16 筋トレ
「よぉ、カール。具合はどうだ」
今日もヴァイノが声をかけてきた。
「あぁ、大丈夫だ」
「今日は本当みたいだな。嬉しそうな顔しやがって。何かいいことでもあったか?」
「ははっ、ちょっとな」
昨日学んだことがある。
ルゥを甘やかすばかりでなく、俺が彼女に甘えてもいいのだということだ。
ルゥは俺に嫌われるのが怖いと言っていたが、俺の方がずっとそれを恐れていた。
でもルゥは、俺の情けない部分や弱い部分を見せても、きっと笑って受け止めてくれる。
小さくか弱く思えるルゥだが、芯は彼女のほうがずっと強いのかもしれない。
「カール。奥方はあれ、わかったか?」
ヴァイノが去った後、ユハがこっそり尋ねてきた。
「あぁ。喜んでた。今日何か作ると言っていたから、明日持ってくる」
「持ってこなくていい。食べに行かせてくれ」
「みんなの分を作るとはりきってた。大量に作るみたいだから、家では食いきれん。持ってくるよ」
「そうか・・・。次回はぜひ食べに行くと伝えてくれ」
「わかった」
「他に欲しい材料があったら、菓子職人に伝手があるからいつでも言ってくれよ。すぐに届ける」
「あぁ、まぁ、そうだな。伝えておく」
なんだろう。やけに家に来たがるな。
硬派なユハに限って、という思いはあるが、もしや国王よりもこいつのほうが要注意か?
まったくもって油断ならない。
俺の心の平穏のために、ルゥにはこれ以上、絶対誰も会わせないようにしよう。
次の日、ルゥが持たせてくれたのは、バニラビーンズをふんだんに使った、カスタードクリームが入った丸パン。
隊長以下30名ほどいる隊員たちにはとても好評で、また会わせろ攻撃にあってしまった。
「このしっとりしたパン生地になめらかなクリーム・・・。すばらしい・・・!」
ユハは、甘味好きどころか甘味狂だった。
パンとクリームを分解して、少しずつ口に運んでは「卵黄が」とか「牛乳か、山羊乳か」とかつぶやいている。
ルゥに横恋慕かと思ったのは、杞憂だったか。
「おまえ、それだけ甘いもの好きなら、女たちといくらでも会話できるじゃないか。
女性は詳しいぜぇ?」
マルリが呆れたように言う。
「必要な情報を得るまでに時間がかかりすぎる。それなら自分で店に足を運んだほうがいい」
「あっそ。どんだけ女嫌いだよ」
「嫌いなわけではない。面倒なだけだ」
「はいはい。菓子作りのうまい、大人しい嫁さんが見つかるといいな」
「そうだな・・・」
ちらりとユハが俺を見る。
ん? なんだ?
「余ったパン、もらって帰ってもいいか?」
「あぁ。もちろん」
そういうことか。残った数個を、ユハは嬉しそうに鞄に詰めた。
よほど甘いものが好きなんだな、うん。
「今度武術大会やるって?」
茶器を適当に水で洗いながら、マルリが言う。
昨日隊長が言っていたばかりなのに、さすが情報が早い。
「隊内でってやつか。カールの長剣とオロフの戦斧の力比べが楽しみだな」
ヴァイノはまるで他人事のようだ。
「おまえはやらないのか?」
「槍じゃなぁ。接近戦は不利だよな」
「それ言ったら、俺、短剣じゃないの」
身軽さを売りにしているマルリは、短剣の二刀使いだ。
「だからね、全員訓練用の剣でやろうと思っているよ」
「「「副隊長」」」
「カール、差し入れご馳走様。隣の部屋でいただいたよ。
皆そろっているようだね、ちょうどいい。隊内の武術大会の要項を作ったんだ。目を通しておいてくれ」
「一か月後、模擬刀、時間制限ありですか」
要項を受け取ったヴァイノが読み上げる。
「得物ごとに対戦相手を決めることも考えたんだけどね。一位を決めるのが目的じゃなくて、あくまでも隊内の意識高揚が目的だから。
期日は式典の後にした。傷だらけで行進はしたくないだろう」
「そうですねぇ」
「賞品は? 何かあるんですか?」
他の隊員から声があがる。
「考え中だ。何か要望があったら言ってくれ」
「金!」
「休暇!」
「女!」
好き勝手な声が飛ぶ。
「金と休暇はわかるが、女ってどうする気だか」
呆れてつぶやくと、
「じゃ、俺が勝ったら奥さん連れてきて見せて」
マルリがにやっと笑って言った。
「では、俺が勝ったらお茶に招待してもらおう」
なんだ、ユハ。おまえまで。
「俺が勝ったら夕飯をご馳走になるか」
「俺は・・・別にいいけど、また差し入れしてほしいな」
「ヴァイノ、オロフ。ったく暇な奴らだな。俺が勝ったらどうする気だ」
「俺ら四人全員に勝つのは無理だと思うぜぇ?
もし勝ったら旅行でも豪華料亭の食事でもなんでも奢ってやる!」
「トーナメントじゃなくて総当たりする気か? いいだろう。
一対四の賭けってのもずるい気がするが、負けるつもりはない。覚悟しろよ」
「おう! よぉっし、俄然やる気が出てきたぜ!」
マルリが握り拳を作って叫ぶ。
「いい掛け声だね。ちなみに最下位だけは決まってるよ。コスティ隊長の故郷で一週間の合宿だ。小麦の収穫体験付き」
「ひでぇ!」
「それが目的か!」
「合宿なんていって、体のいい労働力じゃねぇか」
「ははっ、負けなきゃいいんだよ。負けなきゃね」
*****
カールが鍛錬をしている。
家の中でできることなので、筋力作りが中心みたい。
一週間で、二の腕はぐっと太くなって、胸板も厚みを増した。
「すごいね、固い」
仰向けになっておもりを持ち上げている腕をさわると、かちかちに固くなっていた。
人の腕とは思えないくらい。
私なんてぷにぷになのに。
「ぜっ、た、い、に、はぁっ、負けられないからな」
どすっと降ろされたおもりは、動かそうとしてもびくともしなかった。
こんなの持ち上げてたのかぁ。
「負けたら何かあるの?」
「あー・・・最下位は強化合宿だが、実は・・・」
同僚の人たちと賭けをして、私がその対象になっていることを知った。
「勝手に、すまん。でも、絶対に負けないから」
「う、うん。あんまり大勢の人に会うのはちょっと・・・」
「俺も会わせたくないから、こうしてがんばっている」
「そうだよね。奥さんが私みたいなのじゃ、カール、恥ずかしいもんね」
「違う。・・・はあぁ。ルゥは自覚がないからなぁ」
「自覚? 私の髪や目が嫌がられるのは十分わかってるわ」
「そうじゃない。あぁ、ここのところ俺、こんなことばかりだな・・・」
「???」
「とにかく、勝つから。で、うまいもの奢らせよう」
「うん? 応援するね」
よくわからないけど、カールががんばるっていうのなら応援したい。
私にできることってなんだろう。
カールに聞いたら、「いてくれるだけでいい」って言われた。
それじゃ困るんだけど・・・。
「じゃぁ、うまい飯。ルゥの作るものはなんでもうまいが、鶏肉中心にしてくれると嬉しい」
お肉はお肉でも、鶏肉が一番鍛錬にいいんだって。
よぉし! 私も今日から武術大会まで、カールのためにがんばろうっと。




