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ヴィルヘルミーナの最後の女王⑤


ルミエールは、ヴィルヘルミーナについて、ベルトラン国王夫妻に相談してみた。

夫妻は心配しつつもルミエールが落ち着くまではと様子を見ていてくれたそうで、快く支援を申し出てくれた。


「情報は、少しずつ集めておりますの。

 裏付けが取れ次第、お知らせしますわ」


「ありがとうございます」


ルミエールとナタリーが国に帰るときには、警護もつけてくれるという。

ルミエールは知らなかったが、ナタリーに聞いたところによると、ベルトランは軍事大国としても有名だそうだ。

一つの国の支援をうけて自国を再興するとなると、相手国にはある程度従わなければならない関係になってしまう。

それは十分にわかってはいるのだが、今のルミエールたちには他に選ぶ道がなかった。


「時にルミエール姫。王子たちとは仲良くやっておるようじゃな」


国の話を終え、薫り高いお茶をいただいていると、何気ない風で国王が話しかけてきた。


「はい。おかげさまで、フロリアン様にもバルトロメウス様にも親切にしていただいております」


「それはよかった」


にっこり微笑んだ国王が、隣に座る王妃を意味ありげに見やる。


「特にフロリアンがあなたを気に入って、よく部屋に呼んでいるようですね」


「えぇ、そうなんですけど……」


実は、散歩の約束をして一週間ほどたつのだが、あれ以来、昼食も午後のお茶も誘いがなかった。

知らないうちに何か怒らせるようなことをしてしまったのかと、気になっていたところだった。

そう話すと、


「あの子も気分屋ですからね。

 他におもしろいものを見つけたのかも知れません。

 もしよかったら、ルミエール姫のほうから声をかけてやってくださいな」


と言われた。


「わかりました」


ルミエールがかしこまって了承すると、国王と王妃は顔を見合わせて、うんうんとうなずき合ったのだった。




国王夫妻の前を辞し、ルミエールはナタリーに声をかけてフロリアンの部屋へ向かった。

ナタリー経由で侍女に取り次ぎを頼み、部屋に入ると、きちんと衣服を身に付け侍女に手袋をはめてもらっているフロリアンがいた。


「まぁ! もう起きられるようになったのですか?」


「ルミエール。久しぶりだね。僕のことなんて忘れちゃったかと思ったよ」


「えぇ?」


忘れられていたのは自分のほうではないかと喉まで出かかったルミエールだったが、服のせいかいつもと違う雰囲気のフロリアンに戸惑って、結局黙り込む。


「ふふ、冗談だよ。庭師に会いに行くところだったんだ。

 ルミエールも一緒に行くよね?」


「あ、はい。お願いします」


有無を言わせないフロリアンに、是と答えるしかないルミエールだった。




「なんてすてき……!」


フロリアンに案内されたベルトランの本庭は、縦長の形をしており、階段状に段差がつけられていた。

城の正面から軸線ビスタが延び、左右対称に植物が配置されている。

一段ごとに動物を模した彫刻が配され、一番下には噴水。

歩道にはレンガが敷き詰められ、複雑な文様を描いていた。


「本庭を見るのは初めて?」


「はい」


あまり人目については行けないと思っていたので、一度バルトロメウスと馬屋まで歩いた他は、外出を控えていた。


「嘘つき」


「え?」


「なんでもない」


フロリアンと並んで庭を歩く。

ナタリーは侍女の見本のように、黙って二人の三歩後ろをついてくる。

他にフロリアンの侍女が二人付き添って、主とルミエールに日傘を差しかけてくれていた。


「あれ? おかしいな。

 庭師にこの時間に待っているように言ったんだけど」


しばらく歩いて本庭にある四阿あずまやにつくが、誰もいなかった。


「ちょっと待ってようか」


フロリアンがそう言うと、付き添っていた侍女がすばやくお茶の準備をはじめた。

ナタリーも手伝っている。

四阿には心地よい風が吹き込み、その風に乗って花の香りが漂ってくる。

ほどなくして恐縮した庭師がやってきて、フロリアンに聞いていたような面白おかしい話をたくさんしてくれた。

庭師といるときのフロリアンは、終始笑顔で、年相応に見えた。

棘があるように思えた口調も、いつしか元通りになっており、ルミエールは気のせいだったのかと胸をなでおろした。


「じゃ、あっしはまた仕事に戻りますんで」


「うん、また明日ね」


「へい」


「ありがとうございました」


庭師が帽子をひょいとあげて四阿を出て行く。

背中に背負しょった籠には、庭の手入れに使う道具がたくさん入れられていた。


「あぁ、本当に楽しい方でしたね。

 毎日会われているんですか」


「うん。ここ三日くらいね。ルミエールが言った通り、歩けるっていいね」


話を聞くと、フロリアンはルミエールと約束をしたその日のうちに起き上がり、歩行訓練を始めたと言う。

魔術陣は兄に取り上げられてしまったが、少しがんばってみると、すぐに歩けるようになった。

フロリアンは、いままでもったいないことをしていた、と笑った。


「あとどこか行きたいところはある?」


「そうですね……。あ、馬屋に行きたいです」


「馬屋?」


「えぇ、実は……」


バルトロメウスがフロリアンから取り上げた魔術陣がその後どうなったのか、かいつまんでルミエールは説明した。


「なんだ、そうだったの。

 いいよ、一緒に行こう」


侍女に日傘を差してもらい、二人は馬屋に向かった。




馬屋につくと、以前会った馬屋番が桶に水を汲んでいた。


「こんにちは」


ルミエールが声をかけると、「あっ」と嬉しそうな顔をして手を止める。


「これはこれは姫様。

 おかげさまであいつ、元気になりましたよ」


「そうですか! よかった!」


馬屋番からニヨルド号の様子を聞くルミエールの横で、フロリアンは物珍しそうに辺りを見回している。


「フロリアン様は、こちらはあまりいらっしゃいませんの?」


「うーん、まぁね。何年も来てないな」


ルミエールがそう声をかけると、それまでルミエールにばかり気を取られていた馬屋番の男は、初めてフロリアンの存在に気づき、慌てて帽子をとって礼をした。


「あ、王子様、ご機嫌麗しく。

 フロリアン様のお馬様も、いつでも乗れるように仕上げてありますんで、顔を見ていってやってくだせぃ」


「フロリアン様の馬もありますの?」


「まぁね。乗ったことはないけど。

 この中に入るの? なんか臭くない? 僕、嫌だなぁ……」


顔をしかめ、ハンカチを口元にあてるフロリアン。

そんなに嫌ならやめようかと尋ねたが、


「さぁ、こちらです。

 ちょうどバルトロメウス様もいらしてますよ」


「兄さんが?」


馬屋番に促され、今度は進んで馬屋の中に入っていった。




バルトロメウスは、上着を脱ぎ、腕まくりをしてニヨルド号をくしけずっていた。

時折(たてがみ)を撫でながら、何事か話しかけている。


「王子! 弟君がおいでです!」


馬屋番が声をかけると、バルトロメウスが顔をあげた。

額に汗が浮かんでいる。


「フロリアン。珍しいな。具合はいいのか」


「うん」


ニヨルド号も、ブルルと鳴いて挨拶をする。

バルトロメウスは櫛を棚に置くと、桶の水で手を洗って馬房から出た。

フロリアンの後ろに立つルミエールに気付き、目で会釈をする。

ルミエールも控えめに微笑むと、そんな兄とルミエールの様子をみたフロリアンが、急に手をつないできた。


「フロリアン様?」


「今ね、ルミエールと庭を散歩してきたんだ。

 四阿でお茶もしたんだよ。ね、ルミエール?」


「えぇ。とても楽しかったですわ」


フロリアンの弾んだ声に、庭師の話を思いだし、ルミエールもにっこりと微笑み返す。


「明日も行こうね。遅咲きの薔薇が開花するって言ってたから、一緒に見よう」


「そうですわね」


ルミエールより少し背の低いフロリアンは、背伸びをして目線を合わせてくる。

手をつなぎ、顔を近づけて、今にも抱きつかんばかりだ。

急にどうしたのだろう、とルミエールは内心困りながらも、笑顔で話を合わせた。


「楽しみがあるのはいいことだ。体を動かすことも。

 母上も喜んでいたぞ」


「ふうん。兄さんは?」


「おまえが元気になるのは、俺ももちろん嬉しい。

 その調子で、励め」


「本当に、僕が元気になっていいの?」


「何? 当然だろう。おかしなことを言う奴だな」


バルトロメウスが、ぽんとフロリアンの頭に手を乗せる。

すると、フロリアンはその手を乱暴に払った。


「子ども扱いしないで」


「あぁ、すまん。つい昔の癖で」


バルトロメウスは、心底申し訳なさそうに詫びる。

フロリアンはきつい瞳で兄を睨んでおり、ルミエールはそんな二人をハラハラしながら見守っていた。


「奥におまえの馬がいる。会って行け」


「わかってる。

 ルミエール、さ、行こう。

 真っ白の、きれいな馬なんだよ。撫でさせてあげる」


ルミエールとしては、ニヨルド号の様子を見たかったが、フロリアンに手を引かれ、仕方なくついていった。

後に残されたバルトロメウスは、振り返ったルミエールと一瞬視線を合わせたが、すぐに櫛をとってニヨルド号に向き直った。






「なんか、今日のフロリアン様、変でしたよね」


「そうね……」


夕食後、ルミエールがナタリーと一日のことを話していると、部屋付きの侍女がバルトロメウスの来訪を告げた。


「侍女を介していらっしゃるなんて、明日は雪ですか?」


ナタリーが席を譲りながら軽口をたたく。


「おまえな……」


言い返すかと思われたバルトロメウスだったが、今日はその勢いはなく、勧められた椅子に大人しく座った。

ナタリーがバルトロメウスのためにお茶を淹れる。

沈黙のまま一杯目を飲み干し、ナタリーが二杯目を注いだところで、バルトロメウスはようやく口を開いた。


「今日、ニヨルド号に馬場を走らせてみた」


「どうでしたか」


ルミエールは、緊張して尋ねる。


い。まだ以前の通りにとはいかないが、しばらく訓練すれば大丈夫そうだ」


「それはよかった……!」


馬屋番に話は聞いていたが、バルトロメウスから直接様子を聞き、ほっとした。


「おまえのおかげだ。ありがとう」


バルトロメウスが茶器を置き、頭を下げる。

予想外の出来事に、ルミエールも側に控えるナタリーも驚いた。


「ああああの、顔を上げてください、バルトロメウス様」


「……」


ルミエールが何度も頼んだ末、顔を上げたバルトロメウスは、照れくさそうに自分の頬をこすった。


「こういうのは、あまり慣れてなくてな。

 しかし、礼は言わねばと思って。

 あと、頭から魔術を毛嫌いしていて悪かった」


「いえ、そんな……」


「ニヨルド号は、本当にもうだめだと馬屋番とも話していたんだ。

 それが元気になった。感謝してもしきれない。

 フロリアンも、今日会って驚いた。あれも魔法か?」


「魔術は魔法とは違うのですが……。

 フロリアン様には、一晩魔術陣を処方した以外、何もしていないんです。

 急にあんなに活発になられて、私も驚きました」


「ほお」


その後、魔術のこと、国のことなどバルトロメウスに問われるままに話し、馬や庭について語り合ううち、あっという間に時間がすぎた。


「遅くまで邪魔したな。

 ナタリーだったか。なかなか、茶を淹れるのがうまいな」


「本当に明日は雪かも……」


「人間、誰しも一つくらい取り柄があるということだな」


「前言撤回します。明日もいい天気です」


「ははっ。おやすみ、ルミエール姫」


「おやすみなさいませ」


片手を上げてルミエールに挨拶をし、バルトロメウスは出て行った。


「まったく口の減らない……ルミエール様? どうなされました? 顔が赤いですよ」


「え、あ、なにかしら。

 ナタリーこそ、なんでバルトロメウス様にはそうつっかかるの?」


「うーん、そういえば、なんでしょう。

 あの顔を見ると、一言ひとこと言いたくなるんですよね」


「あの顔? まぁ、少しくらい言ったって、全然気にしなさそうなお顔はなさってるわね」


「気にしないどころか、涼しい顔で受け流して、何十倍にもして返しますよ」


「うふふ。結構ごつごつしたお顔よね」


「ごつごつ? そうですね。えらが張ってるというか」


「男っぽい」


「角ばってるだけじゃないですか? 偉そうで、お堅い感じが顔にも出てるんですよ」


「私はふわふわしてるって言われたわ」


「は? バルトロメウス様にですか? いつの間にそんな会話を」


「秘密~。

 ナタリーはぷにぷにね」


そう言うと、ルミエールはナタリーの頬をつんとつつく。


「うぅ、太ったと言いたいんですか。

 確かにこの国(ベルトラン)の食事は脂っこいものが多くて、ヴィルヘルミーナにいたころより太っちゃったんですけど」


「そお? わからないわ。そうじゃなくて、ほっぺたが柔らかくってかわいいってこと。ここも気持ちがいいわ」


今度は脇腹をつつく。


「ひゃっ。くすぐったいです。やめてください」


「あ、思ったより確かにちょっと……」


つんつんつん。

肉の感触を確かめるように、ルミエールがつつく。


「あぁ、もぅ、だから太ったって言ったじゃないですか!

 触っちゃだめ!」


「えぇ~? いいじゃない。ほら、つまめるわ」


「つままないでください!」


うにっとルミエールがナタリーの脇腹の肉をつまむ。

焦ったナタリーが必死に抵抗するが、ルミエールは楽しそうに腹や背中をつつき続けた。


「あっ、やぁんっ、そこ、だめです」


「あっちもこっちも、柔らかくって気持ちがいいわ」


つんつんつん。

つんつんつん。

くすぐったがって身をよじるナタリーにはおかまいなしだ。


「く~、明日から減量ダイエットします!

 しますから、もうやめてください~!!!」


夜更けまで大騒ぎした主従は、次の日二人そろって寝不足だった。

ルミエールはともかく、ナタリーは部屋付きの侍女《先輩》に少し怒られた。

曰く、主人の体調管理も侍女の仕事のうちなのだから、あまり遅くまで起きているような状況を作ってはいけませんよ、と。

ナタリーよりもずっと年上の彼女は、ベルトランに来た時から親切にいろいろ教えてくれた。

姉のように母のように感じ、ナタリーも素直に言うことを聞いている。


「ところでナタリー」


「何?」


先輩侍女が、声を潜めて聞いてきた。


「ルミエール様は、バルトロメウス様とフロリアン様のどちらがお好きなの?」


「えぇ!?」


聞けば、城内の侍女たちの間では、ルミエールがどちらを選ぶかというのが今一番の関心ごとだという。

ルミエールは18歳。

バルトロメウスは22歳だそうだ。

フロリアンは14歳だと聞いているから、ずいぶん年の離れた兄弟だ。

国王夫妻も、遅くにできた子だからかわいくて仕方なく、つい甘やかしてしまったのかもしれない。


「普通に考えればバルトロメウス様だけど、フロリアン様とだって4歳差でしょう?

 ないわけじゃないじゃない。

 会ってる頻度ではフロリアン様が有力よね。昨日も仲睦まじく手をつながれていたとか」


「そうだけど……」


「でも昨夜のバルトロメウス様とのご様子じゃわからないわ。

 あぁ、おもしろくなりそう……!」


おもしろいって、あのね……。

うきうきと予想をする侍女を横目に、ナタリーは溜息をつく。

侍女たちにはそう詳しく話してあるわけではないが、ルミエールはヴィルヘルミーナの女王だ。

行く行くは国を再興し、婿をとって子を成さなければならない。

その婿とて、できれば術資質の高いものがいい。

全く魔術を使わないベルトランの民など、問題外だ。


ん? でもそういえば、とナタリーは思い当たる。

ヴィルヘルミーナの秘術に関しては、ルクシールが落城の際に封じていた。

必ずしも、女王が継いで術を継承していく必要はなくなったのだろうか。

ヴィルヘルミーナが女王制をとっているのには諸説あるが、最も説得力があるのは、女王が生んだ子は確実に女王の子だから、というものだ。

王が男性で、他の女に子を産ませた場合、もしも女が複数の男と関係していたら、本当に王の子であるかどうかは女本人にすらわからない。

魔力と術資質と血が問われるヴィルヘルミーナの継承式では、ヴィルヘルミーナの血を持たないことは、即刻死につながる。

王が女性であれば、子の父親が誰であれ、血は受け継がれるのだ。


「ルミエール様のお相手、か。

 マクシミリアン……。あんた、どこ行っちゃったの……」


今なら、もしかしてもしかすれば、想いがかなうかもしれないのに。

生きているかどうかも分からない、たぶん生きてはいないのだろうと思うけれど、そう信じたくはない幼馴染を思い浮かべ、ナタリーはまた溜息をついた。






それからしばらく、ルミエールはまたフロリアンに会えなくなった。

一緒に庭を散歩した次の日から、熱を出したという。

実は、フロリアンは外出するようになったとはいっても、まだ庭で庭師と少し話をするくらいしかしていなかったらしく、先日ほど長い時間外にいたことはなかったそうだ。

ルミエールは、自分が馬を見たいと言ったからだと責任を感じ、お見舞いに行こうとしたが、断られた。

魔術による治療も、やんわりと止められた。


「俺じゃないぞ。フロリアン自身が嫌がっているんだ」


そう告げるのは、ルミエールと三日に一度ほどお茶をするようになったバルトロメウスだ。

場所は、はじめの頃こそルミエールの部屋だったが、だんだんと、中庭だったり本庭を見下ろせるバルコニーだったりするようになった。

バルトロメウスの部屋に招かれたこともある。

最近の侍女たちの噂では、やっぱり第一王子が本命、ということになっている。

今日は久しぶりに、ルミエールの部屋で午後のお茶を楽しんでいた。


「そうですか……。

 お見舞いもさせていただけないなんて、残念です」


「そう気に病むな。好きな女に情けない姿を見せたくないのだろう」


「好き?」


「違うのか?」


「フロリアン様が私を、ということですか?」


「そうだな」


「まぁ、光栄ですわ」


にこにこにこ。

嫌われて見舞いを断られているわけではないのか。

安心したルミエールは、機嫌よくお茶を口に運ぶ。


「バルトロメウス様、だめですよ。

 ルミエール様はものすんごくにぶいんです。

 どうせ姉のように慕われてるとかなんとか思って、にこにこしてらっしゃいます」


「姉?」


「なによ、ナタリー。違うの?」


「ほらね」


「むぅ」


好きは好きでも、家族のような愛情。

ルミエールが思っているのは、その“好き”だ。

バルトロメウスやナタリーが思うのとは違う。


「私、ずっと弟が欲しかったんです。

 一人っ子で育って、兄のような存在や妹のようなナタリーも側にいてくれましたけど、兄弟は多いほうがいいですよね!

 フロリアン様はかわいい弟ができたみたいで、うれしいです」


「あたし、妹ですか?

 どっちかっていうとルミエール様の方が頼りないような……」


「ちょっと、ナタリー?」


「弟。そうか、では噂通り俺でも……いや、しかし、父上の思惑通りになるのは……」


「噂?」


「いや、では俺は兄か?」


バルトロメウスは、何気なく口にしたつもりだった。

年の順で言うなら、妥当だろうと。

元々冗談の上での話だ。軽く「そうですね」と帰ってくるだろうと思ったが、バルトロメウスの予想に反して、ルミエールはじっと考え込んでしまった。


「え、兄。バルトロメウス様が私の」


「ルミエール様?」


「兄っていうのとは違うような……。

 でもお父様でもないし」


バルトロメウスが、ぶっとお茶を吹きかける。

お父様? そんな年じゃないぞ、とでもいいたげな顔だ。


「やっぱり兄なのかしら。

 バルトロメウス兄様? 長いわね。

 バルト兄様?」


どうかしら、というように、ルミエールはバルトロメウスを見つめて小首をかしげる。


「うっ……」


「バルト兄様。ね、いいかもしれません」


小さな白い顔を彩る金の髪が揺れ、青紫バイオレットの瞳が期待に煌めいた。


「ね、兄様。ルミエールを妹にしてくださいます?」


「おまっ……。

 うっ、くっ……。まぁ、いい。しかし人前で兄と呼ぶのはやめろ」


「そうですわね。ではお茶会のときだけの兄妹ごっこということで。

 普段は、そう、バルト様でよろしいかしら」


「うむ」


「バルト様、バルト様……」


「なんだ」


「練習しているのですわ。間違えて兄様と呼ばないように」


「……はぁ……。ナタリー、俺はどうすればいいんだ」


「あはは、あきらめてください。ご同情申し上げますよ」


「他人事だと思って」


「弱り顔のバルトロメウス様を見ているのも楽しいですからね」


疑似兄妹ごっこがすっかり気に入ったルミエールは、バルトロメウスとお茶をするたびに彼を兄と呼び、親しげに接した。

ナタリーは、そんなルミエールを見て、痛々しく感じる。

ルミエールが言った“兄のような存在”。

それはナタリーにとってもルミエールにとっても、大切な幼馴染のこと。

彼の代わりは、決していないのだ。


バルトロメウス様は、きっとルミエール様のことがお好きなんだわ、とナタリーは思う。

兄と呼ばれ弱りながらも、ルミエールにつきあっているのがその証拠だ。

衆目の前で“バルト様”と愛称で呼ばれた時には、見ていて恥ずかしくなるほど嬉しそうにしていた。

あんな顔、出会ったころには想像もできなかった。


ルミエールは、この国で居場所を見つけつつある。

でも、あたしは……?


ヴィルヘルミーナについての情報は、一向に届かない。

国王夫妻が調べてくれていると言うが、こんなに時間がかかるものなのだろうか。

もしや、何者かが邪魔をしている?

情報はあっても、悪い事柄ばかりで、教えてもらえない?

いっそのこと、一人でヴィルヘルミーナに帰ってみようか。

ナタリー一人なら、いくらでもごまかして旅をすることができる。

そうだ、そうしよう。

ルミエール様のことは、バルトロメウス様にお願いしして、一度国に帰ってみよう。

ナタリーがそう決心して、主に申し出ようとしていたその矢先―




「フロリアン様が、謀反の疑いで捕まった?」




ルミエールからのお見舞いの花を預けようとしたナタリーに、先輩の侍女が驚愕の知らせを告げた。






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