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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第5部
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10 犯人の正体



アヒム!

なぜ彼がこんなところに!


馬車は、木が鬱蒼と生い茂る、森の中で止まっていた。

薄目を開けて、荷台の入口に立つ黒装束の男二人を盗み見る。

がっしりした男が幌を持ち上げ、細身の男は腰に手を当ててこちらを覗き込んでいた。

話しぶりから、幌を持ち上げているのが私たちをさらった男で、偉そうに覗き込んでいるのがアヒムなのか。

月光が差し込んでくるものの、二人の顔まではよく見えない。


アヒムは猫を連れて来いと言った。

彼の目的はわたしだったのか。

偶然さらわれたのではなく、あの男は、私を狙ってあの場所に現れたということ?

どうして猫なんかを?

王様の猫だから?

じゃぁ、王子様は私の巻き添えになってしまったの?

疑問ばかりが頭に浮かぶ。


「逃げ出そうなんて思うなよ。

 夜のこんな森で迷ったら、あっという間に獣に襲われて食われるからな」


王子様にだろうか、アヒムはそう言い置いて幌を閉めた。

馬車が再び動き出す。

道はどんどん悪くなり、上り坂になっていった。

幌に木の葉がこすれる音が聞こえる。

山に入ったのかな。


「ん・・・。

 夜? おかぁしゃま?」


目をこすりながら、王子様が起きた。

安心させるように、頬を舐める。


「ねこたん」


幌の隙間から差し込む月明りで、白い私のことはすぐにわかったみたい。

王子様が私を抱き寄せる。


「ねこたん、ふわふわね。きもちぃ」


「なーぅ」


王子様は状況がわかっていないのか、ご機嫌で私を撫でる。

ここで泣きだされては大変だから、落ち着いていてくれてよかった。

しばらく二人で撫でたり舐めたりしていたら、馬車が止まった。

男の声が聞こえる。


「こんなところが待ち合わせ場所か?

 ずいぶん変なところだな・・・うっ、あっ、おい、アヒム、何をす・・・。

 ぐっ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」


え。

な、何?

外で何が起こったの?


叫び声におびえる王子様と身を寄せ合っていると、幌が開いた。

辺りを伺うと、やはり山の中で、しかも切り立った崖の上だった。


「なんだ、子ども(ガキ)も起きたのか。面倒だな」


アヒムは荷台にあった縄をとると、王子様をぐるぐる巻きにして大きな袋に押し込んだ。

王子様は、ひきつった顔をしてされるがままだった。

私も、小さな袋に体を押し込まれ、顔だけ袋の口から出される。

アヒムは馬から荷台の部分をとりはずすと、私と王子様の袋を馬に括り付け、荷台は崖から落とした。

がらがらと大きな音がして、荷台が落ちていく。

残されたのは、二頭の馬とアヒムと、大小の袋に入れられた王子と私(わたしたち)

もう一人いた、私たちをさらった男は・・・この崖から落とされたのか。


「さっきも言ったが、逃げようなんてするなよ。

 あっけなく迷って食われるだろうし・・・おまえが逃げたら、この子どもを殺すからな」


アヒムは、今度は明らかに私を見てそう言った。

何?

もしかして、私が人だって、わかってる?


「なんだよ、返事くらいしろ。

 昔馴染みだろ。・・・ルチノー」


「・・・!」


ルチノー、と呼ぶとき、アヒムは猫の私の耳元に唇を寄せた。

驚きと共に全身を嫌悪感が走り、総毛立つ。


「くくっ。時間はたっぷりあるからな。

 これから俺の隠れ家へ行く。人型になったらゆっくり昔話でもしようぜ」


馬が走り出す。

王子様は袋の中でもごもごと動いている。

私はといえば、ただ流れていく景色を呆然と見つめていた。






どれくらいの時間が経ったのだろうか。

山を越え、川を渡って、森の中にある一軒の家についた。

家といってもかろうじて屋根があるだけの、掘立ほったて小屋のような建物だ。


アヒムが王子様の入った袋を乱暴に床に転がす。

どこか打ったのか、「あぅっ」という声がして、そのあと泣き声に変わった。

助けてあげたいけれど、私はまだ袋の中で、アヒムの腰にくくりつけられている。

アヒムは馬をつなぐと、小屋の中の蝋燭に火を灯した。

その間も、王子様は泣き続けている。


「んだよ、このクソガキ。うるせぇな」


ガッ

アヒムが袋を蹴る。

泣き声が一瞬詰まり、また大きくなった。


「うるせぇ! うるせぇって言ってるだろ!!」


ガツッ、ガツッ

アヒムが袋を蹴る。

王子様の入った、袋を。


「う・・・あ・・・う・・・。

 やめて!!!!!」


とうとう、私は猫のまま叫んだ。

袋の中で、じたばたと暴れる。


「お。

 なんだよ、ようやくしゃべる気になったか」


アヒムが袋の紐をほどき、私を持ち上げた。

いままで直視を避けていたけれど、顔の前に持ってこられて、視線を合わせないわけにはいかなかった。


「相変わらず気持ちわりぃ真っ赤な目ぇしてんな」


そういうアヒムの瞳は、焦げ茶色。

少し離れ気味の、細い目に意地悪そうな色が浮かんでいる。

髪はざんばらで、黒かった。

記憶の中では、もう少し茶色っぽい髪だったような気がしたけれど、大人になるにしたがって色が濃くなったのかもしれない。

頬はこけ、顔色が悪い。

体も病的に痩せていて、私より2歳年上なだけだったはずだけど、ずいぶん老けて見えた。


「んー? なんだぁ?

 何黙ってんだよ。しゃべったと思ったのは聞き間違いか?」


アヒムが片眉を吊り上げる。

私は黙ってアヒムを睨んでいた。


「おら、何か言え」


「・・・」


「何か言えよ」


「・・・」


「ガキ、蹴るぞ」


あれは痛い。

身をもって、知っている。

アヒムに二度三度蹴られてから、王子様は動かなくなってしまった。

大丈夫だろうか。


「・・・やめて」


「へっ。しゃべれんじゃねぇか。

 俺のこと、忘れちまったか?」


「忘れてないわ。アヒム」


二度と、もう二度と呼びたくなかった名前を呼ぶ。

するとアヒムは、にたりと不快な笑みを浮かべた。


「そうだよなぁ。忘れてないよな、ルチノー。

 俺はおまえの、一番の友だちだったもんな」


友だち?

友だちですって?

この人の頭の中はどうなってるの?


その格好(猫のまま)じゃ話しにくいな。

 人型になれよ。な?」


アヒムが私を床に降ろす。

私はたたっと走り、できるだけ彼と距離をとって、部屋の隅に身を寄せた。

毛を逆立てて威嚇する。

この男、どこまで私のことを知っているの。


「ほら、早くしろ。俺は気が短いんだ」


「王子様を袋から出して」


「あぁん?

 てめぇ、ルチノーのくせに、俺に命令すんのか?」


「出さなきゃ、人型にはならない」


「はぁん。いっちょ前に交渉すんのか。

 おまえも成長したなぁ。

 わかった。俺も少しは懐がでかいところを見せないとな」


にやにやと笑うアヒムは、私の方をちらちらと見ながら、じらすようにゆっくりと紐をほどいた。


「う・・・ふ・・・うぁ、うわああぁぁぁぁぁぁん」


手足が自由になった王子様は、ぷはっと息を吐いてから、火がついたように泣き出した。

慌てて駆け寄り、血が滲んだ口元を舐める。


「あ・・うぁぁ・・ね、ねこたん。

 うあああぁぁぁ」


「あー、あー、うるせぇな!

 ほら! これでいいだろ!」


アヒムが苛立ったように、音を立てて手近にあった椅子に座る。

これ以上引き延ばすのは、無理みたい。

私は王子様が入れられていた袋を引き寄せると、人に戻るよう意識を集中した。

体の輪郭がぼやけ、手足が伸びていく。


目の前での変化に、王子様が泣くのも忘れてぽかんと口を開ける。

アヒムは、ピューィと口笛を吹いた。


「こりゃぁ、なかなか。

 くくっ・・・楽しくなりそうだ」




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