プロローグ:来訪者
所変わって、現在俺は憎きあんちきしょうこと通山錬章の住むマンションの一室にいる。オートロックの暗証番号や部屋の鍵を持っていたことから、倒れていた美少女が通山錬章であることは確定なのだが、困った事に少し拗れた状況に陥ってしまった。
半べそかきながら錬章は俺に見つけられるまでの経緯を話してくれたのだが、結論をいうと、本人も何故自分が女になっているのか分からないらしい。行方不明になった一物も数時間前に風呂に入ったときは健在で、特にいつもと違ったことをやった覚えも無いと主張された。
「休暇とってベガスに行ったんじゃねえの?」
「……ぶっ飛ばすとテメェ」
錬章の絶え間ない自家発電に耐えかねた一物君がひと時の癒しを求めて旅立ったとか、そういう奇跡じみた事象も案外ありえない話じゃないかもしれない。既に目の前には奇跡の塊と言っても差し支えない存在がいるのだ。案外、日本神話の神々がスーパーでバイトしてたりとか、奇跡は身近なところに転がっているのかもしれないな。
まあそれは置いといて、だ。丁度今、錬章がとても気になる事を口にした。それは錬章がマンションを飛び出した要因でもあり、俺にとってもまた非常に関連性の高い話で思わず聞き返してしまったが、どうやらそれは実際に起きた出来事らしい。
「空から……沢山の光が降ってきたんだよ。流星群みたいに」
錬章曰く、ふと外を見たら流れ星のような光が空から俺達の住む町、石波町に降り注いだらしい。そして何を思ったのか、このお馬鹿さんは落ちてきた流れ星を拾いに外に出たのだそうだ。そして、気づいたら道路で寝ていたと。
一言言いたい。お前馬鹿か。大量の流星が空から降ってくるなんて光景見たら、普通はアルマゲドンとか世界の終わりを想像するだろう。何喜々として外に飛び出してんだよ。もっと危機感持てよ。
「テル、お前外いたんだろ?お前も見たよな!?」
見たっていうか、思いっきり直撃したよ。あれ夢じゃなかったのか。確かに道のど真ん中でいきなり寝るなんておかしいなとは思ったけどさ、それ以上に流れ星が落ちてくる可能性自体ありえないと思っていたから、結局夢オチだったってことで片付けたんだけど。
そうすると、ますます気になるのは流れ星の正体だ。流れ星とは、いわば小型の隕石だ。それが空から降り注いだとなれば、町は今頃大惨事のはず。しかし、流星群が町中に降り注いだというのに町は今でも静寂に包まれている。そして、流星の直撃を受けた俺自身もこうして無事なわけだ。隕石が町を破壊できないどころか、人一人殺せないなんてことがありえるのだろうか。
しかししかし、俺の目の前には奇跡の体現者がいる。自覚の無いうちに男から女に生まれ変わった人間がいるのだ。前例があるからこそ、俺は人畜無害な流れ星の存在を否定できない。
「グスッ……何で俺がこんな目に……」
俺の目の前では、ベッドに腰掛けた奇跡の体現者が涙を流しながら己の不運を嘆いている。不謹慎ではあるが、女性の泣き顔と言うのは何故こうにも魅力的なのだろうか。保護欲というか、独占欲というか、とにかく守ってあげたくなる衝動に駆られてしまう。
まったく、男というのはつくづく単純で馬鹿な生き物だ。異性がチラッと弱みを見せただけで、コイツには俺しかいないんだと勝手に思い込んで勝手に突っ走って勝手に自爆するのだから。分かっているな俺よ。妙な期待はするな。目の前にいる美少女は男。男なんだ。野郎の流す涙を拭うなんて気持ち悪い真似だけはするんじゃないぞ。
「テルゥ……俺どうしたらいいんだよぉ……」
やめろ。服の袖をぎゅっと握るな。肩を震わせるな。そんな泣きじゃくった弱弱しい表情でこっちを見るな。そんなすがるような目で俺を見るなっ。
分かっているよな俺?目の前にいるのは男だ、男。高校に在学した三年の間、コイツせいでどれだけ苦労してきたか思い出せ。コイツは今まで周囲に散々迷惑を掛けてきた。因果応報。コイツにはこれくらいのバチがあたって当然なんだ。心を許すな、突き放せ。
「……まあ、その、なんだ。連絡ならいつでも取れるわけだし、別に会いにこれない距離でもないし、今焦っても仕方が無いっつーか、どうしようもねえだろ」
だから、これ以上俺にすがろうとしても無駄だ。お前の問題なんだからお前自身で解決しろ。
「……フフッ……そのツンデレっぷり、お前はいつでも変わらないな」
「またそれかよ。勘違いすんなっていつも言ってるだろ。別にお前を慰めたわけじゃないぞ」
ああ、また始まった。コイツはいつもそうだ。俺がいつも突き放そうとすると「ツンデレ」とか言ってくる。別に俺はそんなつもりで言った訳じゃあないっていうのに、自己解釈して意味を歪曲して捉えて、俺の言葉の意味を履き違えて認識してしまう。くそっ、カワイイ笑顔しやがって。
「ふぅ……そうだよな。今焦ったって仕方ないか……うん、少し落ち着いた」
「そ、そうか」
「はぁ~。あーあ、どうしてこうなっちゃったのかねぇホント。誰か説明して欲しいわ」
「そうだな」
「ご説明しましょうか?」
何か色々と誤解されたままだが、とにかく錬章は落ち着いてくれたようだ。あのまま泣かれ続けたら、俺の精神的平穏が一気に崩れ去ったかもしれないからな。ついでに居心地の悪かった空気も改善されて万々歳。まったく、毎度毎度手間のかかる奴だ。
……いやいやちょっと待て。何気にスルーしてしまったが、今変な声が混じっていなかったか?俺の声でも錬章の声でもない。まったく聞き覚えの無い『女の声』が聞こえたような。
「あの、ご説明しましょうか?」
「……えっ」
「……は?」
今俺達がいるマンションの一室は六階にあるんだぞ。この部屋に入るには階段で、もしくはエレベーターを使って六階に上がり、この部屋の玄関の鍵を開けなければならない。しかし、だ。
「お初にお目にかかります。私、名をシャリオニクスと申します」
一体どのような手段を使ったのかは定かではない。ただ一つ言えるのは、この女が普通じゃないってことだ。
この女、ベランダから直接部屋に入ってきやがった。