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白猫の恋わずらい  作者: みきまろ
第4部
59/100

15 仲直り


*****




「よぉ、カール。具合はどうだ」


親衛隊舎に着くと、ヴァイノとオロフが声をかけてきた。


「あぁ、大丈夫だ」


「それにしちゃ顔色が悪いぞ。休んでもよかったんじゃないのか」


「いや・・・」


気遣う二人に手を振って、隊長室に向かう。

二日酔いは、午前中たっぷり寝たことで解消されている。

顔色が悪いとすれば、原因は先ほどまでのお茶会だ。

途中でマルリにも会った。


「カール! 大丈夫かい?」


「あぁ。世話かけたな」


「いや、楽しかった。また行こう」


「あぁ」


「本当に大丈夫か? 午後は適当に流して早く帰れよ」


「そこまで柔じゃないさ。ありがとな」


そうこうするうちに、隊長室の前についた。

軽く扉をたたいて声をかける。


「カールです。入ります」


「おぉ」


入室許可の返事を受け、中に入る。

雑然とした室内。

中央の机にどっかりと両足を乗せて、大柄な男が巻き煙草をくゆらせていた。

くすんだ金髪、色素の薄い瞳。頬には大きな傷がある。

親衛隊隊長、コスティ=トピ=スティネンだ。

国王より5つ年上の43歳で、兄弟のように仲がいい。


「遅くなってすみませんでした」


「いんや、ユハから聞いている。歓迎会もしてなかったからな。たまにはいいさ。

 おかみの果実酒を飲んだんだって?」


「えぇ。あれが効きました。隊長もお飲みになられたことがあるんですか?」


「飲むわけないだろう。ありゃ蒸留酒をさらに蒸留して、度数を無理矢理あげた酒で造った果実酒やつだ。

 こんな煙草を近づければ、容易に発火する」


起き上がった隊長は、煙草の先を短刀で切って火を消す。


「はぁ!? そんな代物だったんですか?」


「そうさ。要はおかみのいたずら用だな。ここ一年くらいハマっててな。知らない奴が被害にあっている」


「どおりで俺以外飲まなかったわけだ・・・」


「ははっ、見事にはめられたな。ま、やつらなりの歓迎だろ」


「そうですね。やけに心配すると思ったら、そんな裏があったとは」


「くくっ。午後の仕事はやつらにやらせてもいいぞ」


「そうします。あ、リクハルド様から“式典用の訓練をしておけ”との伝言を承りました」


「ぬ・・・。そんなのもあったか。わかった」


「何かありましたっけ?」


「どこだかのお偉いさんが来るから、歓迎式典をやるって書類が来てた。

 こんなことより武術大会でもやりたいところだな。ここのところ平和で腕がなまって仕方ない」


「隊長に手合せ願えるなら、いつでも挑戦したいです」


「おぉ、そうか。隊内でやるか。副隊長ヘルマンに企画させよう」


「楽しみにしています」




隊長室を辞して、一汗ひとあせかくかと訓練場に足を向けると、ユハがいた。

訓練用の剣で、型の練習をしていたようだ。


「ユハ。昨日はすまなかったな」


「カール。大丈夫か」


「ったく、そろいもそろって同じことを聞くな。心配するくらいならおかみを止めてくれよ」


「果実酒のこと、聞いたのか。俺らも全員やられてる。あの破壊力はすさまじいな」


「まったくだ」


「でも午後から起きられるだけすごいぞ。マルリは3日寝込んだからな」


「すでに兵器だな。敵陣に差し入れれば、戦わずして勝てるんじゃないか」


「ははっ、それはいい」


話ながらも素振りをしているユハ。

振り下ろした切っ先を、わずかにひねっている。

ユハの武器である片手剣フランベルジェは、刀身が波打つ独特の形状をしている。

剣を交えれば揺らいだ先で軽く受け流し、切りつけた先では肉に食い込んで深い傷を負わせる。

俺の力任せの長剣と違い、恐ろしい武器だ。


「嫁さん、かわいいな」


素振りを続けながら、ユハがぼそっとつぶやいた。

ん? こいつが女性をほめるなんて、珍しいな。


「会ったのか」


「おまえを寝室まで運んだのは誰だと思ってるんだ。重くて大変だったんだぞ」


「それは・・・すまない」


「ははっ。まぁおまえが隠したがるのがわかったよ。

 彼女のことは他の奴には言ってない。あんまり見せたくないんだろ」


「あぁ」


「代わりといっちゃなんだが、これを渡してくれないか」


訓練用の剣を置いて、ユハが荷物から取り出したのは細長い瓶。

中に黒い棒が数本入っている。


「これは?」


「菓子の香りづけに使うんだ。植物をさやごと発酵させたもので、中の粒を少量まぜると甘い香りがつく。

 奥方なら知っていると思う」


「へぇ」


ユハが甘味好きなのは知っていたが、材料にまで詳しいのか。


「昨夜、奥方に菓子をご馳走になってな。うまかったぞ」


「そうか。よかった」


菓子とはあのパイのことか。

エメの部屋で一緒に食べたが、味なんてわからなかった。

せっかくルゥが作ったのに・・・悪いことをしたな。


「どうだ? 軽く合わせないか」


ユハが備品の剣を一本放ってきた。


「望むところだ」


ユハと汗を流したらすっきりした。

茶会での自分の態度を振り返る。つまらない嫉妬で、ルゥの勉強の邪魔をしてしまった。

あんなに見てみたいと思っていたのに、何をしているのだか。

家に帰ったらあやまろう。何か土産も買っていこうか。

ユハのように菓子の材料はわからないから・・・花がいいか。






ルゥの好きな花がわからず、あれもこれもと求めるうちに大きくなってしまった花束を抱えて家路につく。


「おかえりなさい、カール・・・わ! すごい」


出迎えたルゥは、花束を見た途端笑顔になった。

よかった。


「昼間、俺、態度悪かっただろう。すまなかったな」


「私こそ、何かしてしまったみたいで・・・。ごめんなさい、何が悪かったさえわからないの。

 カール、もう怒ってない?」


不安そうな瞳が見上げてくる。

こんな顔をさせるつもりはなかったのに・・・自分の態度を改めて猛省した。


「怒ってないよ。元々怒ってなんかないんだ」


「そうなの? エメさんもそんなこと言ってたけど、でも機嫌悪かったでしょう?」


「まぁ、それはな、俺の器が小さいせいだ。もっと大きな男になって、君の全てを包めるようになりたい」


「・・・いまでもカールは大きいよ」


ルゥが体を寄せてくる。

しまった、花束が邪魔でうまく抱きしめられない。


「背の高さじゃないぞ」


「わかってる。今日のカールを見て、私がどれだけ甘えてたかわかったの。

 私、一度もカールに怒られたことなかった。カールは、私が何をしても嫌な顔一つしたことなかった。

 本当はいろいろ思ってたよね」


「ルゥに怒るようなことはないだけだ。我慢してたわけじゃない」


「本当? 私、何が怖いって、カールに嫌われるのが一番怖いの。

 嫌なことがあったら、我慢しないで言ってね。すぐに直すから」


あまりにけなげな言い様に、花束と共に抱き上げた。

膝に乗せて、ソファに座る。

ルゥには似合わない眉間のしわを、指の腹でぐりぐりほぐすと、少し笑顔になった。


「んもう、痛いよ」


尖らせた口がかわいい。

思わずキスをする。そういえばただいまのキスをしていなかった。


「ん・・・ねぇ、本当にないの? 私の嫌なところ」


「ないな。ルゥは全部かわいい。全部好きだ」


「嬉しいけど、全くないってことはないんじゃない?」


納得しない様子のルゥに、仕方なく情けない心情を白状する。


「そうだな・・・嫌なところはないが、聞きたいことならある」


「やっぱりあるのね? 何?」


「勉強会に、なんでリクハルド様を誘うんだ?」


「王様?」


「あぁ。俺がなんで機嫌が悪くなったかわからないって言ってたな。

 国王のせいなんだ。ルゥとエメと三人で仲よさそうにしてたから、俺の場所をとられたような気がして、子どもみたいに拗ねて、焼きもちを妬いたんだよ」


「拗ね・・・って本当?」


「あぁ。俺だってルゥが魔術の勉強をしているところが見たい。

 仕事がなければ、毎回ついていきたい。ドレスもよく似合っていた。あの二人には見せて俺には見せてくれないなんて酷いな」


「酷いって言われても、ドレスはエメさんのだよ?」


「俺が買ってやるっていっても断るだろう?」


「だってもったいないし・・・」


「もったいなくない。今度仕立て屋を呼んでもいいか?」


「着ていくところがないし・・・」


「どこかに行く必要はない。俺だけに見せてくれればいい」


「無駄じゃない?」


「無駄じゃない。着せて、脱がす」


「・・・何それ」


「いや、こっちの話だ」


「そういえば王様もよくエメさんにドレスを贈ってるけど、何か意味があるの?」


「国王が?」


「うん。王様はエメさんが好きなんだって。協力してほしいって頼まれたから、いつも誘ってるのよ」


「エメのことを?」


「そう」


なんだ、そうだったのか!

てっきり、ルゥのことを狙っているのかと思っていた。

我が国ではないが、他国では気に入った臣下の妻を、王が召し上げることもあると聞く。

国王にルゥを差し出すように言われたら、臣下の俺は非常に難しい立場になる。

もちろん大人しく差し出すわけはないが、職を失い、国を出ることを覚悟しなければならないだろう。

それが・・・なんだ、エメか。

好きなようにしてくれ。


一気に機嫌がよくなった俺を、ルゥが不思議そうな顔で見ている。

そうだ、ユハが何かくれたな。

同僚とはいえ男からのものなので、わざと忘れていた俺である。

今なら渡してやってもいいか。

膝からルゥを降ろして、鞄に入れた瓶を取り出した。


「ユハがくれた。菓子の礼だそうだ」


「バニラビーンズ! すごい! 貴重品なのよ、これ」


「へぇ」


花束をやったときと同じくらい喜ぶルゥ。

なんだかくやしい。やはり渡さなければよかったか?

ルゥが瓶の栓を抜くと、甘い香りが漂った。


「何を作ろうかしら。プティング? 焼き菓子? カールの作ってくれるアイスクリームに入れてもいいかも。

 ユハさん、さすがね。どこで手に入れたのかな。

 何か作ったら食べに来るっていってたけど、呼びつけちゃ悪いわよね。

 隊舎に持って行ってもらえばいっか。ユハさんは何が好きかな。」


「そう、ユハ、ユハと言うんじゃない」


「? なんで?」


「俺は器が小さいって言っただろ。君の口から他の男の名前が出るだけで、我慢ならないんだ」


「くす・・・カールったら・・・」


ユハからの贈り物を机の上に置いて、ルゥがゆっくりと近付いて来る。

白い指が、俺の唇を撫でる。

誘われるままに身をかがめて、赤い唇を吸った。


「ん・・・」


漏れた吐息に理性が飛んだ。

昼間から、触れたくて仕方なかった肌を求めて乱暴に服を脱がす。


「あん、だめ、破れちゃう」


「ドレスも服も、いくらでも買ってやる。」


「エメさんにまで焼きもち?」


「呆れるか?」


「ううん、嬉しい・・・!」


首に抱きついてきたルゥを抱えて寝室に運ぶ。

階段を上がりながらキスを交わし、寝台に落ち着いたころにはルゥの瞳は蕩けきっていた。


「カール・・・好き・・・」


「あぁ。俺も。愛してるよ、ルゥ」


それから朝まで、俺は白く柔らかな体に溺れた。





月光編、あります。

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