戦いましょう、そしてご自由に
よろしくお願いします。
いま着ている騎士の服は紺色に金の刺繍と飾りがほどこされ煌びやかで、とてもかっこいい。足元のブーツは紐で編み上げられており、しかも動きやすいときた。
「ほらローズ!私が選んだやつのほうが碧姫様に一番似合ってるわ!」
「でも、碧姫様の好みは私が選んだほうですわ。ねぇ、碧姫さまぁ?」
「どちらもとっても素敵だよ。でもね、どんなに着飾っても、二人の美しさの前では霞んでしまうよ。」
「もう!碧姫様ったら!」
「次はこちらを着てくださらない?」
「フフ、君のお願いならいくらでも聞きますよ。」
すでに何着目になるか分からない服に袖を通す。しかし2人の喜ぶ顔を見やれば、それもまた楽しいもの。
あー、すごく楽しい!!すごい可愛い!!この時間が一生続けばいいのに。
そもそも、私は何故着替えているのか。首を傾げるがはしゃぐ二人の声に、まあ良いかと結論つく。
彼女たちも楽しそうだし、きっと大したことないさ!
そう思ったところでふいに廊下が騒がしい事に気づいた。
ん?なんだろう?
すると、突然大きな音を響かせて扉が勢いよく開かれた。そこにいたのは、
「いい加減にしろ!着替えだけで何時間かけるつもりだ!!」
彼――――『ディライア王子』だった。そして困ったような顔でアドルフさんも入ってきた。
あー……そういえば持ち物検査のために着替えていたんだっけ?すっかり忘れてたなー、アハハ。
「……おい、なんだそのふざけた格好は。」
「あれ?似合いませんか?」
「お前じゃないっ!そっちの二人だ!!」
?彼女たち?
振り返ると二人はとても怯えていて顔を青ざめて震えていた。
「アド!!どうなっている!」
「大変申し訳ございません。ですが、」
「俺はあの不審人物をもてなせとは命じてないぞ!……今すぐ二人を処分しろ!」
「「ヒッ……!」」
「すみません、ちょっと待ってください。」
怒声を張り上げる彼に詰め寄る。
「いま『処分しろ』と言いましたか?」
「……アドルフから聞いたぞ。碧姫…といったな。なんだ、何か文句でもあるのか。」
「大ありです。ふざけんなクソ王子。」
自分でも驚くくらい低い声が出た。しかしそれよりも口から出てきた言葉にも驚いた。そこは周りも同じのようで全員が驚きに目を見開いている。
「僕が二人にお願いしたのですよ。とても可愛かったから、着て欲しいとね。それに彼女達は遊んでなんかいませんよ?僕がドレスを着たくないと言ったので似合いそうなものを持ってきて選んでくれていただけです。それなのに、ハハッ!処分だなんて……ふざけんなよ。」
脳と感情が一致しない。言ってはいけない、と分かってはいるが突いて出た言葉は止まらない。いいや。ならば全部言ってしまおう。
「天使だと思えば、王子ですって?女性に優しくできず、理由も聞かずに怒鳴っては、処分にする。ハハッ!バカですか?笑えますね!王子様は乙女の夢ですよ。イケメンで優しくて頭が良くて何でもできる!!そう、私のように!!ってことで王子と天使の名を汚さないでください。」
「……天使は碧姫様の勘違いだったはずですが……。」
ビシリと指を指して決めれば、苛立ちが少し治まった。
ふー!すっきり!あ、アドルフさんツッコミはいりませんよ!!
「……ふ」
「ん?」
「ふざけるなぁーーーー!!!」
部屋中、それどころか廊下まで響いたのではないかと思うほど彼の怒号が鳴り響いた。
「アド!こいつもだ!!三人全員だ!!」
「殿下、少し落ち着いてください。碧姫様の言葉が過ぎていたことは確かですが、いきなり二人を処分する事には私も同意いたしかねます。」
「なんだと!」
「碧姫様の話ではしっかり仕事をしていたようではないですか。多少の処罰はあるとしてもそこまでのことはできません。」
さっすがアドルフさん!話が分かる!しかし王子のほうは一向に怒りが収まらないようだ。まあ、私のせいでもあるのだが。
「~~~~っもういい!俺が自ら殺ってやる!」
「あ、それいいですね。」
「「「「は?」」」」
王子が短刀を輝かせるのを見てピンポーンと私の中で名案が浮かぶ。
「『決闘』しましょう。勝ったらあの子たちへのお咎めはなしでお願いします。」
「……お前が負けたら?そいつらもお前も有無を言わさず処分していいのか?」
ニヤリと笑う彼の言葉に彼女たちがびくりと肩を揺らす。
大丈夫だよお姫様。
「いいえ。その子達の処分はなしで私のことは煮るなり焼くなり好きにしてください。」
「「「「……はぁっ!?!!?」」」」
驚く周囲をよそに、彼に、にっこりと笑みを返した。
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「碧姫さまぁ……っ」
「本当にっすみ、ませんっ、うぅ……」
「大丈夫だよ僕の妖精さん。さぁ、涙をふいて?君たちが信じてくれれば僕は誰にも負けないと誓うよ。」
「「碧姫様……素敵ぃ。」」
うん、負ける気しないね!
場所は変わって、ここは城内にある騎士たちの練習場。
王子との勝負内容は剣技となった。しかも、
「よく切れそうだなー。これ。」
真剣だった。細身だが長めの剣なので少々重い。始めはアドルフさんに止められたのだが、勝負を申し込んだのは私なので決定権は彼にあると主張した。文句はない。
「剣道しかしたことないけど……ま、何とかなるか。要は勝てばいいんだからね!」
「おい、準備はできたか?始めるぞ。」
「あ、はいはい。大丈夫ですよ!」
「ふん。せいぜい死なないように足掻くんだな。」
うわー、悪い顔ー。
綺麗な顔に歪んだ笑みを浮かべる彼。最初は小悪魔だったが今なら魔王と呼べそうだ。クラスチェンジおめでとうございます。
「これよりディライア殿下と碧姫様の決闘を開始いたします。本日、審議役を務めさせて頂きますは私アドルフ=エイリーでございます。」
広々とした場内にアドルフさんの声が響く。場内の隅では数名の観客がいた。恰好からして先程まで練習していた騎士たちであろう。ニヤニヤした笑いから面白がっているのが伝わる。チラリと目を向け……全員男だったのでどうでもよくなった。つまらん。
「ルールは簡単。相手の剣を奪い取るか、致命傷となる傷を負わせた者の勝ちでございます。」
致命傷。その言葉にか、彼女たちから心配の念が伝わる。
「どうした女。降参する気にでもなったのか?」
「いえいえまったく。……そういえば、面と向かって自己紹介していませんでしたね。私の名前は八王子碧姫と申します。以後お見知りおきを。」
深く礼を取る。今更ではあるが王子に敬意を表して。
「……ディライアだ。今後はないからさっさと死ね。」
「それではお二方、準備を!!」
彼を見やる。それじゃあダメですよ王子。
「――――始めっ!」
死ねと言うからには殺意くらい出さないと。
瞬く間に彼が間合いをつめる。出会ったときも思ったがホントに素早い。
突くように出された剣をかわす。チッと舌打ちが聞こえれば、間髪入れずに次の斬撃が飛んできたのでそれを後ろに避ける。横に振られる剣は屈んで、下を狙われれば跳ねる。着地を狙われたら剣で流す。
大振りに、ではなく、踊るように軽く流れる様に。跳ねて、飛んで、回って、ときには相手の力に合わせて。
「クソっ……!おい!!」
「なんでしょうか?いま集中してるので後にしてくれませんか?」
右から左から、彼の斬撃は容赦がない。しかし、それもそろそろ終わりだろう。
「ふざけるなよ……!戦う気は、あるのかっ!」
「戦う気は実のところないです。剣は重いし、ケガしたら痛そうですもん。」
「なっ!?」
少しずつスピードが遅くなってくる。あと少し。
「――――だったら今すぐっ「ですがね、」
言葉を遮る。それと共に王子のテンポが僅かに遅れた。
――――――ここっ!
「最初に言いましたよね?勝つ気はあるのですよ、王子様。」
遅れた剣を弾いて彼の懐に入りこむ。胸元と襟をつかみそのまま背負えばあとは簡単。思い切り地面に叩きつけ、緩んだ手から剣を蹴り飛ばし、首筋に剣を突きつければ、ほら。
「私の、勝ちです!!」
驚く彼を見下ろし、周囲の沸き立つ声があがれば、どこかでアドルフさんの終了の合図が聞こえた。
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「碧姫様すごいです!!」
「とても、とっても格好良かったですわ!!!」
両サイドから抱きしめられる。あぁ、癒される。
「ありがとう。君たちの応援があったからこそ勝てたんだよ。君たちは妖精ではなく僕の勝利の女神だったんだね。」
そういうと二人は微笑んで私の両頬にキスをくれた。
「女神じゃないんですけど、」
「私たちからのお礼ですわ。」
頬を染めはにかみ笑顔を浮かべるローズとマリー。やだ、超可愛い。お返しにぎゅうっと抱きしめておいた。
「……おい。」
「おや王子、まだ寝転んでたんですか?」
未だ寝そべったまま彼が声をかけてきた。存在感出しましょうよ。
「お前さっきのあれ……剣じゃないだろ。」
「ルール違反はしてないと思いますよ。勝ちは勝ちです。それより約束、守っていただけますよね?」
それについての文句は言わせませんよと添えれば、苦虫を噛み潰すような顔で彼は唸り答える。
「約束は、守る……そのための決闘だったんだからな……。」
「!!やったねローズ!」
「ええ!本当によかったわ、マリー!」
抱き合って喜びを分かち合う2人に私も嬉しくなる。
「うんうん。良かった良かった。」
さて、と。
半身だけを起こした彼に近づき目の前に座る。そんな私を訝しげに見つめてくる彼に一言。
「では王子。私のことはご自由にどうぞ。」
約束ですからね。
次話もよろしくお願いします。
※※
2016.9.13 修正しました。
2016.10.11 修正しました。