手紙
感想でご指摘をいただいた点の、補完的な意味合いのお話。
未熟者で申し訳ないです^^;
いよいよ明日、ヴィルヘルミーナに向けて発つと言う日。
お城から呼び出しがあって、カールと二人で出かけた。
思えば約一年前。
同じようにカールと二人でお城の謁見室に入った。
あのときは緊張してろくに王様の顔も見られなかったけれど、今は違う。
「ベルトランから連絡が?」
「うむ」
豪華な玉座に頬杖をついて座る王様。
毛皮の縁取りがされたマントと王冠が、いかにも王様って感じがして不思議。
この間なんて、裸でエメさんの家にいたのになぁ。
「そなたとジェラールが攫われたときに、八方手を尽くして探す傍ら、少し調べさせてもらったのだ。
すると、そなたの母君は確かにヴィルヘルミーナの女王であったが、同時にベルトランの王妃でもあった」
王様が告げる内容に、隣に立つカールは少なからず驚いている。
私も、アヒムに聞きはしていたけれど、私が女王の娘だとかベルトランの王女だとかいう話は、なんだか信じられなくていままで話さずにいた。
でも王様が言うんだから、間違いはないんだろう。
「そなたの父君は、バルトロメウス=ロゲール=ベルトラン。
すでに亡くなっているが、先代のベルトラン国王だ」
「バルトロメウス=ロゲール=ベルトラン・・・。
私の、お父さん」
記憶の奥底にある大きな手。
あれは、やっぱりお父さんの手だったのか。
「それで、陛下。
ベルトランは何と?」
「あぁ、いや、それがな・・・」
王様が珍しく言いにくそうに話したことには、秘密裏に調査を進めていたため、正式な文書で問い合わせることはできなかった。だからベルトランからの返事も非公式のもので、末尾に署名はあったものの、どの程度の立場の者からの回答かはわからない。しかしそこには・・・。
「まぁ、平たく言えば、うちの王女は17年前に事故で死んでいる。
だからそちらの娘とは関係ない、と書いてあった」
え? ど、どういうこと?
バルトロメウス=ロゲール=ベルトランっていう人は、私のお父さんじゃないの?
わけがわからなくなってカールを見上げれば、カールも困ったような顔で見つめ返してきた。
「しかし、それだけならそなたらを呼び出したりはせん。
そのあと届いたこちらの手紙を見せたかった」
王様が、横に控えた白髪に丸眼鏡をかけているやけに姿勢のいい人に視線を送る。
その人は、房飾りのついた天鵞絨のクッションに一通の手紙をのせて、私たちのところに運んできた。
封を開ければ、今咲いたかのような花の香りがただよい、花びらの幻影が舞った。
開けるたびに再生される術がかけられているらしい。
一枚だけの、手紙を開く。そこには美しい女文字で、
“愛しい孫娘、ルーテウスへ
必ず会いにいきます”
と書かれていた。
「ルーテウス?」
横から覗き込んでいたカールがつぶやく。
「ベルトランの言葉で、“黄金”という意味でございます。
ヴィルヘルミーナ風に言うと、“光り輝く”となります」
答えたのは白髪の人。
侍従長さんだと、あとで聞いた。
「黄金・・・ルーテウス・・・」
「ルゥは、ベルトランの家族にはそんな風に呼ばれていたのかもしれないな」
「そ・・・なんだ・・・」
私の家族。
これを書いてくれたのは、私のおばあちゃん?
「かの国は、十数年前に何者かの襲撃を受けて、壊滅的被害を被っているからな。
今は関係をあきらかにできない、何らかの事情があるのやもしれん。
とはいえ、そなたが二歳まで住んでいたであろう国だ。
望めば、正式な文書で認知だけでも求めることはできるが、どうする?」
王様の言葉にふるふると首を振る。
「いいんです、王様。
もうヴィルヘルミーナに行くって決めましたから。
ベルトランも確かに故郷ではあるけれど、無理に行こうとは思いません。
手紙にある通り・・・会いに来てくれるのを待とうと思います」
「そうか。わかった」
大きくうなずいた王様は、ぱんぱんと手を鳴らした。
「餞別だ。好きなものを持っていくがよい」
王様の合図で出てきた侍女さんたちは、宝石や珍しい織物、書物、きらびやかな装飾の刀剣類などを両手いっぱいに持っていた。
「で、カール兄さんはルチノーさんに似合いそうなブローチを選んで、ルチノーさんは兄さんに似合いそうな布地を選んだわけ?」
「はい。あとでカールの服を縫ってあげられたらなって思って」
翌朝、早速付けていたブローチを、見送りに来てくれたミレイユさんにほめられた。
ベルトランの王女云々はごまかして、王様に挨拶に行ったら餞別にくれたという話だけした。
「はぁ・・・。二人とも、ほんと欲のない・・・」
「王様にも言われました」
「私だったら、こう、両手指全部の分の指輪とか、首が折れそうなほどのネックレスとか」
「そうやって欲をかいて失敗するんだ、おまえは。小さいときからそうだっただろう」
「やだ、急に兄貴風吹かせないでくれる?
ん、でもこのブローチはいいわ。美的感覚の乏しい兄さんにしてはいいものを選んだね!」
ミレイユさんが、私の付けたブローチを左右から眺める。
金の細工に縁取られた楕円形の真紅の貴石は、見る角度によって放射状に六筋の光を放って見えた。
「・・・あれ? ちょっとまって。もしかしてこれ聖星紅玉ってやつ?
ものすんごく希少価値の高い・・・」
「そうなのか?」
カールが顎に手を当てて首をかしげる。
私もカールも宝石や貴石には詳しくないから、言われてもよくわからない。
「うん。これ一個でお城一つくらい買えるくらいのお値段がするはずよ」
「「えぇ!?」」
ミレイユさんに言われて、二人で驚き顔を見合わせた。
そして急にそんなすごいものを胸に付けていたことが不安になって、慌てて手で隠す。
「どどどどうしよう。これ、返してきたほうがいいかな」
「それは陛下に失礼だろう。
そのブローチを選んだときも、うなずいて微笑んでらしたからいいんじゃないか」
「で、でも・・・」
「持っているのが心配だったら、ヴィルヘルミーナについたらエメにでも預かっておいてもらうか」
「そうだね。そうする」
お城一つ分、だなんて、高価すぎる。
そんなものをもらうほどの価値、私にはない。
「よく似合っているから、残念だけどな」
「ごめんね、せっかく選んでくれたのに」
「いや、ルゥが落ち着かないんじゃ仕方ないさ」
このブローチだけでなく、王様やブルクハルトの人々には言葉に表せないほどのたくさんのものをもらった。
魔術の勉強を頑張って、自分の力を使いこなせるようになったら、いつかみんなに恩返しをしよう。
「話まとまった?」
ブローチを手ごろな小袋にしまったところで、ミレイユさんに声をかけられた。
気付けば、カールのご家族が勢ぞろいして見送りの態勢で待っていた。
「あ! すすす、すみません」
「いいの、いいの。
元はといえば、兄さんが価値もわからずにおねだりしたのが悪いんだから」
「さっきは欲がないとか言ってたじゃないか」
「聖星紅玉となれば話は別よぉ。
知らないって怖いわぁ」
「おまえな・・・」
カールとミレイユさんの言い合いは延々と続く。
カールがエメさんに口で負けないのって、昔からこうやって鍛えてたからなのかな。
ご家族に会うのは緊張するけど、私の知らないカールの一面を知ることができるから、結構楽しい。
「体に気を付けて。
いつか私も遊びに行くからね。
手紙、書くね」
「はい・・・!
みなさん、ありがとうございます。
では、行ってまいります」
馬車が走り出す。
だんだん小さくなる人影に、私はいつまでも手を振った。