5 武術大会1
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「只今より、リクハルド国王親衛隊による武術大会を始める!」
コスティ親衛隊長の宣言の後に続き、「おう!」という気合の入った声が、訓練場に響き渡る。
いよいよこの日がやってきた。
試合は勝ち上がり方式で、親衛隊員と他の師団からの希望者合せて30名が参加する。
午前中に三回戦まで行い、午後は準決勝と決勝、夕方に最下位決定戦を行うという。
リクハルド様が見にいらっしゃるのは午後の準決勝からということで、午前中は試合をしつつも周囲の警備計画の確認をした。
訓練場の周りには即席の観覧席が設けられ、城勤めの人々が空き時間に見に来ている。
一回戦、二回戦と勝ち抜いたところで、ルゥがエメに抱かれてやってきた。
「あら、しっかり三回戦まで残ってるじゃない。偉いわね」
「当たり前だろう」
「んなぅ」
「あぁ、がんばってるよ」
「・・・そのルチノーちゃんだけに向ける蕩けそうな顔がムカつくわ」
「嫌なら見るな」
腕に覚えがあるとはいえ、精鋭ぞろいの隊員相手だ、決して楽に勝てるわけではない。
オロフとマルリは一回戦で敗退した。
マルリは元々一対一での勝負が得意ではないし、オロフは力任せの攻撃が読まれやすく、試合には向かない。
ユハとヴァイノはまだ残っている。
順調にいけば、準決勝で当たるだろう。
共に訓練をしてきてお互いの癖がわかっているだけに、やりにくい相手だ。
「お、エメ女史、ご苦労さん」
「親衛隊長。頼んだとおりに貴石を配置してくれたみたいね」
「あぁ。見てきたのか」
「術の仕上げがてら、一回りしてきたわ。
入れるけど出られない魔術陣って注文は、無茶にもほどがあるってもんよ。
単に侵入できないようにするっていうなら簡単なのに」
「ははっ。あんたならできるって国王が言うんでな。
で、その魔術陣からは誰も出られないのか?」
「それじゃ困るでしょ。リックに害意を持つ者だけに限定してあるわ」
「ほぉ。さすがだな。そんな細かい設定もできるのか」
「ものすごく大変だったんだからね。全く人使いの荒い・・・。
かかった経費はリックに請求が行くようにしてあるからよろしく」
ルゥを受け取りそこなった俺は、大人しく二人の会話を聞いていた。
しかし、どうもずいぶん大掛かりな罠をしかけているようじゃないか。
「あの、隊長」
「あ、すまんすまん。何か話しているところだったか」
「いえ、たいした話ではありません。しかし今日リクハルド様が狙われるというのは本当なんですか?」
我が国に表だって敵意を示している国もなく、内政も安定している。
変事と言えば、エメの部屋の水差しに毒が盛られていたという話だけで、その他は聞いていない。
厳戒態勢が功を奏しているのだと思うが、逆に言えばこれまで何もないのだからあえて今日どうこうということもないのではないか。
「公表していないが、ここ一か月くらい不審な出来事が続いているんだ。
国王がよく通る中庭に毒蛇がまぎれこんでいたり、執務室を毒蜘蛛が這いまわっていたりな。
エメ女史の持ち物に毒針が仕込まれていたこともあった。
国王の寝室や居室に直接の襲撃はないが、何者かが入り込んでいるのは確かだ。
国王にはここのところ外出を控えさせていたから、そろそろ相手もじれてきているだろう。狙うなら今日だ」
「そうだったんですか。何も知らず・・・申し訳ありません」
「いや。先入観があると視点が限定される。隊員たちにはあえて詳細を知らせずに警備だけさせていたからな。
次は三回戦か? がんばれよ」
「はい」
二人はまだ打ち合わせがあるようだ。
エメの腕から俺の腕に渡ったルゥを抱き、控室代わりの更衣室に入る。
誰もいないことを確かめ上着をかけてやると、するりと人の姿に戻った。
「カール」
上着の合わせ目から覗く肌が艶めかしい・・・が、今はそこに気を取られている場合ではない。
「観覧席で応援してるからね。がんばってね」
「あぁ」
細い腰を抱き寄せて、口づけた。
甘い舌を吸い、その口腔を存分に味わう。
「ふ・・・は・・・んん・・・・」
口づけの合間に漏れる吐息すら愛おしく、一瞬試合のことを忘れそうになる。
試合への活力を得るはずが、違う方に向いてどうする。
下半身の高ぶりを無理矢理理性で抑えて、名残を惜しみながら唇を離した。
「続きは、家に帰ってからな」
「ん・・・もぅ、カールったら・・・」
頬を染めたルゥが、くたっと俺に寄りかかってくる。
頭を撫で、艶やかな髪の感触を楽しんでいると、扉を叩く音と共に「そろそろ出番だけどぉ?」とエメの呆れた声がした。
ルゥは慌てて猫の姿をとる。
ぱさりと落ちた上着を拾い、更衣室を後にした。