8.彼、のつぶやき
――――そうすると、これもゲームシステムの措置なのだろうか。
放課後。今日はリュラの同伴帰宅の誘いを断らなかった。
いつものようにリュラと手を繋ぎながら歩いていると、リュラが反対の手で「あれ」と指し示した。
目でその手の先を追うと、昨日出会ったシバである。
「あの人、ガダルクの搭乗者のシバだね――――昨日、フュオーレが会ってた」
にこり、とリュラが私に微笑みかける。
そうだね、と微笑み返そうとして顔が強張った。
え、なんで知ってるの?
私が彼と出会ったのは、リュラがいない時だ。リュラの誘いを断って一人で帰ったのだから間違いない。
しかし、過去何度もこういうことはあった。
今まで私が攻略対象に先行で出会い、その数日後リュラと一緒の時に彼らを見つけると、リュラはその時既に彼らのことを知っているばかりか、何故か私と遭遇したことまで知っているのだ。
しかも、私が先行で遭遇しているのはリュラと一緒の時などではないというのに。
なにそれ怖い。
一人、あるいは別の人間と一緒の時に出会ったことをなぜ知っているのだろう。
流石に不審に思って、最初はリュラが後ろにいないかきょろきょろ確認したけれど、そんな姿は見つけられなかった。
うまく隠れているんだろうかと思ったが、リュラにはアリバイ――というと容疑者のようだが――があり、別の場所に別の人とその時間は話していたことも確認できた。
だから、ストーカー行為を私に対して働いているというわけではないようだ。
それなのに知っている、というのはこれもゲームシステム的な何かなんだろうか。私よりも彼らのことを知りうる手腕といい、謎が謎を呼んだままここまで着ている。
――――一度だけ、勇気を出して聞いてみたことはある。
「彼らのこと、よく知ってるね?」
どうやって知るの、と聞こうとしたが、彼女はふふ、と笑って「企業秘密」と人差し指を唇の前に立てた。それっきり、続きを話してくれるつもりはないようだった。
私がプレイしたゲーム、「クレイモア」では情報屋さんである【フュオーレ】を活用していて、主人公自身に彼らについての詳しい知識なんてなかったように思うし、まして情報屋さん自身の情報を詳しく知っている(昨日の出来事まで!)なんてことはなかったように思うが、あれは選択式の回答のうちいくつかを選ぶしかできないゲームだったから、余計な台詞は省かれていただけなのかもしれない。
自分の情報役としての立ち位置の不必要性をまた感じる。
「フュー? どうかしたの?……ああ、あのひとを見て昨日のことを思い出しちゃったの?」
「え!?」
「次回気をつければいいよ。でも、そんなに気になるならもう一度謝りに行く?」
「え、あの」
「ああ、でも顔色が悪いね。謝りたいなら今度にして、今日は早く帰るといいよ。そういえば、近くにウェイズホールがあったはずだから、今日はウェイズを使って帰ったら?」
ね? と奇妙な圧力を感じる笑顔で背中を押すリュラにおずおずと頷いて、私は早々と帰宅することにした。
だから、知らなかった。
「ああ、全くやめてくれよ。シバセンパイとの接触が3回超えると、ルマーが出てくるでしょ。フューの好みの。しかも好感度上げやすい奴だし……って、フューまっすぐ帰ってない。このままだと、ロバートと遭遇じゃないか」
私が一人先に帰った後、リュラがあの柔らかいふわふわの巻き毛を掻きむしって、BOCCHIの画面をみて呟いた言葉を。
「何かフューの注意を引かないと……あ、あれがいい」
綺麗な細い指が、BOCCHIが中空に映す画面の上を高速で滑る。
「よし、釣れた。そのままバルーン見てて。その間に……よし、居なくなった」
ほっと息をついた。
「このまま各攻略対象の好感度を低いまま、フューに恋人ができないように邪魔しつつ、フューの好感度だけをあげると友情EDでしょ。そうするとEDをコンプするから、裏EDが開くでしょ。それ狙ってるんだよねぇ」
頼むよ、と可憐な顔に似つかわしくない少し荒れた響きの言葉をリュラは吐き出した。
指を高速に動かし続けたまま。
画面では、フュオーレと攻略対象の現在地を表す光点が光っていた。