表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

プロローグ:『ルキス』


 ありえない。天神様が教科書を薪にくべて芋焼いてるってくらいありえない。


 突然現れた迷彩柄のフリフリメイド服という奇抜な格好の不審者。地上から約二十メートルの位置にあるこの部屋に一体どうやって入って来たのかは皆目見当もつかないが、それ以上に皆目検討がつかないのは、その不審者が口にした情報の数々だ。



「私は『聖界』から来た者です」



 聖界。俺達人間の住む世界とは異なる世界から、目の前の不審者さんはやってきたそうだ。信じられるか馬鹿野郎。いきなり現れて「自分は異世界出身です」って厄介な病気を拗らせた中学生じゃあるまし。

 異世界とかその奇抜な格好とか色々言いたいことはあるが、今はとりあえず不審者さんの話に耳を傾けてみるとしよう。ご丁寧に説明してくれると言っているんだ。通報するのは内容を聞いてからでも遅くは無いだろう。



「あなたが女性になってしまった原因は『ルキス』の効力によるものと思われます」



 長ったらしい不審者の説明を要約すると、その『ルキス』というのは『苦手矯正剤』もしくは『トラウマ克服薬』と呼べるような代物で、使用者の苦手意識を消し去ることが出来るという某猫型ロボットの便利道具を髣髴とさせる超便利アイテムなのだそうだ。

 本来、『ルキス』は王族を守護する王宮警護団ロイヤルガードだけが使うことを許された特別な物だそうで、それを兵士達に使わせることによってありとあらゆる事態にも動じることなく冷静に対処できるようにする、というのが『ルキス』本来の用途らしい。

 で、ここからが本題だ。その限られた連中だけが使えて、しかも異世界にしか存在しない便利道具が、何故俺達の住む世界に存在しているのか。



「……そ、それはですね……その……えっと……」



 歯切れが悪いな。説明中はずっとはきはきしゃべっていた印象があったが、こうも態度が急変しては気にせずにはいられない。説明しづらい事なのか、はたまた後ろめたい事でもあるのか、理由はどうあれあまり言いたくない事であれば無理をして言ってもらう必要も無いだろう。

 今必要な情報は錬章が男に戻れるのかどうかだ。憎んでいるとは言ったが、別に人生全てを狂わせたくなるほど恨んでいたわけでも無いし、アイツに何度か助けられて借りもあるしな。別に錬章がどうなろうが知ったことではないが、せっかく借りを返すチャンスが巡ってきたのだ。このチャンスを有効に使わせてもらおう。

 それに、このまま錬章が女のままだったら、一応付き合いのある俺がこれからどうやって接していけばいいのか分からなくなってしまう。元に戻れるのであれば、それに越したことは無い。



「わ、私が……その……ばら撒いてしまったんです」



 ……前言撤回。最初から最後まで、ありのまま、包み隠さず、全てを語ってもらおうじゃないか。大丈夫、今日の俺は山より高い慈悲深さと海より深い寛容さを持ち合わせた仏様。罪人の懺悔を聞き入れましょう。だからさっさと話せやコラ。



「実は私、王宮警護団ロイヤルガードに入団したばかりの下っ端でして……」



 なるほど。不審者改め罪人の懺悔を聞いて全貌が見えてきた。どうやら今回の騒動は、目の前にいる罪人の「うっかり」によって引き起こされたものらしい。全貌を簡単にまとめるとこうだ。


 罪人ことシャリオニクスは、自分の担当である教官と共にルキス輸送任務についていました。シャリオニクスはルキスの入った壷を両手で大事に抱きながら、教官から色々な話を聞いている最中でした。

そんな彼女達の視界に、ある光景が映りこみます。



「教官、あれは何ですか?」

「ん?ああ、あれは『断崖の境界』だね。あそこは次元の壁が他と比べて薄いところなんだ。見たことないの?」



 教官の問いに対して、素直に見たことが無い答えたシャリオニクス。答えを聞いた教官はシャリオニクスに提案しました。



「じゃ、ちょっと寄り道していこうか?」



 教官の提案に大いに賛同したシャリオニクスは教官と共に『断崖の境界』へ向かいました。断崖の境界は異世界に繋がっているという噂を何度も耳にしていたシャリオニクスは、これから見る光景を大いに楽しみしていました。

 そして、ついに断崖へと到着した二人。断崖の下には歪んだ空間を通して映る町のような光景が。わあ、あれが異世界か。見たことの無い建物が沢山並ぶ異世界の光景を見て、シャリオニクスはとても興奮しました。でも、今いる位置からでは崖から下の部分が見えません。もっと近くで見てみたいと思ったシャリオニクスが、断崖のそばに近寄ったその時です。



「うわぁっ!?」



 その時、不思議なことが起こりました。なんと、シャリオニクスが何も無い所でずっこけたのです。そして示し合わせたかのように、彼女の両手からルキスの入った壷が滑り落ちました。

 シャリオニクスは慌てて壷に手を伸ばしますが、時すでに遅し。壷はそのまま崖を転げ落ち、真っ逆さまに落ちていきます。シャリオニクスと教官は落ちていく壷をただ眺めることしか出来ませんでした。


 と、これが話の全貌である。

 つまり、錬章が目撃した地上に向かって降り注ぐ流星群の正体とは、シャリオニクスが落っことした壷からぶちまけられたルキスだったのだ。

何故任務中に寄り道をしたのか、何故壷にフタをしていなかったのか、何故知らないところでずっこけたのか、色々と気になるところがあるが、それよりも先に気にすべき点が二つほどある。

 一つ目は、俺が見たあの夢の話だ。シャリオニクスの言うことを完全に信用しているわけではないが、もし彼女の言っていることが事実だとするなら、俺が夢だと思っていたあの光景は実際に起きた出来事であるという可能性が高い。それはつまり、俺自身にも錬章と同じような異常が発生するかも、いや、既に発生しているかもしれないということだ。そしてもう一つは……。



「ルキスは苦手やトラウマを克服する道具なんだよな?だったら何で、俺の体は女になっちまったんだ?」



 タイミングよく錬章が俺の気持ちを代弁してくれた。そう、それが二つ目の気になる点だ。最初の説明では、ルキスが苦手やトラウマを克服する道具としか聞いていない。体にまで影響を及ぼす副作用のような効果があるとは説明されなかった。これでは、錬章の体が女になった説明がつかない。



「私にも分かりません。聖界ではそのような効力は見受けられませんでしたし……体質の違いなのかもしれません」

「まあ、世界を跨げば体質も変わるかもしれないけどさ……」



 体質の問題だとするならば、俺も錬章と同じように女になってしまうのだろうか。朝目が覚めたらムスコが出家していた、なんて事になるやもしれない。



「ですが、ご安心ください。本部では既に今回の件に関する対策の立案が行われています。近いうちにあなたの体の異常も元通りになるでしょう」



 近いうち、か。出来れば俺の体に異常が起こる前に解決して欲しいものだ。女の姿になったら最後、俺は無断欠勤扱いとなりバイトをクビになるだろう。


 俺の生活が懸かっているんだ。本部の皆さん、どうか早急に対処を願います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ