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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
番外編
99/100

しあわせのかたち

最終話です。



「あぁ、もう、うっとおしい!

 そんな熊みたいにうろうろしないでくださいよ!」


「うるさい、ギュンター! おまえに俺の気持ちがわかるか!」


湖畔の新緑がまぶしい初夏のヴィルヘルミーナ。

その警護団の館にある団長室で、カール=ヘルベルト=ヴュストは苛々と歩き回っていた。


「あぁ、はいはい。どうせ俺はまだ独身ですよ。

 生まれそうになったら、魔術具で連絡が来るんでしょ?

 それまで仕事してこいって奥さんに言われたんだから、さっさとこの書類にサインくださいよ」


副団長であるギュンターが朝から抱えている書類は、一向に減る気配がない。

どれも団長の決裁を待つばかりなのだが、肝心のカールがこれでは今日も仕事にはならなそうだ。


「そうはいってもだなぁ」


王都じっかのおかあさんも来てくれてるそうじゃないですか。

 大丈夫ですって。

 そんなに気になるなら、もう帰ったらどうです」


「いや、それはルゥに怒られる気がして」


「でしょうねぇ。

 散々休みも使っちゃいましたからね」


やれ医者への付き添いだ、産後に向けての買い物だと、ここのところカールは警護団そっちのけで出かけてばかりだった。

たまに出勤したと思ったら、時刻ばかり気にして、定時には姿が見えなくなっていた。

みかねたルゥがやんわりと、しかし有無を言わせず出勤させたようだが、やはり気もそぞろだ。


「初産は時間がかかるとは聞いていたが、昨日も生まれず今日もとなると、ルゥの体が心配・・・」


「だったら仕事終わらせて、堂々と帰ればいいんじゃないですか」


「そうか! そうしよう!」


ぽんと手を打ち、ようやく机に向かうカール。

そんな上司を見てギュンターは、


「団長・・・」


と大きなため息をついた。






猛烈ないきおいでサインを書きなぐり、いそいそと帰り支度をしている途中で、魔術具が光った。

エメ特製の指輪型通信球だ。

大慌てで家路に着くと、元気な泣き声が聞こえてきた。


「ルゥ! 大丈夫か!

 おふくろ、子どもはっ、ルゥはっ」


「カール、落ち着きなさい。

 二人とも大丈夫よ。元気な男の子だわ。

 今会えるようにしてあげるから」


ブルクハルトからはるばるかわいい嫁の世話をしにやってきたカールの母親は、そう言って大量のタオルをもって部屋に入って行った。


「男・・・。そうか、男・・・」


「兄さん、そんな外から来たまんまの格好じゃ会わせられないからね。

 手を洗って、うがいしてちょうだい」


気ばかり焦って右往左往するカールを水場に押しやるのはミレイユだ。

すでに2人の子持ちの彼女は、落ち着いた風情である。

言われた通りに身を清めて寝室に行くと、寝台にぐったりと横たわるルゥの手をエメが握っていた。

カールに気づくと、にまっと笑う。


「魔術の暴走もなかったし、子どもに秘術が継承されることもなかったわ。

 封じはちゃんとできてる。ルチノーちゃんの努力のおかげね」


「そうか」


短く返事をして、深呼吸をする。

母親や妹はともかく、この食えない女魔術師の前では、あまり醜態をさらしたくない。

カールは枕元の手巾を手に取ると、目をつぶって浅い息をしているルゥの、汗ばんだ額をぬぐった。

カールの手に気付いたルゥが、うっすらと瞳を開けて微笑む。


「よく、がんばったな」


「ん・・・」


大仕事を終えたルゥは、疲れた表情はしていたが、とても満足そうだった。


「さぁ、カール。あなたからルチノーさん(お母さん)の隣に寝かせてあげてちょうだい」


横から声を掛けられた。

と同時にそぉっと手渡されたのは、ふわふわのタオルの塊。


「えっ、俺!? あっ、いきなり!?」


「当たり前でしょう。誰の子だと思ってるのよ」


おっかなびっくり差し出した腕に、あまりに小さな存在が預けられる。


「そ、そうだが。わ、ちょっ、軽、ぐにゃ」


「兄さん、怖いわ。しっかり持って」


「しっかりったって、しっかり持てるところがどこにもないだろうが!」


「いいから、早くルチノーちゃんにも見せてあげなさいよ」


「あ、そうだった」


格好つけるのも忘れてただあたふたするカールを見て、女性三人は顔を見合わせてくすくすと笑った。

日頃、厳しい顔をして警護団をまとめている男も、こんな場面では形無しである。


「ルゥ、見えるか」


寝台のルゥの横に、生まれたての我が子をそっと寝かせる。

赤子は、何を思っているのか、ぴすぴすと鼻の穴が動かし、口をもごもごさせている。


「うん。

 あぁ、ようやく会えたね。ありがとう・・・」


ルゥがそっと手を伸ばすと、赤子はきゅうっとその指をつかんだ。


「ふふ、かわいい。

 目元が、カールに似てるね」


「そうか?

 なんだかまだよくわから・・・ぐっ」


いきなりミレイユに足を踏まれた。

王都で流行っているとかいう、かかとが尖った靴のせいで、かなり痛い。


「か、髪の色はルゥ似だな」


脇を肘でつつかれて、あわてて言い直した。

細くやわらかな髪は、明るい金髪をしていた。


「そうね。目はまだ開かないからわからないけど、カールみたいなきれいな碧色だといいな」


「いつ開くかな。楽しみだ」


「うん」


カールは、寝台の横に置かれた椅子に腰かけて妻と我が子をみやる。

小さいのにしっかりくっついている爪。

まだふやけているような肌。

時折、あむあむと動く口。

何をするわけではないが、いつまで見ていても飽きない。

しばらく無言の時が過ぎ、いつの間にか寝室には二人きりになっていた。


「名前、どうしようか」


「たくさん考えてたけど、カールが好きなのでいいよ」


「うーん、俺もなぁ。顔を見てから決めようと思ってたから」


「ふふっ、ゆっくり考えて。私、眠くなってきちゃった」


「そうだ。疲れたろう。

 側にいるから、しばらく眠るといい」


「うん。

 ふぁ・・・。おやすみなさい・・・」


「おやすみ」


カールがルゥの髪を撫でると、甘えるように頬をすり寄せてきて、すぐに眠りに落ちた。

子どもも撫でてやろうかと思ったけれど、壊してしまいそうでやめた。

こんなに柔らかな物体は、生まれてこの方触れたことがない。




湖の上を抜けてきた心地よい風が、窓にかけられたレースのカーテンを揺らす。




明るい色調の家具でそろえられた寝室はとても静かで、ルゥのかすかな寝息しか聞こえない。







なんとも満ち足りた気分で、カールは眠る二人をいつまでも見つめていた。










番外編もこれにて終了。

ありがとうございました。

100話目は蛇足です。


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