17 マッサージ
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「おや、今日のお昼は鶏づくしかい?」
昼休み。
俺の弁当をのぞきこんだヘルマン副隊長が、片眉を上げて言った。
「えぇ。体作りのために鶏肉がいいと言ったら、はりきってくれまして」
昨夜の夕飯は鶏肉の焼物だった。
今朝は蒸し鶏のサンドイッチ。
弁当には、鶏胸肉の燻製肉巻きに手羽先の蜂蜜焼、蒸し鶏の和え物が入っていた。
チーズをはさんだパンに、“がんばってね”と手紙まで添えてある。
「ははっ、なるほどね。素直でかわいらしい奥さんだな」
「いやぁ、まぁ、そうです」
頭を掻いて照れる。
正直、ルゥがこんなに凝り性だとは思わなかった。
嬉しいけれど、あまり極端に走らないように言っておかなければ。
食後のデザートまで、鶏肉で作りそうな勢いだ。
「君のために何かしたいんだね。他にも頼んでみたらどうだい?」
「他にも・・・というとなんでしょう」
「ふむ。家でも鍛錬してるなら、記録をとってもらうとか、終わってからマッサージをしてもらうとか」
マッサージ! それはいい。
「わかりました。言ってみます」
「ふふ、いいねぇ、新婚は。僕も若いころは・・・」
その日の昼食は、ヘルマン副隊長の惚気話をずっと聞いていた。
「マッサージ? 肩もみなら院長先生のをしたことあるけど、マッサージはどうやったらいいのかわからないわ」
家に帰ると、早速ルゥに頼んでみた。
「じゃぁ、試しに俺がルゥにするから、同じようにやってみてくれ」
「うん」
ソファに腰かけたルゥの手を取って、手の平を揉む。
「あ~、気持ちいい!」
嬉しそうに微笑むのに気を良くして、手首から二の腕まで力の強弱をつけながら揉んで行った。
一番太いところでも楽々と指で一周できてしまう腕を、壊さないように気を配る。
「んっ、やんっ、カール、くすぐったいよ」
力が弱すぎたのか、腕の内側を揉むと、首をすくめて身をよじった。
おっと、この反応は違うことを想像させるな。
腕のマッサージを終え、ルゥの足元に跪く。
足の裏を押すと、
「いったああぁぁぁぁあい!!!」
とのけぞった。
「あっ、やっ、何、そこ、痛いっ! 痛い痛い痛い痛い! カールッ やめてっ」
じたばたと暴れるのが面白くて、ぐりぐりと足裏を押した。
「あぁんっ、痛いっ、やっ、ああああんっ」
ぐったりと背もたれに寄りかかる。
全身の力が抜けてしまったようだ。やりすぎたか。
「ルゥ?」
「・・・・・」
「ルゥ? おい」
「・・・・はぁっ・・・カールぅ」
涙目で身を起こすと、「痛かったぁ」と言って、俺の首に抱きついて頬をすり寄せた。
よしよし、と頭を撫でてやる。
「でも、足がすっきりしただろう」
「ほんとだ。今はもう揉まれても痛くない」
足裏の同じところを押しても、平気そうな顔をしている。
「背中と腰、脚もな。横になって」
ソファに寝そべらせて、丁寧に揉んでいった。
「あっ、あぁんっ、そこっ、いいっ。気持ちいい!」
「あぁあん、もっと! もっとしてっ」
ううむ、そんな声をあげられると・・・。
「んんっ、カール? そ、そこも揉むの? あっ、はぁんっ、あぁっ、やっ、だめっ、違う・・・あぁっ」
結局、マッサージをしてもらうどころか、鍛錬すらできなかった。
「あれ? 今日は弁当じゃないのかい?」
ユハたちと昼飯を食べに行ってくるというと、ヘルマン副隊長が意外そうな顔をした。
「えぇ、ちょっと・・・。今朝、彼女が起きられなくて」
「ふふ、いいねぇ、新婚は。僕も若いころは・・・」
これが始まると長いんだ。
「おい、カール! 行くぞ!」
「あぁ、今行く! では、少し出てきます」
マルリ、いいところで声をかけてくれた。
戸口にいつもの面子が揃っていた。
「ん? そうか。たまには外の食事もいいね。いってらっしゃい」
俺がいないと、副隊長は一人で昼飯かと思ったが、いままでずっと一人だったので気にするなと言われた。
副隊長の奥さんも、もう何年も毎日弁当を作っているのか。
どんな奥さんなのだろう。
昨日から惚気話を聞かされているせいか、一度見てみたくなる。
隊の奴らがルゥを見たいという気持ちが、少しわかった。
「何食う? “三匹の子猫亭”のおかみ特製ランチ?」
「またきつい酒が入ってるんじゃないだろうな」
「ははっ、まさか。5食限定で、食べれば午後の仕事はバリバリ、夜も精力絶倫って話だよ」
「ただし、臭いがきつい」
「にんにくたっぷり」
「それ、だめだろう」
城の警護もしている俺たちが、異臭を放っているのでは叱られる。
「みんなで食えば怖くないさ。嫁さんも喜ぶだろ?」
「マルリ・・・。そんなこと言って、おまえは独り身でどうする気だよ」
「う、うるさいな。なんとかするさ。なぁユハ?」
「なぜ俺に訊く」
「だって、ヴァイノは相手がいるし、オロフもカールも妻帯者じゃないか」
「ぬ・・・。夜も、とはそういうことか」
「あったり前だろう! カールんとこは新婚だから、何食おうが関係ないかもしれないけどな」
「案外今朝起きられなくて弁当なしってのも、昨夜無理させたんじゃないか?」
「さぁ?」
とぼけると、どかどかどかっと腹だの背中だのを殴られた。
うっ、ユハ、ちょっと本気入ってなかったか?
残念なことに、おかみ特製ランチは売り切れていた。
そんなに人気があるのか。
食えないとなると、俄然興味がわく。
「にんにく尽くしか。今度ルゥに頼んでみよう」
「うっわ、やらしい!」
「休み前にしとけよ」
「うちももう一人くらいできてもいいかも・・・」
「奥方の料理の腕をそんなことに使ってはもったいない。やめろ。絶対にやめろ」
にぎやかに昼食の時間は過ぎていく。
副隊長の言うとおりだ。たまにはこういうのもいいな。
家に帰ってから、ルゥににんにく料理が食べたいと言ってみた。
「いいけど・・・臭いが残るから、休みの日の前がいいんじゃない?」
それこそ、俺が望むところだ。
「あぁ。ルゥも一緒に食べるだろ?」
「うん。にんにく、好きだよ」
そうか、そうか。それはよかった。
どちらかというと、ルゥにたくさん食べさせよう。
「今日はお弁当作れなくてごめんね」
「いや、俺が悪かったから」
「ん、もう、ほんとだよ。朝までっていうのはなしね」
「うぅむ、約束はできない」
「もうっ」
頬をふくらませて、怒ったふりをする。
目が笑っているから、本気じゃないのがわかる。
「朝までじゃなければいいのか?」
腰に手を回そうとしたら、ついっと逃げられた。
「今日はだめ。鍛錬するんでしょう? 私のために勝ってくれるっていったじゃない」
そうだった。
ルゥを目の前にすると、つい彼女のことばかり考えてしまうな。
「腹筋やるから、数えてくれるか」
「うん!」
にんにく尽くしは週末の楽しみにとっておこう。
「121、122・・・。カール、真面目にやってね? 今別のこと考えてたでしょう」
「う・・・。はいはい」
これはなかなか厳しい。
それから毎日、ルゥの監督の元、俺は鍛錬に励むことになった。