プロローグ
涼しい夜風と目前に広がる美しい庭園。
その景色に相応しく、細やかな彩飾があしらわれた可愛らしいベンチに浅く腰をかけ、右手に佇む愛らしいお嬢さんに目を向ける。
ニコリと小さく上品な笑みを浮かべる姿はこの庭園の精霊と謳われてもおかしくない程である。
あぁ……ここが楽園か。
「……今宵はなんて素晴らしい日だろう。こんなにも美しい姫に出会えるだなんて。」
素直な賛辞を贈ると彼女は頬を朱に染め、照れたように視線を逸らす。
「そんなことないです。それに貴方様はいつも大勢の可愛らしいお姫様に囲まれているじゃないですか。」
「確かに、僕にはたくさんの姫がいます。……ですが。」
ゆっくりと立ち上がり、彼女の前にひざまずく。逸らされた視線を合わせ、憂いをおびた瞳を覗き込みながら手を取りキスをひとつ。
「今の僕の瞳には……あなただけですよ、姫。」
そう言うと彼女の顔に花が咲いたような笑みが浮かぶ。それはそれは輝かしく、本当に嬉しそうな笑顔を。
――――あぁ、本当に可愛い「おい、そこのバカ。」
そして、私の楽園は終焉を迎える。
……マジですか!!
グイと首根っこを引っ張られるとズルズルと引きづられる形で彼は歩き出す。
「あぁ!姫!」
「いい加減帰るぞ。毎度毎度、女をひっかけに行きやがって…。いいか、お前は」
聞きなれた呆れ声で彼が何か言っている、が。
っマズイ!
「離せ!」
「あ、おい!!」
手を振り払って駆け出す。呼び止める声が聞こえるが、そんなこと知らん!
彼の呼び止める声よりも、汚れた服の土を気にするよりも、今の私には彼女しか映らない。
状況がまだ読み込めず、はたまた私と離れるのが寂しいのか……戸惑い泣きだしそうな彼女。
「泣かないで姫っ……」
その綺麗な顔に雫が零れるよりも早く、強く抱きしめる。安心させる為に、その瞳から憂いを振り払う為に。
「またここで会いましょうっ!いつか必ずっ…」
小さな声だが、確かに「はい」と彼女は答えた。ゆっくりと私にも腕を回し、何度もうなずく動作にホッとする。
何言か話せば彼女はだいぶ落ち着いた様子で、泣いた事を恥ずかしいというとまた可愛らしい笑みをくれる。
別れるその時まで、彼女はずっと笑顔だった。
「…………。」
「すみません、お待たせしました。」
ニコッと笑顔をつけて彼に駆け寄ると、眉間にしわを寄せあからさまに不機嫌な顔をしていた。
「………………。」
「怒ってますか?」
「……………………。」
「怒っているんですか?」
「…………いや。」
いやって……怒ってますよね?
しかし、彼が怒っている原因が思いつかない。呼び止められてはいたが女の子が泣いていたのだから仕方が無いし、ここに戻る時はちゃんと走って来たのだし……あっ!
「わかりました!」
「……何が、うわっ!?」
勢いよく彼の腕を引き、倒れる前に腰に手を添えその身を支える。驚く顔が可愛いと、クスリと笑って目を合わす。
そして、一言。
「――――やきもちですね、僕の可愛いお姫様「誰がプリンセスだ。」痛っ!」
言い切る前に殴られる。
痛みから頭を抑えると彼は素早く腕から脱した。
「痛いです。」
「だったら二度とバカなことをするな。」
「わかりました。甘い言葉はこれからも姫達だけに使います。」
ガクッと彼がこける。
どうしました?
「それもバカなことに含めろ!」
「何故ですか!?」
理解できない、と彼を見やるとその顔は怒りで真っ赤に染まっていた。
「お前は“女”だろうが!!」
まぁ、女ですが。
このたびは、当作品を読んでくださいましてありがとうございます。
次作から主人公たちの名前もぼちぼち出てきますので末永くよろしくお願いします。
※※
2016.9.11 修正しました。