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ヴィルヘルミーナの最後の女王③



「ん……」


「ルミエール様! お目覚めですか」


「ナタリー……。城は? お母様は!?」


ルミエールは、がばっと起き上がろうとして強い眩暈を感じ、再び寝台に体をうずめた。

柔らかだが、自室とは違う寝具。

見慣れぬ天井。変わらないのは、ベッドサイドの椅子に腰かける侍女ナタリーだけ。


「ここは……どこ?」


「私の遠い縁者を頼って訪ねた、ベルトランという国です」


「ベルトラン……たしか魔術を全く信じない人々の国だったわね。いつの間にそんな遠くまで」


「ルミエール様は、足の傷が元であの魔術士から逃れてすぐ気を失われて、高い熱を出されたんです。

 人々の助けを得てなんとかここまで来ることができました」


「そうだったの。ナタリー、あなたにばかり苦労をかけてごめんなさい。

 それで、マクシミリアンは? 国は!? どうなったの?」


眩暈を起こしている場合ではない。

ルミエールは今度こそ起き上がって、ナタリーに迫った。


「マクシミリアンは、きっと今頃私たちを追ってきてますよ。

 国は……」


ナタリーが言いよどんだその時、ノックもなしに、部屋の扉が開いた。


「ヴィルヘルミーナは国ごと湖に沈んだ」


入ってきたのは、ルミエールより少し年かさの、くすんだ金髪に薄い青色の瞳、角ばった頬の居丈高いたけだかな男だった。


「国ごと……沈んだ……?」


「バルトロメウス様。お借りしているとはいえ女性の部屋に無断で入ってらっしゃるのは、礼を失するのではありませんか」


「相変わらず口の減らない侍女だな。

 気に入らないならいつでも出て行け」


バルトロメウスと呼ばれたベルトランの第一王子は、冷たい目線でナタリーを受け流す。


「くっ……」


ナタリーは悔しそうに顔をしかめるが、ルミエールはそれどころではない。


「あの、えぇっと、バルトロウルス様? 国が沈んだとは一体……」


「バルトロメウスだ。

 報せによれば、半月ほど前だな。ヴィルヘルミーナ城が炎上、陥落。

 城が沈むときに湖の水が津波のように、国民の住む地域に押し寄せたと聞いている。

 生き残った民は、周辺の国に逃れたそうだ」


「あ……逃れた……。民は助かったのですね」


フィダーイーが仕掛けたという国を滅ぼす手立ては、うまくいかなかったのか。

ザイルの言い方だと、国民すべてを殺しかねない話だった。


「全員助かったかどうかは知らんがな。

 ヴィルヘルミーナの民は、みな魔術が使えると聞くから、どこでも歓迎されているようだ。

 我が国には必要ないが」


「そうなのですね。あぁ、一人でも多く助かってくれているといいのだけれど……」


「ふん。あやしげな術などに頼るから、滅ぶはめになるのだ」


「なっ」


バルトロメウスの一言に、ナタリーが腰を上げる。

それをルミエールが制して、毅然とした態度でバルトロメウスに向き直った。


「助けていただいたことは感謝いたします。

 しかし私の国を悪くおっしゃるのはやめてください。

 魔術にもきちんとした理論があり、結果があります。

 決して不確かなものではないのです」


「ふん。侍女も侍女なら主も気が強い。

 俺は魔術など嫌いだ。信じてもいない。

 おまえのようなものがうちの城に滞在しているだけでも、虫唾が走る」


強烈な悪意に、生まれてこの方、人々に愛されはしても侮蔑されたことのなかったルミエールは、顔色を失う。


「バルトロメウス様、いい加減にしてください。

 ルミエール様はベルトラン国王陛下ご夫妻、つまりあなた様のご両親のご招待を受けてここにいらっしゃるのです。

 それをつべこべ言うなら、陛下に進言しますよ」


「言うなら言え。

 俺の意見は父上も母上も知っているからな。

 あぁ、その母上が、その女が目覚めたかどうか気にしていたから見に来たんだった。

 起きたという事で報告しておくから、母上を迎える準備でもしていろ」


そう言い放ち、バルトロメウスは靴音も高く部屋を出て行った。

ナタリーは閉められた扉に向かって、イーッと歯を剥く。


「あんの、鉄面皮っ」


「……魔術を信じない国とは聞いていたけれど、信じないどころか魔術が嫌いなのね」


「あんなやつの言うこと、真に受けないでいいですよ。

 ベルトランといっても、全く魔術を受け入れないわけではないんです。

 保冷石や保温石は普通に使っているみたいですし」


「そうなの」


「あぁ、ルミエール様。顔色が悪いです。

 目覚められてすぐたくさんお話になったから。さぁ、横になってください」


「ん。ねぇ、ナタリー。

 国王ご夫妻のご招待でっていうのはどういうこと?

 あなたの親戚がお城に勤めていらっしゃるの?」


ルミエールは寝台に横になると、気を取り直して、ナタリーからベルトランの城にやっかいになることになった経緯を聞いた。

ヴィルヘルミーナを出たナタリーは、逃げる国民に紛れてできるだけ遠くへ移動しようとした。

たまたま通りがかった馬車に乗せてもらい、街道を進むうち、ベルトランにナタリーの従姉妹の伯父の連れ合いの妹が住んでいることを思い出した。


「それって、親戚っていうのかしら」


「いいんです。遠くても親戚は親戚です」


三日間馬車を乗り継いで、ベルトランまでたどり着いた。

ヴィルヘルミーナ陥落の報せはまだ届いていなかったことが幸いし、その遠い親戚は訳ありの様子を不審に思いつつも、ナタリーとルミエールを保護してくれた。

その日のうちに、ナタリーはベルトラン国王夫妻にだめで元々と手紙を書き、次の日に城から迎えがきた。


「親戚には、ルミエール様は侍女仲間ってことにしてあります。

 職場でいじめに遭って、二人で逃げてきたって」


「いじめって……侍女頭じじょがしらが聞いたら泣くわよ」


「あはっ、そうですね」


二人が思い浮かべたのは、ヴィルヘルミーナの城で侍女をとりまとめていた年配のふくよかな女性。

優しく、おおらかで、時に厳しいこともあったけれど、侍女たちに母親のように慕われていた。

もちろん侍女同士も仲が良く、いじめなど聞いたことがない。


「お城には侍女として雇ってもらえないかって書いたと話しました。

 早速仕事をもらえてよかったねって、送り出してもらいました」


「私、気を失っていたのでしょう? それでよく信じてくれたわね」


「ん~、ルミエール様は記憶にないみたいですけど、ずっと気を失っていたわけではないです。

 途中受け答えをしたり、あたしが支えながらですけど、自分の足で歩いたりはしてました」


「そうだったの。全然覚えてないわ」


「まぁ、そうじゃなければ、いくらあたしでもここまで逃げてくることはできません」


「うん……。本当に迷惑をかけてしまったわ。ごめんね。ありがとう。

 それで、お手紙には本当はなんて書いたの?」


「ヴィルヘルミーナの事情と、ルミエール様を保護して欲しいと言うお願いを。

 なぜ即日受け入れてくれたかは、あたしもわかりません」


「そう……。王妃様がいらっしゃるというなら、お礼方々聞いてみましょう」


しばらくして、こちらはきちんと侍女の案内を通して、ベルトラン王妃がやってきた。

赤みがかった金髪の、落ち着いた雰囲気の女性だった。

ナタリーが勧めた椅子に腰かけ、半身を起こしたルミエールの手をとる。


「目覚められてよかったわ。気分はいかが?」


「おかげ様で、熱もありませんし、ゆっくり過ごさせていただいております。

 このたびのご好意、なんとお礼を言ったらいいのか……」


「いいのよ。お国は大変だったようですね。

 ベルトラン(うち)は御存じのように魔術嫌いの多い国だから、おおっぴらな親交はなかった けれど、ルクシール様とは一度だけふみを交わしたことがありましてよ」


「お母様と?」


「えぇ。

 私がこの国に嫁ぐ前、外遊先でたまたまお会いしたことがありますの。

 お茶をご一緒して……そのお礼でしたわ。

 開封したとたん、ふわりと花の香りが部屋中に広がって、花びらが舞ったの。

 その花びらは、幻だったのかしら、すぐに消えてしまったのだけれど、今でもあの香りと手紙の美しい文字は覚えていますわ。

 このたび、あのルクシール様のご令嬢が城下に身を寄せており、困っているらしいと聞いて、お手伝いを申し出ましたの」


開封と同時に香ったというのは、花の香りを封じる術を手紙にかけていたのだろう。

花びらも、幻影の術を仕込んでいたに違いない。

ヴィルヘルミーナでは、遊び心でそんな手紙を贈り合うことがある。

ベルトラン国王夫妻が、ルミエールをすぐに受け入れてくれた理由わけがわかった。

母が若い頃ほんの気なしに出した一通の手紙が、今、ルミエールを救ってくれたのだ。


「おかげさまで、本当に助かりました。

 私にできることはありませんか。あの、起きあがれるようになったら、なんですけど」


「そんなことは気になさらなくていいのよ。困ったときはお互いさまでしょう」


王妃は優しく微笑む。

その微笑みと握られた手の温かさに母を思い出し、涙があふれそうになる。


「そういうわけには」


「そうね。ならば、後でフロリアンのところに顔を出してくれるかしら」


「フロリアン?」


「次男なの。今年14になるんだけど、病弱で寝台から起きられない日が多いわ。

 話し相手になってくれれば、気がまぎれるかも」


「わかりました! 喜んで」


ルミエールがぱっと笑顔になる。

それを見た王妃も、にこやかに微笑んだ。




次の日には、国王も見舞いにきてくれた。

年は取っているがバルトロメウスそっくりの容姿で、一瞬身構えたルミエールとナタリーだったが、話して見れば気さくな人柄の王だった。


「うちの息子が失礼を申したようで、すまんなぁ」


「いいんです。私こそ、王子様に生意気な口をきいてしまって」


「ほっほっほ。なぁに、ルミエール姫はあやつに言い返したのか。

 それはそれは、見たかったのぅ」


どうやらバルトロメウスの不遜な態度は、国王も手を焼いているようだった。


「あやつは儂の若い頃とそっくりで、格好いいじゃろ?

 なんぞ口が悪くても態度が大きくても、かえってそこがいいというご令嬢もいてな。

 女性に不自由はしていないようなんじゃが、あのままでは心配じゃ。

 ルミエール姫。回復なされたら、バルトロメウスのところにも顔を出してやってはくれまいか」


「あ……えっと、それは……」


「無理にとは言わん。時々で良い。

自分の思い通りにならん女性もいると、思い知ってもらわねばな」


つまり、王様公認で口答えをしてもいいということだろうか。

変な具合に気に入られてしまったようだ。


「では、頼んだぞ。

 おぉ、そうだ、ルミエール姫は病み上がりとはいえ細すぎる。

 もっと栄養のとれるものを出すよう、料理長に言っておくからな。

 たくさん食べて、はよぅ元気になられよ」


「ありがとうございます……」


言いたいことを言って、ベルトラン国王は去って行った。


「人当たりはいいですけど、強引なところはやっぱり親子って感じですよね」


「ナタリーもそう思う? 私も……言おうと思ったところだったの」






一週間後。

第二王子フロリアンの部屋に、車椅子に乗ったルミエールの姿があった。


「まぁ、フロリアン様ったら……ふふふ」


「本当だよ? 庭師が言っていたんだから」


フロリアンが面白おかしい話をし、それを聞いたルミエールがころころと笑う。

するとルミエールの笑顔を見たフロリアンが、また嬉しそうに笑うのであった。

ベルトランの料理長の特製料理のおかげか、ルミエールの体調はすっかり良くなった。

しかし足の傷が完全には治っていない為、移動には車椅子を使っている。


昨日、ルミエールは初めてフロリアンの部屋を訪れた。

たくさんの侍女に囲まれ、寝台に横たわる第二王子は、光を集めたような容姿のルミエールを一目見て気に入り、毎日来てくれるよう頼んできた。

ルミエールも、これで恩返しができると喜んで通うことにした。


笑顔で語り合う二人を見て、侍女たちが噂する。


「昨日、今日と、フロリアン様のあんなに楽しそうな顔を見たのは久しぶりだわ」

「ほんと、ルミエール様のおかげね」

「ああして大人しくしてれば、かわいらしい王子様なんだけどね」

「いつまで続くことやら。あの姫に飽きたときが恐ろしいわ」

「そうよね、また王子の我が儘に振り回される日々が来るかと思うと」

「しーっ、万が一にでも王子に聞かれたらどうするの。あたしたちの首なんてその日のうちに刎ねられるわよ」


「そんなに我が儘なの?」


「ひぃっ……あ、なんだ、あなたはルミエール様の。おどかさないでよ」


「ごめんごめん。で、フロリアン王子ってそんなに我が儘なの?

 ついでにバルトロメウス王子はどうなのかな?」


主人たちが二人の世界にいるのをいいことに、その日、ナタリーは情報取集にいそしんだ。



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