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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
番外編
95/100

異界渡りのエメラルダ

エメのはじまりの物語。

※戦争の描写があります。ご注意ください。


柱時計が夜十時を知らせる。

ボーン、ボーン……という音が鳴り終わらないうちに、サイレンが鳴り渡り、ラジオからは空襲警報が流れた。

ウメは2人の子どもに防空頭巾をかぶせ、自分はさらに救急袋を肩に掛けて、庭に作った防空壕へ逃げ込んだ。


「母ちゃん。今日もまた爆弾が落ちてくるんか?」


「そうだね。防空壕ここにいれば大丈夫だから。もう少しの辛抱だよ」


「もう少しっていつ? 父ちゃんはまだ帰って来ないの?」


「父ちゃんは遠いところでお国のために戦っているんだ。我が儘を言ってはいけないよ」


ウメに諭されて、幼い子どもたちは体を丸める。

すぐにすぅすぅと寝息が聞こえてきた。


ウメの夫は潜水艦乗りだ。

前線の補給部隊として、太平洋にいる。

長男一太(いちた)は七つ、妹の千恵ちえはようやく三つになったところだ。

この子たちを守るのは自分しかいない。

眠る我が子の頭を、ウメはそっと撫でた。


30分ほどたったころだろうか。

空襲警報が解除された。

ほっと息をついて、一太の手を引き、千恵をおぶって家に戻った。

今夜はもう空襲はない。

そう思いながら。




グーン……グーン……グーン……


夜半。

ウメは、あまりにも耳慣れた音が間近で聞こえて目が覚めた。

そっと窓を開け、上空を見る。


「ひっ……」


思わず悲鳴がもれそうになり、慌てて口を押えた。

見上げた先には、空を埋め尽くすほどのB-29。

どこを目指しているのか。

爆弾一つ落とすわけでなく、ただ静かに飛んでいる。


「一太! 千恵! 起きて!!」


深く眠っていた子どもたちを揺り起こし、引きずるように外に出る。

庭の防空壕へ!

いや、あんな巨大編隊を組んだ爆撃機に攻撃されたら、手製の防空壕などではひとたまりもない。

そう考えたウメは、近所の小高い丘の下に作られた、頑丈な防空壕へ向かって駆け出した。




人、人、人。

誰も考えることは同じだったようで、ようやくたどり着いた防空壕は、すでにいっぱいだった。

むせかえる汗の臭い。

子どもの鳴き声。

まだ3月だというのに、防空壕の中は蒸し暑かった。


「ここはもう入れないよ。他を当たんな!」


人をかきわけ、一太と千恵を連れて奥に入ろうとしたウメを、入口に居た女が止めた。

扉の前まで引き戻される。


「そんなこと言わないで。ここを出されたらどこに行けばいいの」


「うるさいね! 後から来たのが悪いんだろ! さっさと出ていきな!」


「そんな……」


なんとか入れてくれるよう頼みこもうとした瞬間、カッと外で閃光が走った。

息を詰める人々。

さっきまでウメたちがいた町に、爆撃が開始されたのだ。


「ほら、入口を閉めるよ! アンタがいたら閉まらないんだ。みんな道連れにする気かい!?」


「あぁ、後生ごしょうだから……せめて子どもだけでも……」


助力を乞おうと他の人々を見回すも、誰も彼も目をそらして、助けてはくれなかった。

他を探すしかないか。

そう、あきらめかけたとき―


「ウメちゃん?」


奥の方から声が掛かった。


「その声は……小春こはるちゃん?」


ウメの女学校の同級生、小春がいた。

彼女も背中に赤子をおぶっている。


「よかった、生きてたのね!」


「ウメちゃんこそ! こっちにおいでよ」


立ち上がった小春が、ウメに手招きをする。


「ちょっと待った。いっぱいだって言っただろう」


「女、子どもの分くらい、つめれば何とかなるわよ。あなたこそ何様のつもり!?」


「なんだってぇ!? アタシはみんなのためを思って……わあぁ!」


入口近くに、風に乗った爆弾の一つが飛んできた。

耳をつんざく爆発音が響き、地面に大穴を開ける。

防空壕に熱風が吹きこんできた。


「だから言わんこっちゃない! アンタがいたらだめなんだ。友達だか何だか知らないけど、こいつを入れるって言うなら、アンタ共々出て行ってもらうよ!」


入口の女が小春を指さす。

確かに自分がいたら、扉が閉まらない。

せっかく声をあげてくれた小春にも、迷惑はかけられない。

意を決して、ウメは小春に一太と千恵を託すことにした。


「小春ちゃん、ごめん。子どもをお願い」


「ウメちゃん……。わかった。生きて、生きて必ず会おうね」


「うん」


一太と千恵、2人の子どもを預けたウメの前で、防空壕の扉が閉まる。


「小春ちゃん、2人を頼んだよ。あなた……一太と千恵を守って……」


遠く離れた地にいる夫へ願う。

眼下を見下ろすと、町はすでに真っ赤に染まっていた。

ただの爆弾ではない。焼夷弾が落とされたのだ。


「なんてこと……」


ウメは、がっくりと膝をついた。

夫と暮らした家も、思い出の品々も、全て燃えていく。

残ったのは命だけ。


『生きて必ず会おうね』


小春の言葉がよみがえる。


「そうだ。私も……どこか逃げないと……」


よろよろと歩きだす。

この近くに他に隠れられる場所は……。


ヒュルヒュルヒュル……

ヒュルヒュルヒュル……


ひっきりなしに、爆弾が落とされる音が聞こえる。

爆風にあおられ、倒れた人に足をとられながらも、ウメは生き延びるすべを探す。


ヒュルヒュルヒュル……!


「!」


自分に迫る音が聞こえた。

いけない! 直撃される!!

とっさに四方を見渡した。

焼けた木々、血を流し息絶えた人、崩れ落ちた屋根―

一体どこに逃げればいいの!?

気ばかり焦り、一歩も踏み出せないウメの視界に、ぽっかりと開いた穴が見えた。

中は真っ暗で、どれほど深いのかはわからない。

爆弾で空いた穴なのか、天然のほら穴か、誰かの作った壕なのか。

ええい、ままよ!

飛びこんだウメの背後に、爆弾が落ちた。

背中を焼けつくような痛みが襲う。


あぁ……!

一太……千恵…………あなた……。


薄れゆく意識の中、夫が自分を呼ぶ声を聞いたような気がした。






「……ん……」


まぶたを日の光が焼く。

背中がじくじくと痛む。

私、生きてる……?


ドォォォォォォオンンン!!!


ウメの頭のごく近くで爆音がした。

まだ空襲が続いていたの!?

呑気に寝ている場合ではない。逃げなければ。

ウメは背中のひきつれるような痛みに顔をしかめながら、起き上がって周囲を見渡す。

焼野原となった大地は、白茶けて、ところどころ大きな穴が開いていた。


「ここ……どこ……?」


少なくとも、近所の風景ではない。

空の色も、霞みがかって、なんだか違う国にいるようだった。

呆然としていたら、ふっと人の影が重なった気がして振り向いた。


「ひぃっ」


ウメの背後に、青い目をした老人がいた。


「○×▲%#$?」


「いやっ、やめて! 近寄らないで!!」


鬼畜敵兵、男は殺し、女は犯すと教えられているウメである。

老人といえど、恐ろしかった。

背中の痛みも忘れて、逃げの姿勢をとる。

老人が何事かつぶやいて、ウメに向けて手を伸ばした。


「きゃあぁぁぁぁ!」


びりっと額に電気が走った。


「名前は?」


「え?」


「名前はと聞いておるんじゃ」


さっきまで全く聞き取れなかった言葉が、急に通じるようになった。


「や、山田ウメです」


「ヤマダーメ?」


「違います。や・ま・だ・う・め」


「ア・マ・ダ・オ・メ」


「うーん」


言葉はわかるのに、なぜ通じないのだろうか。

考え込んだウメは、はたと気づく。

そうか、外国では名前と苗字を逆に名乗ると聞いたことがある。

名前から言わなければいけないのか。


「ウメ・ヤマダ。ウメ・ヤマダ」


「ウメヤーダ? エメアマダ? エメラルダ!」


エメラルダ?

いや、違う。


「そうか。エメラルダか」


うんうん、と頷く老人。

間違いを正すには気力も体力もなかったウメは、半ば自暴自棄になってあきらめた。


その日から、山田ウメはエメラルダとなった。




*****




「・・・さん。エメさん!」


「あ、なぁに、ルチノーちゃん」


「どうしたの、急にぼぉっとしちゃって。

 その法衣の中はどうなってるのって聞いたんだけど」


「そうそう、そうだったわね。

 この中はどこで○ドアっていうか、四次元ポ○ットっていうか」


「よじ・・・?」


「わかんないわよねー。あははー。

 ま、企業秘密ってことで」


「えぇ? 教えてほしいな」


「そのうちね」


そうだった。

今日はルチノーちゃんの引っ越しのお手伝いに来ていたんだった。

法衣のことを聞かれて、うっかり過去を思い出してしまった。


ウメか。懐かしい名前だなぁ。

老師、お元気かしら。


あの後、東の国の大魔術士だった老師に拾われて、魔術の勉強を始めた。

時空をあやつる力があったらしい私は、元の世界に戻るべく必死になって術を覚えた

ようやくこれで戻れる! と思ったころには何年も経っていて、異界を渡る術を応用して覗き込んだ水鏡には、小春ちゃんと再婚して幸せそうに笑う夫が映っていた。

あの時は、泣いたなぁ・・・。


でも、戦争が終わって夫も笑っていたし、一太も千恵も小春ちゃんの子どもも仲良くやってて、私の出る幕なんてなかった。


結局私はこっちの世界に残ることにして、老師の後を継いでからは、漆黒の大魔導士とか月光の魔術士とか呼ばれるようになった。

その間、水鏡を通してどんどん復興していく故郷と子どもたちを見守った。

そのうち孫が生まれて、その子たちが本当にかわいくて、こっそり戻って抱いてみたこともある。

夫はすでに亡くなった頃だったから、このたちを守るのは私の役目だわ、なんて思って姿止めの魔術も自らに掛けた。


あれから何年だったのだろう。

時間の流れが違うらしく、元の世界ではこの間戦後50年の式典をやっていた。

あちらの発展は目覚ましいものがあって、私がいたころも電気はあったけれど、あんなになんでも電気でできるようになるとは思わなかった。


「で、エメさん。

 ドレスをたくさんくれるのは嬉しいんだけど、こんなには持っていけないわ」


「そう? でもこっちも似合うし、こっちもほらここが凝ってていものだから」


千恵にいつか渡せたらと思って買い求めていた服は、届ける相手がいなくなってからはただ捨てられていた。

それでも、服を集めるのはやめられなかった。

今は、娘のようにかわいがっているこの子が袖を通してくれるから嬉しい。


「くれるっていうならもらっておけばいい。

 荷物になるなら後で送ればいいさ。もちろん送料はエメもちで」


「出たわね、カール。私の憩いのときを邪魔しないでくれる?」


「出たも何も、俺の家だろう。

 おまえこそ勝手に上り込んで荷物増やして、つっかかってくるな」


「あーもー、ああいえばこういう。

 ルチノーちゃん、なんでこんな顔だけの男がいいわけ」


「え、顔だけって。それはカールは顔も格好いいけど、優しいし、強いし、私のこと大事にしてくれるし」


「はいはい、口が達者で武術馬鹿で嫉妬深いのね」


「その極悪な脳内変換はどうにかならんのか」


「あんたに言われたくないわ」


生き急いでたルチノーちゃんに好きな人ができたって聞いたときは応援しようって思ったけど、相手がこれじゃねぇ。

いや、まぁ、悪くはない。悪くはないのよ。

単に他人と大事なもの(ルチノーちゃん)との態度が違いすぎるだけで。

はぁ。それにしても、ルチノーちゃんたら、面食いだったのね。

こいつ相手じゃ苦労するだろうなって思ったら、案の定この間も浮気騒ぎで泣きついてきたわ。

ちょうどリックが来ているときに鉢合わせしちゃったのは、計算外だったけど。


「そういえば、陛下とはどうなったんだ。

 正妃になる気になったのか。それとも第四妾妃か」


「はぁ!? なんであんたがそんなこと知ってんのよ」


「あっ、ごめんなさい、エメさん。私が話したの」


「えぇ? もう仕方ないわね」


「態度が違うのはどっちなんだよ・・・」


リックとは、成り行きでそういう関係になってしまったけれども、まぁいいかと思っている。

こっちに来てから、それなりの相手も何人かできて、でも時の流れで別れるしかなかった。

子どもたちの子孫を見守る選択をした私は、のちに不老不死に近い魔術を開発した。

どんなに愛した相手でも、一緒に年老いて死ぬことはできなかった。

辛い思いはしたくなかったから、割り切ってつきあえるリックはいいかもしれない。


「さ、じゃぁ私はそろそろ帰るわ。

 先に出発して待ってるからね」


「うん、エメさん、ありがとう」


向こう(ヴィルヘルミーナ)で会いましょう!」






一生懸命荷造りをしていたルチノーちゃんたちには悪いけど、私の引っ越しは簡単。

魔術陣で異界をつなげて荷物をぽいぽいっと・・・。


「リック?」


「エメ。これはどうしたことだ」


ヴィルヘルミーナの私の家につないだはずの空間は、なぜかリックの私室につながっていた。


「あんた、もしかしてこの間泊ったときに何か持ってった?」


「ばれたか。記念におまえの下・・・」


ばちぃっ

雷の直撃を受けたリックは、その場に倒れた。

力は抑えておいたから、一瞬気を失う程度だとは思うけど。


「あ、あ、あ、あんた、なんてもの持ってくの! じゃなくてなんてことするの!

 異界をつなげる魔術は繊細なんだからねっ。

 条件が一つ違うだけでも全く違う空間につながっちゃうんだから!」


「・・・痛っ・・・。

 ふぅ。それが私の部屋ならば問題ないじゃないか。

 しかし異界をつなげる術か。便利だな。これならおまえがヴィルヘルミーナに行っても毎日会える」


「あっ」


しまった。

あまりに便利であまりにこの世界にはそぐわない術だったから、老師以外には秘密にしていたのに。

他にも、向こうの世界にある電気や機械類の技術は、どんなに便利でもこの世界には持ち込まないようにしていた。


「ん? どうした。もしかして、公にはできない術だったか」


「う」


「異界渡りとはこういうことだったのだな。扉一枚開け閉めするだけで、違う場所でもつながるんだな」


「うぅ」


「こんなに素晴らしい魔術士が我が国にいるとは。大陸中に吹聴したいものだ」


「ヤメテ」


「この術は、ぜひもっと多くの人々に知ってもらうべきだ。そうだ、魔術学院で特別講座を開いて、大陸中の魔術士を招くというのはどうだ。学院の宣伝にもなるぞ」


「だめだって!」


そんなことをしたら、どんな風に悪用されるかわからない。

向こうの技術がこっちの世界に入ってきて、いつか化学兵器だらけの恐ろしい戦争が起こるかもしれない。

それだけはだめだ。


「そうか。では私とエメだけの秘密だな」


「う、そうね」


「つなげるのは、私の私室とエメの家だけだな」


「え」


「だな」


「そ、そうね」


「引っ越しはいつだったか」


「今日。今、してるところ」


「では夜には落ち着くな。

 今夜はおまえのヴィルヘルミーナの新居に行くから。

 あぁ、楽しみだ」


「~~~!!!!」


割り切ったつきあい?

リックならまぁいいか?

私ったら、馬鹿馬鹿馬鹿!

一瞬でもそんなことを思ったから、こんなことになったのよ~!





一年後。


「この年になって、子どもを産むことになるとは思わなかったわ。

 超高齢出産もいいところよ。いままでの人とはできなかったのに、なんでリックとは・・・」


「それだけ相性がいいってことだな」


「はぁ・・・」









実はエメさん、異世界トリップ系でしたw

だから段違いの力だったんですね~。(のわりにはあまり活躍させてあげられなかったけど)

外伝にしようかと思ったのですが、世界観が違うので番外編でちょこっと入れるだけにしました。

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