17 再会と発動
大分重複します。すみません。
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「カール!」
ルゥの呼び声で気が付いた。
続いてばさっと何かが落ちた。
「・・・ルゥ!?」
藁の中から顔を出したのは、金髪に青紫の瞳を持った可憐な少女。
ほっそりとした体の線を強調するドレスが、よく似合っている。
色味は違うが、まぎれもなく俺の愛するルゥだ。
「カール、怪我したの?」
ルゥが俺の頭を気にしている。
気を失うとき、何か固いものがあたったから多少切れたか。
言われてみればずきずきと痛むが、命にかかわるほどではない。
「こんなの怪我のうちに入らないさ」
「怪我したのね」
「大丈夫だよ」
ルゥを安心させようとするが、怒気を孕んだ彼女の声はますます鋭さを増していく。
朝日のせいだけではなく、ルゥは光を集めたように輝き出していた。
その迫力に、人々はたじろぎ跪いていく。
「誰がやったの」
早くルゥの元へ降りようと、俺は縄をほどくのを急ぐ。
店主も一緒に縛られていたようで、二人分ほどかないと降りられそうになかった。
その間に、ルゥはアヒムと対峙している。
「俺のほうがいいぜ。俺は昔からおまえのこと」
なんだと?
ちょっと待て。聞き捨てならない会話が聞こえてきた。
もしかしてこいつはルゥの昔の男なのか?
「おい、ル・・・」
なんとか丸太から降りてルゥの元へ行こうとした瞬間。
「見えた!
いけない、ルチノーちゃん!」
空中から声がとんだ。エメも来ていたのか。
「・・・あなた、許さない!!!!」
「ルゥ?」
ルゥの髪が、風を受けたように浮き上がった。
襞の多いドレスも、風にはためいている。
この風は、どこからきている?
「ルチノー!」
アヒムが叫ぶ。
「姫様?」
店主も、丸太から降りルゥを見つめた。
「広場で力を使っちゃだめよ!!」
カッ――
ルゥから生まれた風が、広場にあるすべてのものを、はじきとばした。
「うわっ」
腕で目を覆って風に耐える。
ふわっと体が浮き、次に猛烈な勢いで飛ばされた。
広場の周りにあった家の壁に、背中を強く打ちつけて落ちる。
「う・・・っ、くっ・・・ルゥ・・・!」
「大丈夫!? カール!」
とん、と俺の前に降り立ったのはエメだ。
「あぁ、なんとか。
ルゥは、どうしたんだ」
「魔術陣よ。
この広場のタイルの模様は、ヴィルヘルミーナの城の地下にあった魔術陣とそっくり同じ模様をしている。
それがルチノーちゃんの力を増幅してるんだわ」
「城の魔術陣?」
「なんと・・・では継承の儀の・・・」
つぶやいたのは、同じく飛ばされて隣に落ちたらしい店主。
「あなた誰? 何を知ってるの?」
店主の存在に気付いたエメは、すぐさま詰め寄って、専門的な質問を始めた。
俺にはわからない内容ばかりなので、とにかくルゥをと風が吹き荒れる広場の中心に目を凝らす。
ルゥは、魔術陣の上で手の平一つ分宙に浮いていた。
ドレスの袂から見える肌には、文字のようなものが浮かんでいる。
ルゥの視線の先には、アヒムという男。
ぎりぎりと見えない何かに体を締め付けられているようで、体を奇妙な形にそらせている。
あのまま力が加われば、あいつ、死ぬんじゃないか?
それをしているのはルゥ?
ルゥが、人を殺す?
そんなことはいけない、と思う。
若い頃、戦地に出ていた俺が言うのは何だが、戦で人を殺すのと私怨で人を殺すのとでは、後の後悔が全く違う。
しかも今ルゥは俺の為に力を振るっている。
どんなに許せない輩でも、我に返って落ち込むのはルゥだ。
「ルゥ、やめろ」
彼女を止めようと、手を伸ばす。
ばちんと何かにはじかれたように、広場の中には入れなかった。
うっ、なんだこれは。
「ルゥ、やめろ! 俺は大丈夫だから!」
ならばと叫ぶが、暴風に遮られて声が届く気配はない。
どうしたらいいのかと奥歯を噛む。
すると、
「これを使ってください」
と店主が一振りの剣を差し出してきた。
エメとの話は終わったのか。
店主の手にあるのは、俺が使うには頼りない細身の優美な剣。
それを見たエメが息を飲む。
「ヴィルヘルミーナの宝剣! そんなものまで持っていたの」
「えぇ。私、本名はマクリミリアン=アドルフ=バルデスと申します。
遠い昔、この国で宮廷騎士などをやらせていただいておりました」
通りで菓子屋の店主にしては、鍛えられた体をしていたわけだ。
ここにいた人々が一目置いていたのにも得心がいく。
「継承の儀がなされているなら他の者は入れませんが、エメさんの話によると、姫様の術が陣の力を借りて行使されているだけのようです。
ならばこの術風は、この剣で切り裂けます」
「俺が行っていいのか」
エメを伺う。
自慢じゃないが、魔術はさっぱりわからない。
「私は無理よ。術の性質が違うから、跳ね飛ばされちゃう。
それにああなった原因がカールなら、ルチノーちゃんを止められるのは・・・あなたしかいなそうだわ」
ならば、と剣を抜く。
刀身が淡い光を放った。
すっと剣を降ろすと、その場所だけ風が凪ぎ、またすぐに風が戻った。
どうやら一瞬だけ入口を開けるようだ。
深く息を吸って、吐く。
呼吸を整えて、いざ、店主から受けとった剣を振り下ろした。
中に入ってみると、外よりも強い風が吹き荒れ、すぐ後ろにいるはずのエメたちの姿すら見えなくなった。
退路を確保できないまま進むのは正直言って不安だが、この先にルゥがいる。
そう思って歩を進めた。
「ルゥ! どこだ!」
風はルゥから噴き出していた。
ということは、風の強い方へ向かえばいい。
「ルゥ!」
剣を振るい、腕で目を守りながら進む。
先に、光るものが見えた。ルゥだ。
そこではたと気が付いた。
エメは俺にしか止められないと言ったが、ルゥのところまでたどり着いたとして、どうすればいいんだ?
ルゥに会って、俺にできることといえば・・・。
光に近付く。
波打つ髪は風に乱れ、見慣れぬ青紫の瞳には、何をも映していなかった。
「ルゥ、もう大丈夫だ」
剣を地面に突き刺す。
両手を広げ、光を抱きしめた。
「・・・・カール?」
「あぁ」
「カール、大丈夫?」
焦点が合い、俺を見止める。
「あぁ。これくらいの怪我、平気だって言ったろ」
「カール・・・!」
ぎゅうっとしがみついてくる。
髪を撫で、額に、頬に口づけていくと、次第に嵐がおさまっていった。
宙に浮いてぎりぎりと締め付けられていたアヒムが、どさりと落ちる。
「ルゥ、ようやく会えた」
「ん・・・カール・・・。
ごめんなさい、私のせいで」
「ルゥのせいじゃない。悪いのはあのアヒムとかいう男だろう」
「アヒム・・・そう・・・。
カールに怪我をさせて。しかもカールを殺すって・・・。
アヒム、嫌い。あんな人、いらない」
ルゥが地面に倒れるアヒムを睨みつける。
再びルゥの周りに風が巻き起こる。
「だめだ、ルゥ」
頬を両手で包み、乾いた唇に口づけた。
「ん、何、カール。止めないで」
「だめだ。君の手を汚す必要なんてないんだ」
アヒムはすでに虫の息で、びくびくと痙攣していた。
これ以上やったら本当に死んでしまう。
アヒムの方へ向かおうとするルゥを、抱きしめ口づけた。
無理矢理俺の方を向かせて下唇を舐め、また角度を変えて口づける。
「んっ、カール、行かせて」
「だめだ。他の男のところなんて行くな。
俺だけ見てろ」
「そ、そういうことじゃないんだけど・・・。
あっ・・・ふ・・・」
口づけの合間に、歯列を割って舌を差し込む。
髪を撫で、舌をからめれば、だんだんとルゥが蕩けてくるのがわかった。
「あとは、俺にまかせて。エメもいるから、ルゥが無理することない」
「そう、なの? もういいの?」
風が、おさまる。
ルゥが体の力を抜いて、俺に寄りかかってくる。
「あぁ」
そっと離して瞳を見つめれば、かすかに微笑んでがくっと膝が折れた。
「ルゥ!?」
慌てて揺する。
呼吸に乱れはない。気を失っただけのようだった。
「よかった、ルゥ・・・」
細い腰を支えてほっと息をつくと、急に辺りの音が聞こえてきた。
これは、戦いの音!?
「カール! のんびりしてないで、こっちを手伝ってちょうだい!」
手で印を結び、正面の黒ずくめの男をエメがはじきとばす。
店主も手に剣をもち、応戦していた。
「これは一体!?」
「暗殺者集団よ! 様子を伺ってたのね!
日の出と同時に攻めてきたわ。
くっ・・・朝日を背にしていたから、気付くのが遅れて・・・」
エメの足元には、刺されたらしい民衆が倒れていた。
ルゥを抱え上げ、宝剣をとって駆ける。
その背後で、一人の男がアヒムに近付いていた。
倒れたアヒムの髪をつかみ、強引に起き上がらせて喉仏に短剣を押し当てた。
「裏切り者には死を。
たとえ尊師の息子であっても例外はない」
「ひっ・・・」
何気ない動作で引かれた短剣が、どす黒い血をその首から吹き上がらせた。




