プロローグ:流れ星
俺の名前は藤堂晃。今年で二十歳になるしがないアルバイターだ。突然ではあるが、そんな俺からの質問に一つ答えてもらいたい。
『あなたは流れ星を見たら願い事を唱える派ですか?』
誰もが一度は聞いたことのある噂話。夜空を駆ける流星が消える間に同じ願い事を三回唱えることが出来れば願い事が叶うと言われているというアレだ。いつ頃から言い始めたのか、そして本当に願いが叶うのかは定かではない。しかし、見てしまったら何となく願い事を言ってしまいたくならないだろうか?
俺は断然唱える派である。言うだけならタダだし、もしそれで本当に願いが叶えばラッキーだ。叶わなかったとしても、元々噂話なのだから本当に叶うはずがないと簡単に諦めもつく。
と言うわけで、現在視界の中央に映っている夜空を駆ける一筋の光に向かって自分の願い事を三回口にしようと思う。
「来るな来るな来るなああああああああああ!!」
しかし、そう都合よく願いが叶うなんて事はありえない。数億人の人間が同時に流れ星に向かって願いを唱えたとして、そのうち本当に願いが叶うのは果たして何人いるだろうか。まず、その確立が天文学的な数字であることは間違いないだろう。そんな途方もない確率をここで都合よく引けるわけない。現実はいつも非常なのだ。
ご存知だろうか。流れ星には願い事が叶うという言い伝えとはまた違った伝承があるのだ。有名どころを挙げるなら、中国の文献『三国志』。作中では、諸葛亮が流星を見て自分の死を察知するという物語がある。
(あ、死んだ)
そして例に漏れず、俺も自身の死を確信した。神の気まぐれか、はたまた悪魔のイタズラかは分からない。だが一つ確信を持って言えるのは、落ちてくる流星の落下位置と俺の現在位置がぴたりと合致していることだ。
まったくもって理解不能。神は俺に落ちた星に変わって新たに夜空に輝くお星様になれといっているのだろうか。いや、実際そう言っているのだろう。その証拠に、今俺の中では走馬灯が絶賛放映中だ。残りの人生もあとわずか。昔を振り返るついでに、少し自分語りをさせて欲しい。
俺は大都市とも田舎とも呼べない、僅かに発展した町に生まれた。祖父母両親共に健在で、何不自由することなく育ち、特に変わった所の無い普通の小学校に入学し、友達を作り、いじめられることもなく、無病息災のまま進学し、その後も特に代わり映えのない日常を過ごしていた。
しかし高校に進学後、俺の平穏に土足で入り込んでくる奴が現れる。
「今日からよろしくな!」
奴の名は通山錬章。後ろの席から馴れ馴れしく接してきたコイツこそ、俺の高校生活を騒がしいものに変えた張本人だ。
いい言い方をすればムードメーカー、悪い言い方をすれば馬鹿なコイツのせいで俺は沢山の被害を被ってきた。初対面の相手に妙なニックネームをつけ怒らせたり、昼休みにクラスメイトの弁当を横からつまみ食いして怒らせたり、修学旅行中に勝手に行動して迷子になったり、「一度やってみたかった」と女子更衣室をのぞきに行ったり、する事やる事がとにかくデタラメだった錬章。
入学当時、まだ錬章の事をよく知らなかった俺は初めてできた他校の友達に舞い上がっていた。嫌われないように気をつけよう、もっと仲良くなろう。そう心がけた結果、奴の本性を知る頃には既に二人セット扱いだ。結局高校卒業までの三年間、俺は錬章のフォローと後始末に回ることになった。
卒業後は進路の違いから会う機会はほとんどなくなったが、三年間の高校生活で培われた腐れ縁はそう簡単には切れないらしい。今でもたまに「暇だ」と言って向こうから連絡が来る。
(……あっ)
まさかこれほど盛大なオチを用意していようとは、今回の件を仕組んだ神はそうとうなユーモアセンスの持ち主のようだ。
俺としたことが、これほど重大な事を忘れていようとは。走馬灯の最後、つまりは今日の記憶を見てようやく思い出せた。今朝、そのたまにかかってくる錬章からの連絡があったのだ。そして、奴は開口一番にこう言った。
「テル、今日の夜遊ぼうぜ!」
その連絡さえなければ、俺は流星の直撃を受けることはなかっただろう。
流星が落下してくるこの場所に、俺が存在する理由を作らせた張本人。おのれ通山錬章、またしても俺をトラブルに巻き込むか。
俺の目の前は真っ白になった。