2 水鏡
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ブルクハルト王国の英雄の生誕何周年だかの式典だと言って、カールは朝早く出かけて行った。
元は内輪の式典らしいんだけど、今回はどこかの偉い人が参加するそうで、勉強会に向かう途中の城内は少しばたばたしていた。
親衛隊の正装をしたカール、格好よかったなぁ。
その式典、ちょっと覗いてみたい。
「きゃ!」
「あーぁ。ルチノーちゃん、何か余計なこと考えてたでしょう」
「ご、ごめんなさい」
エメさんの部屋で、どこまで細く高く伸ばせるかと挑戦していた水柱が、ぱしゃんとはじけた。
頭から水をかぶりびしょぬれになったけど、エメさんが手をさっと振るとあっという間に乾いてしまった。
「ありがと」
「はいはい。何か心配ごとでもあるの?」
エメさんは、集中を切らした私を、優しい色を浮かべた瞳でじっと見つめてくる。
私にお母さんやお姉さんがいたなら、こんな感じかなって思う。
「ううん、カール、今何してるかなぁと思って」
「・・・はぁ。毎日一緒にいてまだ気になるわけ?」
「うぅ。ごめんなさい」
「まぁいいけど。あ、そうだ。それなら水鏡をやってみましょうか」
水鏡?
見たいものを水面に映し出す術らしい。そんなことができるんだ。すごい。
エメさんが重そうな銀の水盤を持ってきて、水差しの水をそそぐ。
教えられたとおりに、水の表面に意識を集中させて、カールの姿を思い浮かべた。
「あ・・・!」
「何か見えた?」
私の顔が映っていた銀盤の水面が揺らぐ。
風もないのにさざ波が立ったかと思うと、空から見下ろすような形で、紺の制服の一団が映った。
これは、お城の庭? 中庭じゃなくて、表の大きな庭園の方だ。色とりどりの花が咲き乱れ、噴水も見える。
カールはどこだろう。
さらに意識を集中させる。
あ、あの後姿、カールだ。隣にユハさんもいる。
もっと近づいて・・・お仕事中の顔、家と全然違うなぁ。そうだ、出会ったころ、こんな顔をしていた・・・ん?
「きゃ!」
ぱしゃん! 水面がはじけた。
「あら、どうしたの?」
「カールが私を見たような気がしたの」
「へえ。水鏡越しに気付くなんて、たいしたものね」
「そうなの?」
「ええ。普通の人は気付かないわ。だてに親衛隊にいるわけじゃなさそうね」
ちょっと気に入らなそうに、でもカールをほめてくれたみたいで嬉しい。
また濡れてしまったので、エメさんに乾かしてもらう。
「うん、初めてにしては上出来。慣れれば専用の器じゃなくても、ただのお椀に汲んだ水とか地面の水たまりとかでもできるようになるわ。結構便利よ」
「誰のことでも見られるの?」
「細かいところまで思い浮かべられる人のほうがやりやすいわね。知らない人は無理かな。その人につながる何かがあれば見られるけど」
「へぇ」
「浮気防止にもなるわよ」
「え!」
「いつ見られるかわからないと思えば、そうそう浮気なんてできないでしょう?」
なるほど。
カールに言っておくのもいいかな。
カールにそのつもりがなくても、言い寄ってくる女の人はいるかもしれないし。
「くすっ、まぁ、あなたたちはそんな心配いらないだろうけどね」
“あなたたちは”と言われて、気になっていたことを思い出した。
「あの・・・エメさんは、王様に奥さんがたくさんいること知ってるの?」
「ん? あぁ、側室のこと? 知ってるわよ。子どもも五人いるわ」
「そうなんだ・・・。ごめんなさい、私」
そんなことも知らずに、王様に協力していたことを謝る。
王都にいる人なら、誰でも知っていることなのかもしれない。
「いいのよ。ったくあいつが悪いんだから、ルチノーちゃんが気にすることないわ。ただの女好き。
ルチノーちゃんも気を付けてね」
エメさんが、腰に手を当ててぱちんと片目をつぶる。
「き、気を付けてって・・・」
どういう風に? と聞こうとしたところで、扉が開いた。
「私の話か?」
噂をすれば影。
毛皮で縁取りをされた、真っ赤なマントを羽織った王様がいた。
頭上には宝石が散りばめられた王冠。錫杖まで持っている。
式典からまっすぐここに来たのかな。
「リック。式典は終わったの?」
「あぁ。疲れた」
手近な椅子にどかっと座り、王冠を無造作に机の上に置く。
「着替えくらいしてからいらっしゃいよ」
「カールが、ルゥに何かあったんじゃないかと気にしていたのでな、見に来た」
「あ、ごめんなさい。術の練習をしていただけなんです」
「術?」
「えぇ。水の表面に見たいものを映せる術だそうです。ほら、この銀盤に・・・」
机の上の銀盤に、王様が興味深げに目をやる。
私が失敗したせいで水かさの減った内側を、じっと見つめた王様の眉がわずかに寄った。
「この術には、特別な水を使うのか?」
中途半端ですみません^^;