8 襲撃
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胸がむかむかする。
リクハルド様が、これ見よがしにルゥに触りまくっている。
ルゥもルゥで、なぜ触らせておくんだ。
「カール! 負けたら承知しないわよ!!」
エメの声が聞こえる。
なんだ、女魔術師のやつ、いつもは憎まれ口ばかりなのに、俺を応援してくれるのか。
「ユハ! 手加減はいらんぞ! 勝利の暁には望みの褒美を与えよう!」
「望みの?」
国王の声に、正面に立つユハがぴくりと反応した。
俺を見てにやりと笑う。
「では、勝たせてもらうとしよう」
「ふざけるな。勝つのは俺だ」
向けられた切っ先を剣先で払う。
「こら、おまえら、まだ試合前だ。合図を待て」
にらみ合う俺たちを、隊長がいさめる。
距離をとって、号令に合わせて礼をした。
「用意、はじめ!」
ガツ!
ヴァイノとの試合とは違い、はじめから打ち合いになった。
お互い一歩も譲らず、激しく剣を交わす。
刃先を潰してあるとはいえ、攻撃がもろに当たったら、良くて打撲、悪ければ骨折する。
キィン!
胴を狙ってきた一撃を、剣を立てて防ぎ、一歩下がる。
踏み込んで開いたユハの足元を、身を低くして一閃すれば、返した右足で蹴りを繰り出してきた。
顎をそらして避け、逆袈裟に切り上げる。
それを体をひねって避けたユハは、飛び退って間合いをとり、態勢を整えた。
ユハの剣先がゆらりと揺れる。
技量は五分五分。力は俺が、速さはユハが上だ。
奴の軌道を読み間違えば、一瞬で負ける。
右か。
左か。
上か、下か。
見えるものに頼っては、惑わされるだけだ。
剣を正面にかまえ、目を半眼にして気配を探る。
「!」
来る・・・!
ユハの狙いは右側面。
避けては間に合わない。
模擬刀の柄を返し、ひねりを加え、体重をかけて打ち下ろした。
ガツッ
鈍い音と共に、両者の剣が折れた。
ユハの剣先は地面に突き刺さったが、俺の方は前方にはね跳んだ。
しまった!
「陛下!」
何人かの近衛や親衛隊員がリクハルド様を取り囲み、他の者は周囲を警戒している。
折れた模擬刀の先は、リクハルド様のいる方向へ跳んだ。
もしや、お怪我でもさせてしまっただろうか。
両方の剣が折れてしまったので、試合は一時中断だ。
様子を伺いに、リクハルド様の元へ向かう。
エメを胸に抱き、しゃがみこむ国王の足元には、何本もの矢が落ちていた。
何が起こったのか。
「大事ない。私のことはいいから、賊を追え」
「「「はっ」」」
リクハルド様の無事な様子にほっとしつつ、どうしたものかと遠巻きにしていた俺たちに、副隊長が声をかけてくれた。
「カール、ユハ。
飛んできた剣先に一瞬気を取られた隙に、矢が射かけられた。
また、直後に襲撃を受けた。賊は逃走中。
試合は中止だ。指示を待つように」
「はっ」
なんと、本当に賊が現れたのか。
装備を整えるためだろう、ユハは身をひるがえし、控室へと足早に歩き出す。
俺は、ユハの後に続きながらも、目の端で白い影を探した。
そんな俺に、エメが気付く。
「カール、探し物はここよ」
リクハルド様の腕の中から抜け出したエメの手に、白猫が抱かれていた。
猫は俺に目を留め、ひと声鳴く。
「にゃ~ん」
「・・・違う」
「え?」
「ルゥじゃない。ルゥ? ルゥはどうした!?」
白い毛並み。赤い瞳。
金の首輪にはまった双子石の色合いも同じ。
しかし、何かが決定的に違う。
眉をひそめたエメは、ついっと猫に手をかざした。
「なんてこと」
猫の輪郭がぼやけ、くすんだ茶トラの猫に変わる。
首輪はしていなかった。
「幻惑の術だわ。いつの間に!」
親衛隊により発見された賊は三名。
いずれも、訓練場の裏で、舌を噛み切って自害していた。
エメの術により、この場から出られなかったためと思われる。
作戦成功と喜ぶ隊員たちを横目に、俺は必死でルゥを探した。
事後処理を終えたエメも手伝う。
「カール・・・。私がついていながら、ごめんなさい。
実は、もう一つ知らせたいことがあるの」
「・・・なんだ」
「これはまだ極秘なんだけど、ジェラール様もいないのよ」
「何?」
エメの話によれば、一人で訓練場に向かうのを目撃されたのを最後に、行方不明だという。
ルゥと違い、王子のことは近衛中心に八方手を尽くして探された。
しかし、夕闇が迫った今もまだ見つかっていないそうだ。
「ルゥと王子? 関連があるのか?」
「わからないわ。でも、時を同じくして消えたとなると、無関係とは言い切れないかもしれない」
「・・・くそ・・・っ」
そういえば、ルゥは王子と何度か会ったことがあるような話をしていた。
もしや、他の猫とすりかえられ、王子をおびき寄せる道具にされたのか?
だとすれば、彼女は今どこに・・・。
王子なんぞ、俺はどうでもいい。
ルゥ。
無事でいてくれ!