16 集落の広場
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「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
丸太に縛り付けられ、興奮し叫ぶ群衆に担いで運ばれる。
顔色の悪い男が「ルチノーを隠していた国の兵士だ!」と叫んだ途端、その場にいた人々に押さえつけられた。
武器も持たない民間人に手を上げるわけにはいかず、ろくな抵抗もできないままに剣をとられ、上着を剥がれた。
そしてどこからか運ばれてきた丸太に縛られて、今に至る。
この程度の縄、すぐに抜けられるが、ルゥの所在がわからない。
ルゥのことを知っていそうなこいつらから、なんとか情報を得たいものだが・・・。
うおおぉぉぉぉぉ
歓声があがり、丸太が立てられる。
集落の中心らしい広場には、大勢の人が集まり俺に向かって石を投げてきた。
顔に当たると地味に痛い。
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「うるさい! ルゥはどこだ!」
負けじと声を張り上げる。
「姫様は俺らのもんだ!」
「ブルクハルトめ! 馬鹿にしやがって!」
「ヴィルヘルミーナ万歳! 敵国の兵士は死ね!」
群衆はどんどん興奮していく。これでは埒が明かない。
こいつらの長は誰だ。
辺りを見回すと、俺を取り巻く人々の輪から一歩離れたところに、初めに応対に出た恰幅のいい年かさの男と、顔色の悪いひょろりとした男が立っていた。
細いほうの男は、手に香炉のようなものを持っている。
細い男が、年かさの男になにやら耳打ちした。
「アヒム様のご指示だ!
その男を殺せ!」
うおぉぉぉぉ
人々が叫ぶ。
アヒムだと!?
あの細い男がルゥをさらったフィダーイーの男か!
ならば奴を捕えて締め上げるまで。
足元には藁が積まれ、火のついた松明を持った数人の男が駆けてきた。
俺は丸太から落ちない程度に縄をゆるめ、反撃の機会をうかがう。
松明が降ろされる。
フィダーイーの男の口の端が歪んだ。
縄をほどき、落ちる途中で丸太を蹴って火のついた藁を飛び越えようとしたそのとき。
「やめなさい! 何の騒ぎだ、これは!」
俺を取り囲む輪の、アヒムたちがいるのとは反対側から声がとんだ。
目を凝らして見ると、一人の旅姿の男がいた。
「マクシミリアン!」
「マクシミリアンだ」
「戻ってきたのか」
人々がざわつく。
マクシミリアン? あれは・・・。
男がこちらに進み出てくる。
人の輪は自然に割れ、ごく近くで対面することができた。
丸太を囲んだ藁に火が付き、辺りを煌々と照らす。
「菓子店の店主?」
「どうも、ヴュストさん。
私の旧友たちが失礼をしたようで」
店主は外套をとり深々と頭を下げる。
大きな焚火に照らされた男は、ルゥが好きなアドルフ菓子店の店主だった。
「マクシミリアン。なんだ、知り合いか?」
恰幅のいい男がやってきた。
「ロイド。久しぶりだな。
朗報を持って帰ると連絡しただろう」
「あぁ、そういえばそうだったか・・・。
いや、こちらこそいい話があるんだ。姫様が見つかったんだよ」
「・・・それがなぜこの方を縛り上げるようなことになるんだ」
「なぜって、だってこいつは姫様を監禁してた国の」
「監禁?」
縄で固定されていた体をほぐしながら、二人の会話に耳を傾ける。
店主とこの男、どういう関係だ?
「どこでそんな話になって・・・ん?」
店主が眉根を寄せて、鼻を利かせた。
甘いような、埃臭いようなにおいがただよってきた。
急に人々が騒ぎ出す。
「マクシミリアンは犬だよ・・・」
「ブルクハルトで店をやっていたじゃないか」
「敵国の犬になったんだ」
「マクシミリアンも敵だ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
俺たちに迫る人々の目が尋常ではない。
俺も店主もたじろいで、お互いに背を預けつつ、突破口を探した。
「おい、ロイド。みんなを落ち着かせてくれ」
店主が困ったような目を、ロイドと呼ばれた恰幅のいい男に向ける。
ロイドは、顔中の筋肉が弛緩し、口から涎を垂らしていた。
「敵・・・敵だ・・・。
姫様に害なすもの・・・ヴィルヘルミーナの再興を邪魔するもの・・・すべて敵・・・」
ロイドが落ちていた松明を拾う。
火は消えていたが、こん棒のように振り回し、こちらに向かってきた。
「店主! どういうことだ、これは!」
「す、すみません。みんな誰かに操られているようです!」
「誰か・・・くそっ、アヒムか!」
丸太の上から見かけた方向に首を巡らせれば、香炉を高く掲げて群衆を煽る男がいた。
「こっちだ!」
店主に声をかけ、俺たちを捕まえようとする人々の手を振り払いながら、アヒムを目指す。
あと少し。
そう思ったとき。
がつっ
誰かが投げた大きな石が、後頭部に当たった。
衝撃と共に意識が遠のく。
伸ばした手の先には、にやにやと笑う気味の悪い男がいた。
「カール=ヘルベルト=ヴュストか。
ルチノーの旦那だっけな。それも今日までだ。
安心しな。ルチノーは俺と幸せになるからよ」
気を失う寸前、そんな声を聞いた。
ふざけるな。
誰が誰と幸せになるって?
う・・・。
ルゥ・・・・・・・・・。
*****
「もっと! もっと早く飛んで!!」
「わかったから! 暴れないでよ、ルチノーちゃん!」
エメさんにつかまって空を飛ぶ。
カールが磔!?
何でそれを先に言ってくれないの!
「余裕ありそうだったから大丈夫よぅ。
いっくら相手が大勢だって、民間人にやられるカールじゃないでしょう」
「そうだけど、そうだけど急いで」
「はいはい」
上空に上がると、遠くに炎が見えた。
「あら、火をつけられちゃったのかしら。
確かに急いだ方がよさそうね」
「エメさん~~~!!!」
ぴゅうっと飛んでいく間に、見えていた炎が消えた。
カール?
まさか?
空から近づいていくと、円形の広場にはたくさんの人が集まっているのがわかった。
その中央には太い木が立てられ、誰かくくりつけられている。
あぁ、カール!
夜明けが近づく薄闇の中、ぐったりと顔を伏せるカールがいた。
「もう一人いるわね。誰かしら」
エメさんに言われてよく見ると、周りを取り囲んだ松明の火に照らされて、カールの横にもう一人縛られているのがわかった。
人々は、カールたちの足元に新しい藁を運んでいる。
「エメさん! 早く、助けにいこう!」
「ちょっと待って。この広場、何かおかしいわ」
「何かって何!」
「だから、待ってって」
そうこうする間にも藁はどんどん高く積まれ、カールの膝くらいの高さになった。
あんなところに火を点けられたらひとたまりもない。
「円形の広場。ところどころ色の違うタイル・・・。
人が邪魔でよく見えないけど、どこかで見覚えが・・・」
松明が近づく。
エメさんは考え込んでる。
私はぐいぐいと引っ張って、下降をうながす。
「エメさんってば!」
「うーん、もしかしてこれ・・・」
「点火!」
下で、声がした。
もう、知らない!!!
「やめて!」
「あっ、ルチノーちゃん!」
火を点けられる直前、エメさんを突きとばした。
魔術で飛んでいるエメさんと違って、もちろん落ちるのは私。
目指したのはカールのところ。
「カール!」
私の呼び声に、ぴくっと反応した気がした。
ばさばさばさー!
藁の中に落ちる。
「な、何だ!?」
「姫様!?」
「やめろ! 点火、待て!!」
「う・・・ごほっ、ごほっ・・。カール・・・」
「・・・ルゥ!?」
藁をかき分け見上げれば、意識を取り戻したカールと目が合った。
久しぶりに会えたカールに、じんわり目頭が熱くなる。
「カール、待ってて。今助けるから」
丸太を登ろうとする。
私よりもずっと高いところに縛られているカールには、なかなか手が届かない。
「ルゥ? 本当にルゥか?」
カールは不思議そうな顔で私を見る。
そっか、色が変わったんだっけ。
「詳しいことはあとで話すわ。
とにかくここから降りないと」
「わかった。
大丈夫だから、ルゥ、離れろ」
カールがもぞもぞと動く。
縄をほどこうとしているみたい。
東の空が明るくなりはじめ、丸太に縛られたカールを照らす。
私の大好きな錆色の髪には、べっとりと血がついていた。
「カール、怪我したの?」
「こんなの怪我のうちに入らないさ」
「怪我したのね」
「大丈夫だよ」
カールはついでに隣の人の縄もほどいてる。
それが誰なのかは、逆光でよくわからない。
「誰がやったの」
私はゆっくりと丸太を取り囲む人々を見やる。
「姫様」
「姫様」
「あぁ、そのお姿。なんと輝かしい・・・」
私が睨みつけると、私の周りの人から順々に跪いていった。
広場にいたすべての人が頭を下げると、たった一人、鼻の頭に憎々しげな皺を寄せてこちらを見ている人がいた。
アヒムだ。
手に持った香炉からは、変な煙が出ている。
「なんだよ、おまえ。
いつの間に逃げ出したんだ。
余計なことはするなって言っただろ!」
「あなたがカールをこんな目に遭わせたのね」
しゅうしゅうと体から湯気が上がる。
魔力がもれだしてる。
「あぁん? いいじゃねぇか。
そいつ、もういらねぇだろ。おまえには俺がいる」
「あなたなんか、カールと比べる価値もないわ。
私だけじゃなく、カールに怪我をさせるなんて」
いつもなら、こんなに魔力が高ぶったら冷静ではいられないんだけど、今日はやけに気持ちが落ち着いている。
あふれた魔力で気分が悪くなることもない。
まるで何かに吸い取られているかのよう。
「なぜだ!
女王になりたくないのか!
これ以上ないってくらい、ぜいたくな暮らしができるんだぞ!」
一歩、また一歩とアヒムに近付いていく。
周りの人々は、頭を下げたままずるずると下がり、広場の端まで移動していた。
円の中心にはカール。
端にはアヒム。
私はその間をゆっくりと進んで行く。
「カールの側にいられる以上のぜいたくなんて、私にはないわ」
「馬鹿じゃねぇのか、おまえ。
ったくもっと早くそいつを殺しておくんだったな」
「殺す? カールを殺す?」
恐ろしい言葉に、ぞわりと体の中に渦ができる。
私の中で、何かが起きてる。
「そうさ、そいつがいるから悪ぃんだろ。
俺のほうがいいぜ。俺は昔からおまえのこと」
「見えた!
いけない、ルチノーちゃん!」
空中から声がとんだ。
何がいけないっていうの。
この人はカールを殺すって言ったのよ。
あの日、冷たい雨の中、寂しくて寂しくて、もう死ぬしかないって思ってた白猫を拾ってくれた。
温かな食事と温かな居場所をくれて、私に生きる意味を与えてくれたカールを。
この人、嫌い。
絶対、排除する。
「・・・あなた、許さない!!!!」
「ルゥ?」
「ルチノー!」
「姫様?」
「広場で力を使っちゃだめよ!!」
カッ――
私の中に生まれた渦が、広場にあるすべてのものを、はじきとばした。