6 武術大会2
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訓練場の観覧席。
その中でも一段高くなった特等席に、王様の席はあった。
左右を近衛騎士が守り、後ろは親衛隊員が守っている。
「なんで私があなたの隣なわけ?」
エメさんが不満そうに王様に言う。
「私の側が最も警戒が厳重だから、安全だろう」
「そうね、最も安全で最も危険な場所だわね」
「ははっ、うまいこと言うな」
「言いたくて言ってるんじゃないわよ!」
がたんとエメさんが立ち上がった拍子に、膝から落ちそうになる。
「んにゃぅっ」
「あっ、ごめん、ルチノーちゃん!」
慌ててエメさんが抱えなおそうとしたら、王様に抱き上げられた。
「カールは準決勝に出るのだろう?
せっかくだ、こっちで見たらいい」
「なぅ!」
ほんとだ。
席の位置も中央だし、体格のいい王様の膝の上は、とっても見晴らしがいい。
「何言ってるのよ。危ないって言ってるでしょ。
ルチノーちゃん、こっちにいらっしゃい。
リックが襲われたら巻き込まれるわ」
あ、そうか。
王様囮作戦だった。
「なぁに、何かあってもそなたは守る」
「それでリックに怪我でもされちゃ、ルチノーちゃんが気にするじゃない」
「私のことはエメが守ってくれるのだろう? 大丈夫さ」
「うなー・・・」
エメさんの膝の上の方が安全だと思う。
王様に抱かれてるとカールの機嫌が悪くなるかもしれないし。
でもなぁ、見晴らしはここが一番いいんだよね。
カールががんばってるところ、一番いいところで応援したいな。
「ではカールの出番だけでどうだ?」
私の心を読んだみたいに、王様が言った。
「うな!」
「ほら、ルゥも喜んでるぞ」
「うーん、まぁ、それなら大した時間じゃないかもしれないけど・・・」
「決まりだな。ではルゥ、今はエメの膝の上にいるがよい。
試合が始まったらこっちにこい」
「なぅ!」
ありがとう、王様!
嬉しくなった私は、後ろ脚で立ち上がり前脚を王様の胸にかけて、ほっぺたをぺろっと舐めた。
「お、猫っぽいじゃないか。かわいいもんだな」
「ルチノーちゃん、むやみに愛想振りまくのは考えものよ。
ほら、違う方向に闘志を燃やしちゃった人がいるじゃない」
エメさんが指さした方向を見ると、お昼の休憩を終えたカールが準備運動をしに訓練場に出てきていた。
ばちっと目が合った瞬間に睨まれる。
いや、睨んだのは私のことじゃなくて王様か。
「ははっ、怖い怖い」
「でしょ。さ、試合開始まではまだ時間があるから、ルチノーちゃんを渡して」
「まぁ待て」
そう言って王様は、持ち上げた私のお腹に頬ずりした。
「!!!!!」
剣をざくっと地面に刺したカールは、私たちの方に駆け寄ろうとしてとっさに踏みとどまり、訓練場の壁を殴り始めた。
そ、そんなに叩いたら拳を怪我しちゃうよ?
「あっははは! おもしろいな」
「あなたねぇ、部下をからかうのはやめなさい」
そうだ、そうだ!
まったくもう、王様ったら。
今夜うちに帰ってからのことが怖いよ。
「んなぅ」
「そうね。私のところにいたほうがいいわよね。
さ、いらっしゃい」
今度は素直にエメさんの膝へ飛び移った。
うん、ここからでも十分見える。
カールに怒られるより、こっちにしようっと。
「只今より、午後の部、準決勝を始める!」
親衛隊長さんが、試合用に四角く描かれた枠の中央で叫ぶ。
わぁっと歓声と拍手が起こった。
いつのまにか、観覧席は城勤めの人々で埋まっていた。
あ、あそこにいるのはいつも見かけるお洗濯のお姉さんだ。
あっちにいるのは料理番のおばさん。
中庭のお手入れをしている庭師さんもいる。
えーっと、他には・・・。
ぞわり
観覧席を見渡していると、悪寒が走った。
な・・・に・・・今の。
「ん? どうかした? ルチノーちゃん」
ぴぃんと耳を立てた私を、エメさんが覗き込む。
毛は逆立って、しっぽもばひばひになっている。
「んなぅあぅ」
「寒気? 歓声にびっくりしたの?」
歓声? そうなのかな。
たくさんの人の熱気に当てられたのかな。
もう一度周囲を見渡す。
今度は何もない。
気のせいだったのか。
「カールの出番は次のようだな。
まずはユハとベントか」
王様の声で我に返る。
そっか、ユハさんも出てたんだ。
応援しなくちゃ。
「両者、向かい合って・・・礼!」
親衛隊長さんが号令をかける。
中央に進み出たユハさんと相手の人が、礼をして剣をかちんと合わせた。
「用意・・・はじめ!」