彼の正体、そして両手に花
長い、です。
「碧姫様にはこちらの色のほうが似合うわ!」
「いいえ、こちらが良いに決まってますわ!ねぇ、碧姫様ぁ?」
「君たちに選んでもらえるなら僕は喜んで着るよ。でも、そうだなできればもう少し落ち着いた色のほうがいいかな?あまり明るい色は好きじゃないんだ。」
「そうなんですか?」
「碧姫様ならどの色でもお似合いですのに。」
「ホント?嬉しいな。」
ホントに嬉しい。
右手にはヒマワリのように眩しい笑顔。左手には薔薇のように気高く誘う笑み。
手に持つ色とりどりの服はまるで花畑。この子たちはきっと花の精だ。妖精だ。マイフェアリー。
この至福の時を与えてくださった神様……もとい執事様…眼福ですっ!感謝します!
それは遡ること数十分前の事。
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「……すっごく痛いのですが。」
額が割れたかと思うほどの脳に響く痛み。じわじわ残るその痛みを手で抑える。
「殴るのはいいのですが顔はやめてください。傷ができたら女性にモテませんから。」
「つくづく最悪な女だな。……まあ、すまない……。」
おや、案外素直ですね?
意外にも彼はすんなりと謝罪の言葉を述べてくれた。先程からの行動を思うに、彼はかなり優しいのだろう。
不審者にこれだけ自由に喋らせてくれるのだから。
「それで、どうすればいいですか?まだ下を脱いでいないのですが……。」
「いい!脱ぐな!……危険なものは持っていないよな?」
「持ってませんよ。疑うのなら下も脱ぎま「だからいいと言ってるだろ!!」
再び殴られる、が今度は腹だった。ダメージはでかいが顔じゃないのでセーフ……う、吐くっ……。
一生懸命痛みに堪える私をよそに、彼は手を鳴らす。すると音も立てずに一人の初老の男性がその場に立っていた。
……忍者?
その男性(忍者)は彼と何言か話すと深々と礼をとり、私に向き直る。
執事だ。しかも美形だ。
オールバックの髪は真っ白で、穏やかな顔には品が溢れ出ていた。黒のタキシードに、赤の蝶ネクタイと白い手袋を身に着け、その出で立ちは正に執事。
懐かしいなぁ……文化祭を思い出すよ。
『碧姫様の執事カフェ』。みんないつもより楽しそうで可愛かったなぁと、思い出に思いを馳せれば顔が自然とにやけてしまう。
「おやおや、なんとも可愛らしい笑顔ですねお嬢さん。」
にこにこと戻らぬ顔で見上げれば、目の前の執事さんも柔らかい笑みを浮かべてくれた。
「これより貴女様をご案内させていただくアドルフ=エイリーと申します。アドルフとお呼びください。」
「渋い声が素敵だね。もっと僕に聞かせてくれな、っだ!?」
本日三度目の鉄拳が飛ぶ。すでに殴ることにためらいを感じていない彼は、当然と言った顔で私を見やる。顔を狙わないところに彼の律義さを感じるが、二度目の腹はさすがに酷い。
「ほっほっほ。先程お聞きした通り、実に面白いお嬢さんですな。」
「いてて、ありがとうございます。」
「どう聞いても褒められてないだろ。」
知ってる。
「ん?案内って?」
どこに?と首をかしげると彼が答えてくれた。
「今からその服を着替えてもらう。アドに侍女と服を用意してもらえ。所持品をチェック次第お前からは色々聞かせてもらうからな。」
そう言い残して立ち去ってゆく。……侍女に執事ねぇ。ここはいったいどこなんだ。
落ちてからさほど時間が経ってはいないはずだが、いろんなことが起こった気がする。ここがどこかという疑問が今出てきたのもそのせいだろう。
……決して私のせいではない。
「お嬢さん、よろしければ移動しますよ?」
「あ、はい大丈夫です。」
慌てて返事を返すと、それに1つ頷いてアドルフさんがゆっくりと歩き出す。その背を見つめながら私も後について行く。
「あの、自己紹介が遅れましたが私は八王子碧姫といいます。碧姫が名前です。」
歩みは止まらないが話かけたら隣に並んで表情が見えるようにしてくれた。
良かった。さすがに背中に話しかけ続けるのは失礼だもんね。しかし、自然と隣にくるなんて……アドルフさんは中々の手練れかと。
失礼極まりないが、腹の中は見えないものだからと思い笑顔を浮かべて誤魔化しておく。
「不思議なお名前ですね。碧姫様はどちらからいらっしゃったのですか?ここに侵入できるようには見受けられないのですが。」
「正直、私自身もわからないんです。死んだはずなのに気が付いたらあそこに落ちたんですから。」
「死んだ、とはいったい?」
「言葉の通りです。日本という国で死んだはずなんです。だからここは天国かと思ってたんですが。」
「ほっほっほ、だからあの方を天使と言ったのですね。しかし、見たところ碧姫様が幽霊の類とは思えませんし……それにニホンとは、聞いたことがないですな。」
「たぶんこれは異世界トリップっていうんじゃないかと思います。」
「『異世界トリップ』とはなんでございましょう?」
アドルフさんが首をひねる。
「確か、ある世界の人間が他の世界に行ってしまうというものらしいです。」
私もよく知らないが、それを題材にした恋愛小説があると女の子たちが言っていた。ひょんなことから異世界に行ってしまった主人公がイケメンと出会い、恋をして幸せになるといった物語。本の中でも女の子が幸せになるのはいいことだ。
「ふむふむ。なかなか興味深いものですな。」
「信じるんですか?一応私は不審人物のはずですが。」
信じてくれるのは嬉しいが、同時に少し困惑する。彼といいアドルフさんといい突如現れた私にこんなに優しくしてくれて良いのだろうか……。
そう尋ねるとアドルフさんの目が一層細められる。
「本当に不審人物だったら即刻処分しておりますよ。それに私から見させて頂くところ身なりは変わっておられますが、その外は普通のお嬢さんとなんらお変わりございませんよ。」
笑顔が眩しい。私は女性として扱われるのが苦手だ。だからそんなに優しく微笑まれると…少し、照れる。
「あの、それで、ここはどこですか?あと、あの方……彼は何者ですか?」
読みではここはどこぞのお金持ちの家で彼はお坊ちゃんであろう。
しかし、耳に入ってきた言葉は、その読みをあっけなく崩す。
「あの方はこの国、『ビラーヴァ王国』の第一子。『ディライア=ディアス殿下』でございます。」
王国?第一子?ってつまり彼は……
「王子ぃっ!!?」
「左様でございます。」
マジか!本物王子ですか!
「……私いろいろしましたね。」
「そうですねぇ。不敬罪で処刑ですな。」
ほっほっほって……笑ってる場合なのかな?
「まあ、とりあえずですが。」
と言われて前を向くと両開きの扉があった。お高そうな扉が開かれると「どうぞ」と中へ促される。
……入った瞬間に騙されたな!馬鹿め!なーんて罠ではないですよね?
なきにしもあらずな可能性に意を決して入ると、少し広めの簡素な作りの部屋だった。
「こちらでお待ちください。ただいま侍女とお洋服をご用意致しますので。」
そう言うと静かに扉は閉まる。ただ閉まりきる前にアドルフさんの姿が先に消えた様な気がしたのだが、きっと気のせいでは無いであろう。
「やっぱり忍者じゃないのかな。」
あの身のこなしはないだろ、と考えるとすぐに扉がノックされた。
「入ってます。」
ん?なんか違う気がする?
カチャ、と扉が開かれ入ってきた人物はアドルフさんだった。後ろにはしずしずと頭を垂れながら入室する二人の女性がいた。
「お待たせしました。」
待ってませんよ!?
「こちらの侍女が着替えのお手伝いをします。あとは頼みましたよ。」
そう言うとアドルフさんは再びその場から消えた。……もう気にしない。
そして連れてこられた侍女を見ると、いまだに頭を下げ続けていた。
……っと!いけない、いけない。
「顔をあげて二人とも。そして美しい顔を僕に見せて?」
女性にこんな姿勢をさせ続けるなんて、私はバカか!
スッと顔をあげる侍女二人。その顔に思わず息をのむ。
「あれ?お聞きした話では女性のはずでは?ねぇ、ローズ?」
「ちゃんとご覧なさいマリー。とても綺麗な方ですわ。」
名は体を表すのだろうか。ローズと呼ばれた女性は白い肌に真っ赤な唇をしていて垂れ目に泣きボクロを携え、なんとも言えぬ色気を漂わせる。髪の色は赤茶色で後ろで高くまとめられていた。ロングドレスのメイド服はきっちりとしていて、真面目そうな印象に顔立ちのギャップが素晴らしい。
その隣、マリーと呼ばれた女性はマリーゴールドの様に小柄で、可憐で快活そうな明るい印象を与える。大きな瞳にきょとんとした顔から彼女の素直さがみられ、肩くらいで切りそろえた髪はふんわりとした明るい茶色。装いは先程のローズという子と同じである。
薔薇とマリーゴールド……花のような二人。その華やかさに心から歓喜する。
うひょうっ!!超可愛い!!
「それよりマリー、早くしましょう。申し遅れました碧姫様。私はこのお屋敷に遣える侍女のローズでございます。」
「同じく侍女のマリーです。それでは碧姫様。何着かドレスをご用意させていただきました!お好きなものをお選びください。」
「何故だ!!」
ダンッと床に拳を叩きつける。急な行動に二人が困惑した声をあげた。
「え、あの碧姫様?」
「何か……ございましたか?」
何かございましたか?あります、ありまくりですとも!!
「何故僕がそのドレスを着るのですか!?」
「「え?」」
ドレスだって?自慢じゃないが制服以外でスカートでさえはいてた記憶など皆無に等しい。
それなのに、この私に華やかで彩鮮やかなドレスを着ろだって?それは、それはっ……!!
「君たちが着るべきだ!」
「「はい?」」
コテっと揃えて頭を傾げると、2人の頭にクエスチョンマークが見える。ダブルきょとんは可愛すぎる!!
「こんなにも素敵なドレスを君たちが着ずに僕が着るなんて……罪です!服に対する冒涜です!!」
「ですが、私たちは侍女ですので、その、このような装いをするわけには……。」
「そうですわ。それに私たちは碧姫様のために素敵なお召し物を……。」
「僕のためなら、」
言葉を遮って彼女たちの前に膝をつく。2人の手を取り見上げこの胸の苦しみと共に懇願する。
「お願いだ。この服を着た君たちの妖精のような愛らしい姿を見せてくれ。」
ね、僕の可愛いお花さん。
「「――――っはい!!」」
「あ、僕の服はドレス以外なら何でもいいよ。」
そう言うと勢いよく部屋を飛び出し、次に戻ってきた彼女たちの手には大量の騎士の服が握られていた。
こうして僕と二人の『碧姫様ファッションショー』が幕を開けた。
次話も頑張ります。
※※
2016.9.13 修正しました。