したことなど、すっかり忘れていた。
気持ちの高揚したカノンは、さらなる森の奥まで足を踏み入れる。
チョッパやゴンスがいれば、ここでカノンを止めただろうが、今のカノンを止めるものは誰もいない。
(ん!? 何だ?)
かすかな水の流れる音がカノンの耳に届く。
(そういえばのどが渇いたな。行ってみるか!)
カノンは音のした方角へと向かっていった。
しばらく獣道に沿って歩いていくと、森が大きく開けた。
そしてその中心には、木々の隙間から漏れ出る光の筋を全面に浴び、まるで下ろし立てのウエディングドレスのようにきらきらと光る小さな湖があった。
カノンは自然とその存在に目を奪われる。
数秒の時が過ぎ、カノンは我に返った。
「そういえば喉が渇いていたんだっけ」
水を飲むため、湖に近づいていく。
その時、次第に湖が霞がかりカノンを包む。
「な、何だ!?」
カノンはのけ反るような体制で後ろに下がる。
今まで水面に反射していた光は、新たに出現した靄に吸収される。
しばらくして、その湖から眩いばかりの光が発生した。
カノンはその眩しさに思わず目を瞑る。
(カノン……、カノン……)
「何だ? 誰かが僕を呼んでいる」
(カノン……、カノン……)
「誰? 僕を呼ぶのは?」
(私の可愛いカノン……、声が聞こえるのね……)
「聞こえるよ、誰なの?」
(……ああ、カノン。どれほど会いたかったでしょう……。声を聞きたかったでしょう……)
「ねえ、誰なのさ?」
(……許された時間は限られているわ。……受け取って頂戴)
突如発生した球体が、カノン目掛けて襲い掛かる。
「うわっ!!」
カノンは避けようとするが、それは叶わない。
光の球体はカノンに当たり、その体内に吸収された。
(……貴方の力よ、問題無いわ。……もう時間だわ。……さようなら愛しいカノン)
「ちょっと待ってよ! どう言う事だよ」
(………………あ……わ)
途切れ途切れの言葉を最後に、声はカノンに届かなくなった。
周りの霧は晴れ、元のキラキラとした湖へと戻る。
「何だったんだ?」
カノンはその場で体の調子を確かめる。
(何か吸収されたみたいだけど……、とりあえず何とも無いみたいだ。あの声も心配ないとは言っていたけど……。何だったんだろう?)
しかし、その問いに答えてくれるものは誰もいない。
「……帰るか」
スッキリしないが、いつまでもこうしている訳にはいかない。
カノンは一度頭を振ると、来た道を戻っていった。
その後、特に魔物と出会うこと無く村にたどり着いた。
こっそりと村の中に侵入しようとした所で、カノンは首根っこを掴まれて宙に浮く。
「こら、いたずら小僧。何処に行ってやがった」
体格の良い男は、カノンをぶら下げたまま質問する。
持ち上げているのが子供とはいえ、片手でぶら下げて顔色一つ変えない。
「……い、嫌だなあ、アクスさん。散歩だよ、散歩」
「へえ、散歩か。……奴らの言っていた事と違うなぁ」
カノンの視界に、アクスの後ろで無言で拝み倒すチョッパとゴンスの姿が入る。
「…………黙秘権を行使します」
「難しい言葉を知ってるじゃねえか。だが、有罪だ。大人しく村長に説教してもらうんだな」
カノンはガックリと肩を落とした。
村の中心の一回り大きな家。
その村長の家に二人の男が入っていく。
一人は連行されたと言ってもいいだろう。
言わずと知れたカノンである。
「村長、連れてきたぜ」
カノンはドカッと床に放り投げられる。
「何するんだ、この脳筋が!」
「あ〜ん!? やんのか、コラ」
カノンとアクスはお互いににらみ合う。
「やめんかバカたれ! アクス、お主も説教されたい口かのう」
「勘弁してくれよ。じゃあ俺はこれで……」
そう言うと、アクスはそそくさと村長の家を脱出する。
「なっ!? まてよ! 話はまだ終わってないぞ!」
カノンがアクスを追いかけようと立ち上がる。
あわよくば自分も脱出する心算だ。
「甘い!!」
かぎ状の杖で襟元を引っ掛けられ、カノンの脱出はあえなく失敗に終わる。
「そんな手に引っかかるとでも思ったかのう?」
「くっ! この妖怪ジジイ!」
「ほっほっほっ。だてに年は食ってないわい。――さてと、カノンや。また森に行ったらしいのう」
「ああ、聞いているんだろう」
「血気盛んなのも結構じゃが、命は一つしかない。マーヤに心配をかけるのはお前も良しとしないじゃろう?」
「………………」
「冒険者になりたいという夢は結構じゃが、今のお前はただ無鉄砲なだけじゃ。そんなじゃあ命が幾つあっても足りんわい。冒険者というのは生きて帰ってくるのが一番の仕事じゃよ。先ずは心身ともに自分を鍛える事じゃ。その上で冒険者になりたいと言うなら、その時は誰も止めんわい」
「……僕は何をしたらいい」
「そうじゃのう。アクスにでも鍛えてもらうか。あれも元は冒険者じゃ。心の方は儂が鍛えてやるから安心せい」
「ああ、――」
「村長!!」
カノンのセリフが終わらぬうちに、一人の村人が玄関から飛び込んできた。
膝に手を置き息を整え、村長に報告する。
「ヴェルゾさんの子が生まれそうだ!」
「何じゃと!」
村長はすぐさま立ち上がると、玄関を勢いよく飛び出す。
その勢いを見た限りでは、とても八十歳代後半には見えない。
「待ってよ! 僕も行くよ!」
カノンも急ぎそれに続いた。
「う〜ん! う〜ん!」
「ファリア、頑張りなさい。もう少しだよ」
妊婦のファリアをマーヤが励ます。
横で祈るようにファリアの手を握っているのは夫のヴェルゾだ。
村長とカノンも固唾を呑んで見守る。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
狭い一室に赤ちゃんの声が響く。
「うん、健康そうな良い子だ。ファリア、頑張ったね」
赤ちゃんをファリアの顔近くに持っていき、顔を見せてあげるマーヤ。
「ファリア、ありがとう。ありがとう」
ヴェルゾは感激のあまり男泣きをしている。
「ばあちゃん。僕にも見せてよ」
「ああ、よく見るといい」
しわくちゃの顔に小さい手足。
初めて見る赤ちゃんに感動するカノン。
赤ちゃんに触れるために恐る恐る人差し指を近づける。
「えっ!?」
カノンはびっくりした声を上げる。
赤ちゃんは小さい手でその指を懸命に握っていた。
「ほっほっほっ。どうやらこの子はカノンが気に入ったようじゃのう」
「カノンや、よかったねえ」
その光景に村長、マーヤが微笑む。
「ところで、名前はもう決めてあるのかの?」
「いえ、実は中々決められなくて……。この際出来れば村長さんに決めていただければと思うのですが――」
ヴェルゾの言葉を受け、村長は腕組みをして考える。
「う〜む。何が良いかのう。そうじゃ、ミリアとかは如何かの。高地に咲く花の名前じゃ。強さと美しさを兼ね備えた子に育つぞい」
「ありがとうございます! よーし、お前の名はミリアだ。元気に育ってくれよ!」
こうして、村に新たな生命が誕生した。
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