4 カールとごはん
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「そりゃぁ!」
「おう!」
訓練場の剣戟の音や掛け声が、隊舎まで聞こえてくる。
式典も終わり、武術大会まであと一週間となった。
「昼休みも練習とは、精が出るね」
「えぇ。隊長の家での合宿だけは避けたいんで、みんな必死ですよ」
「ははは、理由はどうあれ、訓練に励むのはいいことだ」
ヘルマン副隊長と昼食をとりながら話す。
傍らには遊びに来た白猫。
俺の机の上で丸くなり、時折あくびをしている。
エメの部屋の水差しに毒が混入されていた件以来、特に変わったことはなかった。
今、城ではひそかに厳戒体制がとられている。
警備の人員が増やされ、城内にはエメの魔術が網の目のように張り巡らされているという。
そんなときに武術大会などやっていいのかと思うのだが・・・。
「そうそう、これはね、午後発表しようと思うんだけど、武術大会は御前試合になりそうなんだ」
「リクハルド様が見に来られるということですか?」
「うん。あと城内の者は自由参観」
ルゥの耳がぴくりと動く。
何も言わないが、俺たちの会話を聞いているようだ。
「危ないのでは・・・」
「危ないよねぇ。でもそれが隊長のねらいかな。
ほら、あの人、待ってるより攻めに行きたい人だから。
陛下を囮に、一気に捕まえたいんじゃないかな。だめならだめで、親衛隊の実力を見せることで牽制にもなるからってことで、議会を納得させたらしいよ」
「囮ですか」
武術大会の会場は、隊舎の裏の訓練場だ。当然屋外なので、警備はしづらい。
武器の持ち込みも可能だし、城内の者が自由に来られるのなら、不審者が混ざっていてもわからない。
「魔術士がいるっていうのも大きいね。エメ女史は、当日きっと陛下の隣で守護をすることになるだろう。
そこで功績をあげれば、正妃にしやすくなるって腹も、陛下にはありそうだね」
「リクハルド様も納得済みなんですね」
「うん。っていうより、二人で考えたらしいよ。腹黒いよねぇ」
「いや、まぁ・・・」
答えに窮していると、それまで黙って聞いていたルゥが立ち上がり、つんつんっと爪を俺の袖に引っかけて引いた。
そうだ、昼休みに模擬刀での練習の様子を見せると約束していたんだった。
「あ、じゃ、俺も訓練に行ってきます」
「うん。試合で陛下にいいところ見せられるようにがんばって」
「はい、ありがとうございます」
試合でとは言われたが、警備こそ力を入れなければならないだろう。
これは賭けどころではないな。マルリ達にも相談しておくか。
訓練場に向かいつつ考え込んでいると、
「んな?」
と肩に乗ったルゥが、小首をかしげて見つめてきた。
ぽん、と頭を撫でてやる。
「大丈夫だ。皆、親衛隊に引き抜かれるような連中だからな。抜かりはないさ。
隊長の狙い通り、リクハルド様を狙って賊が出てきたところを捕まえてやる」
そうすれば、ルゥを安心して勉強会に送り出すこともできる。
「なーぅ」
紅玉の瞳が、不安げに揺れる。
無理しないでね。
そう言われた気がした。
*****
とっとっと
隊舎からお城の裏口へと歩いていく。
練習とはいえ、さっきのカール、すごかったなぁ。
相手のオロフさん?はカールより少し背は低いけど、その分がっしりした体格で、剣を振るたびにぶんぶん音がしてた。
カールはそんなオロフさんの剣をかいくぐって、胴に寸止め。
模擬刀とはいえ、当たったら痛いもんね。
隣で練習してたユハさんも、家に来たときとは違って、とっても厳しい顔をしていたな。
差し入れに来たらしい女の子のことは、冷たくあしらってた。
あれ、そう言えば、カールのところにはああいう女の子って来るのかな。
それらしいものを持ち帰ってきたことはないけど・・・。
裏口を抜けると、こじんまりした庭がある。
幹の白いひょろりとした樹木が立ち並び、生い茂った葉が、少しずつ強さを増している太陽の光を心地よくさえぎってくれている。
「ねこたん!」
木漏れ日の中を歩いていると、声をかけられた。
ええと、ジェラール様だっけ。
短い脚を一生懸命動かして、駆け寄ってくる。どうして裏庭なんかにいるんだろう。
「んな」
無視をするわけにもいかず、座って待っていると、手の平をいっぱいに広げて背中を撫でてきた。
今日は泣いてないね。よかった。
「ねこたん、抱っこ?」
「なー?」
私にあなたは抱っこできないよ?
ピンクの肉球をわきわきして見せると、くしゃっと笑った王子様は、私の脇に腕をまわしてよいしょと引っ張り上げた。
あ、抱っこがしたかったんだね。
カールになら片手でひょいと持ち上げられてしまう私だけど、3,4歳に見えるこの子にはかなり重いみたい。
背中をそらして精一杯持ち上げても、私の後ろ脚は地面についたまま。
猫の胴って案外長いからねぇ。
顔を真っ赤にして頑張る王子様は、とうとうどすっと尻もちをついた。
私もそのまま王子様のおなかの上に乗ってしまう。
「う・・・ふぇ・・・」
あ、まずい。泣いちゃう。
「んにゃぅ」
泣かないで。
ぷにっと柔らかい頬を、ちろちろと舐める。
王子様は、一瞬びっくりした顔をしたけど、くすぐったそうに首をすくめた。
「んっ、あはっ、ねこたん、やっ」
「うにっ、うなー」
「あはは! ね、ねこたんっ、うふふ、くすぐったいよぉ」
王子様が楽しそうにするのが嬉しくて、調子に乗った私は顔や首をどんどん舐めた。
「きゃー! ジェラール様が猫に襲われてるー!!!!」
耳をつんざくような悲鳴に驚いて振り向けば、タマラとかいう感じの悪い女の人が駆け寄ってくるところだった。
襲われてるって・・・。
そりゃ、馬乗り(猫乗り?)になってはいたけど、舐めてただけだよ?
「どきなさい!! あぁ、ジェラール様、ご無事ですか!?」
私を乱暴に押しのけたタマラは、王子様を抱き起すと背中やお尻についた土を払い落とした。
「こんなに汚れて・・・すぐお部屋に戻って湯あみをしましょう。
変な病気など持っていないといいけれど」
じろっと睨まれる。
病気ぃ? そんなのないもん!
「王様の猫だかなんだか知らないけど、二度とジェラール様に近付くんじゃないわよ!」
フーッと威嚇する私にかまうことなく、タマラは捨て台詞とともに王子様を抱いて駆けて行った。
私が王様の猫だったことはわかったんだね。
それでも、なんて失礼な女なの。
そんなに大事なら、王子様を一人にしなきゃいいのに!
ぷんぷん怒りながら勉強会に行ったせいか、この日は炎の術がうまくできた。
「くすくす・・・。ルチノーちゃんってば、わかりやすいわぁ。
水と火の初級はだいたいできるようになったから、雷系いきましょうか」
「はい。あ、そういえば、エメさんも武術大会を見に行くの?」
「耳が早いわね。見に行くっていうか、警護の手伝いをすることになってるわ」
手伝いか。正妃云々は言わないでおこう。
「ルチノーちゃんも行きたい?」
「行ってもいいの?」
「猫でならいいんじゃない? 私が抱いていてあげるわ」
「わぁ、本当!?」
絶対無理だと思ってたから、今日練習を見せてもらったんだけど、それならカールも許してくれそう。
「念のため、雷を使った防御の術を教えてあげるわ。
体に雷気を帯びて、相手をしびれさせるのよ。やってみる?」
「やる!」
早速教わった術は、術自体はすぐにできるようになったけど、力の加減が難しかった。
「ルチノーちゃん、それじゃ相手は死ぬわね。しびれるくらいに調節してごらんなさい」
練習台の丸太はすでにぼろぼろ。
一部は炭化して真っ黒になっている。
いくら身を守るためとはいえ、相手を死なせてしまうのは怖いから、なんとかできるようになりたい。
夕方ぎりぎりまでがんばったけど、ちょうどいい強さにはできなかった。
「今日はここまでかしらね。この術は家では練習しないでね。
火事でも出したら大変だから」
「・・・」
「ま、そう落ち込まないで。雷系は難しいのよ。
敵をやっつけることはできるんだから、いいじゃない」
「うん」
「あと何属性かできるようになれば、首輪をはずせる日も近いわ。
がんばりましょうね」
あ、そっか。
力の制御が目的だったっけ。
魔術の練習そのものがおもしろくて、忘れるところだった。
お城から出たところでカールに会った。
「ルゥ!? こんな時間まで勉強会か?」
「なう」
「日が延びたとはいえ、あまり遅くなるなよ」
「んなー・・・」
お夕飯の準備がまだだったので、そのまま城下町に出てごはんを食べることにする。
猫でいいのかなと思ったけれど、道端にテーブルを出しているお店があって、カールの膝に乗って一緒に食べることができた。
「うまいか?」
「んな!」
カールが口に運んでくれるお料理はどれもとってもおいしい。
でも、男の人一人と猫の組み合わせって、傍からみたらかなり変だよね?
カールは気にしてないみたいだけど、せっかく格好いいのにちょっと残念なことになってる気がする。
あああ、カールがモテるのは困るけど、格好いいとも思ってほしいなんて、どうしたらいいんだろう。
「ヴュストさん?」
葛藤しつつもごはんを食べていると、道の向こうから声をかけられた。
アドルフ菓子店の店長さんだ。大きな箱を抱えている。
「こんばんは。お食事ですか」
「ええ。店長も?」
「いえ、私は納品です。閉店までに売れなかった分は、こちらのお店に置かせてもらってるんです」
なるほど。
お菓子屋さんってそんなに遅くまではやってないけど、こういう飲食店なら夜まで需要があるもんね。
アドルフさんは閉店ぎりぎりまでたくさん商品を並べて置けるし、お店側もおいしいデザートを提供できるから一石二鳥だね。
あとでカールに注文してもらおうっと。
「今日は奥様は御一緒じゃないんですか?」
「ん、あぁ、ちょっと出かけている」
「それで外食なんですね。ぜひまた店にもお越しください。季節の新作をご用意しています」
「あぁ。妻はおたくの菓子がずいぶん気に入ったようだから、また寄らせてもらうよ」
「おお、うれしいです」
そう言ってアドルフさんは、箱からベリーのたくさんのったタルトを2つ取り出すと、テーブルの上に置いた。
「よろしかったらどうぞ。奥様にもよろしくお伝えください」
うわぁ、うれしい!
せっかくのお菓子なので、猫じゃなくて人の姿で味わいたい。
家に持ち帰って、お茶を淹れていただいた。
「この酸味が、最高っ」
「俺のも食っていいぞ」
「ほんと!? ありがとう!!」
アドルフさんがお菓子を卸してる店があるって、ユハさんは知ってるかな。
今度会ったら教えてあげようっと。




