自称正義の水使い:いじめられっこの暴走
少年は夜の高校に呼び出された。
真夜中の校庭には見覚えのない顔のほかにも、中学で見たことのある顔も見える。少年がかつて叩きのめした上級生達が、高校にいる先輩に報復を頼んだのだ。
「テメェか。最近調子に乗ってる馬鹿っつーのは」
ニヤニヤと下種な笑みを浮かべながら、男達は少年へゆっくりと近づく。男達は自分達の勝利を確信、そもそも敗北はどう転んでもありえないと思っていた。
少年が不気味な力を使うということは事前に聞いてはいたが、その程度で俺達が負けることなどありえない。運よく周囲に敵がいなかった男達は、自分達が最強なのだと信じて止まなかった。
数秒後、男達の張りぼての不敗神話は終わりを告げた。どこからともなく現れた謎の砲弾を全身に浴びた男達は皆地に付し、その場に立つのは少年のみ。
終始無表情だった少年はまるで汚らしいゴミを見るかのような目で倒れ伏す男達を眺めた後、体を翻しその場を去ろうとした。
しかしそこへ、新たな勢力が現れた。
「待ちなさい!あなた、一体何をしているのですか!?」
少年の目の前に立ちはだかるのは一人の少女。悪趣味な柄のドレスを身にまとう少女を見て、少年は心が躍った。
月明かりに照らされ幻想的に輝く髪、闇夜の中でもはっきりと分かる翡翠色の瞳。
人間離れした美貌の少女を見た少年は思った。もしかして、彼女は天からやってきた使いなのでは。神に与えられた力を持つ自分と接触するためにやってきた天使なのでは、と。
「そんな危険な行為は、今すぐやめなさい!」
少年の幻想はすぐに打ち砕かれた。
少女の言葉を聴いた少年の心はすぐに冷める。彼女は自分に会いに来たのではない。彼女は自分に対して明らかに敵対意識を持っている。そうと分かった途端、少年は行動に出た。
「……敵だ。お前も敵だぁあああ!!」
自分に同調しないものは全て敵。度重なる完全勝利によって心が歪んでしまった少年は躊躇なく少女に向かって弾丸の雨を発射した。
「えっ!?キャアアアアアアアア!!」
真夜中の校庭に少女の悲鳴が響き渡った。
◇
はてさて、これから俺はどうすればいいのだろうか。
前には敵意むき出しの少年が臨戦態勢、後ろには疲弊した美少女とどうでもいいその他。
周りの野郎共がどうなろうと俺の知ったこっちゃないが、俺の背後に隠れている異世界人『シャリなんとかさん』だけは見捨てるわけには行かない。
月光に照らされ幻想的に輝く淡い紫色のストレートロング、まるで宝石のような美しさを持つ翡翠色の瞳、服装は迷彩柄のメイド服とかなり奇抜だが、それを差し引いても彼女が圧倒的美少女であるということに違いはない。
さらに、水浸しとっなた髪が肌に張り付いているため、美しさに加えてそこはかとないエロスな雰囲気を纏っている。水が滴る女性の容姿は、どうしてこうも魅力的なのだろうか。
って、見とれてる場合じゃない。俺が今注目すべき相手は目の前にいる殺気立った少年だ。
くそっ、ただの暴力沙汰だと思っていたから、あれこれ説得したり相手に少し殴らせて気を晴らさせるとかで済むと思っていたのに、フタを開けたら異世界超能力バトルでしたなんてそんなの聞いてねえぞ。
「ごほっ……あ、あのっ、聞いてください!私に考えがあります!」
背後から聞こえてきた声は、完全に手詰まりだった俺に一筋の希望を与えた。
あんな人外を丸腰で相手するなんて出来るわけがない。ここでベストな選択肢は『シャリなんとかさん』の考えに従うことだ。
だがしかし、目の前の少年はそれを許してはくれないだろう。少年の周りに浮いているいくつもの液体の固まりは、少年の掛け声一つで一斉掃射されるのだ。目を離した瞬間、間違いなく蜂の巣にされる。
「……別にいいよ?戦闘中の作戦会議はお約束だし。それに、一方的な戦いにも飽きてきていたんだ。悪者らしく、せいぜい悪知恵を絞ることだね」
「…………」
あのガキ調子に乗りやがって。その澄まし面、絶対歪ませてやる。
ニ、三度少年の様子を確認し、こちらを攻撃する様子が無い事を確認してから倒れ伏す『シャリなんとかさん』の元へと向かう。
一応不意打ちも想定していたが、少年は本気で俺達に作戦会議をさせるつもりらしい。くそっ、俺達に作戦会議をさせた事、後で絶対後悔させてやる。
「で、作戦ってのは何だ。それでアイツを倒せんのか?」
「いいえ。残念ですが、我々では彼に勝てません。ここは引きます。戦略的撤退です」
「逃げるぅ?」
「はい。一度引いて体勢を立て直します」
「体勢を立て直すって、それで形勢が逆転するわけでもないだろ」
「えぇ……でも、あなたを逃がすことは出来ます」
「俺を逃がす?」
「今回の件、あなたはまったくの部外者ですから。あなたが理不尽に痛めつけられる理由はどこにもありません」
正確に言えばまったくの部外者って訳でもないんだけど、それは一旦置いておいて。
俺を逃がす?冗談じゃない。俺はあの澄まし面を歪ませるって決めたんだ。今の俺に逃亡という選択肢はない。
俺は自分の断固たる決意を『シャリなんとかさん』に伝えようとした。しかし、俺の言葉はタイムリミットの合図によってかき消された。
「そろそろいいかな?もう十分待ったし、いい加減作戦も決まったでしょ?」
「っ!……私は準備にかかります!準備が終わるまでの時間稼ぎをお願いします!」
「じ、時間稼ぎ?」
やべっ、俺の意思を伝えそびれた。『シャリなんとかさん』の中ではもう逃げること前提で話がすすでしまっている。
今からでも伝え始めたいところではあるが、既に背後の少年は戦闘体勢に入っている。
どうも釈然としないが、頼まれた以上は責務を全うせねば。まず手始めに、あれこれ話を繋いで時間を稼いで見るとするか。
「お前、その力どうやって手に入れたんだ?」
「手に入れた?違うね、選ばれたんだ。あの空を駆ける光は流星群なんかじゃなかった。あれは神に選ばれし人間に与えるための力の塊だったのさ」
何か一人で勝手に語り始めちゃってますけど、おかげで分かった。少年の力、錬章が言っていた通りルキスの効力によるものだ。
「そ、そうか。ちなみにお前はどんな能力を手に入れたんだ?」
「そんなの教えるわけ……ああ、敵に自分の能力を説明するのもお約束の一つだったね。すっかり忘れていたよ」
「そ、そうか。で、その力は一体何なんだ?」
「僕の能力『アクア・ブレット』は水を操る力なんだ。こうやって空気中の水分を集めて圧縮。あっという間に水の弾丸の出来上がりさ」
少年のかざした右掌の上に、ピンポン球大の水弾が出来上がる。
ていうか『アクア・ブレット』って名前、まんじゃん。ネーミング安直すぎ、とは口が裂けても言えないけど。
下手なこと口にして余計な怒りを買うなんて真似は絶対にしない。見え見えの地雷を踏むほど俺は馬鹿じゃないのだ。
「アクア・ブレット……水・弾丸……何か、安直なネーミングですね」
馬鹿だ、馬鹿がいる。『シャリなんとかさん』、見え見えの地雷を平気な顔で踏み抜きやがった。
何火に油を注ぐようなこと言ってんだ。アンタは黙って準備に専念してろよ。
見ろ、少年怒ってるじゃないか。右手に作った水弾を今にも発射しそうな……って、マジか!?
「っっっぅおおぉがああぁあああ!!?」
痛い痛い痛い、右太もも超痛い!野郎、無言で撃ち込んできやがった!
ちくしょう、まるで太ももをトンカチで思い切り殴られたような痛みだ。右足に少し力を入れるだけで膝がガクガクしやがる。
「……馬鹿に……馬鹿にするな!もう許さない!!お前達に正義の鉄槌を下してやる!!」
少年が咆哮すると同時に、少年の周囲にはいくつもの水弾が生成された。
ざっと数えて三十以上。あれを一斉に発射されたら最後、勝負は一瞬で決まる。
少年がゆっくりと挙げた右手に静止をかけようと、俺は慌てて声を発する。しかし、俺の声に耳を貸さない少年は容赦なく右手を振り下ろした。
それを合図に、少年の周りに浮かんでいた水弾が俺達に向かって一斉に発射された。
「危ない!」
俺の脇を過ぎ去り、水弾の弾幕の前に飛び出したのは逃げる準備をしていたはずの『シャリなんとかさん』。
「ガードルーシ展開!」
『シャリなんとかさん』が地面に手を置き謎の呪文を唱えると、俺達と水弾との間に青白いガラスのような壁が現れた。
少年から機関銃のように発射される水弾が、青白い壁に阻まれはじけ飛ぶ。どうやら、あの青白い壁が水弾の進行を阻止しているようだ。
『シャリなんとかさん』が行動を起こしたということは、彼女の準備が整ったということでいいのだろうか?
ならば早いとこ脱出しよう。もう右太ももが限界なんだ。顔を歪ませてやるとか、そういうのはもうどうでもいいから、早く脱出だ。このままだとマジで命が危ない。
「すみません!咄嗟に体が動いてしまいました!」
「いや、助かった。準備は出来たんだろ?早く脱出しようぜ!」
「本当にすみません!準備を終わらせる前に動いてしまったので、まだ準備が出来ていないんです!」
「じゃあ早く準備しろよ!」
「本っ当にすみません!ガードルーシを展開している間はほかの事が出来ないんです!」
それじゃあ相手の攻撃が終わるまでずっとこのままってことかよ。一体相手の攻撃はいつ終わるんだ。
空気中の水分を集めるって言ってたけど、外で空気中の水分がなくなるなんて事あるのか?
と思っていたが、どうやらそんな事考えなくてもいいみたいだ。俺が思っていた以上に終わりは早かった。
「おい!もうヒビ入ってんぞ!壊れるの早すぎだろ!」
「す、すみません!実はこれ、今始めて使ったんです!」
「この土壇場で何ちゅーもん使ってんだお前!!」
シールドのようなものが展開されてからまだ十秒ちょっとだぞ。いくらなんでも早すぎる!
ヤバイヤバイヤバイ。ヒビがどんどん広がっていく。
今いる位置は直撃コースだ。早く移動しないと、水弾の弾幕をモロに食らってしまう。
俺は慌てて移動を開始したが、既に手遅れだったようだ。
大きなガラス窓が割れたような音と同時に、進行を阻まれていた水弾の弾幕が俺と『シャリなんとかさん』のいる場所を一斉に通り抜けた。
気がつけば、俺は湿った校庭に倒れ伏していた。
全身の感覚が痛みでおかしくなっている。辛うじて手足は動かせるが、立ち上がるのは無理みたいだ。体を支えようとすると全身に痛みが走って力がすぐに抜けてしまう。
かすんだ視界に映る『シャリなんとかさん』は気を失っているんか、ピクリとも動かない。
ああ、くそっ。遠くから聞こえる少年の笑い声が癪にさわる。
出来ることならアイツの澄まし面を歪ませてやりたい。でも、俺とアイツの間には天と地ほどの戦力差がある。気合と根性で立ち上がったところで、すぐに集中砲火を暗いだけだ。
でも、このまま泣き寝入りするのも嫌だ。些細なことでいい。何かアイツに反撃できないだろうか。
「……ぁ」
『それ』を見た瞬間、ある考えが脳裏をよぎった。
一か八かの賭けだが、やってみる価値は十分にある。
少年の特殊能力はルキスの効力によるものだった。ルキスの効力によって、水を弾丸のように打ち出す能力を手に入れた。ルキスの効力で、あれほど強大な力を手に入れたのだ。
そして、空から降って来たルキスの直撃を受けた俺の体にも、ルキスの効力が現れているはず。
つまり、俺の視線の先にある『それ』を使えば、俺も強力な能力が発動可能性があるのだ。
でも、逆に錬章の能力のように、先頭に関してほとんど役に立たないような能力に目覚める可能性もある。
いや、俺の選択肢は最初から一つしかない。『それ』を見た瞬間、俺は既に選択していた。このまま何も出来ずにやられるくらいなら、俺は一か八かの賭けに出る。
一体いつのまに上着のポケットから放り出されたのか。偶然俺の左隣に落ちていた『それ』の名は『一本満腹バー』。
俺は震える腕をゆっくりと伸ばし『一本満腹バー』を手に取った。
果たして、この選択が吉と出るか凶と出るか。
いざ、実食!