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妾妃の独白~Bの場合~


「ごめんなさいね、ブランシュ。私たちにもっと甲斐性があれば・・」


「いいんです。お母様。せっかくの機会チャンス、有意義に使ってまいりますわ」


うちは、名こそあれ、お金はちっともない貧乏貴族。

17の私を筆頭に、下にはまだ5人も弟妹きょうだいがいます。

なんでお金がないのにこんなに子沢山なのかって?

冬の寒い日には、薪代を節約するために、夜早めに寝台に入って、お互いを温めあいますわよね。

夫婦ならば当然、その、くっつけばそうなりますわ。

その結果、全部で6人の姉弟妹きょうだいとなったのです。

今年の冬も寒いらしいですから、もしかしたらもう一人くらい増えるかもしれません。


このたび、国王陛下の花嫁さがしの舞踏会があるということで、国中の年頃の娘がいる貴族に通知が来ました。

私のところにも、封蝋がされた立派な招待状が来ました。

こんなに蝋を使ってもったいない、うちなら3回分だわ! と思ったのは貧乏根性というものでしょうか。


初めは渋っていた両親ですが、参加するだけで支度金がもらえるというくだりになって、俄然乗り気になりました。

せっかくだから支度金おかねをもらって王都見物をして、あわよくば城仕えのどこかのご子息をひっかけて、いえ、見初められでもしたら上々ということになりました。


ただ問題は、私が女性としての魅力に欠けるということですわね。

食費を切り詰めているためか、一向に膨らむ様子のない胸。やせっぽちの体。

白というより青白い肌は、もっぱら家の中で読書をしたり弟妹きょうだいの世話をしたりして過ごしているせい。


唯一の自慢は、直毛の豊かな黒髪。

庭で育てている花の根から抽出した香油を使って、毎日お手入れをしています。

我が国にはいろいろな髪色の人がいますが、真っ黒というのはどちらかといえば珍しいのです。

私の家族も、みんな栗色やこげ茶など濃い色はしていますが、黒ではありません。

しかも私は瞳も黒なので、母は神秘的で美しいと言ってくれます。

誰か黒髪がお好みの殿方がいるといいのだけれど・・・。


通知が来てから一か月後、私はお城に向けて出発しました。

支度金のほとんどは食費と屋敷の修繕費に当ててしまったため、私は色あせたドレスを着て迎えの馬車に乗り込みました。

片道一週間、お城での滞在期間は三日。帰りがまた一週間。その間の経費は全部お城持ち。

私の食費が浮くだけでも、うちの家族にはありがたいことですわよね。






「ふぅ・・・」


舞踏会初日にして、本日39回目の溜息です。

溜息をつくと幸せが逃げますよ、と言う母の言葉を思い出します。

でもお母様。この状況では溜息をつくくらいしかすることがありません。

私、お城の舞踏会というのを甘く見てましたわ。


広間を埋め尽くす、きらびやかなご令嬢たち。

その数は187名にのぼり、玉座にお座りになるリクハルド陛下の前で最後の方が紹介を終えるころには、日が暮れていました。

その間の陛下は、時折わずらわしそうに髪をかきあげる他は、肘掛けに頬杖をついて退屈そうにしてらっしゃいました。

ようやく舞踏会の時間になると、陛下の周りには自分を売り込もうとする人々であふれ返りました。

私は、そんな人々に気圧けおされて、大人しく壁の花となることにいたしました。

そして今に至ります。


「ふぅ・・・」


40回目の溜息をついたところで、近くにたむろするご令嬢たちの噂話が聞こえてきました。


「陛下が花嫁探しに熱心じゃないっていうのは、本当らしいですわね」

「即位して四年・・・。そろそろ正妃をお迎えになるべきなのに、ちっともその気配がないからって、大臣たちに無理矢理この舞踏会を開かされたそうですわ」

「お子様はいらっしゃるけど、妾腹の子じゃねぇ」

「アンジェリカ様でしたっけ? 公の場には出ていらっしゃいませんものね。やっぱり卑しい出自では陛下の横に並ぶにはふさわしくありませんわ」

「陛下もそんな女一人にかまわずに、とっとと正妃なりもっと身分の高い側室なりをお迎えになればよろしいのにね」

「妾妃様、よほど閨事がお上手なのかしら」

「やだ、あなたったら、くすくす・・・」


ご令嬢たちの噂話はまだまだ続きそうです。

げんなりした私は、お城の中を散策することにしました。




「まぁ、きれい」


紺色の制服を着た、癖のある栗色の髪をした兵士の方に案内されて、中庭に出ました。

手入れの行き届いた色とりどりの花が、淡い蝋燭の光に照らし出されています。

みんな舞踏会に行っているのでしょう。

中庭には私以外の人影はなく、さきほどの兵士の方も、案内を終えるとどこかへ行ってしまいました。

一人自由になった私は、小薔薇の道を抜け、少し開けた場所にある石造りの椅子に腰を下ろしました。


「いい香り・・・。幻想的で、夢のよう・・・」


この中庭を見られただけでも、王都に来たかいがありました。

家に帰ったら、弟たちに話してあげましょう。

目を閉じて、うっとりと花の香りを嗅いでいると、裾をつんと引かれました。


「ボドワン、いい気分なんだから、邪魔をしないで」


つい口にしたのは、一番下の弟の名前。

あら、ここはお城でしたわ、と我に返ってみれば、小さな男の子が私の裾をつかんでいました。

目が合うと、幼い瞳が悲しそうに歪みました。


「おかぁしゃん、ちがう・・・」


くせのある濃い茶色の髪に、淡褐ヘーゼル色の瞳。

裾をつかむ手はぷにぷにとふくらんでいて、仕立てのよさそうな服を着ています。

年の頃は、二歳ふたつ三歳みっつでしょうか。


「お母様とはぐれてしまったの?」


城勤めの方のお子さんかしら。


「ううん、おかぁしゃん、とおいところにいるの。りゅか、あえないの」


遠いところ・・・。亡くなってしまったのね。かわいそうに。


「お・・かぁしゃん、あいたいよぅ。う・・えぐっ・・」


大きな瞳に涙がたまり、とうとう男の子は泣き出してしまいました。

よしよし、と頭を撫でますが、泣き止む気配はありません。

私の裾をぎゅうっとつかむ小さな手が痛々しいです。


「リュカっていうの? ねぇ、泣かないで」


「あうぅ・・・おかぁしゃん・・おかぁしゃん・・・」


頬を濡らす涙をハンカチで拭いて、膝の上に抱き上げました。

体を前後に揺らしながら、背中をぽんぽんと叩いてなだめます。


「リュカ、いい子ね。泣かないで。あなたが泣いていると、お母様が悲しむわ」


私がそう言うと、リュカは自分の親指をしゃぶりながら、顔をあげました。


「う・・・うぇ・・おかぁしゃん、かなしい?」


「そうよ。泣いちゃだめ。遠いところにいるお母様は、リュカにいつも笑っていてほしいのよ」


「しょうなの? おねぇしゃん、おかぁしゃんのこと、しってるの?」


「知らないけど、わかるのよ。私も弟や妹がたくさんいるけど、私の為にあの子たちが泣いていたら、とっても悲しい気持ちになるわ。どんなに辛いときでも、あの子たちの笑顔を見ると幸せな気持ちになるのよ」


そう、だから私はお城にきたのですもの。

王様は無理でも、いいひとを見つけて帰らなくては。

あぁ、さっきの兵士さんのお名前を訊けばよかったかしら。


「おねぇしゃん、いいによい・・・。おかぁしゃんとおんなし、によい、する」


いつの間にか泣き止んだリュカは、私の胸に顔をうずめて、半分目を閉じていました。

泣き疲れて、眠くなってきたのでしょう。

ちゅくちゅくと指を吸うしぐさが、この子の寂しさをあらわしています。

口元から指をはずし、ハンカチで唾液を拭いて、そっと握りこんであげました。

小さな手が私の手を握り返してきます。


なんて可愛らしいのかしら。

弟や妹の小さい頃を思い出しますわね・・・。


どれくらいの間、リュカを膝の上に乗せていたでしょうか。

廊下を大勢の人がぞろぞろと歩いてきました。

あら、舞踏会が終わってしまったのかしら。

私ったら、結局初めのごあいさつしか、陛下にお会いしなかったわ。

いくらなんでもまずいわよねぇ。

まずいと言えば、この子、どうしましょう。


「お困りですか」


すっかり寝入っているリュカを途方にくれて見つめていると、頭上から声が降ってきました。

見上げると、丸眼鏡をかけた白髪の男性が、微笑みを浮かべて立っていました。


「この城の侍従長を務めております、シルヴァン=デュレーと申します。ブランシュ様でいらっしゃいますね」


「え、あ、はい。なぜ、私の名前を・・・」


「ご招待した方のお名前とお顔はすべて覚えております。広間にお姿が見えないので、心配をしておりました」


「まぁ、申し訳ありません。ちょっと退屈・・・じゃない、外の空気が吸いたくて中庭こちらに来たら、あまりのすばらしさに見入ってしまいましたの」


「ありがとうございます。ところで、膝の上のお子様はどうされましたか?」


あくまでも笑みを絶やすことなく、侍従長さんはリュカのことを尋ねてきました。


「私がここに腰かけていたら、裾を引っ張ってきたんです。話しかけたら、お母様に会いたいと泣き出してしまって。なだめているうちに眠ってしまいました。

 できればおうちの方のところへ連れて行ってあげたいのですが、どこのお子さんかわからなくて、困っておりましたの」


「そうでしたか。では私が責任をもって、おうちの方のところへお連れします。ブランシュ様も今日はお疲れになったでしょう。どうぞお部屋でお休みください」


ぐっすりと眠っているリュカは、侍従長さんに抱かれても起きませんでした。






お城に来て二日目。

今日も夕方から舞踏会が開かれます。たぶん今日は夜中まで続くでしょう。

他のご令嬢たちは、夜に向けて各自部屋で休んでいるようですが、私は出会いを求めて城内を散策することにしました。


「あら、昨日の・・・」


とりあえず、知っている中庭に向かうと、廊下で昨日の兵士さんに会いました。


「昨夜はたいへんだったようだな」


柱に寄りかかって腕を組む兵士さんは、なんだかとても偉そうです。

お城勤めの方というのは、皆こうなのでしょうか。


「たいへん?」


「リュ・・・いや、子どもが泣いていただろう」


あら、兵士さん、私を案内したあと消えたと思っていたのですが、どこかで見ていたのでしょうか?

私の不審げなまなざしに気付き、兵士さんは口の端をあげて苦笑しました。


「いや、私はこの辺りの警備担当だからな。この柱の影にいたんだ。気付かなかったか?」


「まぁ、そうでしたの。気付きませんでしたわ。

 すみません、案内なんてしていただいてしまって、お仕事の邪魔になりませんでしたか」


「いや、舞踏会開催中は、お客人の案内も仕事の内だそうだから。

 今日もどこかへ出かけるのか? 行きたいところはあるか?」


「そうですね・・・。あの、では、殿方がたくさんいらっしゃるところってあるかしら」


「んん?」


兵士さんは、濃い灰色グレーの瞳をすがめて、私を見つめています。

やだ、私ったら、これではまるで痴女ですわ。


「お、弟が騎士になりたいと言ってまして。騎士様のお仕事を見てきてって頼まれましたの。

 皆さんが訓練なさっているようなところって、見せていただけるかしら」


「なるほど。そういうことなら案内しよう」


にっこり微笑んだお顔は、やけに威厳があるように見えました。

もしかして、兵士さんの中でも偉い方なのでしょうか。

先に立って歩き出した兵士さんの背中を見ながら、この方ともう少しお話ししてみたいな、と思いました。




「こっちが隊舎で、こっちが訓練場。紺色の制服が親衛隊で、真紅が近衛。黒の制服の騎士団は第一師団から第六師団まであって、肩章の数で分けている」


案内されたのは城の一画。

表の豪華さとは違い、こちらは実用第一の造りになっていました。


「こちらにはどういう方がお勤めなんですか?」


「貴族の子弟もいるし、一般の志願者もいるな。今日は皆警備で出払っているか・・・。

 非番の奴なら訓練場にいるかもしれん。行くか?」


「えぇ、お願いします」


訓練場では、何人かの騎士の方が汗を流してらっしゃいました。

どなたも立派なお体をしていらっしゃいます。

うーん、ここからどうすればお知り合いになれるのかしら。

殿方を引っかけた経験などない私は、とても困りました。


「馬場もあるのだが・・・ここからでは見えないな。上に行くか」


うなる私をどうとらえたのか、兵士さんはさらに案内を続けてくれました。

どこに行っても、兵士さんの顔を見ると、みなさん道を開けてくれます。

やっぱりこの方、偉い方なのですね。


息を切らしながら見張り台のような塔に上がると、城の周りを一望できました。


「あそこに見えるのが馬場だ。栗毛の馬が走っているのが見えるか? あれが親衛隊長の馬で、隣の白いたてがみの馬が国王の馬だ。どちらも立派な馬だろう」


兵士さんが指さす方向には、柵で囲われた広い場所があり、その中を二頭の馬が楽しそうに駆けていました。

それを眺める兵士さんも、目を輝かせて嬉しそうにしています。

きっと馬がお好きなのでしょう。

しばらく馬を眺めていましたが、兵士さんがさらに遠くを指さしました。


「ずっと先・・・あの山の向こうまでが我が国の領土だ。城下町から続く街道は、山を越えて隣の国まで続いている。先王の代はあそこまでしか伸ばすことができなかった。私の代ではさらにその先、海辺の国まで道を通したい」


「くす・・・まるでご自分が国王であるかのような言い方ですわね」


「ぬ・・・」


「あ、すみません。この国の兵士さんなのですもの、当たり前ですわね」


「そ、そうだな。あぁ、もうこんな時間か。ついしゃべりすぎた。

 大丈夫か? おまえ、主人に怒られるようなことはないか」


あ、私、どなたかの侍女だと思われてたんですね。どおりで気安くお話ししてくださるわけです。

そういえばみなさんお付きの人を連れていましたわ。単身やってくる貴族の娘なんていないのでしょう。


「大丈夫です。午後のお茶には十分間に合いますし」


お茶を淹れてくれるのは、私の世話係りになっているお城の侍女さんですが。

その侍女さんにしても、一度に何人か担当しているらしく、めったに部屋に来ることはありません。


「そうか。寛容な主人でよかったな。しかしそろそろ戻ったほうがいいだろう。私も持ち場に戻る」


「はい。ありがとうございました」


中庭まで送ってくれてから、片手をあげて背を向ける兵士さんに、私は勇気を出して呼びかけました。


「あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか」


「リ・・・コスティだ」


「コスティさん? 私はブランシュといいます。お城への滞在は明日までですが、よろしくお願いします」


「あぁ。明日も散歩か?」


「たぶん」


「では、また明日ここで会おう」


「はい。ありがとうございます!」


お名前をお聞きできただけでなく、明日のお約束までできるなんて!

足取りも軽く自室に向かう途中、裾につんと覚えのある感触がありました。


「おねぇしゃん」


「あら」


リュカでした。


「今日もお城に来たの? 一人?」


「ん、おねぇしゃん、あしょぼ」


「いいわよ」


そう返事をすると、不安そうだったリュカの顔が、ぱっと明るくなりました。

手をつないで私の部屋まで行き、歌を歌ったり手遊びをしたりしていると、昨日も会った侍従長さんがお迎えにきました。


「やっぱりここでしたか。ブランシュ様、ご迷惑をおかけしました」


「いえ、私の方こそお断りもせず・・・」


気付けば日が傾きかけていました。リュカのおうちの方が心配しているかもしれません。


「おねぇしゃん、あしたもあしょんでくれる?」


また不安そうな顔になったリュカは、私の服をぎゅうっとつかんで、離そうとしません。


「そうね、リュカのおうちの人がいいって言ったら、今日くらいの時間でしたらいいわ」


「ほんと!?」


「えぇ」


「わぁい! おねぇしゃん、やくそくだよ」


「はい、約束ですね」


リュカを安心させるように微笑んで、私は当然のように小指を差し出しました。


「?」


「知りません? 約束をするときは、小指を合わせるのですわ。ほら、こうやって」


不思議そうな顔をしているリュカの手をとって、小さな指を私の指にからめました。


「指切りげんまん。嘘ついたら針千本のーます」


「え! はり? のむの!?」


「ふふ、そうですわ。ちゃんとおうちの人に言ってこないと、針を飲ませますよ」


「いやぁッ ゆう! ちゃんとゆうよ!」


「はい。私もリュカを待っていますからね。約束は守ってくださいね」


「うん!」


笑顔になったリュカは、素直に侍従長さんの手をとりました。


「うまいものですね」


弟妹きょうだいが多いものですから。リュカのおうちの方はこのお城にお勤めなんですか?」


「えぇ、そんなところです。ありがとうございました」


にっこり微笑んで、侍従長さんは私の部屋を後にしました。


舞踏会では、大きな円になって、全員が陛下と踊りました。

かくいう私も、一瞬だけお手に触れました。

手袋に包まれた陛下の手は、大きくて温かくて・・・弟たちにまた一つ土産話ができましたわ。




真夜中を過ぎ、ようやく舞踏会が終わりました。

噂話や自慢話に余念がないご令嬢たちは、少しまばらにはなりましたが、まだまだ広間に残っています。

明日のお約束ではあるけれど・・・コスティさんはいつもの場所にいらっしゃるかしら。

淡い期待をしつつ、廊下を進みます。

どうせ部屋に戻るには中庭のそばを通るので、おやすみなさいとごあいさつできたらいいのだけれど。

確かここ・・・と思った場所に、人影がありました。


「コスティさ・・・」


声をかけようとして、その影が一つでないことに気付きました。

柱を背にして立つ彼の胸にしなだれかかる、金の髪・・・。

どこかのご令嬢でしょうか。私は、とっさに別の柱の陰に隠れました。

あ・・・なんで私隠れてしまったのかしら。

そのまま知らんふりをして通り過ぎてしまえばよかったのに。

そして明日の朝、何食わぬ顔でご案内を頼んで・・・・。


ぽろぽろぽろ


なぜでしょう。

涙が出てきました。

コスティさんが約束をしていたのは私だけではなかったのでしょうか。

私とは明日の朝で、今の時間はあの女性と待ち合わせだったのでしょうか。

きっとそうですよね。

案内をするのが私だけとは限りませんもの。

“案内も仕事のうち”って言っていたではありませんか。

仕事・・・そうです、仕事です。

私ったら、二度お会いして、お名前とお約束をいただいただけで、いつのまにか自分が彼の特別であるように思っていたのですわ。


しばらくの間、柱の陰にうずくまり涙を拭いていると、当のご本人に見つかってしまいました。


「泣いているのか? 主人に叱られたか?」


「そ、そんなんじゃありません。コスティさんこそ、さっきのご婦人はいいのですか」


「さっきの? あぁ、酔っ払いか。知らん」


知らんって・・・。酔っ払い? お約束していた方ではないの?


「そんなに赤い目をしていたら、部屋には戻れないだろう。中庭でも歩くか?」


「・・・もしよければ、本庭の方を見せていただけると嬉しいです。中庭がこんなに素晴らしいのですもの、本庭はどれほどなのか、見てみたいですわ」


ここにいたら、またさっきの女性が戻ってくるかもしれません。

コスティさんは、私の願いをすぐにかなえてくださいました。

本当は、コスティさんと一緒ならどこでもよかったのですけれど。




「まぁ・・・! 素敵!」


ところどころに焚かれたかがり火に、花々が浮かび上がります。

ミニ薔薇を中心とした中庭と違い、本庭は大輪の薔薇が咲き乱れていました。色合いも、赤や橙色オレンジなどはっきりしたものが多いようです。


「くくっ・・・現金なものだな。まぁ涙が止まってよかった」


「す、すみません・・・」


彼の笑顔に、頬が染まります。

こ、これではお庭を見るどころではありませんんわ・・・。


「きゃ!」


頬に両手を当てて、ぼぉっと歩いていると、何かにつまずきました。

とっさにコスティさんが支えてくれます。


「ご、ごめんなさい」


「いや・・・」


息がかかるほどの距離にコスティさんのお顔があります。

胸が、どきどきと高鳴りました。

このままくっついていたら心臓が壊れてしまいます。

慌てて離れようとしましたが、コスティさんの手が私の腰から離れません。


「あ、あの・・・?」


「・・・」


コスティさんの手が、私の顎に添えられます。

灰色グレーの瞳が閉じられます。

あ・・・これって・・・・。


「だ、だめ・・・」


ふいっと顔をそむけて避けました。


「なぜ?」


コスティさんが耳元でささやきます。

ぞくりと背筋が震えました。腰に回された手が、やけに熱く感じます。

なぜ? なぜですって? あぁ、こんなことが私に起きていいのでしょうか。


「だって・・あの、こんなところで・・・」


「こんなところ? みな、している」


え。

そういえば私、さっき何につまずいたのかしら。

足元を見ると、薔薇の影から伸びる足がありました。


「あぁん、何? 痛いわね・・・」


どこかで見覚えのある女性が、体を起こしました。

髪は乱れ、ドレスの胸元が大きくはだけています。


「愛しい人、まだもう少し・・」


「あん・・・」


その女性ひとは、奥から伸びた腕に抱かれてまた見えなくなりました。


「第五師団のウィレクか。うまくやったようだな。

 舞踏会の後、気に入った相手としけこむのはよくあることだ。

 花嫁探しの舞踏会でまでとは思うが、まぁ好きにすればいい」


私を腕に抱きこんだコスティさんが、ふんっと鼻で笑うように言い捨てます。

そうして見渡してみれば、そこかしこからひそひそと声が聞こえたり足が覗いていたりします。


「そ、そそそ、そんなことが・・」


「庭に、というからおまえも誘ってくれたのかと思ったのだが?」


「ち、違っ・・・私、そんなつもりじゃ・・・」


そんなつもりじゃないと、言い切れるでしょうか。

だって、私は出会いを求めてお城に来たのです。今のご令嬢や先ほどコスティさんにしなだれかかっていた金髪の女性と、何が違うというのでしょうか。

あぁ、それなのに。

今の私は、もしそんな下心が知れたら、コスティさんに嫌われてしまうかもしれないと恐怖しています。


「ご、ごめんなさい・・・!」


気付いたときには、どん! と彼を突き飛ばしていました。

こんな汚い私、彼に触れる資格はありません。

薔薇のとげが裾を裂くのもかまわずに、夢中で部屋へ駆け戻りました。






「シルヴァン・・・。そこにいるか」


「はい」


「一人、選ばねばならんのだったな」


「はい」


「侍女でもいいのか?」


「侍女、といいますと?」


「今の娘だ」


「陛下、ブランシュ様は侍女ではありませんよ。ブランシュ=ペレジー=デボラ。先々代の御代みよに武勲を立てたデボラ家のご息女です」


「何」


「リュカ様が今最も懐いている女性ですよ。

 くすくす・・・親子というものは、好みも似るのですかね」


「ぬ・・・」




お城に来て一週間。

とっくに舞踏会は終わり、城中を飾っていた美しいご令嬢たちの姿は、すっかり見なくなりました。

なぜか私は帰宅の許可が出ません。

お世話をしてくれる侍女は何人かいるのですが、その人たちに聞いても「わかりかねます」「私たちは身の回りのお世話をするよう、仰せつかっているだけです」などと言うばかりでらちがあきません。

どどどどういうことでしょう。

私、何か粗相をしたのでしょうか。

いまさら滞在費を払えとか言われても払えませんけど。


コスティさんにも、あの日以来お会いしていません。

恥ずかしくて、会えるはずもありません。

毎日特にすることもなく、部屋まで遊びにくるようになったリュカと遊んでいると、夕方侍従長さんが迎えに来ました。

昨日ははぐらかされてしまいましたが、今日こそはと勢い込んで切り出します。


「あの、私、いつになったら家に帰れるのでしょうか」


「それは・・・」


入室した途端迫られた侍従長さんは、はりついた笑顔のまま、後ろを振り向きました。


「帰れん。というより、帰さん」


「コスティさん・・・!」


侍従長さんの後ろには、毛皮で縁取りをされた真っ赤なマントを羽織ったコスティさんがいました。






「おとうしゃん!」


リュカが、私の膝からぴょんと飛び降りて、コスティさんに抱きつきました。


「お、お父さん??」


「リュカは私の息子だ。近いうちに、おまえの息子にもなるな」


「え?」


「陛下、私からお話いたしますから、少し黙っていてください」


「ぬ・・・」


侍従長さんの話によると、私がいままで王様だと思っていた方は偽物で、目の前にいるこの方が本物の王様、リクハルド陛下でした。

そしてリュカは陛下のご子息、つまり王子様だったのです。


「ではコスティさんというのは・・・・」


「コスティ=トピ=スティネン親衛隊長。陛下の身代わりをしてくださっていた方のお名前です」


なんとお二人は入れ替わっていたのです。

絵でしかそのお姿を拝見したことのなかった私は、かつらをかぶり、王様の衣装を身に付けた親衛隊長さんを王様と思って疑いもしませんでした。

亡くなられたと思っていたリュカのお母様も、ご健在でした。

舞踏会で噂に聞いたアンジェリカ様が、リュカの御母堂でした。


「そうだったのですか・・・。では私は不敬罪で裁かれるために残されたのですね」


コスティさん・・いえ、陛下を突き飛ばしたり、リュカに気安く触れたりしていたのですから。


「いえいえ、とんでもないことでございます。ブランシュ様におかれましては、陛下のご正妃になっていただきたいと思いまして」


「・・・・・・・え?」


「リュカ様も懐いていらっしゃいますし、陛下もあなた様をぜひにとお望みです。

 我がブルクハルト国の王妃として、お輿入れいただけませんか」


えええええ!?


「無理! 無理無理無理、無理です!!!」


「無理といっても、もうおまえの実家に結納金を払ってしまった」


え。コスティさん・・・いえ、陛下、今なんと?


「おまえの私物も届いている」


いつのまに。

実家うちからお城までは片道一週間かかるはずなのですが。


「もちろんおまえの両親は大喜びだ」


あああああ、そうですよね。そうでしょうとも。

これで弟たちにお腹いっぱいごはんを食べさせられる・・・とは思いますが、私が正妃!?

涙目になる私に助け船を出してくださったのは、どんなときも微笑みを絶やさない侍従長さんでした。


「と、急に言われてもお困りになりますよね。

 ひとまずリュカ様のお世話係として、城に滞在なさるのはいかがでしょう。お金も、その支度金と思ってくださってかまいません」


そ、それならできそうです。


「ひとまず、というのはどれくらい・・・」


「そうですね。半年でいかがですか。実はアンジェリカ様は今身重(みおも)でして、リュカ様のお世話が十分にできません。乳母もいるのですが、最近嫌がってしまって・・・」


「こら、勝手に話を進めるな。半年経ってブランシュが出て行ってしまったらどうする気だ」


「そこは陛下の腕の見せ所でございます。半年かけて落とせないならおあきらめください」


「おまえ・・・!」


「あの、でも、妾妃様がご懐妊の折にさらに私なんか・・・大丈夫なんですか?」


そもそもなぜそんな時期に花嫁選びの舞踏会なのでしょう。


「懐妊したからさ。一人くらいならともかく二人目もとなると、大臣たちもアンジェリカばかり寵愛するなとうるさくてな。下手したら母子ともに命を狙われかねん。

 正妃が見つからんまでも、舞踏会でも開いておけば目隠しになるかと思った」

 

「いかがですか。陛下のことは気にしないでいいですよ。リュカ様のお世話をしていただければ十分です。

 ご希望であればお給金もお支払いたしましょう」


「えっ」


にいぃっこり。

侍従長さんの笑みに、しまった! と思った時にはもう遅かったのです。


「では、決まりですね」


「おまえ・・・。私よりも給金か。覚悟しろよ」






そうして私はお城に住むことになりました。

それからのリクハルド陛下の猛烈なお誘いは、とても恥ずかしくて人様には言えません。

他に男性を知らない私がそう長く抗えるはずもなく・・・。




寝台が、二人分の重さを受けてギシリと鳴りました。


「あの、陛下」


「リクハルドだ」


「リ・・・クハルド様」


名前を呼ぶと、嬉しそうに笑いました。

なぜ気付かなかったのか不思議なくらいに、その笑顔はリュカとそっくりでした。


「今さらですが・・・なぜ私なんかを?」


「おまえがリュカと遊ぶ姿を見て。あと私の話を楽しそうに聞いていた」


「そ、そんなことですか? 他には?」


「他? 見た目も好みだぞ。特にこの髪がいい」


そう言ってリクハルド様は私の髪に口づけました。


「あの、でも」


「もういいだろう。少し黙っていろ」


髪をたどり、あのとき触れられなかった唇が、私の唇に重なりました。

これは夢じゃないかしら。

目覚めたら、あの招待状が来た日に戻っていたりして・・・。


えっ

あっ

やっ


夢、じゃ、ないかも。


だめっ、見ないでっ

私、胸、小さくてっ えっ大きくしてやる? そんなっ

あ、ちょっと、待ってください。あ、あぁっ・・・。


あ、痛っ、あああああ。






「あ、蹴った」


私のお腹に手を当てていたアンジェリカさんが、嬉しそうに言いました。

側室の一人となった後、アンジェリカさんに初めてお会いしたときには本当に緊張しました。

私の何を気に入ってくださったのか、とても仲良くしてくださいます。


「もうすぐね」


「そうですわね」


「きっとブランシュに似てかわいい子が生まれるよ」


「ふふ、アンジェリカ様のようなしっかりした子になるといいですわ」


「それって気が強いってことじゃないの」


「いいじゃないですか」


「まぁねぇ。男の子ならね」


「そなたたち、私のことを忘れてないか」


お茶をしながら笑いあう私たちを、向かいの席に座ったリクハルド様が腕組みをして睨んでいます。


「まるでアンジェリカが夫のような口ぶりではないか」


「いいじゃないの。ねぇ、胸、一人目のときより大きくなったんじゃない?」


そう言って、アンジェリカ様が私の胸を下からすくうように持ち上げます。


「くすくす。くすぐったいですわ」


「今からよく揉んでおいた方がいいのよ。お乳の出がよくなるわ」


「だからって、やぁん、くすぐったいですってば」


脇の下から胸の横をマッサージしてくださいます。


「やめてくれ・・・目の毒だ」


「妬いてるの?」


「むしろおまえに妬いてほしいな。あぁ、そうだ、忘れるところだった。シャンタルからの祝いの品を預かってきた」


「まぁ!」


リクハルド様が大きなリボンのついた包みを取り出しました。

シャンタル様は、私の後に入られた妾妃様です。

ちょっと特殊な事情がおありの方らしく、一度もそのお姿を見たことはありません。

包みを開けてみると、真っ赤に染まった人の手のようなものが出てきました。


「ひっ・・・!」


「ぬ・・・」


こ、ここここれは、魔女サバトの手と呼ばれる魔術道具では!?


「あははははは! シャンタルらしいわ!」


青ざめる私を横目に、アンジェリカ様は大爆笑です。


「そそそそうなのですか?」


嫌がらせじゃなくて!?


「うん、あの子、変わってるからね」


さすが、アンジェリカ様。シャンタル様とも仲良しなのですね。


「すまないな、腹の子は平気か?」


「あ、私と一緒にびっくりはしたみたいですけれど、今は大丈夫です」


「よかった・・・。次からは中身を確かめてから渡すことにする」


「くす。そうしてくださると助かります」




庭の花々は、今日も美しく咲き乱れています。

リクハルド様が、私の髪をそっと撫でてくれました。

アンジェリカ様も、微笑んでお腹をまた撫でてくださいました。




お二人の大きな愛に包まれて、ブルクハルト城は今日も平和です―





弱音は活動報告で吐きますか・・・。


*****


◆番外◆主従のつぶやき


リック  :「なんで私の選んだ女は、正妃にというと嫌がるのだ」

シルヴァン:「王妃様ともなれば、いろいろ大変ですからね」

リック  :「だからって、側室でいいというのは理解しがたい」

シルヴァン:「そこまでの魅力が陛下にないのではないですか」

リック  :「・・・おまえ、それでも私の侍従長か」

シルヴァン:「おしめまでお取替えあそばしたお方に凄まれても、ちっとも怖くありませんねぇ」

リック  :「~~~!!!!!」



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