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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第1部
7/100

7 モテキとリボン

*****


「あの、隊長さん、これよかったら・・・・」


兵舎での休憩時間。

若い娘が、赤いリボンで口を結んだ包みを差し出した。


「私が焼いたパンなんです。中に木の実が練り込んであります。お口にあうといいんですけど・・」


「あぁ、ありがとう」


受け取るときに、指先が触れた。

娘はかあぁっと頬を染めて、「いえぇ、あの、その、じゃぁっ」とかなんとかもごもごと言って壁の向こうに走り去った。

なんだ、俺は危険人物か。

そんな反応をするなら、差し入れなどしなければいいのに。


「あーぁ、やっぱりねぇ。隊長モテモテっすね」


「モテ・・・?」


露骨に逃げられて仏頂面をしていると、ギュンターが話しかけてきた。


「あれ、サジの妹っすよ。

 うちの隊にいるでしょ。そばかすの浮いた細い奴。

 妹はなかなかの器量よしだって言うんで狙ってる奴も多いのになぁ。

 隊長相手じゃかないませんね」


「なんで俺が相手になるんだ」


「やだなぁ、隊長、もしかして恋愛ごとには鈍いんすか?」


得意とは言えない。

普通の女性と深い仲になったことはないから、恋愛なんてわからない。

相手にしていたのはもっぱら商売女だ。


「ここのところやけに皆いろいろくれると思ったら、そういうことか?」


「ですねぇ。髪切った途端これだもの、女っつぅのはなぁ」


香ばしい匂いを漂わせるパンは魅力的だが、そうとわかったら安易に受け取るわけにはいかない。


「これは昼飯の時でも隊の連中にわけてくれ」


「いいんすか?別にこれくらいもらっても平気だとは思いますよ」


「女は当分いらんと言っただろう。パン1つで隊員の恨みを買うのも嫌だしな・・・っとそうだ」


ギュンターに押し付けた包みから、リボンをしゅるりとほどき取った。


「俺はこれだけでいい」


「・・・隊長?」


「猫だよ。首輪がほしいと思っていたところだったんだ」


赤いリボンを見たときから、ルゥに似合いそうだと思った。

昨夜急にいなくなって心配したから、鈴をつけて首にかけてやるのもいいだろう。

鈴か。どこかにあっただろうか。

とりあえずはリボンだけでも良しとしよう。





「ただいま」


ルゥがきてからすっかり習慣になった帰宅のあいさつ。

玄関を開けると、期待通りちょこんと座って俺を待っていた。


「な~」


と鳴いてすり寄ってくる。

なんて愛らしいのだろう。


「ルゥ。今日のお土産はこれだ」


上着の隠しからリボンを取り出す。

ルゥはちょいちょいっと手を出したかと思うと、すぐに揺れる布先に夢中になった。


「・・・だから、さ。からまるなよ」


数分後、リボンにぐるぐる巻きにされたルゥがいた。

笑いをかみ殺しながらほどいてやる。


「これはここ。こうするためにもらってきたんだ」


首かけ、後ろ側で結んでやった。

白い毛なみに赤いリボンが映える。


「思った通りだ、よく似合う」


なんだろう、と言うように小首をかしげるルゥ。

自分では見えないのだろう。

しかししばらくすると、前脚でリボンをひっかけてほどいてしまった。


「なんだ、せっかく結んでやったのに」


床に落ちていたリボンを拾って、また結んでやる。

ルゥがほどく。

俺はまた結ぶ。


それを何回か繰り返して、どうやらルゥはリボンを嫌がっていることに気付いた。


「これ、嫌なのか?」


目の前で見せると、


「うなー・・・・」


悲しげに鳴いた。

野良だから嫌なんだろうか。

首輪リボンをすると、俺の飼い猫になると思うから?


俺の・・・。

あぁ、そうだ。

俺がリボンをつけたかったのは、心配したからなどではない。

ルゥが俺のものだという、所有の印をつけたかったのだ。

でもルゥはそれを嫌がった。

つまり、俺を飼い主だなどと認めてはいないのだ。


「ルゥ・・・俺のこと、嫌いか?」


尋ねると、ルゥはふるふると首を横に振った。

まるで人の言葉がわかっているかのようだ。


「これ、つけるの嫌か?」


俺はよっぽど辛そうな顔をしていたに違いない。

ルゥが近づいてきて、頬を舐めた。

ざらりとした感触がくすぐったい。

玄関への出迎えといい、決して嫌われてはいないのだと思うけれど。


それでも、首輪リボンは嫌なんだよな・・・。


せっかくもらってきたリボンだが処分するしかないと思ったとき。

ルゥがしっぽを差し出してきた。


「ここに結べって?」


「なー」


尻尾の先に、赤いリボン。

結んでやると、ルゥは2、3度振って動作を確認したあと、尻尾を高く上げて居間を2周した。

胸をはり、ぴんと尻尾をあげて歩く。


「ははっ、そうしているとずいぶん上品に見えるな」


「んな!」


俺が笑ったことに腹を立てたかのように、たしたし!っと足を叩かれた。

こいつ、本当に言葉がわかってるんじゃないのか?

ゆらゆら揺れるルゥの尻尾の先で舞うリボン。

当初の予定とはちがったが、そこもなかなかいい。


「気に入ってくれたか?」


「な!」


ルゥがリボンをほどく様子がないのにほっとして、俺は夕飯の支度にとりかかった。



*****


カールがリボンをくれた。

深い赤色をしたリボンは光沢があって、これまで見たどんなリボンよりもきれいだった。

首に結ばれて、はじめはうれしかったけれど、はっと気づいた。


もしこれで人に戻ったらどうなるんだろう。


リボンがほどけるか切れるかすればいい。

でももしそのままだったら?

人に戻った途端、私は窒息死だ。

だから尻尾に結んでくれたときには、ほっとした。

尻尾が人型になったときにどこの部分になるのかはわからないけど、首がしまるよりはましだろう。

せっかくカールが私にと持ってきてくれたものだから、大事にしよう。


針のように細い月が、わずかに室内を照らしている。

体がむずむずしてくる。

いけない。

私は2度と人にはもどらないんだ。

ぎゅっと目をつぶり、強く思う。

生きるために。

カールの側にいるために、私は猫じゃなきゃいけないんだ。




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