11 追跡
袋で身体の中心をかろうじて隠した私は、王子様を背にしてアヒムと対峙する。
「ほらよ」
すると、アヒムが粗末な服を投げてよこした。
このまま何かされるのではと思っていた私は、意外に思いつつも素早く服を身に付ける。
「俺は出かけてくる。
明け方には戻るから、そのガキ、適当に寝せとけ。
水だの食いもんだのはその辺にある。
くれぐれも外には出るな。脅しじゃぁなく、危険だからな」
言いたいことだけ言って、本当にアヒムは出て行ってしまった。
後には私と王子様だけ残される。
「・・・ねこたん?」
つん、と裾を引かれた。
不思議そうな顔をする王子様の前で、もう一度猫になり、また人になって見せた。
「ねこたん! しゅごい!!」
「ルチノー、と言います。ジェラール王子」
「わあぁぁぁ、しゃべれるぅ。
ねこたん! ううん、ルチノー! しゅごいねー!」
黒い瞳をきらきらと輝かせて、私に抱きついてくる王子様。
「痛いところはありませんか?
さっき蹴られたところ、だいじょうぶ?」
「んん、くち、いたい。せなかもいたい」
王子様が言うところを一つ一つ確認していく。
口の端は切れていて、背中にはあざができていた。
しかしどれも命にかかわるようなけがではない。
おなか側ではなかったのは幸いだ。
「ルチノー、のどかわいたよ。おなかもすいた」
そういえば、攫われたのは午後早い時間。
今はもう外の様子から深夜だろう。
アヒムが言い置いて言った場所を探し、水甕と固いパンを見つけた。
ミルクがあれば、パンを煮てあげられるんだけど、せめてと、お湯を沸かしてちぎったパンを浸す。
王子様は文句ひとつ言わずそれを食べ、板の間に体を横たえて、私の膝を枕に眠った。
粗末な小屋の中は、ジジ・・・っと蝋燭の芯が燃える音だけがする。
遠くで、獣の鳴き声のようなものが聞こえた。
これから私はどうなるんだろう。
アヒムの目的はなんなんだろう。
カール、心配しているだろうな。
カール、会いたいよ・・・。
*****
馬を潰さない限界ぎりぎりまで飛ばし、夕方には王都から遠く離れた森の入口にいた。
森に入ってしまうと獣に襲われる危険があるし、月明りが届かなくても困る。
今日はここで野宿にしよう。
水場を見つけ、馬を休ませる。
携帯食料で簡単な夕食をとるころには、白い月が昇り始めていた。
エメから預かった指輪型の魔術具を、月の光に当てる。
しばらくすると、球体がぼぉっと白く輝いて、淡い光を放った。
『カール? 聞こえる?』
指輪をぼんやり見つめて、ルゥは今頃どうしているだろうかと考えていると、突然すぐ近くでエメの声がした。
驚いて辺りを見回すが、こんなところにいるはずもない。
『もしもし、カール?』
見れば、球体の光がちかちかと点滅し、そこからエメの声がしていた。
そうだ、通信用の魔術具だと言っていたではないか。
「聞こえている」
『あ、そう。よかった。どう? そっちは』
「とりあえず、森の入口にいる。
木の特徴から、方向は合っていると思う」
『そうね。
こっちは、聞き込みの結果、一昨日幌付きの荷馬車が街道を抜けて行ったって話がでてる。
やけに荷物が軽そうで、御者も不似合な感じだったから通り沿いの店主が覚えてたって』
「そうか」
『あと、あなたは休暇扱いになってるみたいよ。
親衛隊長さんが何やら細工してくれてたから、もし会ったらうまく話を合わせることね』
「・・・」
『ねぇ、あなた酷い顔してるわよ。
そんなんじゃルチノーちゃんに会えてもかえって心配かけちゃうわ。
無理するなってのも無理な話だけど、できるだけ体を休めながら行ってね』
「この魔術具が伝えるのは、声だけじゃないのか」
『そっちはね。私は水鏡も併用してるから、あなたの姿も周りの景色も見えてるわ。
指輪、明日からは指にはめてて。
夜だけ月の光に当ててね』
エメの言葉に、一人うなずく。
見えているというなら、これで問題ないだろう。
『・・・あなた、そんなに無口だったっけ?
いつもなら勝手に見るなとか、こんなのはめられるかとか言いそうなんだけど。
あー、なんか調子狂うわぁ。しっかりしてよね。
じゃ、また明日の朝連絡するからね』
球体の点滅が止まる。
月の光を集め終わったのか、白い光もおさまり、辺りは夜の闇に包まれた。
空には無数の星がまたたいている。
「しっかりしてよね、か」
言われなくてもわかっている。
ルゥが攫われたとわかって、自分でもどうにもできないほど動揺した。
何も手につかず、かといって何からしたらいいかもわからず、闇雲に探し回った。
昼間は捜索部隊の一員として隊長の指示に従って動きつつ、夜は城下町をさまよった。
家に帰ってからも、もしかしたら、今この瞬間帰ってくるかもと思い、一睡もできなかった。
このままではいけないと、三日目にして隊長室を訪れた。
胸元から、双子石のペンダントを取り出して手の平に乗せる。
ルゥは今どこにいるのか。
エメの話によれば、攫われた当日、すでに城下町を出ていたというではないか。
もっと早く動くのだった。
賊は城を出られないと言う思い込みが、部隊の動きを鈍らせた。
自分は親衛隊員であるという自負が、決断を遅らせた。
手の上で、ペンダントを撫でる。
ルゥの瞳と同じ色の貴石は、月明りに鈍くきらめいていた。
彼女が隣にいない今、エメにもらったペンダントだけが、俺とルゥをつなぐ唯一のものとなっている。
他人にもらったものなどではなく、ちゃんと自分たちで選んで、形あるものをそろえておけばよかった。
そう思いながらも、双子石に口づける。
指先に、ざらりとした感触がある。
あの日以来髭を剃っていなかったか。
通りで酷い顔だと言われるわけだ。
「まるでルゥに出会ったころのようだな。
明日は髭を剃ってから出かけるか」
独りごちて、ルゥを思いながら無理矢理眠りについた。




