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妾妃の独白~Aの場合~

閑話は三部作(妾妃3人の話)+αになります。

まず一人目。長いですヨ。

あたしは別に、妾妃になるつもりなんてなかった。

ただあのひとと恋をしただけだった。





ブルクハルト王国の城下町のはずれに、“馬屋番”という居酒屋パブがある。

その名の通り、元は馬を預かったり馬の貸し出しをしたりするところだった。

町の発展と共に手狭になり、前の持ち主が移転の為売りに出したのを、あたしの養父母が買い取って、居酒屋パブをはじめて今に至る。

街道沿いにある店は、旅人を主な客としており、2階には簡単な宿泊施設もあった。

もちろん馬屋もまだある。


あたしの名前はアンジェリカ。

赤ん坊のときに両親と死に別れ、今の家に引き取られた。

子どもができなかった養父母は、引き取ったあたしを大事に育ててくれた。

小さいころから店の手伝いをし、5年前義母(はは)が亡くなってからもずっと、看板娘として働いている。

20歳になっても家を出ないのは、年老いた義父ちちを一人で置いていくのが心配だからだ。

早ければ16、遅くても18か9には結婚する女性が多い中、あたしはき遅れの部類に入る。

童顔のせいで若く見られるから、誰も口やかましくはいわないけど。


「いらっしゃい!」


王都を見に来た旅人や商人、流れの剣士などでにぎわう夕方の店内に、新たな客が入ってきた。

癖のある栗色の髪に、濃い灰色グレーの瞳。

腰に立派な長剣を穿いている。

鍛え上げられた体の割には、あまり日焼けしていない男だった。剣士というより騎士という風情である。


「酒。あと何かつまみを」


カウンターに手をかけて、男が言う。

一人の客が多いので、椅子は用意しておらず、立って肘をつくのにちょうどいい高さのテーブルをいくつか置いてあった。


「お待ち遠さま。お客さん、王都見物?」


麦酒エールとチーズ、燻製肉をあぶったものを男の前に置く。

差しさわりのない話題を振って、話したがりの客か独りにしてほしい客か見極める。


「そんなところだ。何かおもしろい噂でもあるか?」


どうやら話したがりのほうらしい。


「そうねぇ。前王が病気で亡くなったじゃない? で、息子が即位したんだけど、今度の王様は男色だって話よ。

 25にもなって浮いた話一つなくて、訓練場通い。気に入った騎士を集めて親衛隊とかいうのを作ってるらしいわ」


今朝井戸端で近所の奥さんに聞いた話をする。

上品にチーズをつまんでいた男が、ごほっとむせた。

慌てて麦酒で流し込む。


「・・・単に地盤固めをしているだけではないのか」


「そうかもね。でもいいのよ。男色かもっていうほうがおもしろいでしょ」


「そんなものか」


「そんなもんよ」


力強くうなずくあたしを、珍妙な顔で見つめる。

ちょっと整った顔立ちが歪んで、親近感がわいた。


「それにさ、今度の王様は若くて格好いいっていうから、お姫様たちがほっとかないんじゃない?

 男が好きっていっとけば、当分自由の身でいられるかもよ」


「くっ・・・なるほど、そうだな」


口の端を上げて、苦笑する。

女性に不自由していなそうな男だから、男色なんて想像もつかないのかもしれない。


「おまえは? 国王を見たことはあるか?」


「ないわ。即位記念のパレードはあったけど、そんなときこそ稼ぎ時だもの。見に行けるわけないじゃない」


「見てみたいとは思わないか?」


「別に」


「なぜ?」


「王の顔がどうだって、あたしからすれば関係ないもの。政治をちゃんとやってくれるかが一番よね」


腰に手を当てて言い切れば、


「く・・・くくくっ。その通りだ。いいことを言う」


と先ほどとは違い、楽しそうに笑った。

ほとんど義父ちちの受け売りなんだけどね。


「美しい髪だな」


笑いをおさめた男が、あたしの髪を一筋すくって言った。

自慢の黒髪をほめられて、くすぐったい気分になる。


「おかわりは? 食事もあるわよ」


麦酒もつまみもたいして減っていないのはわかっていたけど、照れ隠しに聞いた。


「麦酒だけ。食事はいい」


「はい。じゃ、ゆっくりしてってね」


「あぁ」


接客に戻ろうとしたところを、厨房に立つ義父ちちに「おーい」と呼ばれた。

他の客に運ぶ料理がたまっている。いけない、ついしゃべりすぎた。

急いで運ぼうとしたら、呼び止められた。


「女。名前は?」


おや、愛想をふりまきすぎたかしら。

旅の楽しみとして、一夜の関係を求めてくる客は多い。この男もそうか。

あたしはそんなに安くないわよ。


「人に名前を訊くときは、自分から先に名乗れって言われたことなぁい?」


「ぬ・・・。リックだ」


「リックね。あたしの名前が知りたかったら、一か月は通いなさいな」


「何? 約束が違うではないか」


「約束なんてしてないわ。先に名乗れって言っただけよ」


「むぅ・・・。わかった。一か月だな」


できもしないくせに。

軟派な誘いはいつもこの方法で断ってきた。


「くすっ。毎日とは言わないわ。3日おきでいいからね」


リックと名乗った男に言い置いて、今度こそ料理を運びに厨房に足を向ける。

しびれを切らした義父が、皿を持って動き出していた。


「ごめんなさい。急いで運ぶわ。あと、今のお客さん麦酒追加」


「はいよ」


お盆に麦酒をもう一つ乗せた義父ちちが、リックの元へ向かうのが見えた。






それからきっちり週二回、リックは顔を出すようになった。


「あんた・・・暇なの?」


「ここの料理が気に入ったんだ。いつものな」


「気に入ったって、つまみくらいしか頼まないじゃない」


麦酒2杯とその日のおすすめを一品。

彼が頼むのはいつも同じだ。

今日は鶏肉を一度揚げて、甘辛いたれをからめたものを出した。


「うまい。温かい料理はいいな」


「? 何当たり前のこと言ってるの」


相変わらず上品に食べる男だ。

王都見物と言っていたが、普通はそう何日もいるものでもない。

身なりはきちんとしているし、支払いも毎回している。何か仕事をしているのか。


「じゃぁな。また来る」


リックは、そう長居をすることもなく帰って行った。

初日以来、名を聞かれることもなければ、髪に触れてくることもない。

ただ、来て、食べて、話して帰る。

最近では義父ちちと仲良くなり、よく二人で話し込んでいる。

あたしと話すより義父と話すほうが多いくらいだ。

・・・だから何だというわけではないけれど。






リックがうちの店に通うようになって、しばらく経った。

もうすぐ一か月じゃないかしら。

彼はあたしとの約束を守るために来ているのだろうか。

それとも義父ちちの料理を食べるため?

この頃、彼の来ない日が長く感じるようになった。






「ちょっと今からおつかいを頼まれてくれないかい」


ある日の午後、義父ちちに言われた。

城下町の反対側にある義父ちちの妹の店まで、その店にしかない香辛料を買いに行ってほしいとのこと。

今から出かけたのでは、帰りは遅くなる。


「今日は店に出なくていい。夜道はあぶないから、泊めてもらっておいで。」


「急に泊めてなんて悪いわ。明日の朝一番じゃだめなの?」


「明日のお昼に使いたいんだ。特別注文でね。前切らしてしまったのを忘れていた。

 すまないが、行ってくれ」


そこまで言われては仕方ない。しぶしぶと出掛けた。

今日はリックが来る日なのに。


未だ独身の義理の叔母は、久しぶりに訪れた私を快く迎えてくれた。

泊ることも承知していたみたいで、部屋が準備されていた。

義父ちちが知らせておいてくれたのだろうか。


日が暮れて星がまたたき始めると、あたしは落ち着かない気分になってきた。

叔母と夕食の準備をしながらも、店が気になって仕方ない。

リックはもう来たかしら。

あたしがいないと知って、どんな顔をするだろう。義父ちちがいれば別にいいのかもしれないけど。


「おばさん、やっぱり帰ります」


「えぇ? 今からかい? 危ないよ」


「馬車を拾うから平気」


引き留める叔母を振り切って、町馬車を拾って家に向かう。

店が近づくにつれて、妙な胸騒ぎがしてきた。

そういえば、いままで義父ちちがこんな無茶なおつかいを頼んできたことはない。

香辛料だって、いつも十分すぎるほどに備蓄ストックがあって、切らしたことはない。


あの角を曲がれば店が見える―

そう思ったけれど、思った場所に明かりはなかった。

え? 真っ暗? 義父ちちはどうしたんだろう。店を開けなかったのか。やっぱり何かあった?

馬車を降りて、店の扉に手をかける。

鍵がかかっているかと思ったら、あっさり開いた。


「おとうさん?」


店内に声をかける。

返事はなく、中はしんと静まりかえっていた。


「おとうさん? いないの?」


様子がおかしい。

こんなことはこれまでなかった。

あたしがおつかいに行っている間に、義父ちちはどこに行ってしまったのか。


「おとうさ・・・ひっ」


「しっ! 静かに」


明かりを点けようとしたところを、後ろから口を塞がれた。

この声・・・リック!?


「んん、んんん!」


「大人しくしろ」


羽交い絞めにされて、厨房へ連れ込まれた。

この男、まさか強盗!?

いままで通っていたのは、うちの造りを観察するためだったのか。

でもそれほどの財産なんてない。

一体何が目的なの? おとうさんはどこ!?


リックが、厨房の奥にある酒蔵の扉を背中で押して開ける。

ずるずると最奥まで引きずられて、ようやく口を塞いでいた手が離れた。


「あんた何よ! おとうさんは・・・むぐっ」


「静かにしろと言っただろう。仕方のない奴だな」


大きな手に、再び口を塞がれてしまった。


「ネストはおまえを使いに出したと言っていたが、もう戻ってきたのか」


「んんん!」


「一番悪いときに帰ってきたな」


「んんんんん!」


悪いって、どういうこと?

問おうにも口は塞がれているし、後ろから羽交い絞めにされているので顔を見ることすらできない。

半ば恐慌状態に陥って、とにかく体をよじってリックの腕から抜け出そうとした。

けれど鍛え上げられた筋肉は伊達ではなく、いくらあたしががんばってもびくともしなかった。


「おまえな・・・これでも締めすぎて苦しめないよう手加減をしているんだぞ」


ばたつかせる足を押さえようとしてか、リックの手があたしの内股に触れた。

びくっと体が震える。


「大人しく、しろ」


片手が内股を撫で上げる。さっきまで必死に暴れていたのに、それだけであたしは急に動けなくなってしまった。

ふわっと男の匂いがして、首筋に温かいものが触れた。

ちゅっと水音がする。

リックの唇と舌が、あたしの首筋をなぞっていた。


「んんっ」


や、やめて。

こんなところで、そんな触れ方をしないで!


「いかん。止まらなくなりそうだ。せっかく一か月我慢したのにな」


強い願いが通じたのか、リックがすっとあたしから離れた。

全身の力が抜けてしまったあたしは、酒蔵の床にがっくりと膝をつく。

口を塞いでいた手が、あたしの唇を優しく撫でた。


「今夜を乗り切ったら・・・」


「王」


リックが何か言おうとしたところで、扉の外から声がかかった。

おとうさんの声! 無事だったのね!


「来たか。ここから出るなよ」


厳しい表情で言い置いて、リックは出て行った。

扉の隙間から見えた背中は、確かにおとうさんのものだったと思う。

でも、あんな真っ黒な服持っていただろうか。

あたしがここにいるのに、一言もないなんてことがあるだろうか・・・。

一人酒蔵に残される。

しばらくして、はっと正気に返って扉を開けようとしたけれど、外からつっかえ棒でもされたのか、押しても引いても開かなかった。


ほどなくして、ガタン!と大きな音がした。

それが合図だったかのように、扉一枚はさんだ向こう側から、怒号が響き渡った。

複数の人間が争う音。食器が割れ、剣を打ち合う甲高い音もする。


何!?

一体何が起こっているの!?


酒蔵から出ようにも、扉は依然として開けることができない。

おとうさん、無事でいて・・・!

あたしはただ酒蔵で両手を合わせ、祈るしかなかった。




しばらくして、音が止んだ。

扉が開き、祈りの形で固まっていたあたしの上に影が落ちる。


「怖い思いをさせてすまなかった」


顔を上げると、手を差し出すリックがいた。

高そうな服はすすけてところどころ破れ、額には血が滲んでいる。

この手をとっていいのか悩んでいると、苦笑したリックが言った。


「今夜賊が侵入するという情報があったんだ。おまえの義父ちちと迎え撃つ計画だった。ただ、危ないから娘は遠ざけたいと言ってな。それをまぁ、ちょうど店の周りを賊に囲まれたところで帰ってくるとは」


「賊? おとうさんは」


「無事だよ。心配かけて悪かったね」


「おとうさん!」


いつも通りの優しい笑顔の義父ちちに飛びついて、お互いの無事を喜び合った。

あたしの後ろには、行きどころを失った手の平を複雑な顔で見つめるリックがいた。




事情を聞くのは後回しにして、とにかく明かりをつけてみて、驚いた。

何がどこにあったのか、元の姿さえ思い出せないほどに荒れた店内。

侵入した賊は十余名にのぼり、店の中央に縄で縛りあげられていた。

黒装束に身を包み、覆面をしているので容姿はわからない。

リックが連絡したのか、ほどなくして警備隊がやってきて、連行していった。


「あの大人数をおとうさんとリックで捕まえたの?」


ひとまず座れるところを確保して、詳しい話を聞くことにした。


「ほとんどはリクハ・・・リックさんだよ。おとうさんは後ろで応援してただけさ」


「何を言う。一人目はネストの投げた皿が後頭部に当たって倒れたんだぞ」


「えー! おとうさんすごい!」


「いや、ははは、まぐれだよ。夢中になって投げてたらたまたま当たったんだ」


そんな話をしながら、遅い夕食を三人でとった。

あたしは叔母さんの家で少し食べていたけれど、おとうさんとリックは店内に身を潜めていたため、何も食べていないという。

いつも調理は義父ちちの担当だが、今日は私が腕を振るった。

リックはよく飲み、よく食べ、よく笑った。

こんなにゆっくり彼と過ごすのは初めてで・・・もっとずっといて欲しいと思った。


三人で麦酒の樽を一つ空けるころ。義父ちちは疲れたと言って、先に休んでしまった。

蝋燭の明かりの元、二人で残った麦酒をゆっくりと飲む。


「そろそろ日付が変わったころだろう。

 今日が約束の一か月目だ。おまえの名前を教えてもらおうか」


「おとうさんに聞かなかったの?」


「それでは約束を破ることになるではないか。おまえから聞かねば意味がない」


「ふっ・・・・。あなたには負けたわ。アンジェリカよ」


「アンジェリカか。いい名だ」


リックの手があたしの手と重なる。

どちらともなく、顔を寄せた。

ついばむような口づけは、すぐに深く互いを求め合うものになった。




その晩、彼は、名前だけでなくあたしの全てを手に入れた。




「処女だったのか」


「・・・悪い? 酒場の女なんて、どうせ遊んでると思ってたんでしょう」


あたしの部屋にしている二階の一室の、狭い寝台で抱き合う。

事中も事後も、リックは優しかった。


「いや。おまえのような美しい女なら、とうに誰かのものだろうと思っただけだ」


「うまいこというわね。そういう誘いがなかったわけじゃないけど、あたし、気が強いからね。大抵の男はひるんじゃうのよ」


「私にとっては、幸いだったな」


「くす・・・そう?」


リックがあたしの髪を撫でる。

彼がきれいだと言ってくれた髪。毎日手入れを続けていてよかった。




その日から、リックはぱったり姿を見せなくなった。

はじめは単に忙しいのかと思った。

捕まえた賊の事後処理でもあるのかと。

でも、一週間、二週間と経つうちに、あぁ、なんだ、あたしを落とすのだけが目的だったんだと思うようになった。

店の危機を助けてくれたのだって、そのためなんだろう。

彼は他の男とは違うと思っていたけど、そんなもんか。




居酒屋パブ“馬屋番”には、今日もたくさんの旅人が訪れる。

二か月間、扉が開く度に期待して、その度に裏切られ続けたあたしは待つのをやめた。





「大丈夫かい!? アンジェリカ」


開店前の掃除を終え、汚れた水の入ったバケットを持ち上げようとしてひっくり返した。

店の入り口を少し濡らしただけで、ほとんどの水が路上に流れ出たのは幸いだ。

すぐに片づけることなく、口元に手を当ててきつく目を閉じたままのあたしを見て、義父ちちが心配そうに尋ねてきた。


「大丈夫、立ちくらみがしただけ。ごめんね、すぐ片づけるわ」


「いいさ、そこはおとうさんが片づけておくよ。ちょっと上で休んできなさい。

 おまえ、朝の昼もろくに食べなかっただろう。これでもつまんでおいで」


「ん・・・。ありがとう」


渡されたのは、パンとチーズ。

正直、食欲はなかった。食べ物の臭いを嗅いだだけで吐き気がする。

それでも、義父ちちの手前、皿を持って二階に上がろうとした。

階段に足をかけたそのとき、キィと音がして店の扉が開いた。


「すみませんね、まだ開店前・・・・」


「リック!」


「アンジェリカ。元気だったか?」


現れたのは、リックだった。この調子の悪いときに! 今頃顔を出してどういうつもり!?


「どうした」


階段に足をかけたまま睨みつけるあたしを見て、リックが不審げに近付いて来る。

義父ちちはそんなあたしを心配そうに見ながらも、店の前を片づけるべく、桶を持って外に出て行った。


「何の用?」


「ずっと来られなくて悪かった。仕事が忙しかったんだ」


両手を広げ、あたしを包み込む。

懐かしい匂いに、一瞬ほだされそうになった。

いけない。都合のいい女になる気はない。


「男はいつもそういうのよ」


「いつも? 私が来られない間に、他の男と関係したのか?」


「そんなわけ・・・! いいえ、あなたに関係ないでしょ!」


「ないわけないだろう。私はおまえのことを」


「やめて! 二か月も放っておいて、今さら何を言っても知らないわ。

 ただでさえ調子が悪くて、気持ち悪くて食事もとれないし、一日中だるいし眠いし」


「アンジェリカ、もしかして、おまえ・・・」


はっとしたリックが、あたしを包む腕をゆるめて、腹部に目をやった。

え?

あ、もしかしてって、もしかして・・・?


「月のものは来ているのか? 私以外の男とは関係してない?」


「う、うるさいわね! あなたに関係ないって言ったでしょ! もう帰って!!」


リックの手を振り払って階段を駆け上がり、自室にこもった。

走るなとか転ぶなとかいう声が聞こえた。




「アンジェリカ! アンジェリカ! 来ておくれ!!」


次の日。

養父ちちに起こされて店先に出ると、王家の紋章が描かれた立派な馬車が待っていた。


「アンジェリカ様、お迎えにあがりました。どうぞお乗りください」


白髪に丸眼鏡をかけたその人は、ブルクハルト国王の侍従長だと名乗った。

細長い顔には深い皺。

背筋をぴんと伸ばして、あたしを温かな目で見つめている。


「お迎えってどういう・・・」


「詳しくは城でご説明いたします。どうぞ」


こんな目立つ馬車を店に横付けされていてはたまらない。

人目を気にして、とにかく促されるままに乗りこんだ。

もしや騙されているのかとも思ったけれど、馬車は城下町を抜け、すんなり城へ入って行った。


わけもわからず連れてこられた王城。

揃いの制服を身に付けた騎士や、きれいなドレスを着た人々が行きかい、普段着のあたしは一人浮いている。

侍従長だというおじさんの後をとにかくついていくけれど、ふかふかの絨毯は歩き慣れなくて何度も転びそうになった。

あたしの靴なんて、帰るころには深い絨毯の毛に磨かれてぴかぴかになってるんじゃないかと思う。


立派なお城の中でも、特に大きくて豪華な両開きの扉の前に案内される。

うやうやしく開かれた先には、真っ赤な絨毯が、まっすぐ奥まで伸びていた。

頭を下げ、礼の形をとっているため見えないが、たぶんこの絨毯の先には玉座がある。

中に入るよう勧められ、目線を落として侍従長さんについていく。

侍従長さんが止まったところであたしも止まり、膝をついた。


「アンジェリカ」


玉座から声がかかった。

なんであたしの名前を知ってるの?

あたし、王様に名前を覚えられるようなこと、した?


「アンジェリカ、顔を上げてくれ」


そんなこと言われたって、この状況、どうしたら・・・・ん? この声、聞き覚えがあるような。

もしかして、と思った。

いや、まさか、と思った。

でも・・・・・。


「リック?」


恐る恐る顔を上げると、リックと名乗ったあの男が、そこにいた。






あれから10年。

10歳と7歳になった子どもは、お城で王子様・お姫様と呼ばれている。


「アンジェリカ。これ運んでおくれ」


「はーい」


ただの居酒屋の店主だと思っていた義父ちちは、代々ブルクハルト王国に使える密偵だった。

街道沿いに店をかまえることで、各地の情報を集めてリックに報告していたらしい。

リックが初めてうちの店に来たときは、隠居を考えていた義父ちちを説得しにきたということだった。

即位したての彼にとって、信頼できる部下は少なかったから、義父ちちにはどうしても続けてほしかったんだって。

義父ちちはあたしとの静かな生活のために一度は断ったけど、義父ちちのもたらした情報が元で失脚した偉い人だかからの刺客が来て(あの賊のことね)、静かな生活なんて夢だったとあきらめたみたい。

どうせ狙われるなら、王様に恩を売っといたほうがいいだろうし、娘がどうも王様のことを気にしているみたいだから続けようと思ったと言われた。おとうさん、気付いてたのね。


リックには、お城で会ったあと、彼の私室に案内されて話をした。

素性を黙っていて悪かったこと、子どもができたのだからとプロポーズもされた。

あの、一国の王様が、居酒屋の娘に告白していいわけ?


「そこは、ネストから聞いた方がいいだろう」


リックがぱちんと指を鳴らすと、静かに扉が開いて、義父ちちが入ってきた。


「え、おとうさんも来てたの?」


「あのあともう一台馬車が来てね」


そして義父ちちが実は・・・と切り出した。

あたし、義父ちちが関わった前王がらみの収賄事件?かなんかの関係者の娘だったらしくて、本当の両親は巻き込まれて殺されてしまったけれど、当時赤子だったあたしだけ、義父ちちがなんとか助けだしてくれたそうだ。

その事件がなければ、それなりの地位の貴族の娘として、今頃王様(リック)の花嫁候補の一人になってたんだって。

あたしが望むなら正妃になれるよう手続きをするとリックが言ってくれたけど、いまさらこの立派な分堅苦しそうなお城で生きていくなんてしたくない。

でもリックのことは好き。


「では側室ということになってしまうが・・・いいのか?」


「仕方ないわね」


これから正妃や他の側室を迎えるリックは見たくないから、基本的に店にいると言ったらリックは渋々了承してくれた。

生まれた子どもは城で預かることになるが、いつでも会いに来てくれとも言われた。

王様の子どもっていうだけで狙われるんじゃ、これも仕方ないわよね。

あの夜みたいに襲われたら、守りきる自信はないもの。






10年たった今でも、定期的にリックは通ってくる。

たまに一か月とか二か月とか顔を見ないこともあるけど、そういうときはお城で行事があったり、どこかのお偉いさんが滞在してたりするときだから、国民であるあたしにも話は入ってくる。


「いらっしゃいませ!」


「いつもの」


久しぶりにリックが顔を出した。


「たまにはもう少しいろいろ頼んでくれない?」


「あんまり食うと夕飯が入らん。残すと侍医が心配したり料理長がクビになったりするんでな」


なるほど、そんな理由わけがあったのか。

王様ってたいへんなんだね。


この10年で、リックはあたしの他に2人の妾妃を迎えた。

男色疑惑が払拭されたせいで、縁談が殺到して大変だったらしい。

その対策と、他にも事情があったみたいだけど、詳しくは知らない。

事情っていうより、実はただの女好きじゃないの?って気もしている。

あたしを抱いたときもかなり慣れていたし、今はなんだか憧れの女性を手に入れるために奔走しているらしいって噂を聞いた。

恐るべし、隣の奥さん情報。


そのわりに、リックが王様本人ってことも、あたしが側室の一人ってのもばれてないのよね。

近すぎると気付かないものなのかな。

出産前後はお城にいたけど、怪我をした叔母さんの介護に行ったことになってたから、そのおかげかも。

叔母さんといえば、彼女も義父ちちの妹じゃなくて密偵の一人だった。

庶民には知らされないことって結構あるのね。


子どもたちには、結構会いに行っている。

あたしにもちゃんと懐いてくれていて、お忍びで店の手伝いをすることもある。

意外だったのは、あたしの後に側室になった子と仲良くなったこと。

絶対会いたくないと思っていたのに、ある日偶然会ったら意気投合した。

リックそっちのけでお茶をしながらおしゃべりに興じるあたしたちを、彼はいつも複雑そうな顔をして見ている


「ブランシュの経過はどう?」


「あぁ。八か月になった。ずいぶん腹が前に出ているから、王子ではないかと言っている」


ブランシュというのが、二番目の側室の名前だ。

あたしと違ってちゃんとした貴族のご令嬢だけど、飾らない性格で馬が合う。

現在第二子を妊娠中。


「しかし、もう少し妬いてくれてもいいんじゃないか?」


「何言ってるの。妾妃同士が仲良しなんて、喜ぶべきことよ」


「そうだがなぁ」


麦酒を一口飲んで、苦そうに顔をしかめる。

そんなリックに寄り添って、ついっと顎を撫でた。


「上、寄ってく?」


「いいのか?」


「今日お客さん少ないし、たぶん大丈夫」


途端に嬉しそうな顔になる。

お城で会う、豪華なマントをつけたリックより、素の表情の彼が好きだ。

義父ちちに断ってから二階に上がり、十年前から変わらない狭い寝台に並んで腰掛ける。


「ん・・・」


唇が重なった瞬間、しびれるような感覚がして、すぐに全身が蕩けてしまった。

広い背中に手をまわしてしがみつく。

リックはいつもそうするように、あたしの髪を撫でてゆっくり覆いかぶさってきた。

あたしだけのひとになってほしいと思ったこともあるけれど、きっとこの人はあたしだけでは抱えきれない。

でも今このとき。

この店にいる間だけは、あたしだけのものなんだ。


「リック・・・あっ・・・あぁ・・・」




あたしは別に、妾妃になるつもりなんてなかった。

ただこのひとが好きなだけ―





隣の奥さんも密偵です。

街道沿いのお店はほとんどリックの息がかかっていて、アンジェリカさんのこともひっそり守ってます。

・・・なんてことはアンジェリカは知らないので、本文に入れられないのでした~。


*****


隣の奥さん :「あたしはあんたの味方だからね! 女魔術士なんかに負けるんじゃないよ!」

アンジェリカ:「女魔術士?? そんなのと関わり合ったことないけど・・・」

隣の奥さん :「あんたの方が若いから大丈夫! 子ども生んだもん勝ちだから!」

アンジェリカ:「こここ、子どもって何?」(えっ、子どものこと、まさか知ってる?)

隣の奥さん :「あ、いやいや。ほらもう何年も通ってくる偉丈夫の騎士様がいるじゃないか。彼とはどうなってるんだい」

アンジェリカ:「彼は義父ちちの料理が目当てできてるんですよ」

隣の奥さん :「そぅおぉ??? 昨夜もお楽しみだったって話じゃない?」

アンジェリカ:「え? えええええ? あはっ、あはははは」(なななんで知ってるの、この人、もー!)


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